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アルス・ピヤニカ――鍵盤ハーモニカの楽堂 南川朱生(ピアノニマス)

鍵盤ハーモニカの旅へ

 「鍵盤ハーモニカ」という楽器をご存知でしょうか。そう、あの「ピアニカ」や「メロディオン」「ピアニー」「メロディカ」といった商標でお馴染みの楽器です。小学校入学と同時に学販品として「さんすうセット」などと共に半ば強制的に購入させられ、低学年の音楽の授業でほんの少し使用したかと思えば、小学校中学年からはリコーダーに切り替わるため、一旦家庭に持ち帰るハメに。卒業と同時に押入にしまわれたり、兄弟や従姉妹に譲りうけられたり、断捨離中のママたちによってメルカリで出品されたりする、あの摩訶不思議な運命を辿る楽器のことです。あの楽器は幼少期の幻か何かだったのでしょうか? この楽器にまつわる幼少期の思い出を聴取すると「音楽の授業が好きで、好んで吹いていた」「ジャンケンに負けた生徒が担当する“その他大勢”の楽器だった、本当は大太鼓や木琴がしたかった」「汚くて嫌だった」「持って帰るのが重かった」「リコーダーしか記憶にない」「そもそも記憶にない」など、実に様々なノスタルジーに触れることができます。

 そんな多くの人の脳裏に、小学校の音楽室の片隅に「ぽつん」と(あるいは「ずらり」と)佇んでいる姿が浮かぶ鍵盤ハーモニカ──しかし筆者は、その魅力に取り憑かれ、安定した銀座OLの仕事を退職してまで、全人生を捧げようと決意するに至ったのでした。本連載では、そんな偏愛たっぷりの鍵盤ハーモニカ概論をお届けします。「ググっても出てこない」お話で埋め尽くしたいと思います。

 冒頭から「ずいぶんとマニアックな楽器の連載が始まったなぁ……」と思った方もいるでしょう。しかしこの楽器は、意外なことに、小学校以外の様々な国内の音楽シーンで多々使用されています。J-POPのアーティストやアイドルグループなどのパフォーマンスで頻繁に使用されているほか、朝からNHKの「Eテレ」をつけていると、5分に1回は鍵盤ハーモニカの音が聞こえます。(おそらく多くの人はその音が鍵盤ハーモニカだとは気づかないかと思います)映画やドラマ、アニメの劇伴でもしょっちゅう流れておりますし、60年代は演歌のレコーディングで重宝されました。たとえば、森進一さんによる「おふくろさん」冒頭部などに鍵盤ハーモニカの音色が用いられています。(1)

  ヒットアニメ「四月は君の嘘」(俳優広瀬すずさん主演で実写化)と「ハルチカ〜ハルタとチカは青春する〜」(俳優橋本環奈さん主演で実写化)ではそれぞれ鍵盤ハーモニカが物語のキーアイテムとして使用されているほか、今年放映のアニメ「takt op. Destiny(タクトオーパスディスティニー)」では登場人物が鍵盤ハーモニカを使用し作曲するシーンも見受けられます。

 あまり表立った際立つ華やかな姿は見えないものの、鍵盤ハーモニカは国内の音楽シーンにしっとりと根付いたフレンドリーな楽器であると言えるでしょう。もちろん海外でも様々なアーティストに長年愛されています。ビートルズのドキュメンタリー映像「The First US Visit」(1964)ではジョン・レノンがボタン式の鍵盤ハーモニカでリフを奏でるシーンが記録されています。スポーツメーカー「PUMA」のCMでは、世界的に人気のある韓国のヒップホップグループBTS(防弾少年団)のメンバーが鍵盤ハーモニカを奏でる美しく印象的なシーンがあり、ファンの間で非常に話題になったそうです。意外かもしれませんが、世界で特に奏者人口が多いのは南米圏です。その理由はレゲエ・ミュージックの世界で鍵盤ハーモニカを普及させた「オーガスタス=パブロ」というジャマイカ出身の音楽家の存在です。欧米圏では近年まで殆ど楽器の知名度はなかったものの、2016年頃より鍵盤ハーモニカを使用する二人組トップユーチューバーの出現と、それに伴う安価なOEM機種の流通により、欧米での普及度が向上したものと推測されます。

鍵盤ハーモニカは何楽器???

 このように、鍵盤ハーモニカはもはや単なる「学校の教材」だけではない存在ということがわかってきたと思います。しかし、ちょっとここで「学校」に戻ってみて、以下のような問題にトライしてみて下さい。

問題:次の楽器が何楽器に属するか答えましょう。

ヴァイオリン  (   )楽器
小太鼓     (   )楽器
トランペット  (   )楽器
フルート    (   )楽器
鍵盤ハーモニカ (   )楽器

 様々な分類条件や観点での解釈があるかとは思いますが、学校の教科書的な回答を申し上げますと、上から弦楽器(擦弦楽器)、打楽器、金管楽器で、フルートは金属だけど木管楽器(罠)……と。しかし最後の「鍵盤ハーモニカ」、これはどうでしょう、悩んだ方も多いかもしれません。実はこの、「鍵盤ハーモニカって何楽器ですか?」という質問は、筆者が、公演先でワークショップなどを行う際に、幼稚園児にも、音大の学生さんにも、はたまた老人ホームのおじいちゃんおばあちゃんたちにも必ず聞いているものです。

 もちろん、答えはひとつではなく多様にあります。小学生児童は「おもしろいがっき」などと回答したり、幼稚園児は「これでね、たたたい(戦い)ごっこするの」などと恐ろしい発想をぶつけてきますが、そのうち私が用意した仮の回答に自力で辿り着きます。なので、ここでは「鍵盤ハーモニカは○○楽器である」と片付けてしまうことはせず、この楽器の特徴をいくつか洗い出しながら、鍵盤ハーモニカの「複数にまたがる定義」、通称「ジェネリックな鍵盤ハーモニカの定義」(generic melodica)を一緒に追っていきたいと思います。
 

白と黒のアレがついている「鍵盤楽器」

 まずは見た目から判別できるところに言及していきましょう。楽器のインターフェースには何がついていますか? そう、ピアノのような配列の鍵盤がついています。鍵盤ハーモニカが誕生した黎明期には、必ずしも鍵盤ではなく、国や時代、あるいは作り手によって様々な試行錯誤がなされ、形態変化を繰り返します。当然、鍵盤であっても様々な長さ・幅のものが存在し、音域も多岐に渡ります。レバー式であったり、ボタン式であったり、はたまた鍵盤にボタンのついたようなデザインであったり、多種多様です。「れ、レバー式???」と、これはあまり形状のイメージができないかもしれませんが、下の画像のような形状を指しています。


▲「ウィンドアコーディオン」あるいは「マウスアコーディオン」とされるもの(2)

フランス向けのカタログですが、製造はドイツでしょうか。右手でメロディを抑え、左手で伴奏を押さえることを想定された構造とみられます。

 


▲HOHNER社製HOHNERETTE(3)

1908年に特許取得、1907年から1930年にかけて複数デザインが販売されたとみられます。広告本文には「“吹くアコーディオン”のスタイルが大いに求められている。」といった記述に加え、チープなものではなく、高級なものが欲しいという需要に応えた、という旨が書かれています。

別のデザインですが、HOHNERETTEの音はこちらの動画で視聴できます。

まさにハーモニカとアコーディオンと鍵盤ハーモニカを足して3で割ったような仕組みです。


▲Hohneretteの別デザイン(4)

5つのラッパが取り付けられています。なお、アコーディオンやハーモニカでは、このようなラッパをくっつける発想は定番です。日本では、アンティークショップのほか、雑貨屋さんなどでインテリアオブジェとして飾られていることがあります。この手のレバー式の楽器は、オークションやebayなどでも見つけることが出来ます。

▲同様のラッパを取り付ける発想で作られたトイ鍵盤ハーモニカ(※イメージ)

このような製品は、名も無き製品も含め無数に存在します。  

 今後この連載で話を進めるにあたって、混乱なきよう「ジェネリックな」鍵盤ハーモニカの定義を決めておく必要があるので、ここでは日本の読者の方がパッと見てピンとくるデザインを優先し、一旦「鍵盤楽器」としたいと思います。

 余談ですが、日本のジャズピアニスト菅野邦彦氏は、「未来鍵盤」と称したクロマチック配列でフラットなタッチのピアノを約1億円かけて開発され、そのプロトタイプ(試作)としてクロマチック配列の鍵盤ハーモニカに着手されたそうです(5)。是非お目にかかり、拝聴したい所存です。

吹いて演奏する「吹奏楽器」

 ではその鍵盤を押下し、何をどうすると音が出ますか?そう、「息」を「吹く」と音が出ます。インターネット上には「鍵盤ハーモニカは吹いて鳴らすものです」といった記述が散見されますが、ハーモニカのように「吸って」発音させるテクニックもあります。

 しかしあまり一般的ではなく、尚且つ不衛生ですので、内部のメンテナンス状態に相当自信のある人でないと、そのような勇気はないと思いますから、ここでは「吹奏楽器」としたいと思います。

 たまに音大生やピアノの先生などで「管楽器ですか?」と答える方がおられますが、一般的に国内で流通している鍵盤ハーモニカには管に該当するパーツが無く(もしくはあっても極端に短い)、その箇所が発音にメインで寄与しているわけではないので、「管楽器」としてしまうのはやや苦しく、細分化させすぎ、というのが私見です。なお「気鳴楽器」と回答される方も正解であると思います。(楽器分類の観点は多数存在します)

 もちろん吹奏せずとも、鍵盤ハーモニカにビニールプールなどを膨らませるための空気入れ(フットポンプ)を接続すると発音させることができますので、世界中の工作猛者たちが鍵盤ハーモニカを改造した「自作足踏みオルガン」や「自作バグパイプ」を披露しています。

◆足踏み式鍵盤ハーモニカ制作事例

電池式のブロアーなどでも発音させられますが、送風音が大きく、あまり小さな会場ですと、発音よりも送風音の方が大きくなる可能性があります。(そのような音楽も可とした、「明和電機」というアートユニットがあります。彼らは風船から鍵盤ハーモニカに送られた空気をコンピューター制御することで発音させる「ピアメカ」という楽器を開発しましたが、その稼働には信じられない音量の送風機を使用します。しかし会場一体となりその送風音は聞こえていない前提でライブを視聴します。田舎に在住する人がいつの間にか田んぼの蛙の声だけ気にならなくなる現象があるそうですが、まさにそれと同じ原理だと言えるでしょう)

 見た目には多少の問題が有りますが、片方の鼻の穴にティッシュペーパーを詰め、もう片方の鼻の穴で発音させることも可能ですよ。口で発音する場合とは違ったニュアンスの発音を味わうことができます。

◆鼻の息で発音させた事例

なお、放屁で発音させる人もいますが筆者はあまり好きではありません。

 拙宅ではこどもが生後5ヶ月の頃より鍵盤ハーモニカを演奏させておりましたが、まだ離乳食も始まったくらいの時期ですので、親が息を入れ、こどもが鍵盤を押下する、という方法で発音させていました。これは就学前のこどもたちが楽器を触る手段として、非常にオススメです。

 前置きが大変長くなりましたが、様々な楽器分類の切り口があり、なおかつ呼気を使わずとも発音が可能な楽器では有りますが、一旦わかりやすいようシンプルに本連載では「吹奏楽器」とさせていただきます。

 一方で、口腔や肺機能にハンディのある方でも、様々なアプローチや、ちょっとした改造で鍵盤ハーモニカを演奏することができる、という点は、鍵盤ハーモニカの大きなメリットと言えるでしょう。筆者は足の指、膝、肘、頭部、肩、尻、人形の足や工具などで演奏することもしばしばです。

鍵盤ハーモニカの音の源は?

 さて、鍵盤を押下し、呼気を吹き込み、いざ発音! さあ、その発音の源はどこにありますか? 勘の良いこどもたちは「鍵盤ハーモニカって、ハーモニカってついてるくらいだから、もしかして中にハーモニカが入ってるんじゃない?」と指摘します。ほぼ正解で、それについては鍵盤ハーモニカを解体するとわかります。鍵盤ハーモニカの内部には、アコーディオンやハーモニカ、バンドネオン、雅楽で使われる「笙」などと同じような形状の、細長いT字型の板片が、金属板の上に並べられています。


▲鍵盤ハーモニカの内部および拡大図(筆者撮影)

ここで知識のある音大生の皆様は「もしかして、リード?」と指摘します。リードはリードでも、オーボエやクラリネットのように葦で出来たものを口で咥えるのではなく、金属で出来た板片の片側が溶接(またはネジ止め、ピン留め)されており、もう片側が空気で振動することによって発音する、という仕組みです。板片が小さく短いものは音が高く、大きく長いものは音が低くなります。厚みも素材も音に関与します。このような構造のリードを「フリーリード(自由(こう))」と呼びます。(ハーモニカはこのフリーリードが一つの吹き口に対し2枚付いており、吹くのと吸うので別々のフリーリードが振動するため、異なる音が発せられるのです)

 一般的なフリーリードの材質については(すず)やアルミニウム、またはリン青銅、真鍮、ステンレスといった合金などですが、プラスティックをベースにしたもの、あるいは竹などをベースにしたものなどもあります。ここでは、現在の現行品において主流であること、あるいはパッと聞いてすぐにハーモニカのようなサウンドを想起できる、という点で「金属製」のフリーリードが採用されたものをジェネリックな鍵盤ハーモニカとして定義したいと思います。

 このフリーリードという名称については、あまり感覚的にしっくりとくる名称ではありません。なぜ金属板に金属片が付いてざっくり2方向に動くだけのものが「フリー」なのか。言葉の由来については、「口、唇などで一方を固定することなく(=フリー)振動することが可能だから」という当方の解釈に加え、以下のような解説もあります。

ヘラのような金属の舌(リード)が片側にプレートで固定され、もう片方はフリー(自由)に風の力で動くからである。(6)

一端が据え付けのプレートに固定された、フレキシブルな金属製の舌状のリードの一種。〔中略〕空気圧または吸引によって作動すると、舌状のリードはプレート内のスロット(隙間)を通じて自由に振動する。(7)

上記『アコーディオンの本』の解説では、ニューグローヴの定義を参考にして記載しているようにも見受けられます。もう少し名称から構造を把握しやすいネーミングがついていたら、この楽器分類自体の普及度も違っていたかもしれません。いずれにせよ、誰からの拘束も受けず、空気の圧力で自由に振動できる最高にロックな構造、それがフリーリードです。

 余談となりますが、メーカー商標である「ピアニカ(商標第618501号)」の「ニカ」はハーモニカから、「メロディオン(商標第3196350号)」の「ディオン」はアコーディオンからきているそうです。ざっくりですが前者は「ピアノ鍵盤のついたハーモニカ」後者は「メロディの吹けるアコーディオン」といった発想でそれぞれ命名したのかもしれませんね。

 このフリーリードの仕組みは、すでに様々なプロダクトに応用されていたり、あるいは元々使用されています。その一例として、神奈川県の機械メーカー「オイレス工業株式会社」はこのフリーリードの仕組みを応用し、風力による振動エネルギーから電気を生み出す発電技術の特許を取得しています(8)。(風力発電は、広大な敷地が必要であったり、騒音が大きいことに加え、鳥さんがぶつかってしまうなどの深刻な問題はございますが、エネルギーが「風」という永続的なものであり、有害な物質を排出しない、という環境負荷的な観点でメリットもあります。いつか様々な発電方法に並んで「フリーリード発電」も選択肢の一つになる日が来るかもしれませんね。)

 お手持ちの鍵盤ハーモニカのリードの先端部分にストローなどで息を吹き入れると、振動する様子が肉眼でも観察できます。100円均一で販売されている拡大レンズをつけたスマートフォンで、撮影モードを「スロー」にしてその様子を観察すると、昆虫や鳥のホバリングのように、まるで意思を持って振動しているかのような美しい動きを確認することができます。(実験が億劫な方は「harmonica reed vibration / movement」などでYouTube検索をされると良いでしょう)こうした鍵盤ハーモニカの構造の細部に関するお話は後の回で改めて詳しくお伝えしたいと思います。
 

「ジェネリック」な鍵盤ハーモニカの3つの特徴

 さて、話を「何楽器」に戻します。今まで見てきたことをまとめると、ジェネリックな鍵盤ハーモニカとはつぎの3つの特徴を兼ねそろえるものだと筆者は定義します。

・有鍵/鍵盤式(あるいはボタン式、レバー式)
・フリーリードを保有
・吹奏楽器

ここで新たな質問です。この3つの条件を完全に網羅した楽器が他に思い浮かびますか?

 近しい楽器としてよく提案されるのが「アコルディナ」です。

ボタン式であるため、上記のジェネリックな条件をすべて満たしているわけではありませんが、アコルディナは鍵盤ハーモニカがヨーロッパで大量生産品として流通するに至る際に重要な役割を果たしています。

 他にはドイツのハーモニカメーカーSEYDELから現在も現行品として発売されている「Triola」(有限会社セレクトインターナショナルご提供)。メーカーサイトでは「Blow harmonica for children(こども達のための吹くハーモニカ)と記載されています。

いわゆるピアノ鍵盤のような配列ではございませんが、三つの定義を満たしているように見えます。

 さらには、明治時代の楽器教本「新撰吹風琴独案内」(9)に挿絵の掲載されている「吹風琴(すいふうきん)」(情報提供:大隅観氏)

   

明治32年(1899年)の楽器教本「吹風琴独案内」には「孔」を「調子(てうし)に合(あは)せて軽く開け塞ぎすべし」とありますので、残念ながら「鍵盤式」の定義を満たしておりませんが、吸いながら発音させる機能はなく、上記のTriolaと特性が近しいように見受けられます。

 吹風琴の内部にフリーリードが使用されているのか否かについては、論文(10)でCTスキャン画像と検証文を確認することができます。

 前述の「足踏み式」で言うと「バイブルリーガル」という素敵な楽器が存在します


▲日本国内では浜松市楽器博物館で類似品の閲覧が可能です。(写真提供:加藤徹氏)

1700年代にドイツで作られたとされる、見た目は聖書、しかし組み立てると足踏み式の鍵盤付フリーリード楽器という、非常にロマンある構造です(現在は再現品がコペンハーゲンのデンマーク音楽博物館に所蔵されています)。リードは真鍮製で、当時のダンス音楽を彷彿とさせる明るい響きです。

◆バイブル・リーガル(動画は復元品と見られます)

ということで、類似の楽器は数あれど、ジェネリックな鍵盤ハーモニカの条件を満たした楽器──例えばヴァイオリンにとってのヴィオラのような、限りなく近しい関係にあたる楽器──は、実はほぼ市場に存在しないのです。同じ価格帯、となると尚更そのハードルは上がります。

「鍵盤ハーモニカ」伝来の謎……

 では最後の質問です。このような他にはない特徴を兼ねそろえる摩訶不思議な楽器を、なぜ日本では学校での音楽教育に使用するのでしょうか?

 日本に上記のジェネリックな条件を兼ね備えたビジュアルの鍵盤ハーモニカが輸入され、そこから日本での製造開発が始まり、学校の音楽教育現場で使用されることになった理由は、1950年代から60年代にかけての時代背景や、楽器製造サイドのマーケティング戦略が密接に関わっています。そのほか、学校の先生や教育委員会などの教育を提供するサイドの事情と、とある「勘違い」が偶発的に重なり、そうした軌跡の果てに、現在の鍵盤ハーモニカ需要があります。

 その生々しい推移は、各メーカーなどに問い合わせても詳しいことは把握しておらず、各メーカー社内資料の中でも史実的な誤りや矛盾があったり、開示可能な情報が限定されていたり、はたまた自社に都合の悪いような事実は有耶無耶になっていたりと、解析が難しくなっていました。これらを客観的に分析する手法を最初に実施された人物に、福岡教育大学准教授の山中和佳子氏がおられます。彼女は国内に現存する楽器関係の業界誌や音楽教育関係の雑誌に掲載された広告やインタビュー記事を整理し、そこから史実を解析し、導入に至るまでの推移を詳(つまびらか)にした研究者で、鍵盤ハーモニカの国内史において大きな功績を残されました。

 その解析は途方もないページ数の楽器関係誌、あるいは教育関係誌を1枚ずつ確認する、という非常に労力の掛かるものです。しかし先人への敬意を込め、次回の第二話では、筆者も同じように、積み上げると人の高さにもなる膨大な資料を1枚ずつ確認し、学び得た見解をお伝え致します。

***

ご取材・執筆ご協力者様(あいうえお順)

大隅 観 様/ハーモニカカスタマイザー

加藤 徹 様/明治大学 教授

カニササレアヤコ 様/雅楽芸人

小西 恒夫 様/クッキーハウス

瀧川 淳 様/国立音楽大学 准教授

武田 昭彦 様/有限会社セレクトインターナショナル

佐藤芳明 様/アコーディオニスト

坂元 一孝 様/ウェブサイト『素晴らしき鍵盤ハーモニカの世界』管理人

柴田 俊幸 様/フルーティスト

蛇腹党

土佐 正道 様/明和電機会長

Bellows Works Tokyo

成田 宗芳 様/アートマネージャー

山中 和佳子 様/福岡教育大学 准教授

ゆnovation

(※本連載の画像・情報は、その多くが協力者様の提供によるものです。無断転載はお控えください)

***

(1) アコーディオニスト佐藤芳明氏 SNSより

(2) Catalogue Robert Husberg à Neuenrad (Westphalie), p. 57 (Iconographie de la cornemuse en Franceより)

(3) The Music Trade Review, 1906, 43-15, p. 38(International Arcade Museum Libraryより)

(4) Catalogue Robert Husberg à Neuenrad (Westphalie), p. 57 (Iconographie de la cornemuse en Franceより)

(5) 「菅野邦彦さん考案のピアノ」(2008年5月3日)(「日向通りの猫」より)

(6) 渡辺芳也『アコーディオンの本』(春秋社、1993年)p. 63

(7) Barbara Owen and Richard Partridge, "Free reed", In The New Grove Music Dictionary, 2001: A type of reed consisting of a flexible metal tongue, fixed at one end to a stationary plate. […] When activated by air pressure or suction, the tongue vibrates freely through a slot cut in the plate. 

(8) 「発電装置および発電方法」(「アスタミューゼ」より)

(9) 成斎楽人『新撰吹風琴独案内』(盛林堂、1901年)p. 1, 3(国立国会図書館デジタルコレクションより)

(10) TOKIMITSU Yoshie, MAEDA Kuniko, MURAO, Satoshi, Ewald HENSELER, "External-PIXE identification of material for popular music pipes during the late Meiji era, Japan", In International Journal of PIXE, January, 1998. (Doi: 10.1142/S0129083598000194)

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著者略歴

  1. 南川朱生(ピアノニマス)

    1987年生、東京都在住、元IT企業の銀座OL。日本を代表する鍵盤ハーモニカ奏者・研究家。世界にも類を見ない、鍵盤ハーモニカの独奏というスタイルで、多彩なパフォーマンスを行う。

    所属カルテット「Tokyo Melodica Orchestra」は米国を中心にYoutube動画が35万再生を記録し、英国の世界的ラジオ番組classic fmに取り上げられる。研究事業機関「鍵盤ハーモニカ研究所」のCEOとして、大学をはじめとする各所でアカデミックな講習やセミナーを多数実施し、コロナ禍で開発したリモート学習教材類は経済産業省サイトに採択・掲載される。東京都認定パフォーマー「ヘブンアーティスト」資格保有。これまでにCDを10作品リリースし、参加アルバムはiTunesインスト部門第二位を記録。楽器の発展と改善に向け多方面で精力的に活動している。趣味は日本酒とテコンドー。

    【オフィシャルサイト】https://akeominamikawa.com
    【鍵盤ハーモニカ研究所】https://melodicalabo.com

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