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国宝仏をめぐる歴史ミステリー/貴田正子『深大寺の白鳳仏――武蔵野にもたらされた奇跡の国宝』

2017年に国宝指定された深大寺の釈迦如来像は、どのような経緯で伝来したのか。1300年前の謎を追った『深大寺の白鳳仏――武蔵野にもたらされた奇跡の国宝』(貴田正子著)の心躍るルポルタージュを堪能していただきたい。

 


 

まえがき

 

 わずか8.5センチという小さな右手部分のみの旧国宝仏をご存じだろうか。

 約73センチという小仏の本体は、盗まれて行方不明――だが、近年、像の一部のみ見つかった。奈良・新薬師寺の名宝「香薬師如来立像」の右手である。

 香薬師像は、あまりの美しさから明治時代に2度盗まれ、その都度手足を切られながらも発見されて寺に戻った。だが、あろうことか昭和18年、3度目の盗難に遭い、その行方は杳として知れない。

 香薬師像にたまらなく魅了された私は、駆け出しの新聞記者時代から、かれこれ四半世紀以上、行方を追う取材活動を続けている。その過程で、本体とは別に右手部分が存在していることを突き止めた。新薬師寺の中田定観住職との2年にわたる〝共同取材〟の末、平成27(2015)年10月、念願かなって新薬師寺への返還が成就したのだ。

 その経緯と長年の香薬師取材をまとめた『香薬師像の右手 失われたみほとけの行方』を同28(2016)年10月に上梓すると、文化財の世界で「香薬師像の右手発見」はホットなニュースに。

 すると図らずもその翌年の平成29(2017)年3月、仏像ファンには喜ばしい出来事 が発表された。

 東京・調布の深大寺「釈迦如来倚像」(以下、深大寺像)が国宝認定――という吉報である。

 

 香薬師像も深大寺像も、仏像ファンを惹きつけてやまない白鳳仏だ。

 白鳳仏とは何か。

 詳しくは本編で述べるとして、一口でいえば、今から1300年以上前、飛鳥時代後期につくられた仏像をいう。

 なかでも、香薬師像、深大寺像、そして法隆寺の夢違観音像の3体は「白鳳三仏」と称さ れ、光り輝くような造形美がすばらしい。この「白鳳三仏」は細部が不思議なくらい酷似するが、とりわけ香薬師像と深大寺像は、本編をご覧いただけばわかるように〝親縁〟と言っていい。

 2体は謎深いことも共通する。

 香薬師像の最大の謎がその行方とすれば、深大寺像の最大の謎はその伝来である。

 深大寺像のような類を見ないほど爽やかで品格ある白鳳仏が、なぜ中央から遠く離れた僻地・武蔵野に存在するのか。文献など情報に乏しく、伝承もない。どの仏像研究者たちも「不明」と結論づけるしかなかったのだ。

 さて、「香薬師像の右手発見」と「深大寺像の国宝認定」という、謎深き白鳳仏の慶事のリレー。その後、私は何かに突き動かされるような感覚の中で、深大寺像の伝来ミステリーに夢中になった。

 そしていま、「白鳳仏の名品・深大寺像が、なぜ武蔵野の地にあるのか」という大いなる謎の解明に近づいた......そんな確信を得て、本書がある。

 

 歴史ミステリーというのは、A説、B説、C説、いろいろあって議論が深まる。だが、深大寺像の伝来ミステリーには、これといった説が存在しない。本書において試みたのはA説の提示である。

 その大筋は、「奈良の都の近郊で中央貴族の念持仏として造られた本像が、朝廷内の濃密な縁と巡り合わせによって、奇跡的に武蔵野の地にもたらされた」というもの。具体的な時期や出来事、人物名とその関係性は、本編において明らかにしたい。

 ただ、私は仏像研究の専門家ではなく、白鳳仏ミステリー取材にのめりこんでいる元新聞記者にすぎない。

 香薬師像の右手を発見した時と同様、今回の深大寺像伝来の謎に対しても、過去の文献や仏像、美術史、古代史の専門家の取材からヒントを得て、独自の嗅覚を頼りに調査報道の手法でコッコッ調べる作業が基本となった。そうして明らかになったいくつかの事実を、想像力を駆使して繋ぐという歴史ロマン要素を加え、物語を構築していった。専門家からの異論反論は覚悟の前。深大寺像伝来の議論が深まることになれば、本望である。

 深大寺像の伝来ミステリーを語るうえで、この像と親縁の香薬師像の由来について、また右手発見に至る過程を記す必要があった。よって第1章で白鳳仏について紹介した後は、香薬師像のミステリー(第2章)からの流れで深大寺像ミステリーに入っていきたい。

 

 白鳳仏は美しい。そしてその世界は面白い。

 さあ、ようこそ。白鳳仏ミステリーロマンの世界へ――

 

書籍

『深大寺の白鳳物 ――武蔵野にもたらされた奇跡の国宝』貴田正子

 

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