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【試し読み】両界曼荼羅誕生の謎に迫る!

空海が請来した胎蔵界・金剛界の両界曼荼羅は、どのようにして成立したのか。『両界曼荼羅の源流』(田中公明著)は、その複雑な成立過程を、インドに遡って徹底検証するだけでなく、あわせて日本独自の曼荼羅やインド後期密教の曼荼羅までも紹介する、格好の「曼荼羅の入門書」である。

 


第二章 曼荼羅のあけぼの

 

 

8 胎蔵・金剛界四仏の分化

密教では、『華厳経』に説かれた宇宙的なほとけヴァイローチャナと、『金光明経』で確立した四方四仏が組み合わされ、曼荼羅の中央と東西南北に描かれる五仏が成立した。しかし、その成立過程は一直線ではなく、最終的に金剛界曼荼羅の五仏が成立するまでには、さまざまの紆余曲折があったことが文献的に確認できる。

初期密教経典の一つである『一字仏頂輪王経いちじぶっちょうりんのうきょう』では、『金光明経』と同じく釈迦如来を中尊としながら、東方宝幢ほうどう、南方開敷華王かいふけおう、西方阿弥陀、北方阿閦とする五仏が説かれている。

これは金光明四仏にはなかった開敷華王(サムクスミタ・ラージェーンドラ)が加わり、それに伴って南方宝幢が東方に、東方阿閦が北方に移動した結果と解釈することができる。なお開敷華王如来は、初期密教経典の一つ『文殊師利根本儀軌経もんじゅしりこんぽんぎききょう』(後半部分は成立が遅れる)に、文殊菩薩の本国である東北方開華世界の教主として登場する。またいくつかの陀羅尼経典にもその名が現れ、他土仏の中では信仰を集めていたことがうかがえる。

そして『一字仏頂輪王経』の五仏の中尊を釈迦如来から毘盧遮那仏(大日如来)に換えると、『大日経』「具縁品ぐえんぼん」所説の五仏となる。いっぽう『大日経』と関連の深い中期密教経典で、チベット訳のみが伝存する『金剛手灌頂こんごうしゅかんじょうタントラ』も、これと同じ五仏を説いている。

さらに『大日経』後半の「入秘密漫荼羅位品にゅうひみつまんだらいほん」では、北方の阿閦如来が鼓音(現図曼荼羅では天鼓雷音)如来となった五仏が説かれ、現在の胎蔵界曼荼羅は、この五仏を採用している。このように一つの経典の前後で、曼荼羅の根幹をなす五仏の尊名が相違するのは奇妙だが、『金光明経』の四方四仏に、後から開敷華王如来が割り込んだという事情を想定すれば、このような不一致を合理的に説明することができる。

いっぽう初期密教経典の一つ『不空羂索神変真言経ふくうけんさくじんぺんしんごんきょう』では、『金光明経』と同じく釈迦如来を中尊としながら、東方阿閦、南方宝生、西方阿弥陀、北方世間王(ローケーンドララージャ)とする五仏が説かれている。この五仏では、開敷華王の割り込みがなかったかわりに、南方仏の尊名が宝幢から宝生に、北方仏が鼓音から世間王に替わっている。そして『不空羂索神変真言経』の五仏の中尊を大日如来とし、北方仏の尊名を不空成就ふくうじょうじゅに替えると、『金剛頂経』所説の五仏、つまり金剛界曼荼羅の五智如来となる。この不空成就(アモーガシッディ)という尊名の仏は、その起源が不明だったが、最近の研究で、初期密教経典の『トリサマヤ・タントラ』や『不空羂索神変真言経』に説かれることが明らかになった。

なお後期密教聖典の一つ『秘密集会ひみつしゅうえタントラ』では、金剛界曼荼羅の毘盧遮那(大日)と東方阿閦を入れ替えた五仏が説かれるが、そこでは南方宝生如来が宝幢(ラトナケートゥ)と呼ばれている。また『秘密集会』曼荼羅の儀軌『ピンディークラマ』(八世紀後半)には、北方不空成就如来を鼓音(ドゥンドゥビスヴァラ)と呼んだ箇所が見られる。これは金光明四仏と金剛界の四仏が基本的に同一であることが、少なくともインドでは意識されていたことを示している。

このように両界曼荼羅の根幹をなす胎蔵と金剛界の五仏は、ともに『華厳経』の毘盧遮那仏と『金光明経』の四方四仏を組み合わせて成立した。しかしその成立過程は一直線ではなく、胎蔵系が開敷華王如来が割り込んだ体系を継承するのに対して、金剛界系は、方位の上では『金光明経』の四仏をより忠実に継承しており、別系統であると考えられるのである。

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著者略歴

  1. 田中公明

    1955年、福岡県生まれ。1979年、東京大学文学部卒。同大学大学院、文学部助手(文化交流)を経て、(財)東方研究会専任研究員。2014年、公益財団化にともない(公財)中村元東方研究所専任研究員となる。2008年、文学博士(東京大学)。ネパール(1988-1989)、英国オックスフォード大学留学(1993)各1回。現在、東方学院講師、慶應義塾大学講師、東洋大学大学院講師、高野山大学客員教授(通信制)[いずれも非常勤]、富山県南砺市利賀村「瞑想の郷」主任学芸員、チベット文化研究会副会長。密教や曼荼羅、インド・チベット・ネパール仏教に関する著書・訳書(共著を含む)は50冊以上。論文は約140編。くわしくは個人ウェブサイト(http://kimiakitanak.starfree.jp/)を参照。

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