かぎりなく、はかることのできない生命活動
【宮川敬之】身読コラボ⑱
〈『普勧坐禅儀』に見る四点〉
これまでながく読んできた『正法眼蔵』「坐禅箴」巻ですが、あと残すところ、二回となりました。いろいろな話題に触れながら読んできた「坐禅箴」をこの二回でまとめて、さらに道元禅師の坐禅の特徴とはなにかについても、この二回でまとめてお話しできればと思います。
さて、道元禅師がご自身の坐禅についてはじめて述べられたのは、宋から帰国してすぐに撰述された『普勧坐禅儀』においてです。現在『普勧坐禅儀』には二つのヴァージョンが伝わっていて、御親筆の天福本(国宝 永平寺蔵)と、後年に手を入れて『永平広録』巻八に入れられた流布本とがあります。この両書には多くの異同箇所があり、とくにテキストのなかほどの「坐禅の要術」を示される部分が異なっていて、同一の本として読む場合には注意が必要です。とはいえ、その冒頭箇所はほとんど同じであり、さらに、道元禅師の坐禅の特徴は、まさしくこの冒頭部分にこそまとめて示されていると私は考えています。『普勧坐禅儀』の冒頭は、つぎのようにはじまっています。
①原ぬるにそれ、道本円通、いかでか修証を仮らん。
②宗乗自在なんぞ工夫を費やさん。
③いわんや全体はるかに塵埃を出づ。たれか払拭の手段を信ぜん。
④おおよそ当処を離れず、あに修証の脚頭を用いるものならんや。
冒頭部分の四文を分けて書いてみました。『普勧坐禅儀』は、永平寺での修行では、毎晩の夜坐の際に全員で読誦されているもので、修行僧にとってはなじみの深いお経です。とはいえ、その意味はよくわからないのです。私も永平寺での修行中、毎晩、読誦のたびに、この箇所の意味を考え続けたのですが、どうしても理解できませんでした。というのも、私は文字の通常の読み方のうえからだけで意味を取ろうとしていました。通常に読めばこの冒頭箇所は、「わたしたちはすでにさとりの境地にいるから、特別な修行はいらないのだ」という意味としてしか読むことができません。ここにどのように、私たちの坐禅修行の根拠を見ることができるのか。私にはその点が理解できなかったのです。しかし、永平寺を下りて二十年以上もたった後、奥村正博師によって英語に訳された『普勧坐禅儀』を読んだとき、この点がようやく理解できたのでした。言うならば道元禅師は、いくつかの文字に対して独特の理解を開き、通常の理解とのズレを生じさせ、そのズレによって独自の坐禅の根拠や構造をあらわしていたのです。では、それはどんな根拠や構造であるのか。以下に奥村老師の最新の英訳と私の日本語訳を挙げてみます(『曹洞禅』曹洞宗天徳寺2023)。
①Originally, the Way is complete and universal. How can we distinguish practice from enlightenment?
原点にさかのぼってみれば、仏道とは完全で、あまねく行きわたっているものである。どうして、修行をさとりから区別することなどできようか?
②The Vehicle of Reality is in the Self. Why should we waste our efforts trying to attain it?
生命実物の乗り物とは、自己のうえにあるものだ。なぜ、それを得ようとして労力を費やすべきだろうか?
③Still more, the Whole Body is free from dust. Why should we believe in a means to sweep it away?
さらに、全法界とつながっている身体はホコリから自由である。なぜ、ホコリを掃き出す方法があるなどと、信じるべきだろうか?
④On the whole, the Way is never separated where we are now. Why should we wander here and there to practice?
全体から言えば、仏道は、現在われわれがいるところから決して離れてはいないのである。なぜ、修行のためにあちらこちらへと、訪ね歩くべきだろうか?(同90-91頁)
ここで主張されていることをまとめてみましょう。
①は仏道において修行とさとりとは一続きだから両者を区別してはならないという、修行とさとりとの一貫性の主張です(奥村老師は「仮」を「distinguish(区別する)」とはっきりと訳すことで、この視点をくださいました)。
②は世界の真のありようは、自己と共にあるもので、自己とは異なった別物になることを目指す修行はまちがいであるという、世界と自己との一体性の主張です(奥村老師は「自在」を「in the Self」と訳されました。通常「自在」とは「制限されない」という意味であり、だからたとえばカール・ビールフェルト氏は「unrestricted(制限されていない)」と訳しています(Dogen’s Manuals of Zen Meditation p.175 University of California Press 1988)。しかし道元禅師はあえて「自在」を「自らに在る」と誤読しているようです。この意識的な誤読をふまえた奥村師の翻訳は、より明確に意味を伝えてくれています)。
③はこの世界は私たちを包括し、超越しているので、私たちの知覚ではとらえられない(世界がわれわれの知覚を超越しているのは、世界が私たちを包括しているからです。このことを奥村老師は『「現成公按」を現成する』(春秋社 2021)のなかでくりかえし説明されました。これは海のなかにいると水ばかりであってかえって水を見ることができない、ということと同じだということです)という、世界の包括と自己の知覚の不完全性の主張です。
④はこれら三つの点を総合し、いまここで、この自分の身と心でもって修行し、かつ、自分の知覚外の世界の実現をめざすべきであるという、修行の現今性と世界の実現の主張です。
このような四点、すなわち、仏道修行における、さとりと修行との一貫性、世界と自己との一体性、世界の包括と自己の知覚の不完全性、修行の現今性と世界の実現、という点こそが道元禅師の目指す坐禅の特徴であるとあらためてとらえることはきわめて重要です。今回と次回のまとめにおいても、何度となくこの四点へと戻ってくることになるでしょう。
〈世界と自己の一体性の主張〉
「坐禅箴」巻の当該箇所を読みます。
其知自微、曾無分別之思。
思の、知なる、かならずしも他力をからず。其知は形なり、形は山河なり。この山河は微なり、この微は妙なり、使用するに活鱍鱍なり。龍を作するに、禹門の内外にかかはれず。いまの一知わづかに使用するは、尽界山河を拈来し、尽力して知するなり。山河の親切にわが知なくば、一知半解あるべからず。分別思量の、おそく来到するとなげくべからず、已曾分別なる仏仏、すでに現成しきたれり。曾無は已曾なり、已曾は現成なり。しかあればすなはち、曾無分別は、不逢一人なり。
思うことも、知ることも、いつでも外部から引き起こされることなのではない。(だが、純粋な内部から起こる事なのでもない。)知ることとはなにかの形を知るのであり、なにかの形は山河大地につながっている。それを知ることが出来る以上、この山河と知ることとは微細な部分にまで相互に浸透しているといえる。これを妙という。そこで動き働くことを活鱍鱍という。龍となるのに、禹門を通ればなることができ、通れなければなれない、といったことではない。このかぎられた場面でわずかなことを知ることとは、じつは山河全体を持ち動かし、そのすべての力を費やすことで果たされているのである。山河のすみずみと、わたしがこれを知ることとが浸透していなければ、「一知半解(わずかに知り不十分に理解する)」ことすらできないのだ。自分はわかりが遅く、理解が遅いとなげく必要はない。仏と仏との山河に満ち満ちた智慧が、すでに現成しているので、私たちが知ることができている。曾無(いままで無い)とは已曾(はじめからすでに)という意味であるのだ。已曾とは現成(あらわれているところになる)ということだ。だから曾無分別(いままで分別はない)とは、世界と自己とははじめからすでにつながっているということで、だから「一人にも逢わず(自分以外の誰にも会わない)」*1というのである。
其照自妙、曾無毫忽之兆。
毫忽といふは、尽界なり。しかあるに、自妙なり、自照なり。このゆえに、いまだ将来せざるがごとし。目をあやしむことなかれ、耳を信ずべからず。直須旨外明宗、莫向言中取則なるは照なり。このゆえに無偶なり、このゆえに無取なり。これを奇なりと住持しきたり、了なりと保任しきたるに、我却疑著なり。
「毫忽(わずかのあいだ)」とは、(短いことをいうのではなく)、「尽界(世界すべてに行きわたっていること)」を言う。(はじめからすでにすべてのものに行きわたっている、)それで、自己が妙(世界のありようを示す)である、自己が照(世界のありようとして明かとなる)である、といえるのである。だから、外側から持ち来たるようななにものもこの世界にはないのである。目の機能をあやしんではいけない(が、過信してもならない)。耳を信じてはいけない(が、耳の機能にも頼らなければならない)。「言葉や知覚の外の世界のありさまを理解し、言葉だけで理解しようとするな」というのが、(自己を)照とすることである。このありさまを「無偶(ほかに人はいない)」といい、このありさまを「無取(外側のものを取り入れることはない)」というのである。これが「奇(ただ自己だけ)」という修行のありさまであり、「了(さとりと修行とが一体である)」を保っていくありようであって、これを「我れ疑著を却す(自分は疑いや執着を反転する)」といっているのである。
道元禅師がここで主張されるのは、世界と自己との一体性です。「宏智禅師坐禅箴」が、さとりの場所として心の内奥を想定し、そこに内進しようとする傾向があるのに対して、道元禅師は世界と自己との一体性をもとに、正反対の外へのベクトルに反転させている点に注目していただきたいところです。こうした反転の意識に支えられて、たとえば「知」「思」なども、知覚の内奥としての内部的なはたらきではなく、むしろ「形」「山河」であると説かれます。「微」を「微細な部分にまで相互に浸透しているといえる」と私は翻訳しましたが、これは橋本恵光老師が『調息のしおり』(『宝鏡夜話』71頁 醒心洞 1967)において「鼻息微通」を、「鼻息カスかに通じ」ではなく、「鼻息クワしく通じ」という意味に訓み、読誦の際には「鼻息微通(びそくびつう)す」と読むべきだとされていることを踏まえました。
「曾無」は「已曾」へ、「毫忽」は「尽界」と、正反対の言葉へと読み替えられています。こうした正反対の意味へと読み替えることは、道元禅師の得意技です。「自微」「自妙」もまた、「オノズカラ微ナリ」「オノズカラ妙ナリ」ではなく、「自ニシテ微ナリ」「自ニシテ妙ナリ」と読み替えていると考えられ、さらに「我れ却って疑著す」ではなく、「我レ疑著ヲ却ス(自分は疑いや執着を反転する)」と読み替えているように思います。くりかえしますが、これらの読み替えによって道元禅師が主張したいのは、世界と自己との一体性です。「宏智禅師坐禅箴」が、さとりの場所である心の内奥へと内進しようとする傾向に対して、道元禅師は世界と自己との一体性をもとに、正反対の外へのベクトルに反転させているのです。
〈世界の包括と自己の知覚の不完全性の主張〉
続く箇所では、世界の包括と自己の知覚の不完全性が主張されます。
水清徹底兮、魚行遅遅
水清といふは、空にかかれる水は清水に不徹底なり。いはんや器界に泓澄する水清の水にあらず、辺際に涯岸なき、これを徹底の清水とす。魚もしこの水をゆくは、行なきにあらず。行はいく万程となくすすむといへども、不測なり、不窮なり。はかる岸なし、うかむ空なし、しづむそこなきがゆえに、測度するたれなし。測度を論ぜんとすれば、徹底の清水のみなり。坐禅の功徳、かの魚行のごとし、千程万程、たれか卜度せん。徹底の行程は、挙体の不行鳥道なり。
「水清」について、底まで透き通っている水が「清水(あるいは水清)」だと理解するのでは不十分である。その理解では、世界全体に満ち満ちている「水清の(透明な)」水も理解できないだろう。(内部にいて)「岸辺や境界などない水ばかりの世界」、それが徹底の「清水」であるのだ。魚がこの水のなかを進むときには、進んでいないことはないが、何万里と進んでいても、それは「不測(計測できず)」で「不窮(限りがない)」であるのだ。なぜ測れない、限りがないのかといえば、そこに岸も、空もなく、(進む魚にとっては)ただ水だけだからである。坐禅の功徳とは、水ばかりの世界を進んでいるこうした魚のありさまのようである。千里も万里も、測ることはできない。水ばかりの世界と進む徹底のありさまは、身心を投じて「鳥道も行かず(鳥の道に入り込んでいるので、進んでいるという知覚もない)」*2ようなものである。
空闊莫涯兮、鳥飛杳杳。
空闊といふは、天にかかれるにあらず、天にかかれる空は、闊空にあらず、いはんや彼此に普遍なるは闊空にあらず、隠顕に表裏なき、これを闊空といふ。とり、もしこの空をとぶは、飛空の一法なり。飛空の行履、はかるべきにあらず。飛空は尽界なり、尽界飛空なるゆえに。この飛、いくそばくといふことしらずといへども、卜度のほかの道取を道取するに、杳杳と道取するなり。直須足下無糸去なり。空の飛去するとき、鳥も飛去するなり。鳥の飛去するに、空も飛去するなり。飛去を参究する道取にいはく、只在這裏なり。これ兀兀地の箴なり。いく万程か只在這裏をきほひいふ。
「空闊」については、天にかかっている空の広さを言うのではない。天にかかっている空を「闊(ひろ)い空」と言うのではなく、ここでもあちらでも空がどこにでも広がっているのが「闊い空」なのではない。(修行とさとりとのあいだで、)隠れる(=修行)のでも顕れる(=さとり)のでもなく、表(=さとり)も裏(=修行)もないことを「闊い空」というのである。修行の空を飛ぶときこそ、空を飛ぶただ一つの仏法があらわれる。空を飛ぶという修行のありさまは、外からは計り知れない。空を飛ぶときには、世界全体と飛び、世界全体が空を飛んでいるからである。この飛ぶことについて、どれほどの長さや高さを飛ぶことなどは計り知れないのだが、この様子を計り知れないというありさまを、(宏智禅師は)「杳杳(ようよう)」と表現したのである。ただ、「足下無糸にして去る(一本の糸もあしもとにつけずに行き去る)」*3のである。空が飛び去るとき、鳥も飛び去るのである。鳥が飛び去るとき、空も飛び去るのである。飛ぶことをさらに参究するならば、それは(どこかにいくのではなく)「ただここにいる」だけである。これが「兀兀(ごつごつ)と(山のように不動に)」を理解する箴(おしえ)となるのである。何万里行こうと、「ただここにいる」というだけのことを、そう言ったのである。
「宏智坐禅箴」では、水を行く魚がゆっくりと泳ぐさまを「遅遅」、空を飛ぶ鳥がゆったりと飛ぶさまを「杳杳」と表現していました。この表現は身体性を表しているよりもむしろ、心の深奥が穏やかでいることで焦り慌てた行為をしない、というありさまを表していると読むことができ、やはりここでも、「宏智坐禅箴」は、心の内奥を穏やかに保つそのありさまを中心に語っていると理解できます。それに対して道元禅師は、これを正反対の方向へとひっくり返し、世界の包括と自己の知覚の不完全性を述べています。
たとえば魚が行く「水の清さ〔水清〕」には、ただ底まで透明な水のなかで泳いでいることではなく、その水が魚を包括し、魚がそのなかで泳ぐ際に、どれだけ泳ごうと水の外へと出ることがない、その無限定な水のなかで泳いでいることにこそ注意せよと道元禅師は語ります。また鳥が空を飛ぶときの「空の闊さ〔空闊〕」についても、空全体とともに鳥が飛んでいるので、その広さは測ることができない、そのことにこそ注意せよと言われています。そうした世界の包括においては、私たちの知覚は不十分なものとしか働きません。海の中では水ばかりであるためにかえって水が見えないようなもので、包括された世界のなかでは、知覚は不十分にしか、あるいはまちがったありようを捉えるようにしか働かないということです。この知覚の不十分さを自覚せよと言われています。
これらは「現成公按」巻でのつぎの箇所と正確に対応しています。
魚、水を行くに、ゆけども水のきはなく、鳥、そらをとぶに、とぶといへどもそらのきはなし。しかあれども、うを・鳥、いまだむかしよりみづ・そらをはなれず。ただ用大のときは使大なり、要小のときは使小なり。かくのごとくして、頭頭に辺際をつくさずといふことなく、処処に踏飜せずといふことなしといへども、鳥、もしそらをいづれば、たちまちに死す、魚、もし水をいづれば、たちまちに死す。
得処かならず自己の知見となりて、慮知にしられんずるとならふことなかれ。証究すみやかに現成すといへども、密有かならずしも見成にあらず。見成これ何必なり。
こうしたかたちで、世界の包括と自己の知覚の不完全性が言われましたが、もちろんこの項目が単独で問題とされているわけではなく、別の三項目、すなわち、さとりと修行との一貫性、世界と自己との一体性、修行の現今性と世界の実現、という点とも連動しています。これが道元禅師の坐禅の特徴であるので、これらの項目すべてについて留意しながら読解するほうが、よりよく理解することができるように思います。「坐禅箴」巻の今回の箇所は、道元禅師の坐禅の特徴である四項目すべてが述べられていると考えられます。
最後に、上記当該箇所の*印をつけた箇所について解説をしておきます。これはすべて、洞山良价(807-869)とある僧との問答から来ています。翻訳を挙げ、対応箇所に*をつけておきます。
問い、「私のききおよびますところ、和尚さまはよく、『人に鳥の道を歩かせよ』と、おっしゃるとか。いったい、どういうものが、鳥の道でございますか」
師、「誰にも出逢わん」*1
僧、「どんなふうに、歩くのです」
師、「足の下に、糸一すじつけずに歩く」*3
僧、「(もしかすると)本来人のことじゃ、ございませんか」
師、「貴公、どうしてそんなに倒立ちする」
僧、「学人のどこが、倒立ちでございます」
師、「もし倒立ちしていないなら、汝はどうして又、奴婢を檀那ととりちがえる」
僧、「どういうものが、本来人ですか」
師、「鳥の道を歩かぬ人よ」*2
(『祖堂集』大乗仏典13 柳田聖山訳 222-223頁 中央公論社 1990)。
奥村老師が、この箇所についてつぎのような解説をされています。
鳥道とは、鳥が飛んだ後に何も跡形が残らないように、自分の修行の様子やその成果について執著を起こして、いかにも自分は厳しい修行をしていることを見せびらかしたり、素晴らしい悟りを開いたと自慢したりしないで、ただ自分だけ静かに修行していることです。「鳥道を行くとはどういうことですか」と訊かれて、洞山は、「誰にも出会わないことだ」と答えました。沢木老師の言葉のように、人知れず「自分が自分を自分する」だけだということです。それはどういう風に歩くかと訊かれて、洞山は「足の下に一本の糸もつけないで」、ヒモつきでなく、何にも執われないで行くことだと答えます。そのあと、二・三の応酬があって、僧が「本来人とはどういう人ですか」と尋ねますと、洞山は、「不行鳥道(鳥の道も行かない人だ)」と答えます。これは普通の意味で鳥道を行かないということではありません。洞山が最初に言った「鳥道を行け」を否定して撤回することではないのです。本当に跡形をつけることなく「鳥道を行く」人は、自分が鳥道を進んでいるとも思わないで、ただ修行している人だということです。(『「現成公按」を現成する』 奥村正博著、宮川敬之訳 250-251頁 春秋社 2021)。
あえて言えば「不逢一人」とは世界と自己との一体性と修行の現今性と世界の実現を、「足下無糸去」は世界の包括性と知覚の不完全性を、「不行鳥道」はさとりと修行の一貫性を指しているように理解してもいいと思います。もちろんこれらが単独のことがらではなく、相互に関連しつつあるのが、道元禅師の坐禅であり、只管打坐がめざすありさまなのだと私は思います。
【藤田一照】身読コラボ⑱
いろいろな事情で前回の掲載からずいぶん時間が経ってしまいましたが、引き続き宏智禅師の『坐禅箴』とそれに対する道元禅師の評釈の参究を進めていきます。
今回はまずこの一段に取り組みます。いつものように、数回音読してみてください。
其知自微、曾無分別之思。
思の、知なる、かならずしも他力をからず。其知は形なり、形は山河なり。この山河は微なり、この微は妙なり、使用するに活鱍鱍なり。龍を作するに、禹門の内外にかかはれず。いまの一知わづかに使用するは、尽界山河を拈来し、尽力して知するなり。山河の親切にわが知なくば、一知半解あるべからず。分別思量の、おそく来到するとなげくべからず、已曾分別なる仏仏、すでに現成しきたれり。曾無は已曾なり、已曾は現成なり。しかあればすなはち、曾無分別は、不逢一人なり。
以前にも何度か触れましたが、『正法眼蔵』の文体的特徴の一つは、和文の中に、漢文(中国語)の引用が読み下されることなく、ひと塊りになって挿入されていることです。したがって、その漢文をどう読み下すか、つまりどこでどう区切るか、区切った文節がどのような関係にあると理解して読むかといった判断が読者の側に託されることになります。その漢文の部分の読み下し方によっては解釈が相当違ったことになる場合が多々あります。さらには、漢文の引用で頻出する「不」とか「無」といった否定辞が単純に否定を意味するのではなかったり、「什麼」とか「誰」といった疑問詞が必ずしも疑問文を構成するのではなかったりといった、中国語の文法に当てはまらない使い方がしばしばなされていたりといったことが重なって、なおさら『正法眼蔵』の中に出てくる引用漢文の扱いをトリッキーなものにしています。それを読むわれわれとしては、その漢文の前後にある和文で書かれた道元禅師の論旨に照らして判断するか、あるいは『正法眼蔵』の全体を貫いている哲学的立場とでもいうべきものから推察するしかありません。そういう事情が『正法眼蔵』を読む難しさの一因になっていることは確かですが、同時にそれが『正法眼蔵』の独特の文体が持つ魅力にもなっています。そしてなによりも、言葉の限界を越えた真実を指し示す大きな力にもなっていることは間違いありません。私の個人的見解ですが、このようなユニークな文体は日本人が生み出すことのできた偉大な発明と言ってもいいのではないかと思います。
さて本文に目を戻しましょう。まず、宏智禅師の『坐禅箴』の一文「其知自微、曾無分別之思」は、その後に続く道元禅師の評釈の論旨に合わせるなら、一般に読み下されているような「その知、自ずから微なるは、かつて分別の思なし」ではなく、「その知、自微なり、曾無なる分別の思なり」と読み下さなければなりません。この文に対する評釈の冒頭に「思の、知なる」、つまり「思は知である」とあるので「その知には思いがない」と否定的に読むことができないからです。その知と思は相互否定的関係にはないのです。ここでは、一般の理解とは違って、思(思量)が「その知」であるという立場で読解をしていく必要があります。また、道元禅師は評釈の中で「曾無」という漢字で二文字の概念を新たに造って使っているので、普通に「曾て無し」と読み下すわけにはいきません。こういう考えで、ここは「その知、自微なり、曾無なる分別の思なり」と読むことにします。
宏智禅師の『坐禅箴』には、前回論じた「不触事而知」に連結して「不触事而知、其知自微」という一文がありますが、道元禅師はこれを取り上げて評釈を加えてはいません。この一文には触れず、その次にある「其知自微、曾無分別之思」を取り上げています。「不触事而知」についてはすでに評釈をしていますから、後は「其知自微」と「曾無分別之思」について論じれば良いということなのでしょう。
道元禅師が評釈をしていないこの「不触事而知、其知自微」という一文は前回の私の解釈を引き継いで、一般に行われているように「事に触れずして知る、その知、自ずから微なり」とは読み下さず、「不触事たる知(不触事と知が同格)、その知は自微なり」と読むことにします。ですから、ここまでのところで、宏智禅師が問題にしている坐禅における「知」をめぐって、「不触事而知」、「不触事而知、其知自微」、「其知自微、曾無分別之思」という三つの文が重ねてこられたことで、ここで言われている「知」が、「不触事」であり、「自微」であり「曾無分別之思」であることが明らかになりました。
「不触事」というのは、向こう側に対象がそれ自体として実体的に存在し(客体)、それを知る主体がそれと対立的にこちら側に存在するという、私たちが当たり前に前提にしている主客二元論的な認識構造の話を超越しているということです。「不」は否定ではなく超越の意味と解釈します。ですから、私たちが普通に「知る」と言うときに念頭に置く、能(主観)所(客観)の二つが立つ文脈での「知」ではなく、そういう能所による知をそもそも成立させているようなより根源的な知の働き方をこのような表現で示しています(前回の唯識に絡めた議論を参照)。坐禅においては、触れることができるような事を産生するような不触事の「知」が働いているのです。
「自微」というのは、この「知」が私たちの感覚のレベルの話(「触事」)ではなく、この「知」はそれを超越しているので、これといった感覚の手応えがまったくないということを意味しています。感覚的な手応えがあれば、私たちは感情的に、あるいは認知的に、それなりの反応ができるのですが、そのような反応の余地がまったくない知だということです。ですから、私たちにとっては、いかなる反応も起こり得ない以上、文字通り何ともかんとも手の施しようがないほど「微」なのです。「自」というのはもともと、本来的にそうであるということです。
「曾無分別之思」は、ここでは「曾無なる分別の思なり」と読みます。それは道元禅師の評釈では「曾無」と熟語化されて、一つの説明概念になっているからです。そこでは「曾無」は「已曾」であり、「現成」だと言われています。われわれ人間は思量分別して生きていますが、思量分別それ自体は思量を超えたところ(「曾無」)から生まれてくることを指します。言い換えると、それが「非思量」(非の思量)であり、「思量箇不思量底」(箇々の思量は思量を超えたところで生まれている)であり「如何思量」(如何と疑問詞を使ってしか言えないものが生み出す思量)なのです。
もしかすると、「不触事」であり「自微」であり「曾無なる分別の思」であるような「知」は、私たちにはとても縁遠い、手の届かないどこか別世界の話であるかのように思ってしまうかもしれませんが、実はそうではありません。私たちはそれをまったく意識することなく生きています(「自微」)が、このような「知」が基底的にフルに働いているからこそ、「触事」、「粗(微の反対語)」、「分別之思」を特徴とする普通の知的活動(「思量」)が可能になっているのです。ここで言われている「その知」は実は私たち人間の通常の意識レベルの知を成立させているより根源的な働きのことで、この上なく精妙不可思議な生命活動の働きのことを指しています(ここでいう「生命活動」は、単にわれわれの身体上のことだけではなく、生きている身体と分かち難く一体になって働いている環境全体も含んでいます。それを「尽十方界真実人体」と言います)。この「知」はあまりにも身近すぎるので、私たちにはそれを対象化して捉える(「覚知」とか「了知」)ことができません。その対象化しようとすることさえもまたこの「知」の働きに含まれているからです。
ここで言われている「知」を、常識的な意味に引きずられて、心理的、意識的な認識活動だと取らないように気をつけなければなりません。それ以前のところで、それを成り立たせている根源的な事実のことを仮に「知」と呼んでいるだけなのです。
では、道元禅師がこの一文についてどう評釈しているかを見てみましょう。一文ずつ意訳しながら読んでいくことにします。
思の、知なる、かならずしも他力をからず。
(曾無分別の)思が(其の)知であることは、決して自分以外の他の力を借りることはない。自ずからにしてそうだからである。
其知は形なり、形は山河なり。この山河は微なり、この微は妙なり、使用するに活鱍鱍なり。
その知は必ず何らかの形をとる。その具体的な形が山や河だ。したがって、その知の働きによって現れてくる山や河のあり方は、不触事の微であり、それは不対縁の妙である(人間の感覚、認識、思議、理解を超えている)。そして、その知を用いるときには、生き生きと活発自在である。
龍を作するに、禹門の内外にかかはれず。いまの一知わづかに使用するは、尽界山河を拈来し、尽力して知するなり。山河の親切にわが知なくば、一知半解あるべからず。
一般には禹門(龍門)、つまり川の流れを登ってその門を通らなければ龍にはなれないと言われているが、仏祖の坐禅においては、龍を作るのに(坐禅が作仏になるのに)そのような関門の内にいるか外にいるかということはまったく関係がない。坐禅すればそれでよいのだ。ここで宏智禅師が問題にしているようなただ一つの「その知」をほんの少しでさえ用いるときは、尽界の山河、つまり大自然のあらゆるものをもって来て知とする(存在する)のであり、そのような知(存在自体)が全力を尽くして働いているのである。そのような大自然の活動と一枚になるほど親密になっているところに自己の知がなければ、一知も半解もあるはずがなく、何一つ知ることなどできはしない。
分別思量の、おそく来到するとなげくべからず、已曾分別なる仏仏、すでに現成しきたれり。曾無は已曾なり、已曾は現成なり。しかあればすなはち、曾無分別は、不逢一人なり。
われわれの分別思量は、山や河という形をとる「その知」が先にあって、その後から遅れてそれを山や河と知るのだと思い、そのことを遅くやって来ると嘆いてはならない。事実はそうではない。その分別思量には已曾(すで)に(昔からずっと、つまり、われわれの意思とは関係なくこれまでにすでに完了しているの意)分別している仏仏が現成してやって来ているからだ。「曾無(ぞうむ)」とは「已曾(いぞう)」ということであり、「已曾」は今ここに「現成していること」なのである。だから、分別思量がこれから来到するのではなく、すでに分別なる仏が現成し終わっているのだ。そのようであるから、「曾無分別」とは、洞山が言った「(見渡す限りが自己だから)一人も出会う相手がいない」ということだ。
さらに、「其照自妙、曾無毫忽之兆」という宏智禅師の『坐禅箴』の一文に対する評釈が続きます。まずは、数回の音読を。
其照自妙、曾無毫忽之兆。
毫忽といふは、尽界なり。しかあるに、自妙なり、自照なり。このゆえに、いまだ将来せざるがごとし。目をあやしむことなかれ、耳を信ずべからず。直須旨外明宗、莫向言中取則なるは照なり。このゆえに無偶なり、このゆえに無取なり。これを奇なりと住持しきたり、了なりと保任しきたるに、我却疑著なり。
ここでも、宏智禅師の『坐禅箴』にはある「不対縁而照、其照自妙」という一文への評釈はありません。「不対縁而照」についてはすでに評釈していますし、「其照自妙」については、これから評釈をしていくからでしょう。
この一文も、一般に読まれているように「その照、自ずから妙にして、かつて毫忽の兆なし」とは読まず、「その照、自妙なり、曾無なる毫忽の兆なり」と読み下します。そして、「その照は、本来的に思い以上の働き(「妙」)であり、すでにして現成している毫忽の兆(現れ)である」と理解します。ここで言われている「その照」は尽界全体の働き、活動としての生命活動のことであり、上で論じた「その知」と、体としては同じものです。しかし、照らすものも照らされるものもなくただ照らすということだけがある(「照」はわれわれが生きているという活動の事実のこと。「知」も同じ)ということが特に強調されて論じられているのだと思います。そして、「その照」は「不対縁」であり、「自妙」、「曾無毫忽之兆」であると言われます。この文をこのように読み下した上で、これに対する道元禅師の以下の評釈を読解していきます。
毫忽といふは、尽界なり。しかあるに、自妙なり、自照なり。このゆえに、いまだ将来せざるがごとし。目をあやしむことなかれ、耳を信ずべからず。「直(じき)に須(すべから)く旨外(しがい)に宗を明らしむべし、言中に向って則を取ること莫かれ」なるは照なり。このゆえに無偶なり、このゆえに無取なり。これを奇なりと住持しきたり、了なりと保任しきたるに、我却疑著なり。
毫は、辞書によると厘(一尺の千分の一)の十分の一、忽は十万分の一であることを示す漢字文化圏における数の単位で、「毫忽」と熟語されて、極めて小さいことを意味する。しかし、「その照」という生命の事実においては、毫忽とも言える極小のものといえども極大である尽界が関わっている。そうではあるが、その照はただそれ自身の絶対的働きとして、自ずからにして妙(感覚ではとらえられないし、人間の力ではどうすることもできないこと)であり、自ずからにして照なのである。したがって、何ものかをどこからかもってきて、それを照らすというようなことはない。趙州に対して弟子が言った「不将来(何ももって来ていない)」のごときものだ(趙州従諗の弟子の厳陽善信が師に対して、「一物不将来の時いかん」と尋ねたのに対し趙州が「放下著」と答えた『従容録』第五七則の「趙州不将来」を踏まえている)。これは、そもそも、もって来るとか来ないという話ではない。毫忽が尽界であるという事実は、自分の目で見ることもできないし、自分の耳で聞くこともできない。はじめから目や耳といった感覚器官の対象にはならないことだからだ。中国唐代の禅僧夾山善会の語に基づく「言葉をもって語られている世間的な概念、趣旨を超えたところに根本的なものがあることを明らかにしなければならない。言葉の中に則(きまり)を認めて、それに従おうとしてはいけない」というのが「その照」なのである。言葉に滞っていたのでは、「その照」の真実を会得することはできない。このようであるから、「その照」には、対立する相手がいないので手掛かりというものがなく(「無偶」)、したがって、つかめるものではないので人間的欲求の対象になり得ない(「無取」)。これを「たった一つの単独(奇)」であると信じ受け入れて守り伝え、「それで完結、完了している(了)」であるとして大事にしてきたのだ。それはいわば「我却疑著」と言うべきである。我却疑著は、文字の上からは「我、却って疑著せり(自分は疑う)」という意味で「何かを疑う」ことであるが、ここでは理知の上の納得を完全抛擲するということをこのように言っている。
なお宏智禅師の『坐禅箴』本文には、道元禅師が以上で評釈した「其知自微、曾無分別之思」、「其照自妙、曾無毫忽之兆」の後に、「曾無分別之思、其知無偶而奇」、「曾無毫忽之兆、其照無取而了」という二つの文がありますが、そこにある「知」に関する「無偶」、「奇」、「照」に関する「無取」、「了」については上の評釈の中ですでに釈がなされていますので、道元禅師は評釈の中では特に取り上げてはいません。
ここから宏智禅師は、水、魚、空、鳥と具体的な例をあげて坐禅の世界を説いていきますが、常識的な意味での水、魚、空、鳥ではないことに注意が必要です。
まずは、数回の音読で、文章を味わってください。
水清徹底兮、魚行遅遅。
水清といふは、空にかかれる水は清水に不徹底なり。いはんや器界に泓澄する水清の水にあらず、辺際に涯岸なき、これを徹底の清水とす。魚もしこの水をゆくは、行なきにあらず。行はいく万程となくすすむといへども、不測なり、不窮なり。はかる岸なし、うかむ空なし、しづむそこなきがゆえに、測度するたれなし。測度を論ぜんとすれば、徹底の清水のみなり。坐禅の功徳、かの魚行のごとし、千程万程、たれか卜度せん。徹底の行程は、挙体の不行鳥道なり。
「水清徹底兮、魚行遅遅」は、普通は「水清(きよう)して底に徹(とお)り、魚行いて遅遅たり」と読みますが、ここでは道元禅師の評釈で「水清」、「徹底」、「魚行」と熟語化されているのにならって、「水清は徹底なり、魚行は遅遅なり」と読み下すことにします。
水清といふは、空にかかれる水は清水に不徹底なり。いはんや器界に泓澄する水清の水にあらず、辺際に涯岸なき、これを徹底の清水とす。
「水清」とここで言われている水であるが、空中にある水、つまり雨という水は「清水」というには不徹底だ。ましてや、われわれが住んでいる器としての世間(物理的世界)にある深く澄んでいる水はここで言う「水清」の水ではない。辺際(きわ)もなく涯岸(はて)もない無限であることを徹底の清水とするのだ。だから、宏智禅師が「水清」と言っているのは、それはH2Oの水のことではない。徹底というのは底抜け、底がないこと、際限がないことを意味する。水清徹底というのは普通に言う水のことではなく、われわれの無相であり無限な生命活動のことを象徴した表現なのである。われわれはいかに生きようとこの無限の生命活動の外に出ることはあり得ない。
魚もしこの水をゆくは、行なきにあらず。行はいく万程となくすすむといへども、不測なり、不窮なり。はかる岸なし、うかむ空なし、しづむそこなきがゆえに、測度するたれなし。測度を論ぜんとすれば、徹底の清水のみなり。
だから、もし魚がこのような無限の水の中を進んで行くには、「行く」ということがないわけではない。魚が行く(生きる)には、幾万とも言えないほどの行程を進んで行くのだが、それは測ることができないし、それに窮まりもない(これで泳ぎ切ったので終了ということがない)。測る岸もなく、浮かび上がる空もなく(つまり、上に向かっても水の果てがない)、沈むべき底もないので、この水を測ることのできる人は誰もいない。この測るということを取り上げて論じようとすると、ただ徹底の清水ということがあるだけだ。
坐禅の功徳、かの魚行のごとし、千程万程、たれか卜度せん。徹底の行程は、挙体の不行鳥道なり。
坐禅の功徳は、この魚が徹底の清水と一体になってその中を泳いで行くようなものだ。魚は一生その水の中を泳いでいる。魚が泳ぐ千や万の行程を誰が測ることができるだろうか。誰にも測ることはできないのである。だからどれだけやったからそれで十分というようなことはまったく問題にならない。終点などなく、どこまでも続けなければならないものだ。そのような徹底(徹すべき底のない無限な)の行程(坐禅の修行)は、鳥と空との全体(挙体)からすれば、飛んだという跡形がまったくない不行の鳥道である。鳥が無限大の空をいくら飛んでも、全体としてはどこにも行ったことにならないからだ。次の「鳥飛杳杳」を意識して、ここに鳥のことが出て来ているが、これは魚で言えば「魚行遅遅」ということになる。だから、「魚行の徹底の行程は、挙体の不行魚道なり」と書いてもいいところだ。だから、魚がどんなに長い時間泳いでも、水の全部を泳ぎきることはできないし、どれほど早く泳いでも、それは「魚行遅遅なり」なのである。
次の一段で道元禅師の宏智禅師の『坐禅箴』評釈が終わります。同じく数回、音読を。
空闊莫涯兮、鳥飛杳杳。
空闊といふは、天にかかれるにあらず、天にかかれる空は、闊空にあらず、いはんや彼此に普遍なるは闊空にあらず、隠顕に表裏なき、これを闊空といふ。とり、もしこの空をとぶは、飛空の一法なり。飛空の行履、はかるべきにあらず。飛空は尽界なり、尽界飛空なるゆえに。この飛、いくそばくといふことしらずといへども、卜度のほかの道取を道取するに、杳杳と道取するなり。直須足下無糸去なり。空の飛去するとき、鳥も飛去するなり。鳥の飛去するに、空も飛去するなり。飛去を参究する道取にいはく、只在這裏なり。これ兀兀地の箴なり。いく万程か只在這裏をきほひいふ。
「空闊莫涯兮、鳥飛杳杳」は、普通は「空、闊(ひろ)くして涯(かぎ)りなし。鳥の飛ぶこと杳杳(ようよう)なり」と読みますが、ここでは先ほどの水と魚の一文と同じように「空闊は莫涯なり。鳥飛は杳杳なり」と読み下します。
空闊といふは、天にかかれるにあらず、天にかかれる空は、闊空にあらず、いはんや彼此に普遍なるは闊空にあらず、隠顕に表裏なき、これを闊空といふ。
ここで「空闊」と言われていることは、われわれが天に仰ぎ見るいわゆるの空ではない。天にある空は闊空ではなく、ましてやあそこやここにずっと広がっている空は闊空ではない。隠れても顕(あらわ)れても表も裏もないことを闊空と言うのである。ここでは坐禅の無限の内容のことを「闊空」と表現している。そしてその闊(ひろ)さは「莫涯(かぎりなし)」なのだ。
とり、もしこの空をとぶは、飛空の一法なり。飛空の行履、はかるべきにあらず。飛空は尽界なり、尽界飛空なるゆえに。この飛、いくそばくといふことしらずといへども、卜度のほかの道取を道取するに、杳杳と道取するなり。
たとえば、鳥がこのような無限の空を飛ぶことは、飛空という一つのあり方である。それは空全体が取る一つの活動の形式だ。このような空全体が取る飛空という活動のあり方は、測ることができない。なぜなら、飛空というのは尽界、つまり世界全体が飛空という活動をしているからだ。尽界の活動をその外から測ることなどできるはずがない。測ることができないから、この飛という活動(つまり坐禅)が、どれほどのものかということは知られることがない。しかし、その測って測りきれないところを、測る言葉以外で表現したのが、ここで言う「杳杳」である。「杳」という漢字は、「木の下に日が沈んで暗い」ことを表しており、この字を重ねた「杳杳」は、奥深く暗い様子や、はるか遠くにかすんで見える様子、また消息が不明ではっきりしない様子を表す。ぼんやりと見通せない空間や時間的な遠さを指す畳語である。飛空の様子を表現するなら、そのようなはっきりしない言葉を使うしかないのだ。
直に須く足下、無糸に去(ゆ)くべしなり。空の飛去するとき、鳥も飛去するなり。鳥の飛去するに、空も飛去するなり。飛去を参究する道取にいはく、只在這裏(しざいしゃり)なり。これ兀兀地の箴なり。いく万程か只在這裏をきほひいふ。
「杳杳」というのは、洞山が言ったように「直ちに足下に糸一筋ほどのものさえも踏むことなく行かなければならない(修行しなければならない)」ということだ。つまり、これまで「不触事而知」、「不対縁而照」で説明して来たように、感覚的はまったく反応のない様子をそう言うのである。なんの手応えのないところで坐禅しなければならない。空が飛ぶときというのは、空が具体的に活動しているときということで、そのとき鳥も飛ぶのである。空と鳥は一体のものとして活動しているのだから、鳥が飛ぶときには空も飛ぶのだ。このような飛ぶという事実を参究(修行)するところから出てくる表現が、「只だ、這裏(ここ)に在り」である。この言葉は、道元禅師の『真字正法眼蔵』第一八二則「百丈野鴨有省」にある次のようなやりとりに由来する。ある時、百丈が師の馬祖に付き従って歩いていたとき、野鴨の一群が飛び去っていくのを見て、馬祖が尋ねて言った。「あれは何だ」。百丈が答えて言った。「野鴨の群れです」。馬祖が言った。「どこへ行くのだろう」。百丈が言った。「もう飛び去ってしまいました」。すると、馬祖は百丈の鼻をつかんでぎゅっと捻った。百丈はびっくりして悲痛の声を出して「痛い、痛い」と叫んだ。そこで馬祖は百丈に言った。「お前は、飛び去ったと言ったが、まだ飛び去らず、ここにいるではないか(元来、只だ這裏に在り)」。「只在這裏」とは中国語で「ただここだけ」を意味する。つまり「ただ、今ここにいる」ということだ。これこそがまさに兀兀地、つまり坐禅の箴(最重要な急所)である。われわれは幾万の行程で次から次へと「只在這裏」を言い続けていることであろうか。坐禅とは、この「只在這裏」をどこまでも常に新たに身をもって表現し続けていくことなのだ。
以上で、宏智禅師の『坐禅箴』についての道元禅師の評釈が終わります。次の段ではその締めくくりとして道元禅師が宏智禅師の『坐禅箴』についてその価値をどのように見ているかが改めて述べられています。
次回は、その部分、そしてこの巻の最後に置かれている道元禅師が作った『坐禅箴』を読解し、この連載を終えることにします。


