web春秋 はるとあき

春秋社のwebマガジン

MENU

鋼鉄の講義室 メタル文化学入門 齋藤桂

神を称えるメタル──クリスチャン・メタルとは

私の好きな音楽はクリスチャン・ヘヴィー・メタル/ロックン・ロールね(略)いくつかの曲ははっきりとイエスとか神とか言ってるわけじゃないけど、キリスト教が基礎にあるの。

――ドキュメンタリー映画『ジーザス・キャンプ』(2006)中の10歳の少女の言葉

 

神を称えるメタル

 ヘヴィー・メタルのステレオタイプの一つに悪魔崇拝がある。もちろん、このステレオタイプは事実無根というわけではなく、宗教的な意味でも、あるいは反体制の象徴としても、ヘヴィー・メタルは様々に悪魔のイメージを用いてきた。ブラック・サバスから北欧のブラック・メタル・バンド、日本の聖飢魔Ⅱに至るまで、むしろ定番だとすら言える[1]

 2009年に日本のコメディ映画『デトロイト・メタル・シティ』の主題歌「SATSUGAI」で「俺は地獄を支配した」や「俺に神も仏もいねえ/それは俺が殺したから」などと歌われた時、いちメタル・ファンとしては、メタルをこういう極端なイメージで捉えられるのは不本意だなと思いかけたものだが、考えてみればこのような歌詞を書くバンドはごまんといるのであった。

 ともかくヘヴィー・メタル=悪魔というのは、ヴィジュアルや歌詞のコンセプトだけではなく、極端な轟音やリズムなど、音響面に対しても適用されるステレオタイプである。

 しかし、この「悪魔」は当然キリスト教に由来するものであり、また悪魔であろうが何であろうが「崇拝」の対象とするのであれば、ヘヴィー・メタルのこのステレオタイプは、決して反宗教的ではない(もちろん無神論の支持を公言して表現するバンドもいて、そちらは反宗教的だと言える)。つまり、西洋の宗教文化の一部である。ゆえに、第6回のファンタジー文学にも通じることだが、キリスト教/反キリスト教いずれの解釈をも許容する余地がある。

 悪魔を描いた絵画を見て、信仰心を昂める人もいれば、悪魔に惹かれる人もいるのと同様である。

 

 このような解釈の余地を積極的に利用する、ヘヴィー・メタルのサブジャンルがある。

 「クリスチャン・メタル」と呼ばれるものがそれである。

 クリスチャン・メタルはその名の通り、キリスト教的なメッセージを歌うヘヴィー・メタルを指す。主に歌詞の内容によってカテゴライズされるジャンルであるため、音楽的にはかなりポップ寄りのハード・ロックから、激しいデス・メタルや、果てはブラック・メタルまでと幅広い。もちろん、キリスト教的な歌詞を歌うというのは、主流のヘヴィー・メタルからすればかなり異質な行為であり、実際このジャンルの多くのバンドは、一般的なメタル・バンドたち(クリスチャン・メタルのシーンでは「世俗の=secular」メタルと呼ばれる)とは対象とする観客層も異なり、独自のシーンを築いている。

 しかしこの異質さゆえに、このサブジャンルを検討することは、ヘヴィー・メタルとは何かという大きな問いに対する大きなヒントを与えてくれるのではないか。一見ヘヴィー・メタルとは相容れないキリスト教的メッセージを以てしても崩され得ない「メタルらしさ」とは一体何なのか。

 

クリスチャン・コンテンポラリー・ミュージック(CCM)

 先に、クリスチャン・メタルをヘヴィー・メタルのサブジャンルの一つと述べたが、さらに言えば「クリスチャン・コンテンポラリー・ミュージック」(CCM)と呼ばれる、キリスト教的メッセージをもったポップス/ロックのサブジャンルの一つであるとも言える。

 CCMは、広義には主に布教や信仰心の涵養を目的とするキリスト教的メッセージを含んだポピュラー音楽全般を指す。歌詞の傾向としては、①直接的に信仰に関わるもの、②一般的なテーマ(社会問題・環境問題・個人の内面の問題など)に関わるもの、③どちらとも受け取れるようなもの、の三種類に分けられる。

 ①に関しては讃美歌のようなもので、一聴すればそれと分かるものである。

 ②はCCMに限ったものではないが、ジャンルの特性上、キリスト教の立場からの見解を含む。しかしあまりミュージシャン独自の見解が目立ってしまうと、聴衆の信じる教理と矛盾することもあり得るため、多くの場合が抽象的な表現に留まる。

 ③興味深いのはこの、どちらとも受け取れるタイプの歌詞で、それぞれのジャンルの特性を活かして書かれる。これについては後でヘヴィー・メタルの例で詳しく見てみたい。

 このようなCCMが登場した経緯はどのようなものだったのか。

 20世紀後半になって若者への布教を目論んだキリスト教会は、ポピュラー音楽に目を付ける。もちろんその姿勢に教会や信者からは賛否両論あったものの、1960年代前半~半ばには、イギリスのザ・ピルグリムスやザ・ジョイストリングス、アメリカのイザベル・ベイカー、ザ・クルセイダーズといったバンド/ミュージシャンが、ロックを通してキリスト教への信仰を歌った。

 さらに60年代後半~70年代になると、アメリカ西海岸のヒッピームーヴメントと同調したジーザス・ムーヴメント/ジーザス・レヴォリューションと呼ばれる宗教運動が起こる。

 このジーザス・ムーヴメントは、宗教的には1960年にアメリカの聖公会から始まる「カリスマ運動」の流れにあるとされる。カリスマ運動は、精霊体験や神と個人とのつながりを強調し[2]、またそれを本来のキリスト教のあり方への回帰であると捉える点に特徴がある。カリスマ運動が興味深いのは、その新たな宗教観を、新規に団体を作って説いたのではなく、従来の教会の枠組みの中で展開したことで、その影響力は発端となった聖公会のみならずプロテスタント諸派、さらにはカトリックにまで及んだ。

 ジーザス・ムーヴメントは、このカリスマ運動の個人主義的側面や、既存の枠組みの中での活動を引き継いでいる。この運動の中心となったのはカリスマ運動では後発だった福音派の一部で、ロックを宗教と結びつけて、特に若者をターゲットにキリスト教への帰依を促した。狭義にはCCMはこのムーヴメント以降に誕生した音楽を指す。

 このジーザス・ムーヴメントの中から登場し、1969年にアルバム・デビューをしたラリー・ノーマンが、現在ではクリスチャン・ロックの祖の一人に数えられている。とはいえ、既に賛否両論あったと述べたように、ノーマンに対してもロックという「反宗教的」だと考えられていた音楽とキリスト教を結び付けたことに宗教家から多くの批難があった[3]。本稿でも見るようにクリスチャン・メタルもまた宗教家からは賛否の対象となる。教義の権威よりも個人の体験が重視されると、個々人の価値観の齟齬を教会が完全に埋めることができないという構造的な問題がそこには見られる。

 ここに誕生したクリスチャン・ロックあるいはその他のキリスト教的ポピュラー音楽は賛否を伴いつつも聴衆を拡大させていき――70年代以降はロックそのものが多様化していくこともあり――キリスト教書店でのレコード販売やラジオを通して一つのシーンを形成していく。

 キリスト教書店は、1950年にChristian Booksellers Association(CBA)が結成され、1970年代から90年代にかけてその数と影響力を増やしていき、「アメリカのどの町の商店街にもあるような」[4]状況であり、CCMにとって重要な販路であった。

 ラジオの影響も大きい。レア・ペインはCCMについての著書の中で、特にこのラジオ局が郊外をベースにして拡大していったことを指摘して、次のように述べている。

キリスト教ラジオはまずは郊外エリアで発展し、都市部はその後であった(略)ラジオの電波はCCMをアメリカの郊外へと持ち込む媒体となったのだった。つまりそれはCCMのミュージシャンが、アメリカの郊外において母親が子供を学校へ送迎する時や、サッカーの練習や、アート・レッスンや、あとはもちろんショッピングへと連れて行く際のサウンドトラックになるということを意味したのである。それゆえCCMは、アメリカの郊外文化と共に成長していくにしたがって、福音派の家族の家庭生活をとりまくサウンドスケープを提供することになったのである。[5]

 ペインによると、CCM業界ではマーケティングの過程で「ベッキー」(あるいは「リサ」)と呼ばれる架空の人格を作り出し、当該音楽の典型的な受容層として想定したという。曰く、ベッキーは「郊外に住む、中流の中~上ほどの階層の白人の異性愛者で、CCMの助けを借りつつ子育てをした」[6]というような人物である。なお彼女には「トッド」というクリスチャン・パンク/クリスチャン・メタルを好む息子がおり、彼は母親のCCM好きに反発している。ベッキーの方でも彼の趣味が理解できないという設定だったという[7]。キリスト教の枠組みの内部であること以外は、同時代の親子の趣味の違いと変わらぬ構図である。

 郊外を中心としたこのようなCCMの広がりを受けて、たとえば1980年代にはエイミー・グラントのように宗教的な枠組みを超えてヒット曲を出すミュージシャンも現れる。一般的なロック自体もかつてのように反体制に限ったものではなくなり、キリスト教にとっても何としても排除すべきものではなくなっていくのである。

 だが。

 ヘヴィー・メタルとなると話は別である。何しろ登場時から悪魔のイメージを前面に打ち出してきたジャンルである。前述の「トッド」の趣味を母親のベッキーが理解できていないように、当然反発が予想される。聴衆同士の問題だけではない。シーンを作ってきた他のヘヴィー・メタル・ミュージシャン達との兼ね合いもある。キリスト教+ヘヴィー・メタルという足し算はどのようにして可能になるのだろうか。

 

キリスト教らしさとメタルらしさ

 ラリー・ノーマンのようにジーザス・ムーヴメントから登場したバンドの中には、1972年に結成されたアメリカの「ペトラ」のように時にハード・ロック的なアプローチを採用して人気を博したバンドもいたが、ヘヴィー・メタルの文脈で最初に大きな成功を収めたのは、1984年にEP、そして翌1985年にアルバム・デビューをしたストライパーだろう。

 イザヤ書の一節に登場する、鞭打たれた傷=stripeに由来する派手な縞模様(stripe)の衣装を身に着け、布教のためにライヴで聖書を観客に投げ入れ(傍目にはとても罰当たりな行為のように見えるが……)、ポップで覚えやすいメロディとハードなギターアレンジ、清楚なハイトーン・ヴォーカルを擁した音楽で、一般のヘヴィー・メタル・ファンにも強くアピールした。日本でも人気が高く、何度もツアーで訪れている。

 ストライパーは、クリスチャン・バンドではないバンドと同じステージに立ったり、MTVでも頻繁にビデオが流されたりするなど、それまでのCCMのミュージシャン以上に世俗(secular)なバンドやシーンと関わりが強かった。それだけに風当りも強く、たとえば前回(第8回)登場したテレビ伝道師ジミー・スワッガートは、ストライパーをはじめとするクリスチャン・メタルを攻撃した。スワッガートにとっては、歌詞がどうあれ、ロック/メタルという音楽そのものが悪魔の策略であるとして批難の対象だったのである。音楽の音響そのものに思想が内在しうるかという問題には長い歴史があるが、ここでもその議論が再燃したのだと言えるだろう。

 衣装や音楽スタイルは前例のないものではあったが、歌詞でストライパーが採った手法は既存のCCMと地続きのものであった。それはつまり前節の③で述べたような、宗教的なようにも、一般的なテーマのようにも、どちらのようにも聴くことができるというものである。

 たとえば、ストライパーの大ヒットバラード「オネストリー」(1984)の歌詞は、次のようなものだ。

心から、あなたを信じている/あなたは僕を信じてくれるかい/忍耐強く、あなたの側にいるよ/忠実に、あなたの隣に立つよ/そして何年経とうとも/友人でいる/いつも、いつまでも

 日本語で「あなた」とすると讃美歌的にも読めるが、「君」とすれば一般的な友情や愛情を歌った一曲だと思えるかもしれない。あるいは「コーリング・オン・ユー」(同)では、「僕の一部が誰かを求めてる/僕の側にいれくれる人を/そんな時こそ、僕は君に呼びかける/君が僕の人生を完全なものにしてくれる/僕の求めるものをすべて与えてくれる/どんな時でも助けてくれる/僕は君に呼びかける」と歌われ、これも讃美歌のようにもラヴソングのようにも受けとることのできる歌詞だ。ただ、一般的な讃美歌によく見られるweではなくIを主語とするところに、やはり個人重視が表れている。

 よりヘヴィー・メタルらしいものでいえば「トゥー・ヘル・ウィズ・ザ・デヴィル」(同)は、サビでタイトルの「悪魔と地獄へ」が連呼される。そこだけを聴けば、いかにもメタルのステレオタイプ風の歌詞だ。が、全体を聴けば「彼は答えじゃない/もっと良い道があるのさ/僕たちは君たちをロックするために来た/そしてこう言いたいんだ/悪魔と地獄へ」と歌われて、道を踏み外さぬようにお説教をする歌であることが分かる。

 この、いかにもヘヴィー・メタルらしい言葉やフレーズを用いつつ、それをキリスト教的な文脈に変換するという手法は、クリスチャン・メタルの常套手段となる。こうすることで、キリスト教らしさとそのジャンルらしさを両立させることができるのである。

 

クリスチャン・デス・メタル/クリスチャン・ブラック・メタル

 この手法は、さらにエクストリームなサブジャンルにも適用される。

 1987年にシカゴで設立されたクリスチャン・メタルを中心としたレーベル、R.E.X.レコーズ(R.E.X.ミュージック)は、ビリーヴァーやリヴィング・サクリファイスといったクリスチャン・デス・メタル・バンドの作品も数多くリリースしていた。

 中でも1989年にアルバム・デビューをしたビリーヴァーは、その後大手のロードランナー・レコーズからも作品を出し、イギリスのボルト・スロワーやカナダのサクリファイスら一般のデス/スラッシュ・メタル・バンドとツアーを回るなど、クリスチャン・メタルのシーンに留まらない活動を見せた。

 クリスチャン・メタル・バンドの多くが、キリスト教的な歌詞でないと受け容れられない信者のための「代用品」として消費されることが多い中で(今日のSNSでもしばしば「〇〇(有名バンド)っぽいクリスチャン・バンドを教えて」というようなやり取りがしばしばみられる[8])、ビリーヴァーは90年前後には珍しかったクラシック楽器との共演、あるいは変拍子を多用したプログレッシヴ・ロック風の作曲など、かなりの個性を発揮していた。

 その中でも、彼らの1993年のアルバム『ディメンジョンズ』に収められた組曲「Trilogy of Knowledge」は出色である。通常のバンドに、弦楽合奏とソプラノ歌手を加えたこの組曲の第二楽章「The Truth」は、新約聖書にある「荒野の誘惑」を主題としている。

 ここで彼らは、イエスの言葉をソプラノ歌手、悪魔の言葉をバンドのデス・ヴォイスが歌うという構成を採り、一般のデス・メタルのヴォーカルがもつ「悪魔っぽい」というステレオタイプを崩すことなく用いている。

 アルバム・カヴァー等のヴィジュアル面も同様である。

 たとえば、リヴィング・サクリファイス『リボーン』(1997)は、板に釘が何本も刺さっているという写真を用いている。暴力的な金属でヘヴィー・メタルらしさを示している一方で、裏ジャケットを見ると、その中の3本が強調されており、3本の釘=キリストの受難や三位一体の象徴であることが分かる仕組みになっている。

 あるいは、1987年にオーストラリアで結成され、クリスチャン・デス・メタルを代表するバンドとなったモーティフィケイションのアルバム『Scrolls of Megilloth』(1992)は、旧約聖書中の雅歌・哀歌・ルツ記・コヘレトの言葉・エステル記の五つの巻物(メギッラー)を扱ったもので、タイトル曲の歌詞は前述の①の讃美歌風のものであるが、しかしアルバム・カヴァーは典型的なデス・メタルのそれである。

 巻物の周りには骸骨が転がり、蜘蛛の巣が張っている。虫なのか内臓なのか、チューブ状のものも見られる。そして文字の鋭角を強調したバンド・ロゴ。

 だが、このバンドの中心人物のスティーヴ・ロウによれば、次のような意味を込めているらしい。

このアルバム・カヴァーは、蜘蛛の巣のかかったメギロート書を描いている。なぜなら誰にも読まれなかったからだ。骸骨は精神的な点でどこか死んでしまっている多くの人々の象徴なんだ。彼らは神の言葉=聖書全体がもたらす導きを受け取っていないからね。[9]

 また、バンド・ロゴもよく見るとMortificationのtとiとtが3つの十字架になっており、キリストと二人の罪人の磔刑を表していることが分かる。なお、このモーティフィケイションは大手レーベルのニュークリアー・ブラストからアルバムを出していたこともあり、「サタニスト」と名乗るメタル・ファンからボイコットを呼びかけられたこともある。[10]

 これらの例からも分かるように、彼らはジャンルのもつステレオタイプを積極的に踏襲し、それをキリスト教的な意味や解釈に変換することで、自身のジャンルに取り込んでいる。

 この方法でいくと、デス・メタルだけではなく、悪魔崇拝がジャンルのアイデンティティだったはずのブラック・メタルでも、クリスチャン・メタル版が可能となる。実際、前述のモーティフィケイションと関わりの深いオーストラリアのホード(Horde)や、ノルウェーのアンテスターなど「クリスチャン・ブラック・メタル」と呼ばれるバンドも登場している。

 ちなみにアンテスターの『Forsaken』(2005)には、ブラック・メタルの「祖」の一人とも言えるメイヘムのヘルハマーがドラマーとして参加しており、ファンに混乱を与えた。

 もちろん、このような既存のヘヴィー・メタルのイメージを崩さないという手法を多用するがゆえに、クリスチャン・メタルが扱うテーマには偏りがある。たとえば、暴力的・超自然的描写の多い「ヨハネの黙示録」や、それに関連して苦悩・苦痛といったテーマにしばしば焦点が当たったりする。宗教が音楽に影響を与えるだけではなく、逆にこのような音楽が宗教経験に影響を与えているのではないかと指摘する研究もある[11]

 

シーンの変容

 クリスチャン・メタルに対して教会から賛否があるということは既に述べた。同時に一般のメタルからも特殊なものとして扱われ、彼らはどちらからも異質なものとしての扱いを受けることになる[12]

 2000年前後からは、インターネットの発達によるキリスト教書店の実店舗の影響力低下、中南米からの移民の増加、同時多発テロ事件などを背景に、これまでとは異なったタイプのクリスチャン・メタルが一般的な人気を博するようになる。

 ラップとメタルを融合したP.O.D.(Payable On Death)は、メキシコ系アメリカ人のソニー・サンドバルがヴォーカルを務め、2001年には「アライヴ」が大ヒット、映画『マトリックス リローデッド』にも楽曲が使用されて、90年代までのクリスチャン・メタルの「郊外の白人向け」というマーケティング対象とは全く異なった層に受け入れられることに成功した。

 さらに、同じく2000年代前半に拡大した「メタルコア」と呼ばれるジャンルではオーガスト・バーンズ・レッドやアンダーオースなどのクリスチャン・メタル・バンドがシーンの中心で活動している。

 しばしば「分断」が指摘されるアメリカにおいては、クリスチャン・メタルは保守派であると考えられている。現政権に対する福音派の支持は近年よく伝えられるところである[13]

 事実、2025年にキリスト教右派の象徴でもあったチャーリー・カークが暗殺された際には、ペトラやストライパーのメンバーはいち早く追悼メッセージを出している。このことは、2000年以降のクリスチャン・メタル・シーンの変容を経てなお、このジャンルの主要な支持層が那辺にあるかを端的に表していると言えるだろう。

 

各地のシーン/まとめ

 キリスト教が各国・各地域でそれぞれの展開を見せるのと同じく、クリスチャン・メタル・シーンも場所によって様々である。ヨーロッパでもっとも大きなクリスチャン・メタル・シーンのあるスウェーデンでは、一般のメタル・シーンとの境目はアメリカほどは分かれていない。また「北欧」「スカンジナヴィア」という括りで、北欧各国のローカルなシーンを越えた活動が見られるところに特徴がある[14]

 また、アメリカの自治領であるプエルトリコのメタル・シーンを描いたドキュメンタリー『The Distorted Island』(2015)[15]では、初期のシーン形成期においてクリスチャン・メタル・バンドがその他のメタル・バンドと共に大きな役割を果たしたことが描かれている。

 他にも、キリスト教とヘヴィー・メタルが伝わっている地域であれば、規模やクオリティに程度の差こそあれ、クリスチャン・メタル・バンドはいるだろうし、複数いる場合はそれぞれのシーンが形成されているはずである。また、今回は詳しく扱えなかったがカトリック(イタリアのMetatrone等)や正教(アメリカのHesychast等)のメタル・バンドや、さらにクリスチャン・メタルには分類されなくても積極的にキリスト教的な題材を取り入れているバンド(アメリカのTrouble等)もいる。一見マイナーなサブジャンルながら、かなりの広がりがある。

 今日、たとえばクラシック音楽では宗教音楽を宗教抜きに演奏・観賞することが当たり前になっている。その意味では、クリスチャン・メタルは生きた宗教と強く結びついた音楽だと言えるだろう。だからこそ様々な問題も孕みうるのである。

 

[1] この経緯については黒木朋興『ロックと悪魔』(春秋社、2024年)を参照されたい。もちろん、現代の音楽産業に基づいたポピュラー音楽に留まらず、各地の民俗音楽なども含め、大衆音楽というものは倫理や道徳など様々な面で制度化された宗教に基づく文化とは対立する要素を多く含んだものでああり、それがしばしば「悪魔的」や「異端」等の評価を下される原因になってきた。が、本稿でそれらを網羅するには能力的にも分量的にも手に負えない。ヘヴィー・メタルに限って話を進めたい。

[2] アメリカの個人主義的な宗教観は、キリスト教のみならず、ヒッピーやその祖ともいえる1950年代のビートたちが熱狂した仏教に対しても見られる。このことについては拙稿Kei Saito 2022, The Beat Movement and its Asian Influence as an Alternative to the American Dream, Michael Kearney ed., 100 Years of the American Dream: Representations and Conceptions in American Literature, 1919-2019, pp.124-137.

[3] Eileen Luhr 2009. Witnessing Suburbia: Conservatives and Christian Youth Culture. University of California Press.

[4] Jonathan Merritt 2017 'The Rise and Fall of the Christian Bookstore', The Week: https://theweek.com/articles/720413/rise-fall-christian-bookstore

[5] Leah Payne 2024, God Gave Rock and Roll to You, Oxford University Press, p.59.

[6] 前掲書、p.130。

[7] Daniel Jesse 2025, 'Let's Talk about Becky and Her Son Todd, and the Christian music industry', Emotional Formation in Christian Worship: https://danieljesse.substack.com/p/lets-talk-about-becky

[8] たとえばFacebook上のコミュニティ「Christian Rock/Metal」を参照。

[9] https://www.jesusfreakhideout.com/cdreviews/ScrollsoftheMegilloth.asp

[10] Melqui Oliveira 2026, 'Em 1992, Mortification e a Nuclear Blast despertavam a fúria de satanistas'.

[11] Matthew Peter Unger 2013, 'Contingency and the Symbolic Experience of Christian Extreme Metal', Jonathan Dueck & Suzel Ana Reily (eds), The Oxford Handbook of Music and World Christianities, Oxford Handbooks, pp.533-551.

[12] Moberg, Marcus 2012, ‘The ‘double controversy’ of Christian metal’, Popular Music History. 6(1-2), pp.85-99.

[13] 加藤喜之『福音派:終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中央公論新社、2025年)、森本あんり、渡辺靖『キリスト教ナショナリズム:不穏なアメリカの変貌』(朝日新聞出版、2026年)など。

[14] Henna Jousmäki 2017 'Christian Metal and the Translocal North', Fabian Holt, and Antti-Ville Kärjä (eds), The Oxford Handbook of Popular Music in the Nordic Countries, Oxford Handbooks, pp.131-144.

[15] Nelson Varas Diaz 2015, The Distorted Island: Heavy Metal and Community in Puerto Rico.

 

鋼鉄の音楽室(今回登場したミュージシャン/バンドとその音楽 ※登場順)

①ブラック・サバス Black Sabbath:第一回を参照。

②聖飢魔Ⅱ:1982年結成の日本のバンド。ヘヴィー・メタルのステレオタイプを強調したイメージでメディア露出も多く、クオリティの高い音楽と、芸能人的活動との両立で知られる。

♪聖飢魔Ⅱ「蝋人形の館

③ザ・ピルグリムス The Pilgrims:1961年結成のイギリスのバンド。最初期のクリスチャン・ロック・バンドの一つ。1963年にシングルをリリースしたきりであったが、2004年に当時の録音済音源を用いてアルバムをリリースした。

♪The Pilgrimsのオフィシャルサイト

④ザ・ジョイストリングス The Joystrings:1960年代に活動を開始した救世軍を母体とするバンド。衣装も救世軍のものを着用し、世界初の「クリスチャン・ビート・バンド」とも呼ばれた。

♪The Joystrings - The Salvation Army Pop Group

⑤イザベル・ベイカー Isabel Baker:アメリカのアマチュア・ミュージシャン。伝道師の父親の影響で、キリスト教のメッセージをロックにのせたアルバム『I Like God’s Style』(1965)をレコーディングする。現在では初のクリスチャン・ロック・アルバムとされている。

♪Isabel Baker「He’s Never Too Late

⑥ザ・クルセイダーズ The Crusaders:アメリカのガラージ・ロック・バンド。1966年リリースの『Make a Joyful Noise with Drums and Guitars』は、(⑤のイザベル・ベイカーの一年後ではあるが)最初期のクリスチャン・ロックの例として重要な一作である。

♪The Crusaders「Praise We The Lord

⑦ラリー・ノーマン Larry Norman:1947年生まれのアメリカの音楽家。1960年代半ばにPeople!というバンドで活動していたが、その後キリスト教に惹かれ路上で伝道活動をしていたという。1969年にソロとして『Upon This Rock』をリリースし、クリスチャン・ロック・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせる。

♪Larry Norman「You Can’t Take Away the Lord

⑧ペトラ Petra:1972年結成のアメリカのバンド。クリスチャン・ロックで最も売れたバンドの一つで、グラミー賞を複数回受賞している。2005年に引退するも、2010年に活動を再開、現在に至る。リンクの楽曲では暗殺された右派活動家のチャーリー・カークの画像が用いられており、彼らの政治的スタンスは明らかである。

♪Petra「Deliver Us

⑨ストライパー Stryper:1981年結成、1985年アルバム・デビューをしたアメリカのバンド。クリスチャン・メタルを代表するバンドとして人気を博す。本文中にも書いたように、ライヴで新約聖書を観客に投げ入れるパフォーマンスでも話題になった。

♪Stryper「Honestly

⑩ビリーヴァー Believer:1986年結成のアメリカのデス/スラッシュ・メタル・バンド。デス・メタルにプログレッシヴ・ロック風の複雑な展開やアレンジを取り入れて、クリスチャン・メタル・シーンを越えた注目を浴びる。2011年以降は、よりメロディックなロックに舵を切っている。

♪Believer「The Truth

⑪リヴィング・サクリファイス Living Sacrifice:1989年結成のアメリカのデス・メタル・バンド。ビリーヴァーと並んでアメリカのクリスチャン・デス・メタルの代表的なバンドの一つに数えられる。1994年のアルバム『Reborn』ではハードコアの要素も取り入れ音楽性の幅を広げた。

♪Living Sacrifice「Reborn Empowered

⑫ボルト・スロワー Bolt Thrower:1986年結成のイングランドのデス・メタル・バンド。元々はハードコアの影響が強かったが、執拗に繰り返す独特のリフを用いるデス・メタル・バンドとして2016年の解散以降も高い人気を誇る。1991年にビリーヴァー、サクリファイス(後述)と共にアメリカを回った。

♪Bolt Thrower「War Master

⑬サクリファイス Sacrifice:1983年にカナダで結成されたスラッシュ・メタル・バンド(同名のバンドが多数あるので注意が必要)。1986年にアルバム・デビュー、全4作のアルバムをリリースするも、1993年に解散。2006年に再結成。2012年と2018年には大阪のTrue Thrash Fest出演のために来日している。

♪Sacrifice「Re-Animation

⑭モーティフィケーション Mortification:1987年結成のオーストラリアのデス・メタル・バンド。クリスチャン・デス・メタル・バンドではあるが、一般のデス・メタル・バンドと共にコンピレーション・アルバムに参加したり、ツアーをしたりと、活発な活動を行っていた。中心人物のスティーヴ・ロウの健康問題のため活動停止中だったが、2026年ロウ公認のもと、ロウを除いたメンバーでのツアーが発表された。

♪Mortification「Scrolls of the Megilloth

⑮ホードHorde:上記モーティフィケーションのドラマーであるジェイソン・シャーロックによるブラック・メタル・バンド。1994年に『Hellig Usvart』(ノルウェー語で「Holy Unblack」の意)をリリースし、クリスチャン・ブラック・メタル(Unblack Metalとも)というジャンルを拓いた。オーストラリアのバンドだが、ノルウェー語を用いるなど、本家のブラック・メタルを意識したつくりになっている。

♪Horde「Crush The Bloodied Horns Of The Goat

⑯アンテスター Antestor:1990年にCrush Evilの名で結成されたノルウェーのクリスチャン・ブラック・メタル・バンド。1993年に現バンド名に改称。本文に書いたように、ブラック・メタルを代表するバンド、Mayhemのドラマー、Hellhammerが2004/2005年のEPとアルバムに参加しており物議をかもした。

♪Antestor「Via Dolorosa

⑰P.O.D.(Payable On Death):1992年結成のアメリカのバンド。1999年にアルバム・デビュー。ラップ/ヒップホップとメタルを融合した音楽で、リンプ・ビズキットらと共に人気となる。特に2001年にリリースされた『サテライト』はアメリカのチャートで初登場6位となるなど大ヒットとなった。

♪P.O.D.「Alive

⑱オーガスト・バーンズ・レッド August Burns Red:2003年結成、2005年にアルバム・デビューをしたアメリカのバンド。メロディックなメタルとハードコアを合わせたメタルコアというジャンルを牽引するバンドの一つ。2016年にはグラミー賞「最優秀メタル・パフォーマンス部門」にノミネートされる。

♪August Burns Red「Behemoth

⑲アンダーオース Underoath:1993年結成のアメリカのバンド。オーガスト・バーンズ・レッドと同じくメタルコアの中心的なバンドの一つである。バンドやマーケティングとしては、キャリア初期には自分たちがキリスト教徒であることを強調していたものの、2006年頃から次第にクリスチャン・メタルというサブジャンルからは距離を置く旨の発言が増えてきている。

♪Underoath「On My Teeth

⑳メタトロンMetatrone:1997年結成のイタリアのパワー・メタル・バンド。ドラマティックなメロディにカトリックをテーマにした歌詞をのせる作風で、これまで4作のアルバムをリリースしている。

♪Metatrone「Regina Coeli

㉑ヘシカストHesychast:2011年結成のアメリカのプロジェクト。歌詞やアレンジで正教をテーマにした活動を行っており、イーサン・ボイドという人物が作詞作曲およびすべての楽器を一人で担当している。

♪Hesychast「Moth and Rust

㉒トラブルTrouble:1978年結成のアメリカのバンド。ブラック・サバスをより突き詰めたようなリフと、独特のメロディでドゥーム・メタルの代表的なバンドとなる。聖書を題材に採った歌詞で、ブラック・メタルに対して「ホワイト・メタル」と呼ばれたこともあるが、クリスチャン・メタルと分類されることは少なかった。1990年頃からは歌詞の幅も広がり、キリスト教的要素は薄まった。

♪Trouble「Heaven on My Mind

バックナンバー

著者略歴

  1. 齋藤桂

    1980年、大阪府生まれ。博士(文学・大阪大学)。京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター准教授。専門は日本音楽史、ヘヴィー・メタル。著書に『〈裏〉日本音楽史――異形の近代』(春秋社、2015年)、『1933年を聴く――戦前日本の音風景』(NTT出版、2018年)、『ベートーヴェンと大衆文化――受容のプリズム』(春秋社、2024年、共編著)、論文に‘Heavy Metal Scene in Osaka: Localness Now and Then’, Bardine, Bryan A., and Jerome Stueart, eds. Living Metal: Metal Scenes around the World, Intellect, 2022など。

閉じる