トラウマの世代間伝達を考える【井上ウィマラ】
花丘先生のお話を受けて、私も世代間伝達についてマインドフルネスの視点と絡めてお話ししてみようと思います。
1.世代間を伝わるパターン
花丘先生がお話しされたピーター・ラヴィーン博士の「ミアズマ説(病が伝染するのを媒介する霧のようにモヤモヤとしたもの)」にもおそらく関連すると思われるのですが、初期の世代間伝達に関する論文として、ユングが1910年に発表した「家族的布置」が挙げられます[1]。この論文では、世代間で伝達されるものは何か、それを媒介する要素は何かについて論じられています。
ユングは精神分析理論を科学的に検証できるように、セラピストがクライアントに合わせて100語ほどの言葉を用意し、それぞれの言葉に対して連想してもらい、反応を観察する連想実験を行っていました。それぞれの言葉に対して自由に連想をしてもらうのですが、その100個の言葉の中にはいくつかキーワードが埋め込まれていて、クライアントのコンプレックスに触れることがあるのです。そうした気になる言葉に出会うと、回答が遅くなったり(もしかすると神経系の「低止まり」に関係するのかもしれません…)、その反対に過剰に「わーっ」と話し始めてしまったりすることもあります。これはもしかしたら「戦うか逃げるか」の交感神経によるものかもしれません。こうした「刺激語」が100個のうちに数語含まれており、その刺激に当たったときクライアントの反応を、表情やしぐさの変化を含めて観察することが、この連想実験の重要なポイントです。
この手法は、ユング派の精神分析家を養成するための教育分析でも非常に大切なトレーニングになっているそうです。
この連想実験をしてみると、家族の中では、母・娘間の反応パターンに一番高い相関が見て取れるそうです。ユングはそこからこうしたつながりを媒介するものの考察に入ってゆきます。そこでは、親や学校の教師が「こういうことを教えたじゃないか」と言葉で認識していることが、実際には子どもにはほとんど伝わっていないと述べられています。子どもたちに伝わってゆくのは言葉の意味ではなく、親や先生がどのようにその言葉を話したか、その無意識的な情動的態度が伝わってしまいます。そして、伝える側の大人たちは、その情動的な態度については全く無自覚であることが多いのです。こうした無自覚の情動的態度が親から子へ、教師から生徒へ、つまり権威の上の者から下の者へ、育てる側から育てられる側へと伝わります。力をもつ大人が無意識的に繰り返していることが子どもには伝わってしまうので、「そんなこと教えたつもりはない、そんな風に育てたつもりはない…」ということになり、それが思春期の反抗にもつながってゆくことが論じられています。
ここで世代間伝達を媒介するものは、「何を言うか」という言葉の意味の部分ではなく、その言葉を発するときの親や教師の身振りや息遣い、「どう言うか」にあたる部分です。現代のコミュニケーション論では、「非言語的なメッセージ」に当たるものです。子ども、特に赤ちゃんは、そのような息遣いや表情を無心に真似します。真似するとき、子どもは親の口の周辺や顔を見ながら、息遣いを模倣します。こうして繰り返し真似しながら感じ方や行動の仕方を学んでゆくのです。
口元や顔の表情などに表れてきている情報が、安心感を提供する腹側迷走神経系のメッセージであっても、戦うか逃げるかの選択を迫る交感神経系のメッセージであっても、凍り付いて固まってしまった背側迷走神経系のメッセージであっても、子どもはそのままを真似して生き方を学び取っていくので、親や教師が全く気づいていなかったモノが世代間を伝達されていくのです。
このように世代間で伝達される感じ方・考え方・行動のパターンを、ユングは「コンステレーション(布置)」と呼びました。心の星座です。これが「ミアズマ」に対応するものではないかと考えています。
2.コンステレーションを読む
私自身も、このユングのコンステレーションという視点を大切にしていて、自分のセッションでも応用しています。
①まず家系図を書いてもらいます。紙に書かれた家系図は動かないものなので、登場人物を駒にして動かせるようにします。女性は丸、男性は四角の駒にします。直径あるいは一辺が数センチの紙の駒を切り抜いてもらい、その上に名前や続柄を書いて、家系図のように並べてみます。
②そして、「なぜ自分はこの職業を選んだのか」考えていきます。そうすると、動かなかった家系図が動くようになります。そのときの状況によって、駒を動かしてみたくなるのです。たとえば、親のどちらが威張っていたのか、両親の距離感はどうだったか、近かったか離れていたか、距離や角度を工夫してみます。そこでは誰がどのように自分を守ってくれたのかなど、駒を実際に動かしてみると、よりリアルに実感することができるようになります。
③駒を離したり近づけたりすることで、心の距離を感じることができます。これは、自分の中に祖父母や両親の生き方がどのように刻み込まれているのかを考えるためにとても有効な手法だと思います。私自身の家族関係を例にとって、詳しく解説しておいた本があるので、興味を持たれた方は書籍も読んでみてください(『楽しく生きる、豊かに終える――スピリチュアルケアと仏教瞑想』)。
3.家族布置と院内布置:生育歴が職場の臨床関係にどのように影響しているか
こうした「コンステレーション」という現象は、たとえば病院の臨床現場において、医師、患者、看護師の関係の中にも見て取れるものです。それぞれの親子関係がどのように現場の臨床に影響しているか、私もスピリチュアルケアという立場で臨床に関わるときにはよく観察しています。この関係性に現れてくるのは、それぞれの立場や役割を持つ人の無意識的な力関係です。たとえば、ある患者さんが、ある医師にはこう言うが別の医師には違うことを言う、さらに看護師にはまた異なることを言う、といったことが起こります。このような関係性の複雑さについて、「なんでこうなるの?」と、しばしば見守り役の立場にある私のもとにもいろいろな情報が寄せられます。

コンステレーションを読む技法でこうした問題の背景を探っていくと、医師自身の両親との関係性や、患者が「この看護師はどこか自分の母親を思い出させる」と感じるような要素が関係していることが見えてくるのです。このようなことを理解するためにも、家系図を動かしてみることがとても役に立ちます。
そうすると、花丘先生のお話に出てきた「ミアズマ」がどのように形成されてきたのかが見えてきます。それは、個人の問題というよりも、何世代かにわたって家系全体に伝わってきた人々の生き方が、クライアントさんの身体の中に刻印されてきたものです。そしてそれは、言葉では思い出せない、身体感覚や身体記憶として伝えられてきているものなのだということがわかってきます。
4.間主観性から見たトラウマ:何があればトラウマを防げるのか?
世代間を伝わってしまう生きにくさをどうしたら防げるかを考えるとき、トラウマを防ぐものは何かという問いが浮かびます。間主観的な精神分析では、「大丈夫だ、何とかなる」と思える状況を提供する環境(あるいは存在)が重要だと考えられています。嫌なこと、辛い出来事があった際に、「でも、大丈夫だ」と感じられる環境があるかどうかが、トラウマになるか否かを左右します。出来事そのものがトラウマになるのではなく、そのときの気持ちに合わせてもらえたかどうか、適切に対応してもらえたかどうか、「辛いけどなんとかなる、大丈夫だ」と思えるような安心を感じられる環境があるかどうか、それがトラウマになるかどうかの分岐点になるということです。後から紹介するストロロウの言葉では、安心できる「我が家(home)」があるかどうかです。安心できる我が家があれば、悲劇にはなってもトラウマにはならずに済むのです。
花丘先生のお話に「ラットのお母さんが子どもを舐めてあげる」というお話がありましたが、トラウマの影響を世代間で伝えてしまわないためには、「なめてあげる」のに相当するものとして、気持ちに合わせてあげたり、「大丈夫だよ」と安心感を与えてあげたりすることが重要になります。
間主観的な精神分析ではトラウマをこのように捉えています。これはおそらく、ポリヴェーガル理論における神経系の状態の波が上下しながらも安心の感覚にしっかりとつながるペンデュレーションが重要であるということと、仏教の中道ともつながっているものではないかと思います。
ストロロウ(1942-)[2]という、間主観性を重んじる、哲学的な精神分析家は次のように述べています。
トラウマは、激しい情緒的な痛みが、それを支え得るような関係性を与えてくれる我が家(ホーム)のようなものを見出すことができない相互主観のコンテキストにおいて構築される。このようなコンテキストの中では、痛ましい情動状態は耐えきれないもの、すなわち心的外傷を作ってしまうのだ。
きちんとした反応が受けられる環境の中で起こったのであれば、心を傷つけるような幼児期の体験は、それ自体が自動的にトラウマになったり、心の病のもとになったり(少なくとも、それが持続的にそうあり続けたり)はしないことは、 どんなに強調してもしすぎることはない。
痛みが精神病理なのではない。子どもの痛ましい情緒の反応が起こっている際に、その気持ちに合わせてもらったり、適切に反応してもらったりができなかったことによってこそ、こういう情緒的な反応が耐えられないものになり、かくしてトラウマ状態のもとになったり、精神病理になったりするのである。
(R. D. ストロロウ 『トラウマの精神分析』 2009, p.16.)
5.『赤ちゃん部屋のお化け』:世代間伝達の現場を具体的に描写した研究
ミアズマとは何かをさらに具体的に描写する論文として、1975年に発表された「赤ちゃん部屋のお化け(Ghosts in the nursery)」というものがあります。フライバーグ(1918-1981)という精神分析に通じたソーシャルワーカーを中心としたチームが、デトロイトのスラム街で近親相姦を含めた虐待と貧困がないまぜになった厳しい状況が展開している臨床現場で、「アウトリーチ」、こちらから家庭訪問をする形で治療的なケアを提供することを試みたのです。そうした厳しい現実を生きる人々はカウンセリングルームに出向く余裕がないため、それならこちらから出かけてゆこうというわけです。「台所の心理療法」とも呼ばれました。今の日本でなされている新生児訪問のように、助産師や保健師が家庭を訪問するシステムの先駆けといえるものでした。その実践から出てきた論文が1975年に発表された「赤ちゃん部屋のお化け」[3]です。この「お化け」という概念が、ラヴィーン先生の言う「ミアズマ」に相当するのではないかと考えています。
そこでは、次のような事例が紹介されています。赤ちゃんがお母さんに触れようとして手を伸ばすと、お母さんは思わずのけぞって避けてしまいます。緊張が走るその一瞬、セラピストはそこに目に見えないお化けのような存在(雰囲気)を感じます。セラピストはその様子をよく観察して、タイミングを見て、赤ちゃんから身を引いてしまうお母さんに、「今、どんな感じですか?」と問いかけます。お母さんは、「この子が私を叩こうとしているから…」と語り出し、それから自分自身が小さな子どもの頃、母親から厳しくしつけられたときの辛かった体験を語り出します。そして「本当は、やさしく抱きしめてほしかったのに…」と涙を流しながら、そのときの気持ちを言葉にできるようになるに連れて、「もしかしたら、この子も、私に抱きしめてほしくて、手を伸ばしているのかもしれない、叩こうとしたんじゃなくて…」と思えるようになります。
セラピストに受けとめられ、支えられて、赤ちゃんを抱っこしてみると、お母さんは赤ちゃんのぬくもりを感じて、二人の間に笑顔が生まれ、安心して、ふと二人はストンと眠りに落ちてしまえるようになります。こうして、ミアズマのような、赤ちゃん部屋のお化けは、母親自身が虐待されたトラウマ体験の身体に刻まれた記憶であり、我が子を優しく抱きしめてあげることのでなかった祖父母との関係性の残響であったことがわかり、成仏してゆく道が開けてゆくのです。
この論文に基づいて、刑務所の予算を減らすためには何が有効かという研究から早期の子育て支援の重要性を説いた『育児室からの亡霊』[4](原題:Ghosts from the Nursery、モース&ワイリー、毎日新聞出版)という本が、家族セラピストと弁護士の共著として1998年に出版され2000年に翻訳されました。この本には脳科学的な観点も含まれており、受胎から約33か月、すなわち妊娠中から生後2年ほどの体験が脳の発達に影響を与え、その後の暴力的な行動や刑務所に収監されるような行動をとるかどうかを左右することが具体的な事例に基づいて示されています。2014年に改訂版が出たようですが、こちらはまだ翻訳されていないようです。コロンバイン高校銃乱射事件に続く一連の銃乱射事件によって、こうした視点からの考察の重要性に注目が集まってきているようです。
こうした実践や研究の流れの中で、「ミアズマ」や「お化け」に悩まされながら苦しんでいる人たちに接する場合には何に気を付けたらいいのか、現場でトラウマが再演されそうな瞬間に出くわしたらどうしたらいいのか、身体で感じていることや心に思い浮かんできたことに気づけるようになるにはどうしたらいいのか、そのためにはどんなサポートが役に立つのかなどについて、ソマティック・エクスペリエンシングのような学びを含めて、トレーニングが積み重ねられているという状況です。
6.私はいつ「私」になるのか?:そのときの「私」は誰に支えられていたのか?
ところで、「私」というとき、トラウマを受ける側の「私」もトラウマからの回復を支援する側の「私」も、その「私」はいつから「私」になったのでしょうか。これは、私が大学でスピリチュアルケアを教える際に学生たちに考えてもらう問いです。この図を第4回で紹介したときには、看取りや認知症患者さんへの対応を考えるという文脈でお話ししました。同じ図ですが、今回は世代間伝達について考える文脈で使っています。

この図を見せながら、「あなたはいつ『私』になりましたか?」と問いかけます。受精や受胎した瞬間でしょうか。母親の胎内から生まれ出てきたときでしょうか。それとも、自我が芽生えたときでしょうか。そして今回大切になる追加の問いは、その瞬間の「私」は「誰」に支えられていたのでしょうか。こうした問いと話し合いを通じて「私」という思いがどういうふうに生まれ出てきたか、どんな環境の中で発生してきたのかを、ケア提供者を志す人たちに考えてもらうようにしています。
7.進化の歴史は、繰り返し思い出しながら生きる姿の中に隠れている
この図も第4回で使ったものです。

解剖学者の三木成夫先生の著書[5]からの引用です。私たちは受精から36日ほど経った頃、生命進化の過程でちょうど上陸する頃の原始爬虫類に似た顔の形をしているのだそうです。花丘先生のお話にあった無顎魚類の背側迷走神経系による凍り付き反応をするための仕組みはもうできているのかもしれません。言語的記憶には残っていませんが、身体の形として繰り返しながら生命記憶を思い出しているのだと思います。

「個体発生は系統発生を模倣する」と言われますが、私たちは、胎児の形として進化の歴史を繰り返しながら生きてきたのです。旧約聖書「創世記」1章26節には、神の姿(image)に似せて(likeness)人が作られた」と記述されていますが、「進化の中で繰り返される始まりからの形態を辿りながら」と創造的に解釈することも可能かもしれません。そして、先ほどの魚のような原始爬虫類の顔をしていた受精後32日から38日かけては、およそ6000万年をかけて上陸した苦難の歴史が再現されており、胎児の1日はおよそ1000万年に当たるそうです。そして頭部が大きく発達した私たちは、母体の狭い産道を通るために未熟な状態で生まれ出てきて(ポルトマンの「生理的早産」[6] )、共同保育によって(「社会的子宮」の中で)力を合わせて育ててもらい、そのおかげで神経のミエリン化も進み、うまく発達しながら今日を生きることができているのです。
これはマインドフルネスの語源的な意味を表す「思い出す」という視点から見ると、言葉では思い出せないけれども身体感覚としてなんとなく思い出して繰り返している部分と、さらにその奥には、解剖学的な身体の形として、生命の歴史を繰り返しているという驚くべき事実があるのです。そして、エピジェネティクスの研究によって、人間の心のコミュニケーションパターンが、環境や生活習慣と共に、遺伝子の発現スイッチのオンとオフを切り替えてゆくことが、少しずつわかってきました。おそらく昔の瞑想者たちは、自分の心と身体を見つめる実践の中で、このような生命記憶の在り様に触れる体験をしていたのではないかと思います。
8.子どもの発達段階と安心感:マーラーの分離・個体化理論

M.S.マーラー(1897-1985)[7]は、赤ちゃんの発達を母親という養育環境から分離して個として発達してゆく過程として描写しました。生まれたばかりの赤ちゃんは、胎内から生まれ出てきたとはいえ、「母親」という養育環境の中でしか生きていけない絶対的な依存状態にあります。ウィニコット(1896-1971)はこのことを、「赤ちゃんというものは存在しない。母親と一組になった存在としてしか生きてゆけないからである」という趣旨のことを[8]述べています。
生後2〜3か月は、「正常自閉期」と呼ばれ、昼夜の光の変化などによって基本的なバイオリズムが作られてゆきます。そして少しずつさまざまなやり取りができるようになり、ハイハイを始めることで母親から少しずつ離れていくことができるようになります。このようにして分離発達する時期に、神経のミエリン化が急速に進むのだと思います。
おそらく、最初の数か月まで(図:卵の黄身が卵の中に入っているような時期)は、ミエリン化されていないので「見ること」や「聞くこと」の区別が曖昧で、感覚様式が未分化の状態にあります。それがさまざまな刺激を受ける中で、徐々に「見える」「聞こえる」「触る」といった感覚がだんだん異なるものとして経験され、様式化されて、最終的にはそれらが「私」として体験されるようになっていきます。
でもまた母親から少しでも離れると不安になるため、すぐに戻ったりするという、行ったり来たりを繰り返す「再接近期」になります。この再接近期は、1歳半から2歳半頃で、育児が難しく感じられる時期でもあります。この時期には、まだ言葉を十分に使いこなせないので、「ヤダ」という否定形でしか自分の欲求を示せないからです。この時期に、子どもが言うことを聞かないからといって「あなたは私の子どもじゃない」とか「あっちへ行きなさい」といった否定的で支配的な対応が繰り返されると、子どもが成長したときに境界性パーソナリティ障害の傾向を持ちやすくなることが、少しずつ明らかになってきています。
母親から少し離れていても安心できる「心の中の安心電池」、つまり基本的な安心感がしっかりと育ってくるのはおおよそ3歳頃です。この頃になると安心電池のおかげで外の世界もはっきりと安定して見えるようになり、「対象恒常期」に入ります。これが、私たちが母親の子宮から生まれ出てきて、母親という養育環境に絶対的に依存していた状態から、相対的な自立の状態へと向かうプロセスの理論的な説明です。ポルトマンの「生理的早産」と「社会的子宮」という概念は、こうした母子観察に科学的な基盤を与えました。
9.自己感の多層性

同じことを、「自己感」の成長発達という視点から説明した人がいます。D.スターン(1934-2012)[9]は、ビデオ研究によって母子間の間で起こっていることを微細なレベルで分析しながら、ウィニコットやマーラーたちが見出してきた発達の流れを、母親の協力による自己感の生成と発達という視点から解説してくれました。
生まれて間もない頃は、「聞こえること」と「見えること」が未分化で、共感覚的な体験が主となる「新生自己感」の時期から、感覚様式が少しずつ分化し、「母親と自分は違う存在かもしれない」という認識が芽生えて「中核自己感」が生まれます。さらに、「母親はこういうふうに感じるかもしれない」ということを予想できる「主観的自己感」の段階を経て、そこに言葉が加わる「言語的自己感」へと進んでいきます。これらの自己感は、私たちの意識の中に地層のように積み重なっていると考えられています。
このように、マーラーの発達理論に対応する発達過程を赤ちゃんの感覚に重ね合わせて自己感の発達過程としてみる研究も出てきています。これはおそらく先ほどの花丘先生のお話しされたミエリン化が進むのに伴った現象でしょうし、それを促すのが養育者から提供される安心できるやり取りではないかと考えられます。ラットでは舐める行為で象徴され、人間では抱っこで象徴されるものです。
スターンは、この時期の母親による乳幼児への心の向け方を「情動調律(affect attunement)」と呼んでいます。赤ちゃんの泣きやサインにチューニングして、「エーン、ああ、おっぱいさんね」と喃語でそのまま真似してから、大人の言葉で確認して、実際に授乳するという3ステップでお世話をしながら、赤ちゃんの泣きが笑顔になるまで対応してゆくことです。この情動調律が上手くできないと基本的信頼や安心感にひびが入ってしまい、成長してからの生きにくさにつながってゆくと考えられています。バリント(1896-1970)が「基底欠損(basic fault)」と呼んだものであり、コーク[10]らが「発達性トラウマ障害」と呼んでいるものの奥底に潜んでいるものです。
10.コミュニケーションの音楽性
この時期のコミュニケーションは、まだ言葉を覚える前なので、「あー、うー、」といった喃語による音楽的なやり取りになります。たとえば、赤ちゃんが泣いて何かを訴える場面をビデオに録画して、音声をコンピューターで数学的に解析すると、うまくいっているやりとりには、①お互いにリズミカルに発声するパルス、②音色の高低が上手に乗っているクオリティ、③母親と赤ちゃんがお互い包み込むようにやり取りするナラティブ、として検証できます。私たちは言葉を覚える前に、音楽的な要素として、呼吸のリズム(息づかい)をやりとりしているのです。日本の母子精神保健のパイオニアである渡邊久子先生から紹介されたオーストラリアの音楽療法士のステファン・マーロックさんから教えていただいたものです。彼は仏教瞑想の指導者でもあります。Communicative Musicality[11]の三要素は以下のとおりです。
1.パルス:交互に発生するリズミカルな連続性
2.クオリティ:音色やメロディー
3.ナラティブ:発声と身振りを通して時間を共有し、分かち合い、情動的な包みを共に創り出すコミュニケーションの本質
11.思い出すことの意味
私たちがいろいろなことを知らないうちに繰り返しながら生きていることを、マインドフルネスの視点からまとめてみたいと思います。
マインドフルネスは、「思い出す」という意味の語根から派生した古代インド口語のsatiという言葉が英訳されたもので、日本仏教では「念」と訳されてきました。これをフロイトの思索に絡めて考えると、たとえばある人に会うとつい貧乏ゆすりをしてしまうとか、威圧感に圧倒されてうつ向きがちになってしまうというようなことがあるかと思います。これをフロイトは、言葉で思い出せないことは無意識的な行動で繰り返されると説明して、「反復強迫」と呼びました。ブッダの言う「無明」とも通じるものだと思います。
こうした繰り返しを支えているいちばん深い繰り返しは、胎児期の形態変化と進化に関するものです。1粒の受精卵が人間の身体に成長していく過程は、地球上に誕生した生命が多様に進化して今の私たち人類にたどり着いた歴史でもあるのです。「個体発生は系統発生を模倣する」と呼ばれている現象です。
マインドフルネス瞑想では、呼吸を見つめて、心が呼吸からそれたとき何が起こっているのかを丁寧に見つめていきます。そのとき、心と身体の変化を繰り返し見つめていると、宇宙に生命が誕生して、言葉を獲得して、「私」という思いが生まれてくるプロセスの中にさまざまな出来事があって、それが自分の心の中でも繰り返されているように思えてきて、「ああ、いのちの歴史の中でも、私の中でも、こういうときがあったんだな」と整理できるようになっていきます。そうすると、「ここで『私』という思いが生まれ、そこから思い込みが生まれ、苦しさや生きにくさが始まったのだ」ということがわかってくるのと同時に、それぞれの段階でいろいろな人にお世話になったことも思い出されてきます。
そして自分が解放されて自由になっていけばいくほど、自分を助けてくれた人たちが自分にしてくれたのと同じように「自分も誰かに何かしてあげたい」という思いが、思いやりとして生まれてきます。
でもこの思いやりは、押し付けになると受け取ってもらえないので、相手の状況にあわせて、必要に応じて、自分の気持ちを柔軟に変化させていくことを学ばねばなりません。これが「方便(upāya:upa(近くに)+ aya(行く))」と呼ばれるアプローチになるのです。そして、これを自由自在に行うこと、試行錯誤を楽しむことができる心を「空」や「無我」と呼びます。
マインドフルネスによって培われるこうした態度や姿勢が、「ミアズマ」と呼ばれるような、トラウマの世代間伝達が起こっている親子関係の臨床現場で、それを解きほぐすための大切な働きをしてくれるのではないかと考えています。
12.世代間伝達の波をサーフィンする生き方
最後に、花丘先生がポリヴェーガル理論に基づいて神経系の視点から腹側迷走神経系優位の安定型、交感神経優位の高止まり・不安定型、背側迷走神経優位の低止まり・回避型、乱高下・無秩序型としてまとめてくださった現象を、仏教の中道とマインドフルネスによるアンビバレンスの観察を介した慈悲瞑想につなげて考えてみたいと思います。
ポージェス博士(1945-)は1994年にポリヴェーガル理論を発表して、自律神経による生存戦略として高止まりや低止まりの状態を科学的に説明しました。その5年後の1999年、シーゲル博士(1957-)はDeveloping Mind という著作の中で「耐性の窓」という概念を提唱しました。このときには、ポージェス博士の研究への言及はなく、パット・オグデン博士のセンサリーモーター・サイコセラピーや覚醒理論の知見から学んで、①過覚醒=窓の上側、②低覚醒=窓の下側、③耐性の窓=窓の内側という知見を得たようです。それぞれが違う現場で発見したことが、まったく同じ現象を説明していることに気づいた二人は、その後お互いの研究を認め合いつつ、「耐性の窓」という概念は、ある意味でトラウマ臨床の共通言語のように定着してきたようです。シーゲル博士はこうした流れの中で、ショア博士やコゾリーノ博士らと共に、対人関係神経生理学を作り上げてゆきます。
世代間伝達される生命現象の中では、心は愛憎をはじめとする二つの極端の間を揺れ動くものです。そのことに気づき、受けとめ、統合してゆくことを最初に実践したのは2600年前のブッダの「中道」でした。琴のよい音色を出すためには、高すぎず低すぎないチューニングが必要だと教えられています。
そのブッダは、思いやりの心について、似て非なる「近い敵」と正反対の「遠い敵」があり、それらの両極端をよく観察することをマインドフルネスの実践として教えていたようです。私は注釈書に伝えられたその教えに基づいて、思いやりをアンビバレンスの統合としてとらえ、揺れ動く両極端の感情をサーフィンしながら乗りこなし、その感情的エネルギーを自他のために使いこなすダイナミックなマインドフルネス瞑想法として指導しています。

これは現代のSEにおけるペンデュレーションやタイトレーションの教えに通じるものなのではないかと思います。
そしてさらに興味深いことは、「慈」は、赤ちゃんが生まれたときに「健やかに育ち幸せになりますように」と祈ること、「悲」は、幼児が熱を出したり怪我したりしたときに「大丈夫だよ。早く良くなりますように」と祈ること、「喜」は、子どもが何かを喜んでいるときに「よかったね。その喜びが生きる力として長く続きますように」と祈ること、「捨」は、成長して自立した子どもを「人生にはいろんなことがあるけれど、それなりの意味があって、きっと成長につながるものだよ」と見守ることに譬えられています。
他者の幸せを祈り・思うことは、まわりまわって自分自身を守ってくれることにつながります。それは、ブッダが思いやりを「護身術」として教えていたように、ミラーニューロンでつながりあった私たちの意識の在り様なのだと思います。そのことに気づき、自分を大切にし、他者を大切にしてゆく実践こそが、やがて社会を癒し守る「私」を育んでくれる道を開いてくれるのではないかと思います。
参考文献
[1] C.G.ユング 「家族的布置」『連想実験』 みすず書房 2000
[2] R.D.ストロロウ 『トラウマの精神分析:自伝的・哲学的省察』 岩崎学術出版社 2009
[3] J.ラファエル・レフ編著 第8章「赤ちゃん部屋のおばけ」『母子臨床の精神力動』 岩崎学術出版社 2011
[4] R.K.モース&M.S.ワイリー 『育児室からの亡霊』 毎日新聞出版 2000
[5] 三木成夫 『胎児の世界』 中公新書 1983
[6] A.ポルトマン 『人間はどこまで動物か:新しい人間像のために』 岩波新書 1961
[7] M.S.マーラー他 『乳幼児の心理的誕生』 黎明書房 2001
[8] D.W.ウィニコット 「親と幼児の関係に関する理論」『情動発達の精神分析理論』 岩崎学術出版社 1977, p.35.
[9] D.N.スターン 『乳児の対人世界:理論編』 岩崎学術出版社 1989
[10] ベッセル・ヴァン・デア・コーク 『身体はトラウマを記録する』 紀伊国屋書店 2016
[11] ステファン・マーロック 『絆の音楽性:つながりの基盤を求めて』 音楽之友社 2018


