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巨星・山崎闇斎の「神儒兼学」思想の実像に迫る/久保隆司『生成と統合の神学』

江戸時代の初期に生きた儒者・神道家の山崎闇斎。その「神儒兼学」思想は、残された史料の少なさゆえか、あるいは戦前・戦中にナショナリズムと結びついたためか、いまだに謎や誤解が多く残っています。『生成と統合の神学 ―日本・山崎闇斎・世界思想―』(久保隆司著)では、従来の研究の枠組みに留まらず、現代哲学、心理学、文化人類学など様々な学問領域を横断しながら闇斎の思想と人生に迫ることで、新たな山崎闇斎の姿を描き出しています。本書の序章、冒頭部分を抜粋します。(一部の書式を改め、註は省略しました。)


 

 

序章 闇斎思想の本質と意義に関する枠組み

一 本書の動機と目的

1 山崎闇斎の「大きな物語」または「永遠の哲学」

 

 本書は、近代そして現代日本人の心理・精神構造のルーツとなる思想および思想家を探究するものである。そして、その思想および思想家の世界哲学・思想史的観点からの位置付けを検討するものである。日本という文化圏に育った日本人であっても、今日では知る機会も稀な重要な思想家とその思想に、新たな光をさまざまな角度から照らすことで、日本の社会・精神基盤の重要な部分の理解を深め、ひいてはそれが社会・文化の、ある種の活性化につながることも期待している。

 研究対象となるのは、江戸前期の著名な儒者であり神道家の山崎闇斎(1619–1682)である。本研究では、山崎闇斎とその神学を中心とする思想の理解を深めるため、狭義の神道学・宗教学の領域にとらわれず、さまざまな学問領域から、現在、活用できる理論・概念の導入を積極的に図り、多角的、包括的な闇斎像やその神学思想を少しでも生き生きと描くことを目指した。

 本書は山崎闇斎の研究であるので、闇斎の過去の事績の再評価は重要な目標でもあるが、文献研究に限定した意味でのそれには限界がある。闇斎がどのような問題意識を持って生き、考え、行動したかの本質の探究を基礎におく。闇斎が生涯をかけて求めた「真理」と「方法」を、二十一世紀に生きる日本人が二十一世紀の環境において、闇斎の問題を自らの問題とし、闇斎と共に感じ考える作業プロセスであり、広く生涯や歴史的背景も含めて「研究」とするものである。

 したがって、本書で扱う対象は山崎闇斎だけでなく、二十世紀の心身論であったり、十八世紀のフランスの哲学者であったり、古代、中世の東方キリスト教会における論争であったり、インド発祥の論理哲学であったり、イスラームの神秘主義であったり、近世的「理性」の変遷であったり、哲学的や歴史学的な方法論だったりもする。しかしそれらはすべて、山崎闇斎の神学思想をより普遍的かつ特殊的に把握するために、「天人唯一」の理解を深めるために必要不可欠なパーツと考え、「妙契」と捉えて本研究に取り込まれていることをご了解いただきたい。

 さて、山崎闇斎とその思想は、長年にわたって日本人と日本社会の精神思想面ならびに社会思想面で多大な影響を与えてきたといえる。それにもかかわらず、今日、一般的に闇斎の認知度はかなり低い。もちろん山崎闇斎は四百年前の京都に生まれた人物であり、また朱熹も強調した「述べて作らず」の作法に従っていて、自身の言葉によって思想を語ったまとまった著作もないこともあり、二十一世紀の人間にとってアクセスしづらい面はあろう。しかし著作はなくともよく知られている歴史上の人物も多くいる。少し調べると闇斎の影響の大きさがわかるだけに、何か違和感や作為のようなものを感じる。

 勿論、過去にも同様な「違和感」や「作為」を感じた学者や識者はいた。この原因としてあげられるのが、現代日本における二度にわたる思想的断絶期の存在である。すなわち、一つ目は明治維新期、二つ目はGHQによる日本占領期である。勿論、これらの断絶は、闇斎思想だけではなく、広範囲に日本思想、精神構造に影響をもたらしたのであるが、闇斎思想は近世近代の日本思想の核心的立場にあっただけに、それが隠された影響は大きい。その忘却は功罪問わず、日本人・日本社会への精神的・社会的影響が見えなくなっているだけで、多くの日本人が無意識的に大きな影響を受けていると考える人もいる。

 戦後、二度の断絶を経たからこそ、近代日本精神のルーツを求めて、山崎闇斎および学派に注目する少数の識者はいた。例えば、「闇斎学と闇斎学派」(1980年)の丸山眞男(1914–1996)であり、『現人神の創作者たち』(1983年)の山本七平(1921–1991)である。そして、『日本人のための憲法概論』その他の小室直樹(1932–2010)であり、小室の弟子である『丸山眞男の憂鬱』(2017年)の橋爪大三郎(1948–)である。『もうすぐやってくる尊王攘夷思想のために』(2017年)の加藤典洋(1948–2019)もいる。闇斎とその門流を含めた思想を、このような社会政治学的な文脈から、近代の断絶の壁を超克するために必要な要素として再評価する試みは稀にあった。一時的な評判にはなれども、定着していない。大多数の日本人は、「山崎闇斎とその思想の影響」については知らないまま、眠ったままというのが現状であろう。それは二十一世紀前半の日本人としてのアイデンティティの脆弱性とも強く関連し、日本的ニヒリズム・諦観・閉塞感・無気力など、根こぎによるアノミー状態の大きな見えざる要因の一つではないか。ここには、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ(1909–1943)が、ドイツ占領下のフランスに見た「根こぎ」と共通する意識があり、現在、そして将来の日本人、日本社会にとってかなり切実な問題を内包していると考える。

 本研究は、社会政治思想面での闇斎の重要性は認識しながらも、より本流を求めて、さまざまな近世近代思想の源流であり、この世界全体の真実の総合的・統合的探究者としての闇斎自身の神学と関連する思想に注目する。より全体的な言葉の真の意味での「知の巨人」と思われる、十七世紀のアジアおよび世界を代表する思想家としての山崎闇斎に光を当てる。

 山崎闇斎の哲学・思想・信仰に焦点を当て、その背景・構造・発展プロセスの包括的な究明の端緒を開くべく、闇斎の神学思想を、世界哲学/世界思想の文脈において理解や評価できるスペースの創出を構想する。そして、今日的・比較思想的で包括的・統合的観点から意味を探る。多層・多重的な垂直的視点、ならびに比較思想的な水平的視点の双方の視点導入による統合的視点から、闇斎の「真意」を探り、その思想およびその体系を再評価したい。それは現代日本人のアイデンティティとその社会が内包するイデオロギーの深淵を、私たちに垣間見せてくれる体験となろう。

 

 

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