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希望のディアスポラ――移民・難民をめぐる政治史 早尾貴紀

【公開終了】「棄民」か「棄国」か――出ニッポンの今・昔

 

はじめに

 出ニッポン――。冒頭から個人的な思い出を書いてしまうことになるが、このテーマを考えたときに、どうしても忘れることのできない経験がある。

 もう10年以上前になるが、2000年代に入ってから、私はエルサレムで奇妙な共同生活を送ったことがある。東エルサレムと西エルサレムのほぼ境界に近い立地で、ギリギリ東側に、つまりアラブ側に入るところにあった安ユースホステルに長期逗留していた。ヘブライ大学の学生寮の滞在期限を過ぎて、しかし、個人向けアパートやフラット・シェアがうまく見つからないでいた、その繋ぎの時期であった。

 いまはもうないユースホステルだが、パレスチナの第二次インティファーダ(民衆蜂起)が起きたあとの治安情勢の悪化で、観光客が激減し、エルサレム旧市街から徒歩数分の立地ながら少し奥まっていたのと、古くて設備が悪かったせいもあり、一般の宿泊客は皆無であった。静かな環境が勉強は向いていると思い、また1泊わずか20シェケル(当時のレートで500円ほど)という安さもあり、アパートが見つかるまで2カ月近く滞在しただろうか。その間ずっと、1人の中国人労働者と、そして1人の日本人労働者が、やはり定宿として長期滞在していて、私たちはよくいっしょに食事をしながらとりとめもなくおしゃべりをした。ちなみに、その安ユースホステルの雇われマネージャーは、ロシアから移民してきたキリスト教徒の若い男性であったが、夏場でいつも上半身裸でうろついていたので、堂々と十字架のネックレスを見せつけていた。「アラブ人もユダヤ人も嫌いだ」と言い放ち、「たんに労働機会のために、遠縁にユダヤ教徒がいるってだけでイスラエルに移民してきた。いずれユダヤ教に改宗するって約束さえすれば移民なんて簡単なことだ」、と。

 そこに長期滞在していた1人の中国人労働者も興味深かった。中国で大学を卒業してすぐに、労働者のリクルート情報に飛びついてイスラエルに来たという。彼は英語が得意だったので、アメリカ合衆国から西エルサレムに移民してきた高齢のユダヤ教徒の日常的な介護をする介護労働者であった。中国人労働者の場合、多くが大都会のテルアビブ近郊で建設労働者になるが、彼はやや例外的であった。そのために彼と私とはエルサレムで出会うことになった。

 

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著者略歴

  1. 早尾貴紀

    1973年生まれ。東京経済大学准教授。専攻は社会思想史。著書に『ユダヤとイスラエルのあいだ』(青土社)、『国ってなんだろう?』(平凡社)。共編書に『シオニズムの解剖』(人文書院)、『ディアスポラから世界を読む』(明石書店)、共訳書に『イラン・パペ、パレスチナを語る』(つげ書房新社)、サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』(青土社)、ジョナサン・ボヤーリン/ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力』(平凡社)、イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』(法政大学出版局)、ハミッド・ダバシ『ポスト・オリエンタリズム』(作品社)ほか。

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