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アルス・ピヤニカ――鍵盤ハーモニカの楽堂 南川朱生(ピアノニマス)

鍵盤ハーモニカの運び屋

 第1回〜第4回では、鍵盤ハーモニカという楽器がいかにして日本に伝わり、音楽室の「一人一台制」楽器の地位へと登り詰めたのかを、日本国内の社会情勢や、教育界、産業界との関わりと共に、じっくり見守って参りました。

 しかし当たり前のことですが、鍵盤ハーモニカが勝手に歩いて、船に乗って、日本に入国したわけではありません。今となっては、製品そのものがなくともデータをもとに3Dプリンターで製作……といったことも可能ですが、もちろんそんな技術は1950年代にはございません。加えてただ物理的に存在しただけでは、その後の大きな産業には繋がりません。つまり、国内に持ち込んで、宣伝していた何者かがいたはずです。

 今回は、日本に鍵盤ハーモニカ「クラヴィエッタ」と「ボタン式メロディカ(以下メロディカ)」を持ってきた、とある人物にフォーカスしたいと思います。楽器普及へ向けての熱意を持つビジネス・パーソンのたどった軌跡……その経緯や意図、周囲の人物の発言からは、なぜ日本では教育楽器としてだけではなく、劇伴やBGMなどの裏方でひっそりと使われるポジションとなり得たのか、その背景が見えてくるのです。――ここからはじまるのは、教育界、産業界の鍵盤ハーモニカ・バブルよりもほんの少し昔、「舶来品」であった鍵盤ハーモニカに目をつけた、ある挑戦者の物語です。

 

運び屋の名は。

 現在流通しているジェネリックな(※第1回参照)デザインの鍵盤ハーモニカは、元々は海外発祥の楽器です。19世紀初頭にヨーロッパのとある国で、フリーリードを内包する鍵盤式吹奏楽器の特許がとられました(一連のお話については後の回に乞うご期待)。その後、様々な国の作り手によって似た特徴を持つ製品が作られ、中でも1950年代に存在感を示した楽器が、前述の「クラヴィエッタ」と「メロディカ」になります。国内のメーカーもこの「メロディカ」と「クラヴィエッタ」を参考に開発を行っていました(※第3回参照)。

 これらを最初に日本に輸入した人物の正体とは?――……実は既に過去回で何度かヒントが出ていました。第2回以降、「東京アコーディオンディベラップセンター」(以下、引用以外の本文では「東京アコ」と表記)という社名が出てきているのは記憶にございますか? あの銀座に本社、高輪に営業所のあった会社です。

 この東京アコーディオンディベラップセンターは、中央区銀座に本社、港区高輪界隈に営業所を構える企業で、イタリア製高級アコーディオンを中心に輸入販売を行っていたようです。 (1)

 この会社の代表社長でもあり、アコーディオニストでもある「桜井徳二(本名:桜井徳蔵)(2)」氏こそが鍵盤ハーモニカ「クラヴィエッタ」と「メロディカ」を日本に最初に輸入した人物なのです。そしてこちらがその桜井徳二氏のご尊顔です。


▲東京アコ社長・アコーディオニストの桜井氏(左)。一人称は「小生」(3)。 トンボ楽器の広告でクロマチック配列のアコーディオンを弾く桜井氏(右)(4)

 

運び屋、桜井徳二譚

 桜井氏は大正9年(1920年)に生まれ、慶應義塾商工学校(現在の慶應義塾中等部)を経て慶応高等部(現在の慶應義塾高等学校)を卒業しました。その後、トンボアコーディオンバンドに入会し、慶応アコーディオンクラブ(現在の慶応アンサンブルファミーユ(5))を創設、東京スタンダードアコーディオンクラブにも所属します。戦後、ビクターニューオーケストラ、NHK東京放送管弦楽団を経てキングレコーディングオーケストラ専属アコーディオニストとして勤務するという、まさにアコーディオン・エリートと言える華々しい経歴の持ち主です。谷口アコーディオンスクールやヤマハ本店の音楽教室で講師を行っていた、という記録もあります。(6)

 そんな彼がどのような仕事を行い、どのような人となりであったかは、アコーディオン関係の機関紙より垣間見ることができます。

例えばレコードで聴く雪村いづみや小畑実の伴奏のオーケストラ中でアコが鳴っていれば、それは小沢直与志氏(ビクター)であり、三橋美智也や春日八郎の伴奏の中でアコのアイの手が入っていれば、それは紛れもなく桜井徳二氏(キング)のそれであり〔中略〕食うことゝゲイジツとは古来、両立しにくいが、家に米倉〔原文ママ〕を持ち、一方に芸術的天分に恵まれて育ったのが桜井徳二氏である。体重の22貫は、したがってその11貫が商売上のスピリット、あとの11貫は学究的フアイト〔原文ママ〕で充ちている。広いキングのスタディオの一番中央で足をふんばってアコを弾いているのを見学していると、さながら周りのオーケストラは全員桜井氏に従っているかにみえる。その多くが音楽学校出の錚々たるメンバーであり、独り氏のみ学生出身(慶応)なのである。フロンタリーニを名器とにらんで日本へ輸入し、業界へ新風を吹き込んだ話題はまだ耳新しい。〔中略〕名実共に動くアコーデオン・ディベラップメント・センター〔原文ママ〕的、スーパー・マンである。(7)

JAA〔筆者注:日本アコーディオン協会〕が設立されて渡辺弘が委員長となったが、仕事をし始め出したら桜井徳二が一番活発に打ち込む仕事となった。〔中略〕彼は渡辺の門下生ナンバー・ワンだからといってしまえばそれまでだが、そんなことよりも、彼は通称通り〈アコの鬼〉だからである。当然商業方面の人がやらねばならない仕事を、彼は敢然とやってのける点、まさに〈鬼〉のなせる技というほかなかろう。 (8)


▲「誇り高き男」の伴奏を終えた桜井氏と歌手・江利チエミ氏(9)

アコーディオニストとしての経歴や実力だけでなく、商業的なガッツやストイックな厳しさを持ち合わせており、仕事人気質であったことが上記の証言より伺えます。ご本人の文体からは、少し気難しさや頑固さも感じられるものの、真面目な印象を受けます。1950年代、そんな〈鬼〉の目に、「クラヴィエッタ」と「メロディカ」は、それぞれ違った経緯でとまることとなります。

 

桜井氏と鍵盤ハーモニカの出会い

 桜井氏は『アコーディオニスト』という楽器情報機関紙の編集を担っていました。彼は世界各国のアコーディオン協会や雑誌社と、互いの国の情報誌を交換し合う中で、ふとある広告を見つけたと述べています。

たまたまフランスから送ってくる「RÉVUE DE L'ACCORDÉONISTE」誌の中にブッシェ社〔原文ママ〕より発売の”クラヴィエッタ”の広告を見たので、さっそく手紙で紹介してみました。1958年12月のことですからもうまる3年経ったわけです。 (10)

「手紙で紹介してみた」先が一体どこのどなたなのかは書かれていませんが(「照会」の誤植であればBeucher社への照会とみられる)、編集雑誌を通じた国際的なアコーディオン業界との繋がりから、一枚の広告を通じてクラヴィエッタに行き着いたようです。クラヴィエッタ自体は1957年に特許が出願され、パリの大きな楽器商店で取り扱われていました(11)桜井氏の目に止まるまでにおよそ1年ほどですから、海外の新しい楽器に対して非常に高いアンテナを張っていたことがわかります。

 では桜井氏はいかにして「メロディカ」と出会ったのでしょうか。

ある日、横浜の南京街のバーでGI達と〔筆者注:クラヴィエッタを〕プープー吹いていると女の子が「”トルー・ストーリィ”という雑誌にこの楽器の記事が載っている」というので〔中略〕鎌倉の古本屋で見つけた”トルー・ストーリィ”にメロディカの記事のあるのをやっと探し出しましたが「西独ミュンヘンにて」とあるだけでメーカーが判りません。それからしばらく経って〔中略〕パイオニア電機の川本部長がニューヨークのオーディオフェアで集められたカタログをたくさん持ってきてくれた中に、ホーナー・メロディカのパンフレットがあり〔後略〕 (12)

そうです、ここにきてあの教育業界とは不釣り合いだった主婦向け娯楽雑誌『トルー・ストーリィ』が、初めてドイツと日本の「メロディカ」の架け橋となるのです。


▲本連載で2度触れた『トルー・ストーリィ』の該当広告。

「クラヴィエッタ」は「オタク同人誌交換」を通じて、「メロディカ」はアメリカやイギリス軍の兵士達とバーでの「セッション呑み」を通じて、それぞれ日本への道筋が開かれたのでした。

 

鍵盤ハーモニカの小規模輸入を開始

 桜井氏は Beucher社より早々にクラヴィエッタの輸入を行い、PR活動を開始します。


▲『アコーディオニスト』の表紙に初めて掲載された、東京アコによるクラヴィエッタの広告。「楽器のニュー・フヱイス クラビエッタ」(左)(13)。同じく『アコーディオニスト』表紙を飾る、東京アコによるクラヴィエッタの広告(右)(14)

 さらにはHOHNER社にも連絡をとり、メロディカを輸入しようと試みます。

さっそくホーナーに手紙を出したところ返事が来ないので、英国アコーディオン協会のブラック書記に頼んでホーナー社を紹介してもらったのでやっと返事がきた。「日本と取引するのは難しいのではないか?」といっておりましたので、対独輸出に活発な朝日通商に頼んで輸入を始めました。 (15)

最近ヨーロッパ、アメリカ方面で吹奏楽器とリード楽器、それに鍵盤楽器の三者を合わせたような簡易楽器が非常な勢いで普及している。東京アコーディオンデベラップメントセンターではその代表的な製品と言われるクラヴィエッタ(フランス)およびメロディカ(ドイツ)を輸入して、その性能および使用範囲を研究してみた。これらの楽器の説明書には、”大人でも子供でもたやすく演奏できるピアノの鍵盤のついた吹奏楽器”とあるのだが、果たしてどの程度の物か?詳細に研究してみた結果によると、クラヴィエッタおよびメロディカはともに原理としては同じものであるが〔筆者注:厳密には微妙に違うが大まかに説明したものとみられる〕、性能、使用法の上では相当に差異があり、音色もそれぞれの国の特色を現している。〔中略〕
以上の点を考えてみると其の使用の分野は次のとおりである。
①ピアノ、オルガンの練習用として使用できる。
②ハーモニカバンドの中に入って、特に和音(コード)を演奏できる。
③持ち運びが極めて自由なため、歌の発声練習、合唱の音程基準になる
④教育楽器としては、値段を除いては、理想的なものと思われる。現在の教育楽器としてのハーモニカ、木琴、笛等の音程は、実音より高く、声学への直結が得られないが、この楽器なら声学への関連リズム、メロディ、コードともに一度に勉強できる
⑤軽音楽のバンド、特にコンボなどの中で他楽器奏者が持ち替えて、バラエティをつけることができる
といったところである。(16)

 上記記事が執筆されたのが1960年1月ですから、桜井氏は実に多様な鍵盤ハーモニカの可能性を、早くに見出し、様々な用途やシーンを想定した上で輸入していたことがわかります。


▲東京アコによる「メロディカ」の広告、表紙(左)(17)。メロディカ広告「伝統のマーク 最高の品質」(右)(18)


▲ 音楽教育雑誌に出稿された、東京アコによるクラヴィエッタとメロディカの広告。「器楽教育にメロディカ 職業奏者にクラビエッタを!」というキャッチコピーだった。(19)


▲左上「フランス製クラビエッタ」右下「器楽教育に最適のメロディカのアルトが発売されました」(20)

 

朝日通商を通じてHOHNER社と正式契約

 1950年代末頃、朝日通商を通じてHOHNER社製品の輸入に成功した桜井氏は、さらなる拡売を行うべく、正式な総発売元契約の締結を試みます。

ホーナーの「メロディカ」の発売、最高級百20〔原文ママ〕ベース「ゴラ」の輸入、「ハーモネッタ」の紹介、ホーナー各種ハーモニカのサンプル輸入など目覚ましい商況の東京アコーディオンではホーナー社にはサキソフォン、電子オルガン、超小型モーター付オルガン、チェンバレットなどの日本には知られないが、数多くの製品があるので、貿易商社の朝日通商との共同事業として5ヶ年計画で、これらの輸入元、発売元として活躍を続けるという。 ホーナー製品の輸入に関しては東京アコーディオンの桜井氏が世界アコーディオン連盟のホーナー代理店をしているイギリス人書記ブラック氏を通じて連絡をつけ、輸入業務は朝日通商に依頼したもの。昨年12月朝日通商加藤専務がトロシンゲンにあるホーナー社を訪れたことにより本格化したもので、2月末には同専務は再度同社に最終契約のため渡独した。 (21)

かねてより貿易商社の朝日通商とタイアップし、総発売元契約を交渉中だったが、去る3月20日、朝日通商加藤専務とホーナー社の間で正式契約調印が行われた。これにより〔中略〕5社が特約店として「ホーナー製品」の拡売に乗り出すことになったが、この陰には今回、日本アコーディオン協会会長になった浅井一彦博士の大きな功績があったと言われ、ホーナー社より同博士にアコーディオン1台が贈呈されるという情報もある。 (22)

上記の商況記事からは、桜井氏は「アコーディオン人脈」をフルに活用し、持ち前の商才とガッツで輸入に漕ぎ着けたことが読み取れます。


▲左から谷口楽器社長、サイトウ楽器社長、桜井氏、コマキ楽器社長。サイトウ楽器の新築お披露目パーティーにて(23)


▲左から谷口楽器社長、桜井氏、アコーディオニスト岡田博氏、アコーディオニスト渡辺弘氏。業界に幅広い人脈を持つ桜井氏にとっては、コネクションのなかったメーカーとの取引も「鬼一口」であったのかもしれない。(24)

こうして輸入されたクラヴィエッタやメロディカは、順調に市場に出回り始めました。後に、鍵盤ハーモニカの「特等席ジャック祭」が開始され(※第4回参照)たくさんのメロディカやクラヴィエッタの広告が紙面にお目見えすることになります。


▲HOHNERボタン式メロディカ 挟み込み広告。


▲『アコーディオニスト』の表紙を飾るHOHNERボタン式メロディカ(左)(25)とHOHNER Melodica Professional36(右)(26)


▲「メロディカピアノ26」広告(27)


▲HOHNERボタン式メロディカ広告。「アメリカで評判…ヨーロッパで評判…そして今や日本でも評判!!」のキャッチコピーと共に(28)

「器楽教育にメロディカもひと役」東京アコーディオンがドイツのホーナーから輸入、発売している「メロディカ」が器楽教育にひと役買っている。 (29)


▲ボタン式メロディカを吹く浜名郡可美村中学音学部〔原文ママ〕の部員たち(30)

「メロディカの教則本東京アコへ入荷」

〔中略〕このほどホーナーメロディカ教則本とホーナー・メロディカ曲集がロンドンから入荷した。教則本は1部4百円、曲集はポピュラー曲16曲が収められて1部6百円であるが、前注文が多いだけに申し込みはお早くと、同社ではいっている。 (31)

国内他社同様、積極的な教育現場へのアプローチはもちろん、ロンドンから教本を輸入するなど、教育的な側面だけでなく、通常の「楽器」としての成果も視野に入れた販売を行っていたと見られます。

 

ブラウン管裏の鍵盤ハーモニカ

 国内の教育楽器メーカーが各学校を回り「鍵盤ハーモニカの種まき活動」を行っていた時期に、東京アコは同じ楽器情報誌に継続的に広告を出しつつも、教育楽器メーカーとはまた違うプロモーションを行っていたようです。

「桜井社長がテレビ出演」去る6月28日夕、東京放送テレビに出演、ハーモネッタの高性能を披露した。これは同局が毎週水曜日に組んである「ワンワン〔原文ママ〕大学」で桜井氏が千葉信男、戸川弓子、平林義映らのレビュラーの質問に答えたもの。なおメロディカの「ソプラノ」百本、「アルト」百本(6月入荷分)は既に売り切れ、あとは8月初旬(6百本)に到着、以降は毎月定期的に入荷する。(32)


▲東京テレビの番組「わんわん大学」テレビに出演する桜井氏(33)

 桜井氏は、テレビ番組のバンド演奏やレコーディングの仕事を多数行っており、テレビ局に精通した人物であったことが複数の文献から読み取れます。そのため、鍵盤ハーモニカの居場所を「テレビの裏側」に見出したのです。

最近、歌手のミッキー・カーチスがフジ・テレビの”ヒット・パレード”でクラヴィエッタを用い始めてから、メロディカやクラヴィエッタが急激に知れ渡ってまいりました。〔中略〕クラヴィエッタやメロディカは、トランジスター・オルガンよりもタンギングやヴァイヴレーションが出せる点で、口で吹くところが有利なのでしょうか。録音専門のアコーディオン奏者は「クラヴィエッタの音はアコーディオンには全然ない音色なのでサスペンス物の効果には重宝だ」と言っている。 〔中略〕
ある日東芝レコードの弾き込みでこの曲をアコーディオンで弾くように要求されたので、クロモニカ〔筆者注:HOHNER社製クロマチックハーモニカ〕の感じを出すために、クラヴィエッタを用いて喜ばれたことがあります。 〔中略〕
歌手の三橋美智也から「車の中で練習するのに何かないでしょうか」と言われてクラヴィエッタをお渡ししたこともあり、同氏とサックスの興田輝雄氏、ピアノの寺岡真三氏らは最も古いクラヴィエッタの愛用者です。テレビの電波に一番早く載せたのは慶応アコーディオン倶楽部時代に、ドラムを叩いてくれたフランキー堺で、もう3年前〔筆者注:1959年と思われる〕のことです。(34)

第1回では、演歌のレコーディングで鍵盤ハーモニカが重宝されていると言及しましたが、テレビ歌謡の世界に精通していた桜井氏が、「テレビ音楽業界のキーパーソン」へ楽器を渡していたことが、そのように普及したきっかけとなったのかもしれません。


▲クラヴィエッタ広告「フジテレビ『ヒット・パレード』でミッキー・カーチスが愛用するクラヴィエッタ」のキャッチコピーと共に(35)

 

値下げとジュニアモデルの発売

 教育市場での販売と広告がヒートアップしてきた1962年、東京アコは、クラヴィエッタとメロディカのジュニアモデルの販売強化と値下げを行います。

フランス製「クラヴィエッタ」の販売価格が12/13〔筆者注:1962年12月とみられる〕から約半額に引き下げられた。クラヴィエッタ輸入発売元の東京アコーディオンでは、兼ねてから特許庁へ申請中の意匠がこのほど登録(番号=154913)されたのを機会に、生産をイタリーにて開始したため、コストダウンに成功したので、12/13から旧価格1万7千8百円のものを一挙に9千9百円に引き下げた。
新発売品はスエーデン製スチールリードを使用、イタリー製ケースとスペアー唄口が添付されている。(36)

輸入以来、広く全国の学校に、家庭に愛用されておりますドイツホーナー社のメロディカ(ソプラノ及アルト)が今般、定価値下りになりました。これは日本での発売元である朝日楽器が、今日のメロディカ普及に対してファンの皆様への謝恩として断行いたしました故2月1日〔筆者注:1962年2月とみられる〕より新価格にてお求め下さい。〔中略〕ソプラノ¥3,500(旧価格¥3,900)アルト¥3,900(旧価格¥4,900)(37)


▲「量産態勢完了」「イタリーにおいて値下げ」「器楽教育にも好適」と、値下げを謳い、ジュニアモデルを販売促進するクラヴィエッタの広告(38)

値下げの理由自体は、「意匠登録をきっかけとした」「生産国の変更によるもの」「ファンの皆様への謝恩」、という主張ではありますが、当然ながら、器楽教育市場において、安価な国内品へ少しでも価格面で対抗しよう、という思惑もあるように思えます。

 
▲クラヴィエッタの意匠公報(39)

 

東京アコ、機関紙『アコーディオニスト』をジャック。

  この頃より、機関紙『アコーディオニスト』にある変化がみられます。それは、他社からの広告出稿や記事が減り、誌面の殆どが東京アコの関連製品や、執筆記事で埋め尽くされるようになります。他の奏者によるアコーディオントークや楽譜が減り、まるで東京アコのカタログのようです。


▲丸々18ページをふんだんに使用したメロディカ教本を掲載(40)


▲現代でも有効な販促手段として頻繁に使われる「PR漫画」。作画は著名なアコーディオニスト金子元孝(金子万久)氏(41)。 


▲桜井氏本人によるメロディカ演奏写真(42)


▲ホーナーメロディカ広告(左)と幼稚園園長がメロディカを吹く写真(右)。国産鍵盤ハーモニカがフィーバーしているタイミングで、教育楽器としての需要をアピールしているとみられる(43)

  本連載のコンセプト上、ご紹介した写真は鍵盤ハーモニカが中心となりましたが、これまでの「アコーディオンオタク同人誌」といった印象はやや薄れ、やはりどこか「アコーディオンカタログ」に近いような号が何冊か続き、ついには読者による投稿コーナー「エアバルブ」に、このような辛辣なご意見が寄せられます。

貴誌を含めて、アコーディオンの専門誌は一様に低調低級ですね。編集者不在です。PR誌だか何だか性格がアイマイです。楽器のセンデンだけじや〔原文ママ〕、日本のアコ界も発展しませんよ。呵々。(44)

そのようなご意見を受けてか、ある「お知らせ」が発表されます。

今号より「アコーディオニスト」は「東京オーディオ・アコーディオン」の発行と変更いたしました。と言うのは「アコーディオニスト」の費用の99%までは当社が立て替えて居るからです。委員も名前だけでなかなか会費を払っては呉れないし、毎度決算の時に税務署から突っ込まれるので実質的に「P・R誌」とし「J・A・A」の記事も載せて英国の「アコーディオン・タイムス」の如く協会を応援する形にしました。然し演奏も好きだし自分の売って居る楽器の宣伝だけする気はないので、新しいトピックスなどはどしどし中立的な立場で載せるはずです。これからは購読料の形式とします。(45)

「東京オーディオ・アコーディオン」の名称は同号が初出でしたので、社名変更、もしくは出版のために新会社を設立した可能性があります。以降、『アコーディオニスト』は、「日本アコーディオン協会」ではなく、「東京オーディオ・アコーディオン」の管轄となります。この1965年を境に「メロディカ」と「クラヴィエッタ」の広告は少しずつ減少し、サイズも小さくなり、まるで「ちょっと誌面の開いた隙間を埋めるための挿絵」のような扱いの広告写真が差し込まれるようになります。代わりに電子アコーディオンや、アンプ 、中国製アコーディオンの広告などが増加します。1967年中旬以降は、『アコーディオニスト』内に鍵盤ハーモニカの広告を確認することは出来ませんでした。


▲水着姿のモデルによるクラヴィエッタ広告(46)

 

機関紙『アコーディオニスト』に進出する国産鍵盤ハーモニカ

実は、『アコーディオニスト』に、国産鍵盤ハーモニカが(回数は少ないですが)登場した形跡があります。


▲TOKAI Pianica PC-1 広告(47)


▲鈴木楽器 メロディオン 広告(48)

東海楽器の広告については、教育雑誌向けの写真と同じものを流用しつつも、キャッチコピーをアコーディオニスト向けに変えていることが分かります。

  本来ならば、競合他社にあたる日本企業の安価な製品は掲載したくなかったはずですが、資金的に苦しい状態だったため、鬼の背に腹は変えられなかったのかもしれません。

 

エピローグーー<鬼>の中の仏

 自分が見つけて輸入した商品のコピーが作られ、競合品として安価に販売されていく、そして自分の「お膝元」でもある『アコーディオニスト』に出稿されていく様を、桜井氏ご本人はどのようにみていたのでしょうか?

楽器商報の12月号〔筆者注:1961年12月号を指していると思われる〕によれば東海楽器もピアニカを作り出しましたし、ことしはピアノ鍵盤付きハーモニカが学校方面に相当入り込むと考えられ、私の初期の予想が当たってきたのがうれしい次第です。〔中略〕旋律だけの音楽教育にハーモニーの教育を平行〔原文ママ〕させることができるのですから流行しないのが不思議だと思います。ホーナーからも「メロディカ・ピアノ26」「メロディカ・プロフェッショナル36」が売り出されますので、ことしは先生方が「どれにしようか」と迷うことでしょう。日本の小中学校の音楽教育が和声的に充実する一助に、これら鍵盤付リード楽器が役たてばこんなにうれしいことはないでしょう。(49)

アコーディオニストらしいコメントと共に、国産製品についても、いささか好意的に捉えているように見受けられます。

 しかしながらマリヌッチ社(クラヴィエッタの権利を購入し生産していたアコーディオンメーカー)のパンフレットをみると、クラヴィエッタおよび電子クラヴィエッタの広告と共に、

これがオリジナルの鍵盤吹奏楽器!!発明者がフランス人・メーカーはマリヌッチ
近年、様々な名称のもとに、国産品の鍵盤吹奏楽器が出回っているようです。その源となったものは、このクラヴィエッタであるのは明白の事実で、クラヴィエッタこそオリジナルな製品なのです。
ご使用になってみれば、どなたにもスグわかることですが、クラヴィエッタは、さすが本物だと思われることと思います。フランスのボレル氏の創案になるクラヴィエッタは、同氏がいくつもの国際特許権を持っており、重要なポイントは、すべて盗用を許されておりません。オリジナル製品の持つ強みとでも申しましょうか。(50)

と、非常に清々しいマウンティングとも取れる「鬼に衣」な宣伝文が掲載されています。こちらのパンフレットが桜井徳二氏がご存命中の出版物かどうかは不明ですが、台頭する国産品に対する心情は察することができます。

 先ほど、『アコーディオニスト』では1965年を境に少しずつ広告が少なくなっていったと述べましたが、『楽器商報』では1963年頃より、ホースのついた国産鍵盤ハーモニカの広告がどんどん大きくなっていくのに対して、東京アコの広告スペースは徐々に小さく、出稿頻度は少なくなっていきます。1964年中旬以降は『楽器商報』上で東京アコの広告を見つけることが出来ませんでした。1966年には『アコーディオニスト』上に、全世界アコーディオン連盟からの「あなたの協会が支払った会費が足りない」といったお手紙が掲載され、以降1977年までは桜井氏による編集管轄で雑誌は出版され続けるものの、国会図書館の記録によると一旦は廃刊となったようです。


▲全世界アコーディオン連盟会長からの、丁寧なお手紙。「残念なことに貴方の協会の払った金額は私達の計算したのと違っていました。」(51)

 「クラヴィエッタ」や「メロディカ」は、廃番品にも関わらず、現在も世界中の音楽家たちに愛好され、演奏・録音されています。台数や価格、教育市場への宣伝力こそ国産品には敵わなかったかもしれませんが、楽器を愛し、大切にしてきた人たちあっての、現代の需要とも言えるでしょう。桜井氏の「勝負に勝って試合に負けた」鍵盤ハーモニカビジネスの終息の要因は、税優遇を受けている国産品に対抗した値下げや、機関紙製作のための資金繰り、後継者育成、などの経営的な理由なのかもしれませんが、本質は「時代を先取りしすぎた」こと、あるいは「鍵盤ハーモニカを愛しすぎた」こと、と考えるのはおこがましいでしょうか? 今後の鍵盤ハーモニカ産業シーンは次世代の桜井氏に大いに期待したいところですが、あまり未来のことを話すと鬼の笑い声が聞こえてきそうです。

 

***

ご取材・執筆ご協力者様(あいうえお順)

足立 庄平 様/東海楽器製造株式会社会長

あまやん 様

新井 恵美 様/宇都宮大学准教授

アラン=ブリントン 様/ボイシ州立大学哲学科名誉教授

大隅 観 様/ハーモニカカスタマイザー

オスカー=ヴェルドゥーゴ 様/国際鍵盤ハーモニカ博物館館長

加藤 徹 様/明治大学 教授

カニササレアヤコ 様/雅楽芸人

小西 恒夫 様/クッキーハウス

瀧川 淳 様/国立音楽大学 准教授

佐藤 芳明 様/アコーディオニスト

坂元 一孝 様/ウェブサイト『素晴らしき鍵盤ハーモニカの世界』管理人

設樂 健 様/作曲家

柴田 俊幸 様/フルーティスト

蛇腹党

武田 昭彦 様/有限会社セレクトインターナショナル

谷口楽器店 様(4Fリード楽器フロア)

土佐 正道 様/明和電機会長 

成田 宗芳 様/アートマネージャー

野沢 真弓 様/アコーディオン友の会東京支部副部長

野村 誠 様/鍵盤ハーモニカ奏者・作曲家

Bellows Works Tokyo

真野 哲郎 様/株式会社トンボ楽器製作所 取締役営業部長

村北 泰規 様/楽器メーカーエンジニア

八木 隆之 様/コンサーティーナ愛好家 

山中 和佳子 様/福岡教育大学 准教授

ゆnovation

 (※本連載の画像・情報は、その多くが協力者様の提供によるものです。無断転載はお控えください)

***

 

(1) 南川朱生(ピアノニマス)「第1回 鍵盤ハーモニカの旅へ」Web春秋はるとあき「アルス・ピヤニカ――鍵盤ハーモニカの楽堂」より

(2) 執筆者不明『アコーディオニスト』(1962年2月)p. 6。本名「徳蔵」である旨記載あり

(3) 「アコーディオン音楽を盛んにするには」『アコーディオン研究18』1956年7月号 p.6

(4) 『アコーディオニスト』1956年12月 p.9

(5)  「慶應アンサンブルファミーユ」より

(6)  執筆者不明『アコーディオニスト』(1955年12月) p. 5

(7)  執筆者不明『アコーディオニスト』(1957年1月) p. 20

(8)  葉山茂「アコーディオニスト名鑑(6)」『アコーディオン研究18』(1956年7月号) p. 9

(9) 執筆者不明『アコーディオニスト』(1957年1月号)p. 20

(10) 桜井徳二 「続・新春サロン クラヴィエッタの周辺」『楽器商報』(1962年2月)p. 45

(11)accordina」HPより

(12) 桜井徳二「続・新春サロン クラヴィエッタの周辺」『楽器商報』(1962年2月)p. 45

(13) 『アコーディオニスト』(1959年3月) 表紙

(14) 『アコーディオニスト』(1959年8・9月) 表紙

(15) 桜井徳二 「続・新春サロン クラヴィエッタの周辺」『楽器商報』(1962年2月)p. 45

(16) 執筆者不明「クラヴィエッタ 、メロディカの性能と使用範囲 東京アコでの研究成果」『楽器商報』(1960年1月)p. 109-110

(17) 『アコーディオニスト』(1960年7・8月)表紙

(18) 『アコーディオニスト』(1960年10・11月) p. 2

(19) 『楽器商報』(1960年5月)口絵

(20) 『楽器商報』(1961年1月)p. 146

(21) 執筆者不明 「社況・商況」『楽器商報』(1961年3月)p. 52

(22) 執筆者不明 「商況」『楽器商報』(1961年5月)p. 50

(23) 『アコーディオニスト』(1958年3月) p. 22

(24) 『アコーディオン研究』(1955年9月) p. 2

(25) 『アコーディオニスト』(1963年3月)表紙

(26) 『アコーディオニスト』 (1963年6・7月)表紙

(27) 楽器商報(1961年11月)p.24-25

(28) 『楽器商報』(1962年4月)p.60-61

(29) 『楽器商報』(1961年11月)p.49

(30) 『楽器商報』(1961年11月)p.49

(31)  執筆者不明『楽器商報』(1961年11月)p.97

(32) 「消息」『楽器商報』(1961年7月)p. 107

(33) 『楽器商報』(1961年7月)表紙

(34)  桜井徳二 「続・新春サロン クラヴィエッタの周辺」『楽器商報』(1962年2月)p. 45

(35) 『楽器商報』(1962年9月)p. 25

(36) 『楽器商報』(1963年1月)p. 138

(37) 『アコーディオニスト』1962年2月 p. 6

(38) 『楽器商報』(1963年3月)p. 98

(39)意匠登録0154913」統計情報プラットホームより

(40) 『アコーディオニスト』(1964年1月)口絵〜p. 11

(41) 金子元孝『アコーディオニスト』(1963年3月)p. 9

(42) 『アコーディオニスト』(1963年4・5月)口絵

(43) 『アコーディオニスト』(1963年6・7月)口絵・p. 5

(44) 『アコーディオニスト』(1965年10月)口絵

(45) 『アコーディオニスト』(1965年10月)口絵

(46) 『アコーディオニスト』(1966年9月)裏表紙

(47) 『アコーディオニスト』(1962年2月)p. 15

(48) 『アコーディオニスト』(1963年6・7月)p. 9

(49) 桜井徳二 「続・新春サロン クラヴィエッタの周辺」『楽器商報』(1962年2月)p. 45

(50) マリヌッチ社パンフレット(年代不明)

(51) 『アコーディオニスト』(1966年10月)p. 3

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著者略歴

  1. 南川朱生(ピアノニマス)

    1987年生、東京都在住、元IT企業の銀座OL。日本を代表する鍵盤ハーモニカ奏者・研究家。世界にも類を見ない、鍵盤ハーモニカの独奏というスタイルで、多彩なパフォーマンスを行う。

    所属カルテット「Tokyo Melodica Orchestra」は米国を中心にYoutube動画が35万再生を記録し、英国の世界的ラジオ番組classic fmに取り上げられる。研究事業機関「鍵盤ハーモニカ研究所」のCEOとして、大学をはじめとする各所でアカデミックな講習やセミナーを多数実施し、コロナ禍で開発したリモート学習教材類は経済産業省サイトに採択・掲載される。東京都認定パフォーマー「ヘブンアーティスト」資格保有。これまでにCDを10作品リリースし、参加アルバムはiTunesインスト部門第二位を記録。楽器の発展と改善に向け多方面で精力的に活動している。趣味は日本酒とテコンドー。

    【オフィシャルサイト】https://akeominamikawa.com
    【鍵盤ハーモニカ研究所】https://melodicalabo.com

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