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坐禅とは何か――『正法眼蔵』「坐禅箴」を身読する 藤田一照・宮川敬之

二分法を乗り超える

【宮川敬之】身読コラボ⑰

不触事而知

 知は覚知にあらず、覚知は小量なり。了知の知にあらず、了知は造作なり。かるがゆえに、知は不触事なり、不触事は知なり。遍知と度量すべからず、自知と局量すべからず。その不触事といふは、明頭来明頭打、暗頭来暗頭打なり、坐破嬢生皮なり。

 

「ことがらに触れないままに知る」 

 坐禅における「知」とは、通常の覚知ではない。通常の覚知は、(見る主体がつねに前提されているので)その範囲が小さいからである。さとりとしての了知なのでもない。了知は働きかける(客体が前提されている)からである。そうした(主体・客体の双方が外れる)ことこそが、知が「ことがらに触れないありよう〔不触事〕」となることであり、「ことがらに触れないありよう〔不触事〕」が知となる、ということなのだ。その知は、「あまねく知ることだ」と(知られる客体を)推し量ってもならず、「自分で知っていることだ」と(知る自分という主体を)限定してもいけない。「ことがらに触れないありよう」が知となるとは、(普化のいわれる)「明るくなれば明るいように打ち、暗くなれば暗いように打つ」ということだ。それが、「母親からもらった身心を坐破すること(すなわち身心脱落)」である。

 

 

不対縁而照

 この照は、照了の照にあらず、霊照にあらず、不対縁を照とす。照の、縁と化せざるあり、縁、これ照なるがゆえに。不対といふは、遍界不曾蔵なり、破界不出頭なり。微なり、妙なり、回互・不回互なり。

 

「因縁を対象化しないままに照らし出す」

 因縁を照らし出すそのやりかたは、(なにかの対象物のようにして客観的に)照らし出す、ということではない。不可思議な霊知の力で照らし出すということでもない。「因縁を対象化しないこと」そのことを、照らし出し方とするのだ。照らし出すことが対象化しないような照らし出し方がある。それは、因縁そのものを照らし出し方とするのである。対象化しない、すなわち(主客の)二分法を外れているとは、「すべてのものごとは露わになっている」、「すべての世界からはみだすなにものもない」と(行ずると)いうことである。(この行のはたらきは、『坐禅箴』では)「微」といわれ、「妙」といわれ、相互につながりがあって独立していない、相互につながりがなく独立している、といわれるのである。

 

〈区分性の逆説〉

 前回も述べましたが、道元禅師は、坐禅の本体を、「仏と祖師、私たちを含む、すべてのものごとの全体的はたらき」とします。それが「機(functionファンクション)」ということです。この「はたらき」の重要なのは、二分法を乗り超える「運動=行」という点です。

 禅の伝統においては、善悪や美醜、良否などの二分法は、「二見対待(にけんたいだい)」などと言われ、否定されます。そうした世間的な二分法を乗り超え、一元的な世界(出世間)が、たとえば「純一無雑(じゅんいちぶざつ)」などと言われて、その実現が目指されます。

 たとえば、禅の伝統では「二見対待」を超える例として、言葉と言葉を超えた悟り、知覚と知覚を超えた悟り、判断と判断を超えた悟り、表層と深部、通常と超越などの例が出されます。前者における二分法を超えて、後者に直入しなければならないと説かれるのです。

 二分法を乗り超えるべきという主張は、禅の伝統的な言説においてくりかえし語られているので、一見すると陳腐な主張のように見えます。しかし陳腐に見えるのは「机の上」「頭で」考えているかぎりにおいてです。実際に修行を実践した場合、「二分法を乗り超える」という行いが、容易に実現することがらではないことがわかります。それはむしろ、実際には実現がほぼ不可能に近いとすらいえるのです。それはなぜでしょうか。

 二分法を乗り超えようと努力すればするほど、実は密かに、その前提である区分性を再構成し、区分性そのものを強化してしまいます。乗り超えようとするほどに、もともとの二分法、あるいは新たな区分性を強化してしまうのです。前回私はこのことを「区分性の逆説」と呼びました。通常のやりかたでは、区分性の逆説は乗り越えられないのです。しかし、道元禅師は、その乗り越えを試みていると私は考えます。ならば、その乗り越えはどのように行われるのか。私は前回に、つぎのように言いました。

 

区分性の逆説を乗り超えるには、区分性をくりかえし使いながら、区分性そのものを相対化し、しかもそこに通底する対応すなわち「はたらき」を見て、その対応=「はたらき」に自らも入りこむ、という方法を道元禅師はとろうとしていると私は考えます。

 

 区分性の逆説を超えるために道元禅師がとった方法とは、区分性をくりかえし使いつつその相対化を行い、さらにそこに通底する「はたらき」へ自ら入りこむことによっていた、と私は述べました。しかし、この言い方ではまだ、道元禅師の方法を十分に言い得ていません。最も重要なのは、この「区分性の相対化」のやりかた如何にあるからです。

 相対化とは、通常、そのものとは別の、しかし似たことがらを持ってきて、もとのことがらの相対性をあぶりだすことです。しかし「区分性そのもの」を相対化する場合に、別の似たことがらの提示によってそれを行おうとしても、またもそれは別の区分性を再構築してしまいます。そこではまた「区分性の逆説」が発動し、区分性を相対化しようとすることがらそれ自体が、区分性を強化し、区分性じたいは相対化されないのです。

 道元禅師が行う「区分性の相対化」とは、この困難を認識したうえで、それを乗り超えようとするものだと私は思います。それは、「超えるもの」というよりも、ベクトル(方向と努力の強さ)からいえば、その正反対を目指そうとするものであったといえます。いわばそれは、「境界に区切られた範囲のうちで、境界に触れないでその中心へと内進すること」で、主体と客体の双方、区分性そのものを、無化する方法であったといえます。それこそが「はたらき」の実現〔要機、機要〕であったと私は考えます。

 

〈知覚の限界としての境界〉

 境界に触れないでその中心へと内進することで「はたらき」を実現する、という点については、すでに『正法眼蔵』「現成公按」巻でくりかえし言及されていました。

 たとえば船に乗って外洋に出て、海しか見えない状況では、水平線が円く見え、海全体が円いすがたとして見えます。それは日本の内海や近海で、陸地との比較対照としてあらわれている水平な海とは異なった円いすがたとしてあらわれ、それはあたかも、「純一無雑」の海全体があらわれているように感じられます。しかし道元禅師は、こうした円いすがたを、海の真の境界、あるいは外形だと早計に信じてはならない、と注意をうながしています。海は、円いだけではなく、四角形かもしれず、宮殿かもしれず、宝石の首飾りかもしれない、と言われます。次の箇所です。

 

たとへば、船にのりて山なき海中にいでて四方をみるに、ただまろにのみみゆ。さらにことなる相、みゆることなし。しかあれど、この大海、まろなるにあらず、方なるにあらず、のこれる海徳、つくすべからざるなり。宮殿のごとし、瓔珞のごとし。ただわがまなこのおよぶところ、しばらくまろにみゆるのみなり。かれがごとく、万法もまたしかあり。塵中・格外、おほく様子を帯せりといへども、参学眼力のおよぶばかりを、見取・会取するなり。万法の家風をきかんには、方円とみゆるよりほかに、のこりの海徳・山徳おほくきわまりなく、よもの世界あることをしるべし。かたはらのみかくのごとくあるにあらず、直下も一滴もしかある、としるべし。(『道元禅師全集』第一巻、1991年春秋社刊、4-5頁)。

 

 たとえば、舟で海にこぎ出し、陸がもはや見えないときには、われわれの眼は(水平線の)四方を見るが、そのときに海はただ円いように見えるだけだ。それ以外の形が見えることはない。しかしながら広い海は、円いのでも四角でもない。海には尽くすことのない性質があるのだ。(魚にとっては)それは宮殿に見えるし、(天上の者たちにとっては)宝石の首飾りに見える。(私たちにとっては)われわれの目の届くかぎりにおいて、円く見えるのである。万法がこれと同じようなのだ。塵にまみれた世界にいるのもいないのも、そこには数えきれない側面と性質とがあるのである。私たちは、自分の参究と修行の眼が見ることのできる力の範囲で、ものを見、掴むことができるだけなのだ。万法の現実を聞くときに、海と山の両方に尽くすことのできない性質があり、さらに四方には多くの他の世界もあるということを知るべきなのである。これはただ外側の世界においてだけではなく、私たちのまさに足元の世界にも、また水の雫一滴のなかにでもあるものなのだ。(奥村正博著、宮川敬之訳『「現成公按」を現成する』、2021年春秋社刊、「巻末テキスト現成公按GENJOKOAN」6頁)。

 

 なぜ、円く見えている海のすがたを、海の本当のすがたと単純に信じてはいけないのか。道元禅師によれば、それは「境界」が見えているからです。境界として円さが見えていることそのものが、実は本当のすがたではないことを証明してしまっている、と道元禅師は考えています。境界として見えているのは、本当のすがたではなくてむしろ、私たちの知覚の限界にすぎないからです(「この大海、まろなるにあらず、……ただわがまなこのおよぶところ、しばらくまろにみゆるのみなり」)。人間においては円いすがたとしてあらわれる海は、別様の知覚を持つ生命体であれば、宮殿や瓔珞といった別のすがた、すなわち別の「境界」を見せるのです。これは、『摂大乗論』に見える「一見四水(いっけんしすい)」というたとえです。『摂大乗論』によれば、私たち人間には「水」に見えているものでも、魚には宮殿に見え、天人には宝石に見え、餓鬼たちには血膿に見える、と言われます。しかし、このたとえを理解するうえでは、つぎの点に注意しなければなりません。奥村正博老師はつぎのように言われています。

 

この「異なった存在が、同じ水を異なったように見る」というアナロジーのよくある解釈は、それぞれの異なった存在が、水という一つの生命実物を、四つの異なった不完全な見方によって見ているとするものです。しかし道元禅師が言われるのは、見ている様々な存在と見られている「水」という関係の外側に実在するような、「水という真の生命実物」という客体が、はたしてありえるのかどうかわからない、ということなのです。(奥村正博著、宮川敬之訳『「現成公按」を現成する』、2021年春秋社刊、207頁)。

 

 奥村師が注意されるように、見ている様々な存在と見られている「水」という関係の外側に、「水」という実体がありえるものなのかどうかは、わかりません。問題とすべきなのは、知覚を超えた実体のあるなしではなく、知覚はつねに限界としてしかありえず、その限界こそが、世界の外形そのものであるという認識を持つことです。

 世界の外形の真の境界を、私たちが知覚できない理由は、私たちの知覚が不完全であるというよりも、むしろ、より根本的に、私たち自身がすでに世界の中に内包されていて、世界の中での知覚しか持てない、という理由によります。それは文字通り根本的な理由であり、なんらかの努力により乗り越えられることがらではないのです。

 では、私たちはどうすべきなのでしょうか。道元禅師が示されたのは、境界を知覚することがかならずまちがってしまうという点を、いっぽうでは理解しつつ、もういっぽうでは、その境界から反転し、内旋するように修行するということでした。これが坐禅であり、あるいは「身心脱落」といわれる修行です。それはまた、目の前のなにかの修行(修行道場においては、目の前にあるすべての行為が、修行となるのであり、掃除も食事づくりも修行となります)を行じることでもあります。「現成公按」巻ではつぎのように言われています。

 

しかあるがごとく、人もし仏道を修証するに、得一法通一法なり、遇一行修一行なり。これにところあり、みち通達せるによりて、しらるるきはのしるからざるは、このしることの、仏法の究尽と同生し、同参するがゆえに、しかあるなり。得処かならず自己の知見となりて、慮知にしられんずるとならふことなかれ。(『道元禅師全集』第一巻、1991年春秋社刊、6頁)。

 

同じように、人が仏道において修行――さとりに従事しているときに、その人は一つのダルマを実現し、そのダルマに通暁しているのである。さらに、その人が一つの修行に出会ったならば、その人は(十分に)その修行を修行するのである。(このために)場所と道があるのだ。知られる境界は、はっきりとはわからない。そのわからない理由とは、(限定されて現れる)知られたものは、仏法に完全に通暁して、それと同時に生まれ、修行するものであるからだ。われわれが得たものが、われわれによって知覚され、われわれの分別する心でもって知られると考えるべきではない。(奥村正博著、宮川敬之訳『「現成公按」を現成する』、2021年春秋社刊、「巻末テキスト現成公按GENJOKOAN」8頁)。

 

 「境界に区切られた範囲のうちで、境界に触れないでその中心へと内旋すること」は、主体と客体の双方、区分性そのものを乗り超える方法ですが、その方法とは、実践なくしては現れません。方法と実践とが別々にあるのは、「机上で」「頭で」考えたときだけです。現実の修行においては、実践こそが方法そのものです。つまり二分法を超える方法とは実践にほかならず、実践は方法にほかなりません。こうした、実践において二分法を超えること、これが「はたらき」の実現〔要機、機要〕です。当該箇所の「知は不触事なり、不触事は知なり」を、私はこのように理解します。

 

〈因縁を対象化しないこと〉

 このような二分法を超えた「はたらき」は、続いての箇所で、「不対縁を照とす」と呼ばれます。私はこれを、「「因縁を対象化しないこと」そのことを、照らし出し方とする」と訳しました。これはさきほどの、「境界に触れないでその中心へと内旋する」ということを説明したものであると思います。

 「因縁」とは、原因(因)と条件(縁)によってものごとが生起しているとする考えで、「縁起」とも言われ、仏教における基本的な世界の捉え方です。私たちは通常、それぞれの独立した個人が存在していると考えていますが、仏教においては、こうした独立した個人という存在は実在せず、われわれは原因と条件とによって相互に依存し、影響を与え合って全体として生きているありようをしていると考えます。国ごとに異なった形態をもち、多くの宗派に分かれ、無数の経典によって語られている仏教ですが、そのすべてに共通する教えとして「四法印(しほういん)」という教えがあります。「一切皆苦・諸行無常・諸法無我・涅槃寂静」というもので、この教えがありさえすれば「仏教」というハンコが押せるという意味で「印」という字が使われます。ここに語られているのは、われわれ自身を個別で独立した存在とだけ考えると苦しみが生まれるが、「すべてのものが永久ではなく変化していく(諸行無常)」「個別のものごとなどはない(諸法無我)」ということをわきまえると、心の平安が訪れる、という釈尊のメッセージです。ここで、「諸行無常」と「諸法無我」とで示されている教えこそ「因縁」あるいは「縁起」というありようです。これはいわば世界のありようについての認識を変容させるということです。世界は、個々のあつまりでもあるが、同時に、相互につながり、影響を与え合い、生起し死滅する全体としての大きな「はたらき」としてあると、認識を変容させるのです。

 しかしふたたび注意をすれば、こうした「因果」「縁起」への認識の変容は、「机上で」「頭で」考えると簡単に思えますが、実際に実行してみるとき、不可能に近いのです。道元禅師も、「照了の照にあらず、霊照にあらず」と言われています。この部分を「(なにかの対象物のようにして客観的に)照らし出す、ということではない。不可思議な霊知の力で照らし出すということでもない」と訳してみました。「因果」「縁起」を認識しようとしても、「因果」「縁起」とはつまり「世界」そのものであり、私たちもその内部にいるので、それを客観的に見通すことができません。かといって、超能力などの超自然的で通常でない認識で見通すということも、夢や幻想を見ることに近く、正確に認識することからほど遠いのです。ではどうするのか。そこに方法としての修行実践がある、と道元禅師は言われます。

 

 

不対縁而照

 この照は、照了の照にあらず、霊照にあらず、不対縁を照とす。照の、縁と化せざるあり、縁、これ照なるがゆえに。不対といふは、遍界不曾蔵なり、破界不出頭なり。微なり、妙なり、回互・不回互なり。

 

「因縁を対象化しないままに照らし出す」

 因縁を照らし出すそのやりかたは、(なにかの対象物のようにして客観的に)照らし出す、ということではない。不可思議な霊知の力で照らし出すということでもない。「因縁を対象化しないこと」そのことを、照らし出し方とするのだ。照らし出すことが対象化しないような照らし出し方がある。それは、因縁そのものを照らし出し方とするのである。対象化しない、すなわち(主客の)二分法を外れているとは、「すべてのものごとは露わになっている」、「すべての世界からはみだすなにものもない」と(行ずると)いうことである。(この行のはたらきは、『坐禅箴』では)「微」といわれ、「妙」といわれ、相互につながりがあって独立していない、相互につながりがなく独立している、といわれるのである。

 

 道元禅師がねらうのは、因縁そのものを照らし出す方法とすること、でした。要するにそれは、修行のなかに入り込むこと、境界の認識から反転して内旋することです。

 さいごに注意すべきなのは、宏智禅師の『坐禅箴』そのものには、「二見対待」からの超克が、素朴なかたちで述べられていますが、道元禅師の解釈では、そこに「はたらき」への内旋、没入という要素が強く読まれている、という点です。宏智禅師の『坐禅箴』を、ある意味で、脱構築して読んでいる、と言えるということです。

 

【藤田一照】身読コラボ⑰

 

 前回に引き続き、道元禅師が「古仏」と呼んで大いに尊敬している宏智禅師の作った『坐禅箴』を一文一文詳細に深掘りしてコメントを加え、その真意(深意)を解きほぐしているところを読んでいきます。

 ではまず以下にある原文そのものを数回、声に出して朗読してみましょう。意味がわかる、わからないはとりあえず横に置いて、耳から入ってくる音と目から入ってくる文字とが心、あるいは体の中に自ずと喚起してくるものを素直に感じ取るように心がけてください。数回、「本気で」読んでも何も立ち上がってこないようなら、さらに数回繰り返して読んで、言葉が自分の中に何ごとかを触発してこないか、それを辛抱強くかつ繊細に見守りましょう。これまで何度も繰り返し強調してきたことですが、『正法眼蔵』のような書物は、原文そのものを繰り返し声に出して読むという素手の作業をまずはとにかくやってみることが必要です。注釈書や参考書を開いて、アタマを使って理屈や道理を考えたりするのはそのあとにするべきなのです。『正法眼蔵』はそういう「身読」という読書法を稽古するにはうってつけの書物だと私は思っています。私が以下に書くことも、そういう音読の後に読んでいただければと思います。そして、以下を読んだ後に、もう一度始めに戻って、音読してみてください。最初の音読の時と何か違ったものが立ち上がってきたでしょうか?

 

不触事而知

 知は覚知にあらず、覚知は小量なり。了知の知にあらず、了知は造作なり。かるがゆえに、知は不触事なり、不触事は知なり。遍知と度量すべからず、自知と局量すべからず。その不触事といふは、明頭来明頭打、暗頭来暗頭打なり、坐破嬢生皮なり。

 

不対縁而照

 この照は、照了の照にあらず、霊照にあらず、不対縁を照とす。照の、縁と化せざるあり、縁、これ照なるがゆえに。不対といふは、遍界不曾蔵なり、破界不出頭なり。微なり、妙なり、回互・不回互なり。

 

 前回の連載で、私は宏智禅師の『坐禅箴』にある「不触事而知 不対縁而照」という原漢文を「事を触(そく)せずして知り、縁に対せずして照らす」と読み下し、「『万事休息』なのだから身においては事(違順のわずらい)に触れることもなく、『諸縁放捨』なのだから、心において縁に対する(外界のことに知らず知らず心が相手になっている)こともない」と現代語に訳しておきました。そしてさらに、「坐禅のときは一切の人間的雑務が棚上げにされている(達磨は『外、諸縁を息(や)め 内、心あえぐことなく……』と言い、澤木老師は『打ち方やめ!』と言う)。しかしそれはいわゆる無念無想の死物状態になるということではない。そこでは同時に、『龍が水を得、虎が山に靠(よ)る』(『普勧坐禅儀』)と言われるようにどこまでも生き生きと、そして了了として覚め続けていなければならない。つまり『知る』、『照らす』という身心のはたらきは活発におこなわれているのだ。」という説明を付け加えておきました。今回、その箇所に対する道元禅師の注釈を読んでみると、それに修正を加えなければならないことになりました。それは読み下し方を「事を触(そく)せずして知り、縁に対せずして照らす」ではなく、「不触事がすなわち知なり 不対縁がすなわち照なり」としなければならなかったのです。そうしなければ、今回読む道元禅師の註釈との整合性が取れないことに気づいたからです。

 当然のことながら、宏智禅師の『坐禅箴』にある文章はすべて坐禅について述べたものです。ですから、どの文章も「坐禅においては」あるいは「坐禅をしているということは」という、文字としては表立って書かれていない大前提をしっかりと念頭に置いたうえで読んでいかなければなりません。そうだとすれば、「不触事而知 不対縁而照」ということも、坐禅そのもののことを述べているものとして受け取らなければいけないことになります。

 「不触事」の「事」と「不対縁」の「縁」という文字から、私は道元禅師の書かれた坐禅についての基本的テキストである『普勧坐禅儀』の中にある「放捨諸縁 休息万事」を連想します。そこから、宏智禅師の『坐禅箴』にある「不触事」は道元禅師の『普勧坐禅儀』にある「休息万事」に対応し、同じように「不対縁」は「放捨諸縁」に対応しているのではないかと考えました。ここではそのような考えに沿って、先ほど音読した箇所に書かれていることの理解を進めていきたいと思います。

 道元禅師によれば、坐禅を行じているときには、諸縁が放捨され、万事が休息されています。諸縁の放捨や万事の休息が坐禅の功徳として自ずと起きているということです。『普勧坐禅儀』ではこの「放捨諸縁 休息万事」の箇所は、「参禅は、静室(じょうしつ)宜(よろ)しく、飲食(おんじき)節(せつ)あり(坐禅するには、静かなところがよい。飲食の量は節度が大切である)」という文章のすぐ後にあるせいか、往々にして「坐禅をするに当たっては、諸々の日常生活の煩わしい関わりを投げ捨て、すべての営みをストップすべきである」というような解釈がなされます。このような解釈では、「放捨諸縁 休息万事」は坐禅そのもののことを言っているのではなく、坐禅をする前の準備段階の話として理解されています。その場合、坐禅をするにはその前にまず、「放捨諸縁 休息万事」して思い煩いなく坐禅ができる機会を作り、それから実際に坐禅をするというように、「放捨諸縁 休息万事」と坐禅とが別のこととして理解されています。坐禅をするためには日常生活を極力整理して雑務を減らし、誰にも邪魔されることなく、俗事にも煩わされることのない大暇(おおひま)をあけなければならない、というわけです。

 少なくとも坐禅をする一定の時間の間は、こころおきなく坐禅に打ち込めるように、日常生活のことをあらかじめ配慮しておくことはある意味では当然の心がけです。しかしもし、「放捨諸縁 休息万事」が宏智禅師の『坐禅箴』の「不触事而知 不対縁而照」に対応しているとするなら、そのような解釈や理解は的外れなものと言わなければならなくなります。「放捨諸縁 休息万事」を坐禅とは別の話としてではなく、坐禅そのものの話として受けとめなければいけなくなるからです。

 坐禅における「放捨諸縁 休息万事」のありようについては、『正法眼蔵』坐禅儀の巻にある「放捨諸縁 休息万事」に対する『正法眼蔵抄』(『御抄』)の註釈に「諸縁を放捨し万事を休息すべしとあれば、諸の縁務を払いすて、万事を抛(なげすて)て坐禅すべしと云(いう)やうに聞こえたり。実にこの分も傍になかるべきにあらねども、一向この如く心得れば、取捨の法に聞(きこ)ゆ。(中略)只この詞をば、坐禅の姿が諸縁を放捨し万事を休息したる姿なり。」と書かれていることが参考になります。「放捨諸縁 休息万事」を、「諸の縁務を払いすて、万事を抛(なげすて)て」ることだという意味に理解するのもなるほど一理はあるけれども、それでは諸々の縁務や万事を嫌って、払い捨てたり、投げ捨てたりする取捨選択の作業を坐禅中にするよう勧めているかのように聞こえてしまいます。縁や事を相手にして、それらが坐禅の邪魔になる悪いもの、不都合なものとして厭(いと)い捨てようとするなら、それはまさに「払拭の手段を信じ」てその手段を弄していることになってしまいます。しかしそれでは、『普勧坐禅儀』の中で「いわんや、全体はるかに塵埃(じんない)を出(い)づ、たれか払拭(ほっしき)の手段を信ぜん」という坐禅のあり方とは抵触することになります。この注釈が言うように、「放捨諸縁 休息万事」とは、坐禅そのものの姿のことであって、諸縁や万事を向こうにおいてそれを相手取ってどうこうしようとするようなことではありません。事や縁という対象をそもそも問題にしない(不触)、相手にしない(不対)ことこそが「放捨諸縁 休息万事」でなければならないのです。それは、事や縁というものを坐禅の外に見ないことだと言っていいかもしれません。

 この「放捨諸縁 休息万事」という表現は、初祖達磨大師が入門を許した弟子の二祖慧可大師に向かって言った「なんじただ、外、諸縁を息(やす)め、内、心あえぐことなく、心、牆壁の如くにして、以って道に入るべし」という教示が元になっていると言われています。「外、諸縁(坐禅中に外のいろいろな問題が浮かんでくること)を息(やす)め」が「諸縁放捨」に、「内、心あえぐ(息がハアハアと弾むように心がさまざまに弾んで落ちつかない意馬心猿の状態)ことなく」が「万事休息」として表現されているのです。達磨大師からこういう修行のための教示を受けた慧可大師は長い時間をかけて修行を続け、その挙句に「弟子このたび始めて諸縁を息めたり」と師の達磨大師に告げることができたとされています。このことからも、「放捨諸縁 休息万事」は、あの二祖ですら長年の修行を必要としたような坐禅そのものが持っている独特の身心のあり方のことを言っているのだということがわかります。

 私はこういう考えに立って、「不触事而知」=「休息万事」=「事(違順のわずらい)を対象として触れることのない知」、「不対縁而照」=「諸縁放捨」=「縁に対する(外界のことに知らず知らず心が相手になっている)ことのない照」と解釈しました。前回においては、「不触事而知」には「身において」、「不対縁而照」には「心において」という付加的な説明をしていましたが、今回それらは必要のない余計な考えであると判断し、削除し訂正することにします。こうしたことを念頭に置いて、「不触事而知 不対縁而照」に対する道元禅師のコメントを以下のように現代語に訳してみました。原文と対照させながら読んでみてください。

 

不触事而知 不触事がすなわち知である

 ここでいう知とは普通に言われる「知るもの」と「知られるもの」を二元的に分けた上での「覚知」(知覚・認識作用 知覚でとらえる分別知)ではない。そのような自己の外部に対象を想定する覚知は小さなはかりごと(小量)でしかない。覚知できる範囲しか知ることができないからだ。また「了了(はっきり)と知る」という了知でもない。了知は造作遷流(ぞうさせんる 造り移り変わる)する生滅の有為法(条件次第で、あったりなかったりする)であるからだ。したがって、ここで言う「知」とは「不触事(自己の外部に知る対象(事)を立てて執着しないこと)」である。「不触事」とは能所(主客)の分立によってはじめて成り立つ知ではなく、それを成り立たせているはたらきそれ自身 のことである。そういう「不触事」こそがここで言う「知」なのだ。だからその知を「遍く知る知(遍知)」だなどと推し量ってはならないし、自分一個の知(自知)だなどと狭い推量をしてもいけない。その不触事ということは『臨済録』にある普化(ふけ)の言った「明のときは明のみ、暗のときは暗のみで、作為的なことは一切しないで明暗(生死)にうちまかせていく」ということだ。そのときは「母の産んでくれたからだ(嬢生皮)を坐り破って」人間であることを超えて、自己の正体・父母未生以前の消息があらわれている。

 

不対縁而照 不対縁がすなわち照である

 ここで言う「照」は、向こう側に照らされる対象物を客体として持ち、それを照明するというような「照」ではない。また、精神、意識、霊魂といったような主体が内面的対象を照らし出して明らかにするというような「照」でもない。外に向かうにせよ(照了)、内に向かうにせよ(霊照)、いずれにせよ自(主観)と他(客観)を二つに分けた上での照らす、照らされるという話ではない。そういう二項対立のない(能縁・所縁という対待のない)万法一切の本来的はたらきが、ここで言われている「照」なのである。それはわれわれが万法に生かされて生きているという事実のことなのだ。したがって、このような「照」においては、「照」が所縁になることはない。その縁そのものも「照」のはたらきにほかならないからだ。だから、ここで「不対(対せず)」、つまり相手になるものがないというのは、すべてが残らず現れ出ている(全世界に姿かたちをとって現れ出ている現象のほかに隠されているものはなにもない)ということであり、世界を破壊してもなにも新たに出てくるものはない(照の普遍的事実のこと)ということだ。それは微であり妙であり(言語や概念による把握を受け付けない)、(照と縁とが)回互しているともいえるし同時に不回互であるともいえる。

 

 ここで道元禅師が評釈していることのポイントは、「不触事而知」は「事に触れずして知る」とは読まないで「触れざる事すなわち知」と読み、「不対縁而照」は「縁に対せずして照らす」とは読まないで「対せざる縁すなわち照」と読むというところです。「事に触れずして知る」、「縁に対せずして照らす」と読むと、必然的に「不触事」と「知」、「不対縁」と「照」というように二つのものが立ってしまい、その二つが別々なことになってしまいます。そしてそうなってしまうと、「事に触れないままで知る、縁に対しないままで照らすとは根本的に矛盾していることを言っていることになるが、一体それはどういうことだ。知られるものがなければ知るということはあり得ないし、照らされるものがないのに照らすということは成り立たないだろう。もし、客観的な対象のないままで知や照があるのだとすれば、それは神秘主義的で特殊・特別な知や照に違いない」というところに落ち着かざるを得ません。能(主観)と所(客観)というわれわれの常識的な分別の枠組みに立っている限りそのような神秘主義的な解釈になってしまいます。そんなふうに、訳がわからないがとにかく神秘的でミステリアスな知や照なのだと納得してすませてしまうのは簡単ですが、禅の参究者としては安易すぎると言わなければなりません。われわれは道元禅師の註釈の助けを借りて、もっと明晰にここで言われている「知」や「照」のありようを理解しなければなりません。

 「触れざる事すなわち知」であるような「知」は、もちろんわれわれが普通に「知る」と言うときに想定する「覚知(感覚によって知ること)」でもなく「了知(はっきりと知る)」でもなく「遍知(なにごともあまねく知ること)」でもありません。「覚知」も「了知」も「遍知」もいずれも、能と所(主観と客観)の分立によってはじめて成り立つような「触事」の知ですから、「不触事而知」ではないのです。触れることのできる対象としての事を向こう側において、それに触れてそれについて知るというような通常の知ではないことが強調されています。道元禅師がはっきりと「知は不触事なり、不触事は知なり」と書いてあるように、不触事がそのまま知になっているようなあり方をした知であり、しかもそれがとりもなおさず坐禅のことなのです。ですから坐禅=不触事=知という等式で表せるような知でなければならないということになります。

 また、「照」に関しても同じように「対せざるの縁すなわち照」と言われ、向こう側に照らされる対象物を客体として持ち、それを照らすというような「照」でもなく、内面的対象を照らし出して明らかにするというような「照」でもないと言われています。ですから、この「照」も、自(主観)と他(客観)を二つに分けた上での照らす、照らされるという話ではないことがわかります。不対縁がそのまま照になっているようなあり方をした照であり、それがとりもなおさず坐禅のことなのです。ここでもやはり、坐禅=不対縁=照であるような照のことが語られていることになります。「知」にしても「照」にしても通常の意味とはまったく異なった独特の意味で使われているのです。知るものと知られるもの、照らすものと照らされるものという二つが分かれる以前の根元的次元におけるはたらきのことを「知」や「照」と呼んでいるからです。

 ここで問題になっている能と所、主観と客観の分立、そしてそういう分立以前のところという問題に関連して思い出すことがあります。昔、安泰寺で修行生活を送っていた頃、ある冬の勉強期間中に『唯識三十頌』を読みました。その第二十七頌には「現前に少物を立てて、是れを唯識の性なりと謂へり、所得有るを以っての故に、実に唯識に住するには非ず」、第二十八頌には「若し時に所縁に於いて、智都(すべ)て所得無ければ、爾(そ)のときに唯識に住す、二取の相を離るるが故に」という頌がありました。われわれは通常、能取(自分)が所取(対象)に働きかけるという二取(認識するものと認識されるもの)の枠組みでものごとをとらえ、そのことに少しも疑いを持っていません。今の文脈で言えば、「知」は「触事」でしかあり得ないし、「照」は「対縁」でしか成立しないということです。

 しかし唯識では、それは識が能取と所取(唯識の用語では「見分」と「相分」)に似て現じている(「識体転じて二分に似る」)だけであって、実際にはそういうことではないのだと説かれます。識が識以外のものを対象にしているのではなく、識が対象に似て現れている識自身を対象にしているというのが実際なのです。このように識が本来の自己を自覚しない場合、つまり二取の構造を自覚していないときには、この二取に執着します。それは我執(自己=能取への執着)、法執(法=存在の構成要素=所取への執着)と呼ばれます。つまり、識が自覚を欠いたまま識自身に執着するのです。そして、この二取への執着は煩悩障(我執から生じる)と所知障(法執から生じる)という二障となります。障というのは菩提(目覚め)への妨げ、障害として働くからです。

 第二十七頌は識が識自身の本質に住しない限り、自分自身の本性を自覚しない限り、二取の似現はやまず、その二取への執着から必然的に二障が生じて、識は識自身に縛られることになると教えています。意識とは別の客観的対象が独立して意識の外にある(ように思ってしまう)普通の識(凡夫の識)では、その対象によって拘束され絶えず動揺させられ続けます。識が識自身の無知(「無明」)によって迷わされ惑わされている状態といえます。ですからこのままでは、識は識自身に安んじることができません。

 能取と所取の二取はいかにも実体的に存在しているように思えますが、それは意識の構造上、二取に似て現れているだけで、真実にはそのようなあり方をしているのではないのです。実際は、識が識自身を対象化して、その対象化されたものを意識しています。私が私とは別な何かの対象を得ることができる(「所得」)ように思えますが、それは言葉でものを考えている二分法的・実体的思考の世界での話であって、実相としては能取と所取は不二なのです。そのことに目覚め、識が識の本性に住して、二取の相を離れることを説いているのが第二十八頌です。識が対象を分別して向こうにおいて執着している限り(それを「触事」、「対縁」と言う)、迷いは避けられないのですから、無対象の識、つまり能取と所取の二取に分かれる以前の本来の識自身、識の根元(それを「不触事」、「不対縁」と言う)に帰らなければなりません。それは識が識自身を「廻向返照」して自覚することと言ってもいいでしょう。識が向こう側の対象(事や縁)を触したり照らしていること自体が迷いだったのであり、夢だったのだと照し返すのです。これが唯識で言う「目覚め」です。

 私は、以上のような『唯識三十頌』第二十八頌で言われている「二取の相を離れている」識こそが、「不触事の知」であり、「不対縁の照」に相当するのではないかと思います。「不触事」も「不対縁」もともに「所縁に於いて、智都(すべ)て所得無」いことに他ならないからです。もしそうだとすれば、「不触事の知」、「不対縁の照」である坐禅はまさに「唯識に住す」る行そのものだということになります。『唯識三十頌』を学んでいるとき、修行法としての「唯識観法」という言葉が出てきました。具体的にはいったいどういう観法のことなのだろうと思って調べてみましたが、その実態はよくわかりませんでした。しかしこう考えてくると、「唯識観法」は自分の修行してきた坐禅とまったく同一とはいえないまでも、同じ方向を向いている、非常に近しいものだろうと今は思うようになっています。

 ここで「無分別智」という表現を考えてみましょう。普通に考えれば、無分別なら智は成立しないし、逆に智である以上そこには分別がなければなりません。ですから、これは矛盾を含んだ表現です。無分別にしてかつ智であるという限り、それは無分別なのですから分別を肯定しているのではありませんが、かといって智なのですから分別をやめたことでもありません。「不触事の知」も「不対縁の照」も、それと同じように矛盾を含んだ表現になっています。あらゆるものを見てもそれを対象として見ないということは、識が識であることをやめたことではありません。文字通りの無対象(「無-事」「無-縁」)になるということではなく識の対象への「固執」が捨てられていることなのです。それを「不触-事」と言い、「不対-縁」と言うのです。そのようなことが実現するためには、二取への執着を破るような識自身の自覚がなければなりません。二祖慧可大師が「弟子このたび始めて諸縁を息めたり」と言い得たような坐禅の純熟が必要です。

 非思量(人間の意思意欲をさしはさまないで、大自然のはたらきのままにする)で坐っている坐禅においては、あらゆるものが「坐禅の中身」としての事であり縁になっていますから、そこには坐禅を邪魔するような事や縁は何もありません。普段の意識が絶えずやり続けている忙しい違順(思い通りになった、ならない)のわずらい、あれがいいこれが悪いといった判断や取捨選択の作業が、坐禅の中では休息し、手放されています。触事や対縁といった対象を相手取ってのこだわり、停滞や淀みが一切ないままで、識が二取への執着を手放した状態で、知や照として生き生きと働いているのが坐禅なのです。このような、対象や自分を実体化せず、相手取らない知や照それ自体のはたらきが、不触事而知、不対縁而照なのです。

 万事や諸縁が坐禅という一事、一縁にことごとく収斂されて、万事が休息し、諸縁が放捨されているところでは、人間社会のあらゆる「諸問題」は成立の根拠を失うという形で、解消してしまいます。まさに無問題、没問題のところです。ここからあらためて、その諸問題に新鮮に光を当てる、高い(深い)ところから見直すということがなされなければなりません。

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著者略歴

  1. 宮川敬之

    1971年鳥取県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士過程単位取得。大本山永平寺に安居修行。現在、鳥取県天徳寺住職。主な論文に「中国近代佛学の起源」「異物感覚と歴史」など。著書に『和辻哲郎――人格から間柄へ――』(講談社学術文庫)。

  2. 藤田一照

    禅僧。1954年愛媛県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程を中退し、曹洞宗僧侶となる。1987年、米国マサチューセッツ州西部にある禅堂に住持として渡米、近隣の大学や仏教瞑想センターでも禅の講義や坐禅指導を行う。2005年に帰国。曹洞宗国際センター前所長。Facebook上に松籟学舎一照塾を開設中。

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