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実存的な苦しみとその解決/羽矢辰夫『ゴータマ・ブッダ その先へ――思想の全容解明』

『ゴータマ・ブッダ その先へ――思想の全容解明』(羽矢辰夫著)は原始仏教の目的を実存的な苦しみの解決と設定して、代表的な教説である「十二因縁」や「無常・苦・非我」や「四諦」を解釈する一冊です。そのなかから実存的な苦しみとその解決について書かれた部分(pp.46-49)を公開します。

 


 

 わたしたちは生まれ、育てられます。初めて自分自身の存在に気がついたとき、自分がいて、自分とは異なる自分以外の人々と自分以外の世界がそこにあることが理解されます。多くの人は何の疑問もなくこの事態を受けいれて生きていきます。なかには、どうしてこのような事態にいたったのか、その根本を探求しようとする人が現われますが、思うほど簡単には解決できません。かえって、自分自身が根拠もなく生じてきているような感覚が強くなります。訳のわからないまま生じてきて、ふわふわと空中にただよっているシャボン玉のような存在として見えてきます。理由も根拠もなく生まれ、しばらく空中に孤独にただよったのちに、パチンとはじけて終わり、人生がそのように見えてきます。自分はなぜ生まれてきたのか、生まれた理由がわかりません。自分はなぜ生きているのか、なぜ生きなければならないのか、生きる意味もわからなくなります。生存に根拠がなく、人生に意味を見出せない人生がいとなまれることになります。わたしたちはどこから来たのか、わたしたちは何ものか、わたしたちはどこへ行くのか。人類を悩ませてきた難問が切実に感じられます。自分がまったく独りで、宇宙のまっただ中に放り出されているような孤立感、どこにも手がかりがなく、何をしても同じであるような無力感、人生に意味を見出せず、けっきょくは死んだら終わりだという虚無感、なぜかこころが満たされず、気持ちが晴れない不全感、これらをかかえたまま、生きなければなりません。

 人生が比較的うまくいっているときには、このような問題がこころに浮上することはありません。うまくいかなくなったとき、たとえば何かに挫折したり、自分自身が事故にあったり、病気になったり、大切な人を亡くしたりすると、不意に顔を出して、二重三重にわたしたちを悩ませ苦しめます。それでも多くの場合一過性で、時間の経過とともに人生が多少好転していくと忘れ去られます。根本は何も解決されないままです。

 この虚しさはどのようにすれば解決できるのでしょうか。絶対者がいて、わたしたちを創造した、その意思に従って生きること、それが人生の意味である、わたしたちの存在の根拠は絶対者の意思のなかにある、これを信じられたら、一時的に問題は解決されます。

 輪廻転生というものがあり、現在の人生は過去の人生における行為の結果である、原因があり、結果がある、現在の人生をより善く生き、未来の人生での善い生まれを得ることが人生の意味であり、目的でもある、これを信じられたら、一時的に問題は解決されます。

 外的な要因に頼るのではなく、自分自身の実存を深めることによって解決しようとする人々もいます。かれらは基本的に何でも疑ってしまうので、自分以外の何かを信じるということがありません。自分の能力を過信して、徹底的に考えぬけば解決できるとして懸命に試みますが、実際には解決できません。病気にならないことを祈るばかりです。

 絶対者や輪廻転生をもちだすのは、いわば反則です。だれにも確認できない超越的概念をもってきて解決にあたるのはルール(?)違反です。一時的には解決されますが、いずれ破綻することは目に見えています。いまだ一部で有効性を保っていますから、強力であることは確かですが、それよりも凡夫にとっては、自他の分離も絶対化されるという副作用の方が恐いと思います。一方、実存的探求では一時的にも解決されません。

 ゴータマ・ブッダはこの問いそのものが間違っていると考えます。この問いそのものが自他分離的自己を中心にすえる認識を前提にしているからです。この前提を変えないかぎり、解決などできません。自他分離的自己を中心にすえる認識から自他融合的自己を基盤とする認識へと自分自身の根本を統合し、成長させなければならないのです。そのためには自他分離的自己形成力を静めることが必要不可欠です。その方法が瞑想でした。凡夫的自己からブッダ的自己への統合ないし成長であるともいえます。自他分離的自己から自他融合的自己へと統合ないし成長していけば、自他分離的自己を中心にすえる認識を前提としていた自己や世界の見方が変わってくるので、上記の問いそのものが生じてこなくなります。問いがなくなれば、問題は解決されたも同然です。押したら開くドアを一生懸命引いていたことがわかります。引いても開かないから、その理由を絶対者や輪廻転生や実存に求めるしかなかったのですが、単純な話で、引くことそのものに疑問をもてるようになれば、解決の糸口が見つかることでしょう。

 

書籍

『ゴータマ・ブッダ その先へ――思想の全容解明』羽矢辰夫

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