ひとまずの旅のおわりに
10回に及ぶ「新しいインド音楽の世界」をめぐる旅は、いったんここで終わる。
私がずっと面白くてかっこいいと思ってきたインドのインディペンデント音楽を、こうしていろんな切り口で紹介する機会を持てたのは、このニッチなジャンルの愛好家としてとても恵まれた経験だった。
あとがきを書くにあたって、10回の連載を通して触れたアーティストを数えてみたら、100組を超えていた。多少詳しく紹介できた人もいれば、名前を挙げた程度の人もいるが、読者の方がその中から新しいお気に入りを見つけてくれたなら、書き手冥利につきる。
100組以上に触れたといっても、急速な勢いで成長と拡大を続けるインドのインディペンデント音楽シーンにおいては、これでもまだほんの一部に過ぎない。こうしてあとがきを書きながらも、まだあの曲について書けていない、あのバンドにも触れられていない、と思い浮かぶ名前がたくさんある。
この連載では、網羅的に紹介するために固有名詞を羅列するようなことはできるだけ控え、印象的なストーリーやエピソードに焦点をあてるようにした。そのため、紹介すべき重要な存在なのに、ほとんど触れられていないアーティストもいる。
少し名前を挙げるなら、ラッパーならエミウェイ・バンタイ(Emiway Bantai)、MCスタン(MC STAN)。ロックバンドなら、ザ・ローカル・トレイン(The Local Train)。電子音楽なら、ニュクレヤ(Nucleya)、ルシャ&ブリザ(Rusha & Blizza)。彼らに触れずに連載を終えてしまうのは、インドのインディペンデント音楽を紹介するうえで甚だ不十分だとも思うのだが、そこは読者のみなさんに新たな音楽との出会いの喜びを残したとポジティブに解釈していただけたら幸いである。
網羅的な記述にならないように心がけたいっぽうで、扱うテーマがあまりに限定的になってしまっても、シーンの全体像が掴めなくなる。シーンの成り立ちや特徴についても触れるようにしたため、個別のアーティストの背景をもっと掘り下げてほしかったという方もいるかもしれない。
幸いインドには英語のウェブ媒体がたくさんあるので、よほど無名なアーティストでない限り、英語で検索すれば特集記事やインタビューにたどり着ける。もっと深く知りたいと思った方は、アーティスト名(アルファベット表記)に加えて、たとえば「interview」と入力して検索してもらえれば、きっと現地メディアの記事が見つかるはずだ。私も情報収集のためによくやっているのだが、楽しいんだ、これが。
ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ
じつは、この連載を書くにあたって、インドのインディペンデント音楽シーンを紹介することとは別に、ふたつの「裏テーマ」を設定していた。
ひとつめは、インドという国のステレオタイプなイメージに変化をもたらしたいということ。
あたりまえの話だが、人は外国に興味を持つときに、「その国の特徴的な部分」にばかり注目しがちだ。イタリアなら料理とファッション、フィンランドならムーミンや北欧デザイン、ブラジルならサッカーとカーニバルというように、その土地で育まれた独自の文化に魅力を感じる人は多いはずだ。
インドの場合は、料理、映画、ヨガ、ガンジス河などの聖地、タージマハルのような歴史建築などが、われわれ外国人を惹きつけるおもな魅力と言えるだろう。あるいは、インドに対して貧困、カースト差別、大気汚染、劣悪な衛生環境といったネガティブなイメージを持っていて、まったく行く気がしないという人もいるかもしれない。
だが、ポジティブなものにしろ、ネガティブなものにしろ、こうしたステレオタイプな一面は、多様すぎるインドのごく一部分に過ぎない。
この連載では、インドのいかにもインド的な、インドでしか存在し得ない音楽やエピソードを紹介するだけではなく、インドで新しい音楽を作っている人々の「私たちとまったく同じ部分」にも光をあてたいと考えていた。
メディアでは、「貧困のなかでたくましく生きる庶民」や「IT産業の成功者」のような分かりやすいインド人像ばかりが取り上げられがちだ。だが、いまや世界中に存在するジャンルであるヒップホップやロックやEDMに注目することで、異国の「未知の文化を知る喜び」とはまた異なる「思いがけない共通点を見つける喜び」を感じることができる。
そこには、けっしてメインストリームではない音楽を、研ぎ澄ませたセンスと技量で一心に作り上げるアーティストたちがいる。自分だけのために作られたような音楽を聴いて孤独や憂鬱を癒したり、怒りとも情熱ともつかないエネルギーを激しい音や歌詞とともに発散させたりしているファンがいる。
野外フェスで新しい音楽に出会う幸福感、夜通しクラブで好きな音楽に合わせて踊る陶酔感、そうして聴いた音楽に影響を受けて、自分だけの音を鳴らす高揚感――こうした感情は、インドでも日本でもまったく変わらない。
他者との差異を強調して分断を強めようとする風潮が強まる世界のなかで、別の場所の別の文化のもとで同じカルチャーを愛する人々に共感することには、小さくない意味があるはずだ。
インドから感じるインディペンデント音楽の本質
この連載を通じて試みたかったもうひとつのテーマは、少々大袈裟な言い方になるが、日本からも「本場」からも遠く離れたインドにおいて、ヒップホップやロック、EDMといった「新しい音楽」がどのように実践されているのかを手がかりに、それぞれのジャンル、ひいてはインディペンデント音楽全体の本質を再考することだった。
ロックやヒップホップといった海の向こうで生まれた音楽を楽しもうとするとき、我々アジア人のアプローチは、アメリカやイギリスといった本場の模倣やスタイルの踏襲になりがちだ。そこで、「本場」と日本という直線的な関係からすっと目線を外して、インドのシーンに着目すると、そこにできた本場-日本-インドという三角形のなかから、音楽の本質が浮かび上がってくるように思う。
例えば、ヒップホップ。
ヒップホップにおけるDJは、レコードとレコードプレイヤーという日常的なツールを使ってビートを奏でるという革新的な発想から生まれた。だが、インドではレコードが音楽メディアとして大衆的に流通していなかったため、同じ方法論を取ることができない。そのためか、ムンバイのスラム街のヒップホップスクールでは、DJの代わりにビートボクシングが教えられている。口を使ってビートを模すビートボクシングなら、わざわざ機材やレコードを揃える必要はない。
別の例を挙げると、インドのストリートラップの第一人者であるネイジーは、海外で出稼ぎしていた父からもらったiPadを使ってビートをダウンロードし、そのiPadでレコーディングやミュージックビデオの撮影までこなして注目を集めた。彼のストーリーは、映画『ガリーボーイ』(2019年)のモデルとなり、インドにおけるヒップホップ流行のきっかけとなった。
こうしたエピソードを見聞きすると、ヒップホップにおけるDJの本質は、ターンテーブル(レコードプレーヤー)やレコードを使うことではなく、身近にあるものを使ってビートを奏でるという発想そのものではないかという発想に至る。今日のインドでは、ビートボックスやスマホやiPadこそが、かつてのアメリカにおけるレコードとレコードプレイヤーのような「ビートを表現できるもっとも身近なツール」であり、それを使ってビートを奏でている彼らは、亜流ではなくヒップホップの本流とも言えるのだ。
そのビートに注目すると、インドのヒップホップでは、タブラやシタールなどの伝統楽器やボリウッドなどの大衆映画音楽がよくサンプリングされている。
「本場」であるアメリカのヒップホップではジャズやソウルのサンプリングがよく使われているが、これは単なる引用ではなく、同じ文化的記憶を共有する者同士であることを確かめ合うという意味も持っている。インド人のビートメーカーたちは同じように伝統楽器や往年の映画音楽を用いることで、ヒップホップの精神をインドに合わせて換骨奪胎しているのだ。
いまとなってはインドじゅうのあらゆる街にラッパーがいるが、地方都市の無名なラッパーの動画をチェックすると、まるでヒップホップらしくないインドの普通の若者風の垢抜けない格好をしていることが多い。インドの地方都市では、ラッパーっぽいストリート系ブランドの服やスニーカーが入手しづらいという事情があるのだろうが、冴えない服装のラッパーが見た目に反してかなり高いラップのスキルを持っていて、驚かされることも珍しくない。
そもそもヒップホップ・ファッションは、アメリカのさほど裕福ではない黒人たちの日常着から生まれたものだ。たとえばオーバーサイズの服を着る習慣は、彼らが兄や年上の親戚のお下がりを着ていたことから生まれたものだった。インドのラッパーたちも、売れてくると着崩したラグジュアリー・ブランドにゴールドのチェーンといった世界標準的な成り上がりラッパーの見た目になるのが常だが、リアルな格好で日常をスピットしている地方都市のラッパーのほうが、むしろヒップホップの本来の精神を体現しているようにも思える。
長々と書いてきたが、何が言いたいのかというと、インドのローカルなラッパーたちがヒップホップをどう解釈し、実践しているかに注目すると、ヒップホップの本質が見えてくるのではないかということだ。
それは、本場のスタイルを模倣することにあるのではなく、「身近なツールを使ってサウンドを作り、自身のルーツやありのままの自分自身を、音と言葉で表現すること」にあるのではないだろうか。この精神はヒップホップだけではなく、あらゆるインディペンデント音楽の本質を表したものだとも言えよう。
ヒップホップのようなジャンルを聴くとき、本場(ヒップホップならアメリカ)のアーティストは、日本人にとっては師匠や先輩のような存在となる。それに対して、インドのアーティストは、音楽サークルの同級生のように感じられる。彼らの音楽を聴くと、まるで「あのバンドが好きなんでしょ」とか「このジャンルをこんなふうに解釈してるの? いいじゃん」と会話をしているかのような感覚になることがある。これもまたインドのインディペンデント音楽を聴くときに感じられる大きな楽しみのひとつである。
グローバル化という言葉が使われるようになって久しいが、世界は均質化してつまらなくなっているだけではなく、同じ価値観を共有することでますます面白くなっている部分もあるのではないだろうか。これは、インドの音楽を聴きながら、私が日々感じていることである。
新しいインド音楽の世界
あれこれと「インドのインディペンデント音楽を聴く理由」をそれらしく書いてきたが、一言でいうならば「彼らの音楽にたまらない魅力があるから」ということに尽きる。
彼らがその土地で、どのように生きてきて、何に影響を受け、あこがれているのか。自分たちが置かれた状況で、何を愛し、何を乗り越えたいと思っているのか。それをいまやグローバルなカルチャーとなったヒップホップやロックや電子音楽のようなジャンルで、どのように表そうとしているのか。
それを深掘りしてゆくと、音楽は単なる作品やジャンルではなく、彼らが置かれてきた状況を映し出す媒体として立ち上がってくる。音だけではなく、ミュージックビデオの存在も大きい。サウンドや歌詞だけでは表現できない空気感やメッセージが、そこには込められている。
この連載の「はじめに」で、「インドの音楽を、その母胎となったインド社会の話と合わせて紹介してみたい」と書いた。音楽は社会との関わりを意識しながら聴くことで、驚くほど解像度が上がる。これはインドに限った話ではなく、いかなる音楽でも、背景や込められた思いを理解して聴くと、より深く心に響いたり、共感できたりする。
この連載を通して、インドで生まれた「新しい音楽」が、単なるメロディーやリズム以上のものとして誰かの心に残ったのだとしたら、書き手としてこれ以上の喜びはない。
インドに限らず、世界中のあらゆる国や地域で、日々新しい音楽は生まれている。旅先で出会った国でも、まだ行ったことのない国でも、どんなきっかけでもいい。興味を持った土地の、好きなジャンルの音楽を覗いてみれば、そこには、自分から探しにいかなければ出会えなかったはずの、素敵な音楽がきっと待っている。
新しい音楽の世界を探るのは、いつだって最高に楽しい。


