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アルス・ピヤニカ――鍵盤ハーモニカの楽堂 南川朱生(ピアノニマス)

半地下の鍵盤ハーモニカ

  前回の記事では、海外の鍵盤ハーモニカを参考に製造した日本産の鍵盤ハーモニカが、主要3メーカーより発売され、それらが教育現場へ到着すると同時に、これまで音楽室の「一人一台楽器」の王者だったハーモニカの栄光に、うっすら不穏な影が現れ始めた……というお話をしました。

 王座が揺らぎ始めた理由について、少しだけ時を戻して、1961年末の業界紙を見ていきましょう。

 

1961年末、「波」に乗れなかったハーモニカ

 この頃、巷ではザ・ビートルズ、ザ・ベンチャーズなどの世界的ロックアーティストらの来日を目前に、第一次エレキギターブームが起きようとしていました。そんな1961年末、『楽器商報』は「音の業界1961年」という見出しで、以下のようなニュースを報じています。

ハーモニカメーカーが”楽器ブーム”から取り残されたことは予想外のことだっただけに楽器業界としては重大ニュースの筆頭にあげてもいいほどである。〔中略〕器楽教育にハーモニカがとり入れられたことで祝杯をあげたばかりだったのに、これがかえってアダとなるとは誰も予想しなかった事態であろう。これらのハーモニカメーカーが新しく開発したメロディオン、ピアニカ、ピアノホーンなどが大いに当たってくれればいい、と願う。これにひきかえて、ギターやウクレレのブームも業者にとっては予想以上で、生産額では正確な資料がないのでつかみ得ないが、年間6~7億円というわけで、ハーモニカをしのぐ勢いである。(1)

ではこの「かえってアダとなる」とはどのような意味なのでしょうか。

リード合奏が光を浴びたのは、全国の学校のほんの一部分だけだった。ほとんどの器楽教育現場ではいろいろな問題を抱えていた。まずメーカーが悲鳴をあげた。商品単価が低く、採算割れが続出したのだ。
つぎに指導する教師に問題があった。音楽学校ではハーモニカを教えていないから、教師達はハーモニカに関してはまったく素人だった。〔中略〕社会システムの整わないままにこの運動を展開していったところに無理があったのだ。(2)

文部省は少国民皆ハーモニカのため、業界に対して低学年用として十五穴シングル、百五十円の製品を示唆した。ハーモニカ・メーカーの大方がその急増する需要に応じたものの、採算割れが続出した。〔中略〕国内教育市場の数量景気は、製造工程を変革させ、高度技術による高級品志向の意欲(技術の温存)を失わせたと同時に、再起した西ドイツのホーナーは、戦争による失地(市場)回復の実績を着々と伸ばしてきた。〔中略〕中国の低廉量産品が台頭して、このクラスの海外市場シェアを失うに至った。(3)

このように、ハーモニカは教育品ゆえに価格を安価に設定せざるを得なかったため、次第に商品の市価が下落して採算が取れなくなっていたのです。おそらく沢山のメーカーがあったことから、熾烈な価格競争も始まっていたのでしょう。そのようなところに海外製品台頭の打撃もあり、メーカーの脱落が続いたのです。

 第1回でご紹介した「楽器業界への強い影響力を持っていた」宮内義雄氏は「消費者の時代感覚と業界制作のズレ」と題し、以下のようなコメントを述べていました。

この業界が音楽新指導要領でウケに入ったことは想像に難くない。そして、そのために草案された15穴シングルがうまく時流に投じた〔原文ママ〕ことも疑う余地はない。が、しかし問題はそれ以後に起きた。予測を遥かに越した需要に応ずるために、業界はマス・プロとマス・セールだけでなくマス・コミュニケーションまで、いわゆる時代感覚を〔原文ママ〕あるものは公式論で受け入れ、あるものはなんの準備も持たぬまま市場にアピールしたことがそれである。激しすぎる企業間の競合が、こうせざるを得なかったのかも知れないが、こうした不用意な心構えは、これまで保守すぎた業界感覚に新時代を流入する速度を早める効果あったが、売ることより以上に作ることに急のあまり教育課程の本命をつくPRをなおざりにしてしまったーその影響が今日になって見えてきた。〔中略〕ことは消費者の時代感覚についていけなかった業界政策の誤りに気づかないままにあるこの業界人のコンプレックスに起因する方が予想以上に大きくはないか。ハーモニカだけが音楽の社会化の例外であるわけがなかろう…。(4)

長期的な目線での製造販売計画や、教育以外の一般市場へのマーケティング戦略が疎かであった、という指摘のように読み取れます。国や教育との太い「パイプライン」がアダとなり、短期間で築いた「ダイヤモンドヘッド」は死火山と化したのです。

 さらにメーカー従事者インタビューによりますと、指導者サイドについても、「ハーモニカをフルに使用し、大きな教育成果を上げている学校」というのは、実はごく一部の、日頃より音楽に力を入れている「意識の高い」「音楽教育雑誌に取り上げられるような」学校が中心でした。現場では、突然与えられたハーモニカ・ミッションに苦戦する先生たちの阿鼻叫喚が起きていたのです。メーカーサイドは、こういった現場に、なんとか講習会やレクチャーを導入し、より沢山のハーモニカを高いレベルで使ってもらおうと営業活動を行いましたが、その結果や教育現場からのリアクションは芳しくないものだった(5)そうです。

 

職員室に飛び交う「ハーモニカdis(ディス)」

 さて、ハーモニカが採算割れを起こし、メーカーサイドに不穏な空気が漂ってきた頃、音楽教育雑誌の誌面に、このような記事が現れはじめます。

(1)(ハーモニカは)発音状態が悪い。その例として
  ・ドの音を出すのに、ミの音が混ざってしまう
  ・レやファのような、吸う音が、うまく出せない
  ・音量が適当ではない(息漏れがする)
(2)リズムがはっきりしない
  ・同音連続奏の場合リズムがはっきりしない
  ・休符がおろそかになり易い
(3)ふしがうまく吹けない。
  ・ポジションが、ずれてしまう(ドミをミソと誤奏しやすい)
  ・吹吹や吸吸の連続が困難
  ・吹音と吸音のバランスが悪い(6)

 「ハーモニカの吸音に疑問」ヨーロッパの長調あるいは短調、主としてハーモニカの場合には長調ががたやすく吹けるように音が配列されている楽器なんです。ですからそれでもって子どもがもっているようなわらべ歌の感覚とか、そういうような伝統的な音階を演奏しようということになると、吸う息でもって終るとか、非常に吸う息のものが多くなってしまうというような結果があらわれてくる。〔中略〕少なくとも小学校で使う楽器としてはその場合には疑問だと思う。つまり洋楽で教える時にだけしか役に立たない楽器で、子供の中にあるものを引っ張り出すものとしては具合が悪い楽器ということです。それよりか、まだ、たて笛とか横笛、そういう楽器の方が有効でしょう。(7)

まことに申し訳ないが〔音感やリズム感を身につけるにあたり〕ハーモニカなんですが、音楽には先ず美しい音が必要です。そうするとハーモニカは疑問です。〔中略〕正しくない音の楽器を使ってガャガャ〔原文ママ〕やってどうして正しい音程が得られましようか。私は間違いだと思います。何といってもいけないのは、ハーモニカを声の代用にすることで、それは便法ですよ。(8)

なんということでしょう、音楽教員たちによる、ハーモニカdis(非難)の嵐が吹き荒れ始めました。あれだけ教育シーンの中核で活躍し、さらには日本の歌謡のシーンで愛され、大衆を虜にしてきたハーモニカが、まさか「洋楽で教える時にだけしか役に立たない」だの、「吸う音が出せない」などといった、それをいっちゃあ元も子もないよ!という指摘を受けるとは、ハーピスト(ハーモニカ奏者)たちのしらけ、憤る顔が目に浮かびます。

 上記の引用のみならず、音楽教員、教育評論家、東京都研究員……等からのハーモニカ批判が、同年より徐々に熱を帯び始めます。

 

鍵盤ハーモニカ、特等席をジャック。

 この頃の楽器業界誌での鍵盤ハーモニカの立ち位置はどのようになっているのでしょうか?  「表紙」あるいは「表紙を開けてすぐ」の、ちょっとリッチな座席に鎮座するのは、そう、ご察しの通り、鍵盤ハーモニカ、鍵盤ハーモニカ、鍵盤ハーモニカ……かつての「あのお顔」の面影は殆どなく、太文字のド派手な鍵盤ハーモニカ広告が胡座をかいています。

 
▲楽器商報の表紙を飾った「HOHNER Melodica Professional 36」(9)と、「Tokai Pianica PC-1」(10)


▲毎月口絵にピアニカの広告を出稿し続けた「Tokai Pianica PC-1」(左(11)。トンボはピアノ・ホーン(中央)(12)(右)(13)の広告を1962年4月頃まで口絵に出稿するも、以降は別の製品(バリトンアコーディオン等)に切り替えた模様。


▲鈴木楽器初の鍵盤式モデルでもある「スーパー34」の2ページをリッチに使用した広告。(14)


▲鈴木楽器は、当初はボタン式モデルでの宣伝を中心に行っていたものの、1962年2月頃より(15)徐々に鍵盤式かつ34鍵のメロディオン 「スーパー34」に販売をシフトしていったと見られる。


▲スーパー34実物(アラン=ブリントン氏ご提供)

 

1963年、国産鍵盤ハーモニカにチャームポイント登場

 楽器業界誌を鍵盤ハーモニカがジャックし、音楽教育雑誌にハーモニカdisが徐々に見られるようになった1963年は、オリンピック景気と呼ばれる、高度経済成長期の中でもテレビ需要の拡大や、東海道新幹線をはじめとする、交通インフラやオリンピック関連施設の整備が行われた時期でした。ヒット曲は「東京五輪音頭」は勿論、「高校三年生」「こんにちは赤ちゃん」「見上げてごらん夜の星を」など……切なく不自由な楽曲がランクインした連載第2回の頃とは打って変わり、前向きでアップテンポな楽曲がランクインしています。当時の流行語は「バカンス」「ハッスル」「カワイコちゃん」など……。

 そんな1963年より、現在の鍵盤ハーモニカのチャームポイントと言える「ホース」がついた鍵盤ハーモニカが『楽器商報』の折り込み広告に登場します。

 
▲ホース付きのメロディオン「M-36」登場(16)。前述の「スーパー34」と比較するとデザインも大幅に変わっており、HOHNER社のMelodica Piano36やProfessional36を参考にしているように見受けられる。

 机の上に楽器を置けて、鍵盤を目視しながら演奏するのに丁度良い、「ホース」というチャーミングな独自パーツをつけた「カワイコちゃん」こと鍵盤ハーモニカ。しかし幸い音楽室で鍵盤ハーモニカを使用しているのは、まだ4名だけのようです。


▲鍵盤ハーモニカを取り入れた「学校オーケストラ」合奏風景。クラスに4人のみTokai Pianica PC-1を使用(新宿区立淀橋第二中学校)(17)

 さあ、「バカンス」の夏がやってきました。「有鍵ハーモニカ」がTokai Pianicaとボタン式メロディオンの解体図と、「筆者浅学のためよく知らないが」というため息の出るような前置き文と共に大々的に特集されます。

この楽器は一口に言って笛やオルガンハーモニカ等をミックスして作られた鍵盤型の吹奏楽器である。この楽器の起源については筆者浅学のためよく知らないが、オルガンや笛のそれと異なり、器楽教育の一端をになってその必要性のもとに生まれるべくして生まれた楽器と云っても差し支えないであろう。すなわちハーモニカや笛の教育の場における幾つかの欠点を補って、より高度な演奏が容易にできるための現場の願いがこの実現を生んだような気がしてならない。この救いの楽器はハーモニカでのクレッシェンド、デクレシェンド奏〔原文ママ〕やタンギング等の相当な技術を要する点を楽にその要求を満たしてくれるし、笛におけるピッチ調整の悩みもこれがリード楽器であるために解消してくれる。吹き方は大体たて笛と同じである。(18)

 



▲同ページに掲載された、楽器の内部構造や持ち方に関する指南写真。

「(吹き方は)笛と同じと考えて良い」「トゥーと発音させること」といった、初めてあなたを見たと言わんばかりの文言や「良い持ち方」「悪い持ち方」といった指南写真からは、まだ鍵盤ハーモニカという楽器の理解は全くといって良いほど深まっておらず、他楽器の延長の技巧で賄えると解釈されていたことが読み取れます。

トンボ楽器、鍵盤ハーモニカ市場より早々に撤退。

 同じ記事に少し気になる文言がありました。

トンボ楽器からピアノホーンが出ていたが現在生産中止ときいている。(19)

トンボ楽器はどうやら早々に(遅くとも1963年6月の時点で)鍵盤ハーモニカの生産を取りやめてしまったようです。筆者はこの理由を探るべく、トンボ楽器関係者が集まるパーティーに潜入し、当時の状況を知るであろう会長さんの席に少しずつ近づき、お酒を複数回召されたのを確認し、このような質問をしてみました。

「どうしてトンボ楽器って鍵盤ハーモニカ作るのやめちゃったんですか? 」


▲パーティに潜入する筆者(右)と、トンボ楽器の会長さん(左)。

すると会長さんはこのようにご回答くださりました。「問屋が売るっていうから高い金型作って製造したのに! 問屋がやっぱ売らないっていうから!(怒)」

 当時は「◯◯製作所」と名の付く楽器関係の企業は、基本的には販売経路を持たない工場であり、販売は問屋が行う、というのがオーソドックスな販売方法でした(20)

 どうやらトンボ楽器は問屋にOEMとして販売してもらう予定だったようです。トンボ楽器がピアノ・ホーンを販売してくれると期待をかけていたその問屋は、のちに問屋オリジナルの鍵盤ハーモニカを販売しますので、自社で製造できた(もしくはトンボよりもさらにコスパよく製造してくれる別の会社を見つけた)可能性が高いですね。

 トンボ楽器から出ていた「ピアノ・ホーン」には、少なくとも2つのモデルが確認できております。1つ目は第3回で紹介したモデル、2つ目は「ピアノ・ホーン PH-27」という、まるで小鳥や小動物のようなボティがチャーミングなモデルです。PH-27については、構造、音色、共に素晴らしい仕上がりだったので、もしも現在までトンボ楽器が鍵盤ハーモニカを製造を続けていたら、また鍵盤ハーモニカを取り巻く状況は変わっていたかもしれません。


▲筆者お気に入りのトンボピアノ・ホーン、PH-27。レッドの他に、オリーブ色、ベージュ、ブルーのカラーバリエーションが存在する。

 

増殖する鍵盤ハーモニカの芽

 話を元に戻しましょう。忍び寄る「ハーモニカdis」は、同年中にますます飛び火します。それと同時に鍵盤ハーモニカは小学校のみならず、中学校にも上陸し、ひとり……ふたり……と生徒の手に渡っていったのです。

 クラスに4人だった鍵盤ハーモニカは、8人になりました。


▲Tokai Pianica PC-1使用した合奏風景。8名が使用。(神奈川県横浜市立岩井原中学校)(21)

1962年から1968年頃にかけて、『教育音楽 中学版』といった、中学校の先生を対象にした音楽教育雑誌では、鍵盤ハーモニカの広告出稿が多々見られるようになりました(トンボ楽器は1962年5月頃にピアノ・ホーンの出稿を停止し別商品へ切り替え)。もしかしたら「アルトリコーダー」のような、「中学校になっても引き続き使うちょっぴりお姉さん仕様楽器」のようなポジションを目指す計画もあったのかもしれませんね。

 そんな中、ドイツのクラウス博士なる人物が、「国際音楽教育会議」という会議で、ちょっとした「疑問」をご提示された模様です。

さる七月、日本で開かれた第五回国際音楽教育会議の閉会式の際、ドイツのクラウス博士が、日本における音楽教育に対して、二、三の言を残して帰国された。その中に「日本は小学校の一年生からハーモニカを全員に使用させるようにしているが、これは疑問を感じる」という意味の言葉があったそうである。〔中略〕ハーモニカという楽器が、音色、音量、表現力などから考えて、楽器というより玩具に類するものであり、また将来も、これの演奏が上手くなったから、すぐオーケストラのこの楽器に連なるというものでもないし、このような不完全なものに、なぜ音楽教育の場の重要な地位を与えておくのであろう〔中略〕吹くことよりも吸うことの方が、多い場合も出てくるので合って、これが、小さい子供の肉体に対して、及ぼす悪影響はないであろうか〔中略〕ハーモニカを女子が吹いたら出っ歯って困りませんか〔中略〕子供たちのもっているハーモニカを見るとひどく汚れて、吹き口にゴミが溜まっているのを私も時々見つけては、厳重に注意するのであるが、確か、取り扱い方法によっては、大変不衛生である。(22)

〔筆者注:本引用の松本恒敏氏はこのことについて分析と反論を行っている、すなわちハーモニカを擁護している立場である。上記にはクラウス博士の発言だけではなく、松本氏が指導現場で保護者などから受けた声も含まれる。〕

ご批判の「とばっちり」は、なぜかアコーディオンにまで及びます。

「アコーディオンはこれで良いか」教育用楽器とは「安かろう悪かろう」の代名詞で合ってよいのであろうか…。少なくとも正確なピッチと、壊れにくい耐久力のある、使い良い楽器で、育ち行く子供たちの耳を守ってやって欲しいものである〔中略〕アコーディオンでまず問題になるのは、ピッチの甘さだ〔中略〕オクターブのピッチが合っていない。〔中略〕強く弾くと音がぶれて下る。また時には音が止まって出なくなることもある。〔中略〕もう少しなんとかならないものだろうかと思うのが人情でもあろう。例用者〔原文ママ〕の身になった、製作者の温かい心使い〔表記ママ〕があってこそ、血のかよったものとして器楽教育の現場に花を咲かすこともできるのではなかろうか。(23)

こちらもアコーディオニストたちの、「オクターブのピッチが合ってない?! ワザとだし!」「強く弾くと音が下がる?! 普通だし!」という、しらけ呆れる顔が浮かぶようです。インターネットがなかった時代も、現代と同様に「dis」は拡散され、無関係な範囲にまで及ぶのですね。そんな夏、鈴木楽器が、「クラス全員で」鍵盤ハーモニカを吹いている写真付の広告を掲載します。


▲鈴木楽器「メロディオン」広告。(24)クラス全員が吹いている写真。あたかも初めからこのような世界であったかのようだ。

 クラスに1〜2台だったはずの鍵盤ハーモニカは、まるで鼠講のように増えていき、いつの間にか床下の根は、床板を突き破り、教室の柱には禍々しい蔦が絡み始めました。

 同じ月、学校の先生たちによる座談会では、「有鍵ハーモニカの長・短所をさぐる」と題して、以下のようなやりとりが行われました。

千代延「僕は別にスズキ楽器から何ももらってるわけじゃありませんけれども、他の種類のを使って〔中略〕1週間足らずで〔中略〕故障するものですから〔中略〕全部メロディオン に取り替えました。全部あの型にしましたら、これは故障がありませんでした。」
〔中略〕
青木「〔中略〕価格の点ですが、どの程度の値段がいいと思いますか」
千代延「最高、僕は千円まで」
小沢「僕も千円ぐらいまで〔中略〕ちょっと三千円なにがしというのでは普及しにくいと思います。もっと安くて間に合わせようとすればハーモニカにしちゃうし、もう少し高くていいという人なら、オルガンにしちゃう」
朝生「〔中略〕有鍵ハーモニカを使った授業というので〔中略〕一々オルガンとかピアノを見せて、鍵盤の状態を教える。そういうことでは非常に手数がかかるが、こういったものですと、ちょっと持って見せたりすることができるし〔中略〕簡単に指導できるだろうと思います。」
〔中略〕
青木「クラブなんかの活用にはどうですか」
川井「クラブではずいぶん使ってますね。」(25)

千代延氏は、先ほどの引用で「筆者浅学のため」とおっしゃっていた先生です。彼の「僕は別にスズキ楽器から何ももらってるわけじゃありませんけれども」の文言がとても良い味を出しています。そして同座談会記事の真隣には、その何か渡しているわけではないスズキ楽器の一面広告が掲載されています。


▲「みんなに鍵盤楽器を!!」というキャッチのついたスズキメロディオンの広告。(26)上記の記事の真隣に一面使って掲載。全員が鍵盤ハーモニカを使用している写真を採用。

痛々しいほどの苦しい「ハーモニカdis」と併せて、「まだあまり素性のよくわからない」状態の鍵盤ハーモニカが、大きな広告と共に「age」られる。そのあまりに奇妙で不可解な攻防のピークは翌年やってきます。

 

1964年、鍵盤ハーモニカ・カンパノロジー

 ついに東京オリンピックの年がやってきました。赫々たる鍵盤ハーモニカの開会パレードが開催されます。


▲ 小学校の器楽クラブで鍵盤ハーモニカ(Tokai Pianica PC-1)2本(横浜市立汐入小学校)(27)


▲小学校の音楽研究部で鍵盤ハーモニカ(トーカイ)3本(品川区立浜川中学校)(28)


▲有鍵ハーモニカを加えた鼓笛隊のパレード風景。「実験学校研究発表」で鼓笛隊のなかに鍵盤ハーモニカが登場(横浜市立白幡小学校)(29)


▲「ベースも有鍵ハーモニカも入って充実した音を出すクラブ。」(福島県白河市立第一小学校)(30)


▲吹奏楽名門のトップ校による約10台の鍵盤ハーモニカを使用した研究授業風景。この写真で指揮を振っている人物は記事内のキャプションによると前述の千代延氏と見られる。(台東区立大正小学校)(31)

最初はクラスに1~2台、そして4台、8台……と増えてきた鍵盤ハーモニカは、3年で10台まで浸食してきました。

 さて、この1964年も秋になると、「構造不況」と呼ばれる不況が始まります。どうやら厳かなるハーモニカ先輩の「閉会式」が始まったようです。

  

1966年、いざなぎ鍵盤

 オリンピック後の構造不況への対策として、日本は建設国債を発行することで景気回復を狙いました。その施策は成功し、直後「いざなぎ景気」と呼ばれる時代が始まりました。教室は、鍵盤ハーモニカの蔦でいっぱいになり、いよいよその蔦は天井に到達しそうです。

音楽の自習をしていくためには最も基礎になるものは、けん盤楽器であるともうので、けんばん楽器をもっとおおきくうたってもらいたい(32)

例えば、ピアニカのような有けん楽器を、形がもっと小さくても良いから(けん盤数を減らす)個人持ちのできる廉価に量産ができないものであろうか。そうすることにより、現存のハーモニカに変わる楽器として、低学年から継続的に利用させ、音楽への喜びや楽しさを味わせながら、学習効果を狙うに良いと思う。(33)

 これらの「鍵盤推し」は1966年より頻繁に見られるようになりました。

 「器楽指導の発展のための苦言」いつまで経っても小学校の域を出ない演奏の笛・ハーモニカーー先進国などではオモチャの扱いが日本では楽器としてまかり通るのだから不思議である。(34)

1966年と言えば、ビートルズが初めての来日公演を行い、20万通の応募葉書の中から選ばれた1万名が、武道館で熱狂した年です(35)日本武道館に鳴り響いた、彼らのハーモニカの音は、教育現場には届かなかったのでしょうか?ハーモニカからの「Love Me Do」は響かなかったのでしょうか。

 

1968年、誰が為の鍵盤ハーモニカ

 ビートルズの初来日から2年後。教室は完全に鍵盤ハーモニカの蔦で覆い尽くされました。そして透明の脆い橋には、蔦のつるが巻きつき、もはや透明であったことは誰にも識別できなくなってきました。

(ハーモニカにおける)問題を克服するために鍵盤付きのハーモニカが登場した。鍵盤があれば音大出身の教師でも指導ができる。商品単価も上がるのでメーカーにも有利である。両者の利害が一致する鍵盤ハーモニカは〔中略〕積極的に推進され普及して行った。しかしそれに対応できるメーカーはわずかだった。先にあげた二十五社のうち十五社以上が転廃業して姿を消してしまった。約20年間にわたる学校のハーモニカ・ブームはこうして終幕を迎えた。(36)

鍵盤ハーモニカは「音大出身の教師でも指導ができ」「単価も上がるのでメーカーにも有利」と、指導サイドおよびメーカーサイドの双方に好ましい便利なものと認識されていたことがわかります。

酒井「鍵盤ハーモニカの出現によって、子どもが新しい楽器としての魅力というですか、大変な興味を持つようになって、そういうことから学習の意欲も新しく出てきているというようなことを非常に感じているわけです。」〔中略〕予算の関係で10台くらい入った年があるわけですけれどね。その予期に子供たちの目が異様に輝いて、新しい楽器、鍵盤ハーモニカに集中したのです。〔中略〕私が最初に扱ったケースはハーモニカとオルガンの間にそれを位置付けて活用したことです。〔中略〕子どもたちの喜びというものがまず1時間目に考えられて、これは将来合わせ方によって色々な活路が開けると感じたわけです。
森口「〔中略〕鍵盤ハーモニカは子どもたちに好かれる楽器だということは、全く事実です。〔中略〕それから、入りやすい、取っ付きやすい、というのは、吹きながら鍵盤が目に見えているということですね。〔中略〕子どもが非常にやりたがるということは言えますね。〔中略〕
飯田〔中略〕ハーモニカは特にクロマチックの場合、演奏上、かなりの抵抗感が子供にあるんですが、鍵盤ハーモニカの場合は、押せばすぐ音が出てくる。しかもその音を目で確かめられるという利点がある、〔中略〕
真條「〔中略〕この楽器は教材基準にも入っているわけです。比較的新しい楽器ですから、現行の指導要領では名前は出てきませんが、その後開発され、それが非常に効果的だということで、現場では盛んに使われてきた。その現場の実態を反映させて教材基準に入れたわけです。〔中略〕」
司会「〔中略〕とにかく鍵盤ハーモニカという楽器は、楽しい学習に役立つ楽器だというお話が多かったように思います。しかも、それが新しい指導要領の精神、内容と十分に結びついているものだということになるだろうと思うんです。」(37)

あろうことか、いつの間にやら「子供たちが喜ぶ、やりたがるから取り入れている」ことになり、「教育に役立つ効果が出ている」かのような話ぶりになってしまっています。かずら橋のように不安定な「教育に役立つかもしれない」という吊り橋を、多くの人間が通行するようになりました。

 

山吹色の鍵盤ハーモニカ

 ハーモニカの築いた土台から養分を吸い取り、静かに教室に寄生し、その生息地を広げていった鍵盤ハーモニカ。しかしその根は床下だけには留まりませんでした。

 第2回でご紹介した京都教育大学・樫下氏の論文では、下記の朝日新聞記事が一部引用されています。同新聞を入手し、少し長めに転載してみました。

音楽教育で有名な東京・新宿区の小学校で、楽器購入にからむリベート問題が明るみに出、〔中略〕騒ぎが起きている。区教委や学校側は「リベートは公費に還元したから問題ない」「多くの学校でやっていることで、少ない学校予算の中ではある程度”必要悪”。一部の父母から問題にされるのは心外。」〔中略〕大半の学校でなかば公然と行われていると言われ、この小学校のケースは氷山の一角といえるようだ。問題の新宿区A小は、器楽教育の盛んな学校として有名で、特に三十九年の東京オリンピックの開会式に、一際目をひいた少年鼓笛隊を出場させてからは、音楽教育の”名門校"として知られている〔中略〕その反面、一万五千円近い鍵盤楽器を父母の負担で一学年の三分の一から三分の二の子どもに習わせたり〔中略〕管楽器を相当数の子どもに斡旋するなどで〔中略〕父母の一部には批判や不潤もくすぶっていた。〔中略〕(上告書によると)購買部を通して購入されていた楽器類のリベートをある先生が特定楽器会社のセールスマンから十年にわたって受け取っていた。子どもから定価通りの金を集めた後、例えば四、五百円の笛一本に月三十円のリベートが業者から提供され、半分は購買部の利益に、あと半分はある先生に現金で渡され、音楽教育備品の購入費用に当てられてきたという。A小に限らず、楽器〔中略〕など父母負担の副教材を購入する場合、業者から五ー十%のリベートが、学校、教師購入、学年単位の教師あてに戻されるのは”常識”で〔中略〕多くの学校ではこれを不足備品の購入などに当てているほか、教師の飲食代、出張旅費の一部にしているところも多いという。(38)

それについて樫下氏は以下のような見解を述べられています。

楽器産業界の発展と一体的に進められた器楽教育の振興は、時として学校に「商業主義を侵入」させ、「リベート糾弾騒ぎ」に象徴的な教育界と楽器産業界の癒着の温床となり得たのである。(39)

なお、60年台の楽器業界誌には「リベート付き売り出し」と題し、「各発売元を通じた特別注文書により3月10日までに5百本以上の注文があった小売店に限り次の特売謝恩金を支払う。この謝恩金は最終納品終了後にそれぞれの発売元を通じて支払われる(40)」といった記事も見受けられます。

 リベートは商慣習ではありますが、政治家や公務員の関与に関しては現在では厳しく取り締まられています。まだ法整備のない、グレーな時代だったからこそ、優れた営業手法の一つとして黙認され、メーカーはフィールドを広げることができたのかもしれませんね。鍵盤ハーモニカは床下のみならず袖下にも居場所を見出していたようです。

 

教室の鍵盤ハーモニカ、「その先」は

 1973年、第4次中東戦争がきっかけで第1次オイルショックが始まり、激しいインフレと金融引き締めにより、景気は悪化、高度経済成長の時代は終焉へと向かいます。

日本の学校現場では1960年半ばから1970年代前半にかけて、鼓笛バンドなどのクラブ活動のみならず音楽科授業への鍵盤ハーモニカの導入が見られるようになり、1970年代半ばには教科書の指導書に鍵盤ハーモニカの指導ポイントが詳細に掲載されるようになった。(41)

1977年の学習指導要領指導書では、吹奏楽器として、また鍵盤楽器としての鍵盤ハーモニカの有用性が明確に示されるようになった。これらのことから、1960年代前半からの鍵盤ハーモニカの学校教育への導入は、1960年代後半以降に推進され、1970年代半ばに入るとオルガンとハーモニカの代替楽器として有効であるとの考えが認識されるようになったことがわかる。(42)

鍵盤ハーモニカの蔦は日本中の教室にツルを伸ばし、音楽の教科書にその花を咲かせたのです。

 

日本鍵盤ハーモニカ史エピローグ

 ーー1964年の東京オリンピックの時期に勢いを伸ばし、好景気の後押しもあり、なんとか高度経済成長期が終わるまでに普及を終えた鍵盤ハーモニカ。それと対照的に、販売サイドの「単価が安く固定の売上がほぼ見込めない」、あるいは「ライバルが多すぎる」事情により、静かに教育現場から身を引いていった先輩、ことハーモニカ。

 2021年には再び東京でオリンピックが開催されました。現在、コロナ禍の音楽教育現場で確実に普及しているもの、それは「タブレット端末」です。鍵盤ハーモニカやリコーダーが、楽器に口を接触させるという点、また飛沫飛散による衛生面が問われ始め、多くの小学校で使用が中止になったり、別の代替楽器やボディーパーカッションなどで授業が行われるようになりました。オリンピックが終わって早1年。もしも仮に鍵盤ハーモニカがハーモニカと同じような運命を辿っているとしたら、今後の鍵盤ハーモニカはどのような末路となるのでしょうか?

 「出っ歯になる」「先生が教えられない」「不衛生」「音がうるさい」「音が出ないことがある」と、華やかな先輩がかつて受けてきた卑劣な「dis」は、2022年現在、ブーメランのように鍵盤ハーモニカに回ってきています。教室では台数が多すぎるがゆえに「ジャンケンに負けて大太鼓を叩けなかった”その他大勢”の楽器」として、不人気です。

 産業界はどのような悩みを抱えているのでしょうか。「少子化に加えて、Made in Chinaの安価でカラフルで手軽な鍵盤ハーモニカが普及してきて、コロナ禍もあって大幅に売り上げが減少している。児童のみならず大人向けモデルの需要開拓を模索してみたものの、巣篭もり需要のピークも過ぎ、早急にもっと学校での単価を上げなければ。例えばブレスコントローラー付きのタブレットとか。」なんて考えているのでしょうか?

 ハーモニカという楽器は、教育現場からは消え去ってしまいましたが、音楽ありきで発展普及しておりますので、現在まで星の数ほどの名作や、巨匠クラスのアーティストが世界中に生まれています。また、ハーモニカは世界中に様々なメーカーがあり、実に様々な種類の物が多数発売されており、その実数を把握するのは困難でしょう。

 一方、日本国内2社をメインに製造されている鍵盤ハーモニカは、ヤマハピアニカを例に挙げると、工業製品としてリリースされているにも拘わらず、30年近く、ほぼ形が変わっていませんでした。このようなケースは極めて稀なのではないでしょうか。日本ではまだ「鍵盤ハーモニカ音楽」の根が張っていない段階で、楽器の生産台数が伸び続け、物理的に普及してしまうという、異常事態が起きていました。

 また、鍵盤ハーモニカは、より高い単価で売上を確保したいというメーカーの戦略と、教育現場の先生たちの要望を優先し編曲やアレンジに適用しやすいよう「長く」「大きく」進化してしまったことで、

①生まれ月によって発育差のある小学校1・2年生にとっては、やや大きく、取り回しのしづらい(長すぎるホースを首に巻いて使用するなど) 

という、デメリットが生まれてしまった他、 

②譜面を置きたいという要望を叶えるべくブローケース(一般的なプラスチック製ハードケース)を採用したため容積が嵩張る 

③音量がより大きくなってしまった 

という日本の狭い家屋環境にはそぐわない楽器となってしまいました。

 子供たちの身体のことや、音楽そのもののことではなく、単価確保と教員の要望を優先し、開発が遅足になってしまった結果、フリマアプリで「断捨離」される楽器となってしまったのでしょう。

 ここで、連載第1回で筆者が予告した、「とある勘違い」について、再度振り返ってみたいと思います。

このような他にはない特徴を兼ねそろえる摩訶不思議な楽器を、なぜ日本では学校での音楽教育に使用するのでしょうか?日本に〔中略〕鍵盤ハーモニカが輸入され、そこから日本での製造開発が始まり、学校の音楽教育現場で使用されることになった理由は、1950年代から60年代にかけての時代背景や、楽器製造サイドのマーケティング戦略が密接に関わっています。そのほか、学校の先生や教育委員会などの教育を提供するサイドの事情と、とある「勘違い」が偶発的に重なり、そうした軌跡の果てに、現在の鍵盤ハーモニカ需要があります。(43)

第2回から本連載を読み返していただくと、鍵盤ハーモニカは日本にやってきてからというものの、ことあるごとに「デスクオルガンの代わりに備えたら」「ハーモニカの欠点を補う」と、他楽器の代替や、補完として扱われてきたことが分かります。

 もうお分かりでしょう、そう、鍵盤ハーモニカは「ハーモニカ」「オルガン」の代替にはならず、鍵盤ハーモニカは鍵盤ハーモニカだったのです。「口で吹くオルガン」でもなければ「たて笛と同じ吹き方」でもないーーこれこそが文部省、教育現場、そしてメーカーの、最大の「勘違い」だったのです。

楽器開発や販売促進と器楽教育の発展は不可分の関係であった。ただ、こうして変遷を眺めてきて、今後の器楽教育を考えるべき我々は、楽器産業に動かされるのではなく、主体的に、子どもの 音楽的な育ちという見地から楽器を選択、編成して器楽教育を発展させていかなければならないという思いを強くしている。(44)

学習楽器の教育的な価値や役割は、指導者が楽器の特徴を深く把握することによって理解することができるのであり、この深い理解が子どもたちの身体を通した音楽経験の内容を深める重要な手がかりとなるのである。(45)

もちろん鍵盤ハーモニカを心から愛し、全人生を捧げる筆者としては、「Isn’t She Lovely? Isn’t She Wonderful? 」(46)という気持ちですが、カジュアルに根付いてしまった現状の鍵盤ハーモニカシーンは、ハーモニカほどの音楽資産・文化資産を保有していますか?この楽器を真剣に学びたい時に学べる体制はありますか?目を閉じれば聞こえてくるメロディはありますか?子供たちは本当に鍵盤ハーモニカを愛していますか?

 ハーピストの皆様からは「The answer is blowin' in the wind」(47)と返されてしまうかもしれません。

 

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ご取材・執筆ご協力者様(あいうえお順)

足立 庄平 様/東海楽器製造株式会社会長

あまやん 様

新井 恵美 様/宇都宮大学准教授

アラン=ブリントン 様/ボイシ州立大学哲学科名誉教授

大隅 観 様/ハーモニカカスタマイザー

加藤 徹 様/明治大学 教授

カニササレアヤコ 様/雅楽芸人

小西 恒夫 様/クッキーハウス

瀧川 淳 様/国立音楽大学 准教授

佐藤芳明 様/アコーディオニスト

坂元 一孝 様/ウェブサイト『素晴らしき鍵盤ハーモニカの世界』管理人

設樂 健 様/作曲家

柴田 俊幸 様/フルーティスト

蛇腹党

武田 昭彦 様/有限会社セレクトインターナショナル

土佐 正道 様/明和電機会長 

成田 宗芳 様/アートマネージャー

野沢 真弓 様/アコーディオン友の会東京支部副部長

野村 誠 様 / 鍵盤ハーモニカ奏者・作曲家

Bellows Works Tokyo

真野 哲郎 様/株式会社トンボ楽器製作所 取締役営業部長

村北 泰規 様/楽器メーカーエンジニア

山中 和佳子 様/福岡教育大学 准教授

ゆnovation

 (※本連載の画像・情報は、その多くが協力者様の提供によるものです。無断転載はお控えください)

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(1) 執筆者不明 「音の業界1961年」『楽器商報』(1961年12月)p. 35

(2) 斉藤寿孝・妹尾みえ『ハーモニカの本』(春秋社、1996年)p. 84

(3) 檜山陸郎『楽器産業』(1990年)p. 103

(4) 宮内義雄 「消費者の時代感覚と業界政策のズレ」『楽器商報』(1961年7月)p. 15

(5) トンボ楽器インタビューより

(6) 三浦孝義「旋律楽器のつまづきとその解決策は」『器楽教育』(1962年10月)p. 6 

(7) 野呂信次郎「”雑音合奏”解消の年に」『器楽教育』(1963年2月)p. 10

(8) 田口春雄「音楽教育の問題点はなにか」『器楽教育』(1963年5月)p. 20

(9) 『楽器商報』(1962年2月)表紙

(10) 『楽器商報』(1962年12月)表紙

(11)  『楽器商報』(1962年1月)口絵

(12) 『楽器商報』(1962年1月)口絵

(13) 『楽器商報』(1962年2月)口絵

(14) 『楽器商報』(1962年5月)p. 60-61

(15) 執筆者不明『楽器商報』(1962年2月)p. 77、「新楽器メロディオン34を市場に提供する」の表記あり。

(16) 執筆者不明『楽器商報』(1963年5月)折り込み広告

(17) 『楽器商報』(1963年5月)口絵

(18) 千代延尚「有鍵ハーモニカ」『器楽教育』(1963年6月) p. 46-47

(19) 同上

(20) トンボ楽器インタビューより

(21) 『器楽教育』(1963年6月)口絵

(22) 松本恒敏「問題となったハーモニカ」『器楽教育』(1963年11月)p. 8

(23) 正路 甫『器楽教育』(1963年7月)p. 12

(24) 『器楽教育』(1963年8月)口絵

(25) 執筆者不明「有鍵ハーモニカの長・短所をさぐる」『器楽教育』(1963年11月)p. 16-20

(26) 『器楽教育』(1963年11月)p.21

(27) 『器楽教育』(1964年5月)口絵

(28) 『器楽教育』(1964年5 月)口絵

(29) 『器楽教育』(1964年8月)口絵

(30) 『器楽教育』(1964年8月)口絵

(31) 『器楽教育』(1964年8月)口絵

(32) 大見川幸三「けん盤学習による音を大切にした器楽学習を」『器楽教育』(1966.2月)p. 8

(33) 三浦広治「けん盤学習の活用で音楽の総合学習を」『器楽教育』(1966年2月)p. 25

(34) 西垣敏雄「器楽指導の発展のための苦言」(1966年3月)p. 22

(35) 読売新聞オンライン「The Beatles日本公演50周年記念特集

(36) 斉藤寿孝・妹尾みえ、前掲書、p. 85

(37) 鍵盤ハーモニカ<その効用と価値を探る>『器楽教育』(1968年12月)p. 44-48

(38) 『朝日新聞』(1972年12月7日)p. 10

(39) 樫下達也「戦後日本における教育用楽器の生産、普及、品質保証施策」『音楽教育学』(第45巻、2号、p. 1-12、2015年)

(40) 執筆者不明『楽器商報』「リベート付き売り出し」(1962年2月)p. 89

(41) 山中和佳子「日本の学校教育における鍵盤ハーモニカの導入」(福岡教育大学紀要、2016年、第65号、第5分冊、p. 17-24) p. 23

(42) 同前 p. 21

(43) 南川朱生(ピアノニマス)「第1回 鍵盤ハーモニカの旅へ」Web春秋はるとあき「アルス・ピヤニカ――鍵盤ハーモニカの楽堂」より

(44) 嶋田由美 『戦後の器楽教育の変遷一一昭和期の「笛」と「鍵盤ハーモニカ」の扱いを中心として』2010 p. 8

(45) 山中和佳子『日本の学校教育における鍵盤ハーモニカの導入』p.23

(46) スティーヴィー・ワンダー「Isn’t She Lovely」より

(47) ボブ・ディラン「Blowin' in the wind」より

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著者略歴

  1. 南川朱生(ピアノニマス)

    1987年生、東京都在住、元IT企業の銀座OL。日本を代表する鍵盤ハーモニカ奏者・研究家。世界にも類を見ない、鍵盤ハーモニカの独奏というスタイルで、多彩なパフォーマンスを行う。

    所属カルテット「Tokyo Melodica Orchestra」は米国を中心にYoutube動画が35万再生を記録し、英国の世界的ラジオ番組classic fmに取り上げられる。研究事業機関「鍵盤ハーモニカ研究所」のCEOとして、大学をはじめとする各所でアカデミックな講習やセミナーを多数実施し、コロナ禍で開発したリモート学習教材類は経済産業省サイトに採択・掲載される。東京都認定パフォーマー「ヘブンアーティスト」資格保有。これまでにCDを10作品リリースし、参加アルバムはiTunesインスト部門第二位を記録。楽器の発展と改善に向け多方面で精力的に活動している。趣味は日本酒とテコンドー。

    【オフィシャルサイト】https://akeominamikawa.com
    【鍵盤ハーモニカ研究所】https://melodicalabo.com

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