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日本の読者の皆様へ/グン・アヨルザナ『シュグデン』(阿比留美帆訳)

現代モンゴルを代表する作家・グン・アヨルザナによる長編小説『シュグデン』が、阿比留美帆氏の訳によりシリーズ〈アジア文芸ライブラリー〉から刊行されました。
民主化以降の現代モンゴルの長編が翻訳出版されるのは本邦初となります。

著者のアヨルザナ氏より特別に「日本の読者の皆様へ」としてメッセージをいただきました。
(訳:阿比留美帆)

 

 


 

2012年に刊行された『シュグデン』は、私にとって二作目の長編小説です。それ以前に、ロシアに暮らすモンゴル系の人々についてシャマニズムを通して描いた小説――『シャマン伝説』を世に送り出していました。『シュグデン』を刊行したとき、モンゴル民族の分断という主題で二つの小説を書き上げたことに、深い安堵を覚えたのを思い出します。この二つの作品は、ブリヤートや内モンゴルの方々にたいへん好意的に受け止めていただきました。それだけでなく、20世紀の複雑な政治的経緯によって国境の向こう側に取り残されたモンゴル系の人々と、より広いかたちで出会い、知り合う機会を私にもたらしてくれました。『シュグデン』の読者の方々から作家としての私に寄せられたいくつかの貴重な情報に着想を得たこともあり、この主題はその後、さらに二つの作品へと受け継がれていきました。どうやら、ある思いを人々の心に深く届けるためには、繰り返し語りかけていくことが必要なようです。

 

個人的なことに触れると、この小説を書くまで、私は自分のことを無宗教の人間だと思っていました。仏教に対しても禅に関心を持つ程度で、それ以外の礼拝や儀礼については形式的な習慣のようなものとさえ考えていたのです。ところが、この作品に取り組んだ2年のあいだにチベットを訪れ、クンブム寺を目にした経験は、私をどこかぼんやりとした眠りからふっと目覚めさせたように思います。仏教を理解することに対して、自分で扉を閉ざしていたのかもしれない、そしてその扉をくぐったとき、仏教はただ理解するだけでなく、愛し、敬う対象へと変わり始めていく――そうしたことを、身をもって感じたのです。この小説を書き終えたあと、私は信仰を持つ者になると同時に、本当の意味で作家になれたような不思議な感覚を覚え、ある種の満足感とともに、おそれにも似た慄くような気持ちを初めて味わいました。3冊目の詩集を出版するまで、自らを「詩人」と名乗ることにためらいがありましたが、それと同様に、『シュグデン』を書く以前は、自分が本当に作家なのかどうか確信を持てずにいました。この小説を書きあげた夜をはっきりと覚えています。それは、自分は作家なのだという確かな実感を得ることができた日だからこそ、忘れられないのでしょう。

 

作中でその名が幾度となく登場する徳王(デ・ワン)は、実在の歴史上の人物です。アジャ・ゲゲーン、セルドク・ゲゲーン、フチントゥグス氏はご存命の方々で、ほかにも実在する人物が登場しています。『シュグデン』という小説は、物語の中の登場人物が自らの命を得てそれぞれの人生を生き、それぞれの問題を抱えながら、この世界で生きている人たちと出会い、語り合い、愛し、敬い、信じ、ときにその人たちのために苦悩する――そんな姿を描きとめた作品です。

執筆当初、創作と実在の人物は、空想上の空間と時間の内で巡り合っていたのですが、読者の方々がそのように読んでくれるだろうかという戸惑いが生まれました。そこで私は、2011年春に訪れ、しばらくの期間滞在したクンブム寺を、物語の舞台として選ぶことにしたのです。その結果、私の小説は、クンブム寺と並行する鏡像のようなもう一つの世界の中で自然に動き出していくこととなり、登場人物をあらためて作り上げる必要はなくなっていました。私は、実際に出会った人たちと物語の中で再び邂逅し、主役となる人物を彼らと対話させたのです。

徳王はモンゴルと日本の関係において極めて重要な人物でした。彼は1930年代に日本を訪れ、その帰途、当時京城と呼ばれていた今日のソウルに数日滞在しました。そして故郷に戻った後、「我々はいかなる意味でも“自治”なるものに惑わされてはならない。自らの国を持ってこそ民族は存続することができる」と語ったと伝えられます。しかしながら、すべてのモンゴル民族を一つにまとめた国家を築くという彼の夢は、実現する可能性がありませんでした。徳王は中国の共産党から逃れてウランバートルへと渡りましたが、その後、当時のわが国の共産政権によって中国へ引き渡されてしまいます。チンギス・ハーンの直系の最後の王公であった徳王は、1963年まで中国の牢獄に囚われ、1966年にその生涯を閉じました。

 

『シュグデン』は、私が魂を込めるようにして綴った作品です。人の心が書いたものに宿るとはどういうことか、その意味を私は、夏目漱石の『坊っちゃん』、三島由紀夫の『金閣寺』、大江健三郎の『個人的な体験』といった日本文学から学び取りました。若い頃には芥川龍之介や川端康成に心酔し、青年期から壮年期にかけては俳句に夢中になった者として、この小説が日本語に翻訳され、トルストイ、ドストエフスキー、道元の全集といった多くの優れた作品を刊行してきた歴史ある春秋社から出版されることに、言葉では言い表せない幸せを感じています。また、友人であり、モンゴルとモンゴル文学をこよなく愛する阿比留美帆氏が本作を翻訳してくれたことも、心から嬉しく思います。ほぼ十年にわたり、丁寧にそしてひたむきに取り組んでいた姿を知る身として、この翻訳を通して、原作に込めた思いがそのままに日本の読者のもとへ届くだろうことを、疑いなく信じています。

 

グン・アヨルザナ   

2026年3月11日

 

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