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希望のディアスポラ――移民・難民をめぐる政治史 早尾貴紀

【公開終了】アメリカ合衆国とヨーロッパ諸国の「自国民第一主義」――移民に依存しながら移民を否定する二律背反の歴史

 

はじめに

 現在1万人超の「移民キャラバン」が中米諸国(主にホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ)からメキシコを北上し、アメリカ合衆国に向かっており、いま続々と国境に終結しているという。4000km以上の距離を徒歩やときにトレーラーなどに乗せてもらうなどして進みつづけ、メキシコ側から合衆国との国境に向かっている。途中から合流する小グループがある一方で、過酷な道のりのために半数近くが途中で断念して引き返すと見られ、正確な全体数は把握されていない。

 こうした中米からの「移民キャラバン」は2000年代に入ってから断続的に発生しているので、実はこれが初めてということではない。ただし通常は数百人から多くても1000人程度の規模であるのに対して、今回は数千人(途中最大では1万人超)と過去最大規模であるのに加えて、合衆国側が移民や難民に対して強圧的な排除の姿勢を明確にしているドナルド・トランプ政権下ということもあって、マスメディアが注目するところとなった。実際トランプ政権は、5000人の米軍を国境警備に当てるなどして対応、さらに1万人を増員する意向も示している。映像を見ると、無数の人びとの行進や、国境のフェンスに殺到した集団、一部がフェンスをよじ登る様子、その向こう側に銃を構えた迷彩服の米兵たちといった、圧巻でもありそして異様な光景が広がる。

 トランプ政権は、移民キャラバンを「侵略者」「攻撃者」「犯罪者」と恐怖を煽るように批判をしている。しかし、キャラバン参加者のインタビューを聞く限り、みながみな、治安の悪化から逃れることと、そして新天地で普通に仕事をして安全に暮らすことを求めているにすぎない。実際、ホンジュラスやグアテマラなどの混乱と暴力を見ると、そこを脱出してきた人びとは「難民」という側面を確実に有している。安全と仕事。この当たり前のものを求めて、人びとは生まれ故郷を後にして、徒歩で数千キロを歩くのだが、その先に待っているのは世界最強の合衆国軍兵士であるという、気の遠くなるようなギャップと非対称性が、「移民キャラバン」という名称によって見えなくなっている。

 

 

 

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著者略歴

  1. 早尾貴紀

    1973年生まれ。東京経済大学准教授。専攻は社会思想史。著書に『ユダヤとイスラエルのあいだ』(青土社)、『国ってなんだろう?』(平凡社)。共編書に『シオニズムの解剖』(人文書院)、『ディアスポラから世界を読む』(明石書店)、共訳書に『イラン・パペ、パレスチナを語る』(つげ書房新社)、サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』(青土社)、ジョナサン・ボヤーリン/ダニエル・ボヤーリン『ディアスポラの力』(平凡社)、イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』(法政大学出版局)、ハミッド・ダバシ『ポスト・オリエンタリズム』(作品社)ほか。

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