世代間伝播のトラウマとポリヴェーガル理論【花丘ちぐさ】
さて、今回は「世代間伝播するトラウマ」について、ポリヴェーガル理論の視点を取り入れてお話しいたします。
「世代間伝播」と聞くと「何かあやしい話なのでは?」とご心配になる方もいらっしゃるかもしれません。しかし近年、この分野の研究が進展し、多くのエビデンスが蓄積され、関連する論文も数多く発表されています。
そのような情報を紹介しつつ、不調を自分の責任のように感じたり、メンタルの弱さのせいと考えるのではなく、私たちはさまざまなつながりの中でいろいろなものを抱えながら生きているということをお伝えしたいと思います。そしてその上で、どのように元気を取り戻していけるかについてもお話しできればと思っております。
ここに哺乳類の親子の写真がありますが、私たち人間も哺乳類であることを思い出していただきながら、ポリヴェーガルの視点から哺乳類の神経系がどうなっているのかを説明し、そしてそれにトラウマ的な体験が重なるとどういうことが起きてくるのか考えてみたいと思います。

ストレスが心身に及ぼす影響
ポリヴェーガル理論は、ステファン・ポージェス博士が1994年に発表したもので、私たちの進化の過程を反映しています。
自律神経系には3つの要素があります。最も古い背側迷走神経系は約5億年前に発生し、呼吸や消化、休息を司る一方、生命の危機では「凍りつき」の反応を引き起こします。次に、数億年前に交感神経系が発達し、危機に対して「闘争」や「逃走」の反応を可能にしました。そして哺乳類の進化とともに「社会交流」を司る腹側迷走神経系が加わりました。哺乳類特有の腹側迷走神経系は、背側迷走神経系や交感神経系のバランスを取り、闘争/逃走反応を抑制して、集団行動や仲間との友好な関係を促進します。背側迷走神経系が優位だと凍りつきや抑うつ状態が、交感神経系が優位だと怒りや過度の心配性などの反応が現れますが、これらは生理学的な状態に由来するものです。そして腹側迷走神経系が優位なとき、人は落ち着き、他者とも仲良くできる状態となります。
しかし、強いストレスを受けると、最も古い神経反応である「凍りつき反応」が起こることがあります。
この凍りつき反応は、たとえばシカがライオンに襲われるといった、圧倒的な力の差があって逃れられない攻撃を受けたときに起きます。人間でも、生命にかかわる危険を感じたときは、動けなくなったり、声が出なくなったり、最終的には失神します。また、人間はシカなどに比べると、非常に複雑な神経構造を持っているため、同じようなストレスや恐怖を感じたとき、表面的にはなんでもなさそうにしながらも、内面では凍りつき反応が起きていることがあります。これは「顔は笑っていても心は泣いている」ような状態です。周囲に合わせるようにふるまいながらも、心は冷え切っていて、凍りついている、そのようなことも起き得ます。こうした反応の幅は、個人差や、そのときの心や体の状態、周囲の環境などによって、大きく異なってくることもあります。
良いストレス・悪いストレス
ストレスには、「良いストレス」と「悪いストレス」があります。良いストレスは、自分で対応できる程度の適切な強さやタイミングで与えられるもので、自らを鍛え、成長させることができるものです。
一方、悪いストレスは、強すぎたり、タイミングが悪かったりして、対応が難しいものです。無理矢理やらされているものも含みます。こうした有害なストレスは、まるで逃れられない攻撃を受けたかのようなものです。
良いストレス――ちょうどよい強さ、タイミング、対応できる
有害なストレス――強すぎる、タイミングが悪い、対応できない
私たちが脅威を感じると、脳内の視床という部分が反応し、扁桃体に指令を送ります。扁桃体から危険の信号が出ると、視床下部を経由して、視床下部-下垂体-副腎(HPA軸)に指令が届き、ストレスホルモンが分泌され、自律神経全体に影響を与えます。これは脳から体への指令になりますが、体から脳に向かっての信号も送られるため、脳と体が双方向で「危険」という信号をやり取りする仕組みになっています。このようなストレス反応が私たちの体の中で生じているのです。
自律神経への影響
度重なる有害なストレスは、自律神経にも影響を与えます。
具体的には、消化吸収を司る背側迷走神経や、闘争/逃走反応の交感神経、そして社会交流システムを司る腹側迷走神経といった自律神経の要素がさまざまな影響を受けていくのです。
私たちは、日々、様々なストレスにさらされています。いわば、次々と波が寄せてくるようなものです。それでも、圧倒されることなく、その波を泳ぎ切り、夜にゆっくりと休んで回復できれば、満足感、達成感が得られ、心身がより強健になります。しかし、あまりにもその刺激が強すぎる場合、波が身体の中で凍りつき、時が止まってしまったように感じることがあります。これが、トラウマです。
これを神経系から見てみます。私たちは、脅威を感じると、まず交感神経が優位な状態となり、闘争/逃走の反応が起きますが、それでも対応しきれなくなると、凍りつき状態に移行します。これらは私たちの自律神経系が交感神経や背側迷走神経が優位になる状態が、必要以上に長く続いたり、あるいは、たびたび起きてくることで、ストレスの蓄積からトラウマとなり、心身に悪影響が出てくるということです。
中枢神経系への影響
また、自律神経が影響を受けると、中枢神経系にも影響が及びます。たとえば、記憶を司る海馬が萎縮したり、危険信号を感じる扁桃体が過敏になってしまうことがあります。そして、急性ストレス障害からPTSDへと発展する恐れがあります。PTSDの状態が長引くと、つねに神経系が脅威にさらされているような状態が続くため、さまざまな慢性疾患を発症しやすくなります。
たとえば、過敏性腸症候群、片頭痛、喘息、慢性疲労症候群、線維筋痛症などです。子ども時代から成人期にわたる長い期間を通じて、神経系の不具合が徐々に増幅していくこともあります。
レジリエンスと神経系
そのような中で、最近よく聞くようになった「レジリエンス(回復力)」という言葉があります。
レジリエンスとは、困難やストレスを乗り越えたり、そこから立ち直る力のことを指します。レジリエンスが高ければ、ストレスを受けても調整することができ、他者に助けを求めることができます。
哺乳類である私たちにとっては、他者に助けを求めて、ともに元気になれることが非常に大事です。哺乳類である私たちは、腹側迷走神経複合体を使いながら、社会交流し、安心安全の合図を出し合うことで、心理的にも安心しますし、そうすることで自律神経系の働きも安定します。私たちは、集団で調和をもって生きているときに、心身の調子が良いと感じます。神経系がそのように作られているからです。
レジリエンスが高い・安定型=腹側優位
この図は赤色が交感神経系、青色が背側迷走神経系と腹側迷走神経系を含む副交感神経系の模式図を示しています。

レジリエンスが高く、安定した愛着を持つ養育者のもとで育つと、腹側迷走神経系が優位となり、たとえば友人と一緒にいることを楽しんだり、安全で安心できる合図を出したり受け取ったりすることが自然にできるようになります。柔軟な対応ができ、消化器系の調子も良好で、未来に希望を持てるといった安定した状態です。
神経系の状態を一日の流れで見ると、朝「おはよう!」と元気に目覚めると交感神経系は優位になり、体を動かすとさらに交感神経が活性化します。食事をすると、副交感神経系が優位になり、少し眠くなったり、動きたくない感覚が出てきます。その後、また、交感神経を働かせながら活動し、夜眠るときには、副交感神経系が優位になって、リラックスした状態で眠りにつくことができます。
このような流れの中で社会交流もし、交感神経系と副交感神経系がそれぞれリズムよく大きな波を描いくのが、調子の良い状態といえます。
神経系のバランスが崩れると…
「高止まり・不安型」=交感神経系優位

「高止まり・不安型」の方は、交感神経系がつねに優位な状態にあり、イライラしていたり、他者を利用して自己調整しようとしたり、依存的になったりします。
たとえば、家族、友人、恋人などに何回もメッセージを送り、返事が無いと怒りを爆発させるとか、誰と会いに行くのか問い詰めるなど、行動を厳しく制限したり、相手の愛情を試すような行動を起こして、相手を困らせるなどします。そして、相手が動揺したり、困ったり、怒ったりすることで、自分の存在感を確認しようとします。
これは、自分の感情のコントロールができない状態です。いわゆるワーカホリックの人も、この高止まりの状態といえます。私自身も20代、30代はそういう状態で頻繁に体調を崩していました。なぜこんなに不調なのかと疑問に思ったことがきっかけで心理学に興味を持ったわけですが、今振り返ると当時の私の神経系は高止まり状態だったのだなと理解できます。こういった状態は、循環器系の病気、たとえば心臓や血圧の問題を引き起こしやすいです。
「低止まり・回避型」=背側迷走神経系優位

一方で、「低止まり・回避型」は、高止まりを通り越して、自分では事態を何もコントロールできないと感じる状態です。背側迷走神経系が優位になり、何をしても楽しめず、気力がわかなかったり、他者との関わりを避けて孤立し、感情や身体感覚を感じることさえ難しくなります。自分自身の不調に気づかないこともあります。消化器系もうまく機能せず、めまいや体の重さ、抑うつ、凍りつきの症状や状態が現れます。
「乱高下・無秩序型」
トラウマ療法を受けに来る方に多いのが、「乱高下型」状態です。愛着スタイルでいくと、無秩序型愛着とも関連します。(この無秩序型愛着については後述します。)
こうした人たちは、気分が乱高下します。
自己免疫性疾患や線維筋痛症、過敏性腸症候群、境界性パーソナリティ障害などが見られることがあります。自死、希死念慮、自傷行為や他傷などが現れることもあります。
セラピー中に「あの人が許せない!」と激しい感情を表すかと思えば、急に力が抜けたようになり、手足も冷たくなり、「もう私にはどうすることもできない」と絶望的な気持ちを口にするといったことも多くあります。
「高止まり型」「低止まり型」「乱高下型」それぞれが非常につらい状態であるため、それを調整しようとして、アルコールや薬物、ネットへの依存などの嗜癖行動につながることがあります。一時的にでも不快感を忘れたいがためにそういった行動を取ってしまうのです。
トラウマスペクトラム障害――トラウマ性ストレスと精神病理学
トラウマ的なストレスを受けると、慢性疲労症候群や自己免疫疾患、パニック/不安障害、愛着障害、うつ、希死念慮、境界性パーソナリティ障害、摂食障害など、さまざまな身体的・精神的症状が現れます。
たとえば、摂食障害で無食欲となり、極度に痩せてしまった方がいるとして、その状態を「病気」と捉えるのではなく、原因や背景を心理的・生理的な状態から掘り下げる必要があります。
神経系がどの状態にあるのかという視点で捉えることで、その人の状態を理解しやすくなります。たとえば、拒食の場合は、背側迷走神経系が優位で凍りついた状態にあることが多く見られます。逆に過食は、交感神経が優位になっている可能性があります。ポリヴェーガル理論の観点から、そういったことが見えてきます。
ヒドラの頭
ストレス性疾患は「ヒドラの頭」と呼ばれることがあります。ギリシャ神話の怪物ヒドラは、1つの頭を切り落とすと、切ったところから2つの頭が生えてくるという恐ろしい怪物です。
ストレス性疾患はまさにヒドラの頭のようなものです。
1つの症状、たとえば片頭痛に対処しようと頭痛薬を服用したら、今度はめまいや胃腸障害、さらにはパニック障害といった新たな問題が、ヒドラの頭のように次々に現れます。これが、対症療法が難しい理由の一つであり、だからこそ根本的なトラウマに働きかける必要があるのです。
トラウマ――さまざまな原因
トラウマには、大文字の「T」のトラウマ(Trauma)、つまり戦争や大災害のような明らかに深刻なものと、小文字の「t」のトラウマ(trauma)、つまり発達性トラウマも含まれます。
親が自分を理解してくれないとか、難産、転倒、虐待や不適切養育、あるいは子ども時代に親に騙されて歯医者に連れていかれて怖い思いをした体験など、すべてトラウマとなりえます。最近は宗教二世の問題などもクローズアップされていますが、これもトラウマの一例です。
かつては戦争や生死に関わるような劇的な体験、恐怖体験がトラウマの定義とされていて、それ以外はトラウマではない、PTSDではないとされる時代が長くありましたが、現代は、今すぐ命に関わるような問題ではなくても、神経系に多大な影響を与える体験はトラウマとして認識されるようになってきました。私たちトラウマ専門家としては、この点を多くの人に理解していただけるように伝えていくことが大事だと思っています。
虐待・不適切養育
いわゆる「虐待」とまではいかなくても、教育虐待や、期待しすぎる育児、不適切養育などもトラウマになります。
不適切養育の例としては、子どもに過度の期待をかけ、学校の成績や進学先、スポーツや芸術活動の成果について、本人の意思を無視し、高い条件を課す、友人について、誰と付き合うべきかなど細かくコントロールする、容姿についてけなす、など、子どもを尊重しない養育姿勢が挙げられます。
また、たとえば、子どもに対して「寒いね」「本当だね」といった感情の共有をしない、子どもの気持ちに応えないというような、協働調整をしないことも心理的なネグレクトであり、虐待・不適切な養育となる可能性があります。
こういう話をすると、「そんなのはよくあることだ。それがトラウマならみんなトラウマになってしまうじゃないか」という意見をいただくこともありますが、実際にそうなのです。私たちみんなが何らかのトラウマを抱えているからこそ、戦争や犯罪が起こるというふうに私は考えています。
神経系の状態は本来適応的な反応
トラウマを負った状態とは、神経系が「凍りつき・不動化」・「闘争/逃走」・「社会交流」の間を自由に状態移行できなくなった状態と捉えられます。背側迷走神経系の「凍りつき」や交感神経系「闘争/逃走」の状態に留まり続け、社会的な交流ができる腹側迷走神経系の状態に戻ることができないと、凍りついたように動けなくなったり、闘争反応によるイライラや、不安が続くといった反応が見られ、心身に不調が出てきます。

ただし、これらの状態自体は、生存のための適応的な反応でもあります。たとえば、強盗が現れたら逃げる必要がありますし、戦うべき場面では戦うことも重要です。ハチが飛んできたときに逃げるのも一つの方法ですが、手で追い払うこともまた適切な対応です。実際に生命の危機に直面したときには、「凍りつく」ことが、出血を最小限に抑え、痛みを感じにくくするよう働きます。うまく逃げられるに越したことはありませんが、たとえばライオンに襲われる瞬間に静かに神に召されることができるのも、生物にとってのひとつの恵みと言えるのです。必要なときには凍りつくという反応が生じることは、自然なことなのです。
たとえば、性被害に遭った方が「声が出なかった」と自分を責めることがありますが、実はその反応が適切だったのかもしれません。仮に抵抗すると加害者の闘争反応を刺激し、攻撃のスイッチをオンにしてしまい、よりひどい被害を受ける可能性もあるのです。もちろん犯罪自体は許せないことですが、凍りつく反応は自己防衛の一つであり、犯罪被害時にもそれが命を救うことがあります。
しかし、その凍りついた状態が何十年も続くと、不適応な状態になってしまいます。本来は必要な状況に応じて生理的な状態を変えられることが望ましいのですが、それができなくなると、さまざまな問題が生じるのです。
トラウマの世代間伝播
神経系の状態移行ができるかどうか、あるいはどの神経系に留まりやすいか(凍りつきやすい、闘争/逃走反応に入りやすいなど)は、主にその人の成育環境や生活様式によってパターン化されますが、実は世代間伝播で伝わっていくこともあります。
赤ちゃんはまっさらな状態で生まれてくると思われがちですが、実際には祖先の経験が影響し、どの遺伝子が発現するかが変化しています。この仕組みは「エピジェネティクス」と呼ばれています。たとえば、マウスの研究では、あらかじめ特定の神経系パターンを持って生まれる子どもがいることが確認されています。遺伝子解析の進展により、遺伝子がどのように変化し、どの遺伝子が発現するかについての研究が進んでいるのです。
私たちは多くの場合、先祖のトラウマを何らかの形で受け継ぎながら生まれてきます。これまであまり注目されてこなかった点ではありますが、非常に重要な事実です。
ラットにおけるトラウマの世代間伝播
研究論文もたくさん発表されていますが、少しだけ紹介しますと、たとえば、出産直後に子どもを母親から引き離したり、母親にストレスをかけるなどしてトラウマ体験をさせると、ストレスのかかっていないメスと交配させて生まれた子どもも4世代先まで行動や代謝に影響が出ることが確認されています。
さらに、オスのラットに特定の匂いを嗅がせるのとセットで電気刺激を与え、驚愕反応を起こすように条件付けされたラットは、その後、条件付けされていないメスと交配させても、特定の匂いに対して恐怖反応を示す嗅覚の神経細胞を持った子どもが数代先まで生まれてくることが確認されています。
オスのラットに桜の匂いを嗅がせて条件付けを行った場合も同様で、子孫は桜の匂いを嗅ぐだけで驚愕反応を起こします。重要なのは、親が「桜の匂いは怖い」と教えているわけではなく、人工授精で生まれた、親に育てられていないラットでもやはり同じ反応を示すということです。つまり、エピジェネティクスでどの遺伝子が発現するかということではないかと考えられています。
また、よく母親に舐めてもらえたラットの子どもは神経が安定し、自分の子どももよく舐めるようになります。逆に、あまり舐めない母親に育てられた子どもは、自分の子どもにもあまり関心を示さず、社会行動もあまり上手にできません。しかし興味深いことに、たとえ舐めない母親から生まれても、ほかの養育者からよく舐められて育った子どもは、成長後によく舐める母親になることが確認されています。これも生後、エピジェネティクスの影響で、よく舐める特定の遺伝子が発現している可能性があるかもしれません。今、こういったことが厳密に研究されるようになってきています。
・オスのラットに出産直後に母親と引き離す、母親にストレスをかけるなどのトラウマ的な体験をさせると、ストレスのかかっていないメスと交配させて生まれた子どもでもの4世代先まで、行動と代謝に影響が出た(VAN STEENWYK, 2018)
・オスのラットに特定のにおいと恐怖体験を条件付け、条件付けされていないメスと交配すると、2世代先までの子孫の行動と神経構造に影響が認められた(G.DIAS, 2013)
・他にもさまざまな研究が実施されている(KELLERMANN, 2013; YEHUDA AND BIERERM 2007; YEHUDA, ET AL., 2016)
親の愛着スタイルが子どもに引き継がれる
愛着スタイルも子どもに引き継がれます。よく舐められて育つと、仲間とも上手に関わることができ、自身もよく舐める親になるのと同じように、たとえば、子どもに優しく接しているかと思えば突然突き放すといったディスオーガナイズドスタイル、つまり「無秩序型」の愛着パターンを持った親に育てられた子どもは、無秩序型の愛着スタイルを身につけてしまう可能性があります。愛着も世代間伝播していくということです。
ここで他の愛着スタイルについても簡単に説明しておきます。過去の愛着の研究をもとに、今では4つの愛着スタイルがあるという考え方が主流です。
「安定型」は、文字通り安定していて、養育者との信頼関係があり、年齢に応じた自律性があり、心身ともに健やかな状態です。ポリヴェーガル理論でいけば、腹側迷走神経系が安定していて、社会交流が豊かな状態です。
「不安型」は、養育者の態度に一貫性がなく、気まぐれで、ひどくかわいがったり、突き放したりするときに生じるともいわれています。他者とのかかわりを過度に求め、離れることを恐れます。ポリヴェーガル理論でいえば、交感神経系が優位で、高止まり型です。
「回避型」は、人とのかかわりを避けます。養育者も回避的であった場合、子どもも回避型になるともいわれています。愛情を求めても得られないので、他者と関わることを辞め、一人でいることを好みます。他者が近寄ってくると、避けます。大人になってからは、ある程度親しくなったとたんに、その人を避けたりします。ポリヴェーガル理論でいえば、背側迷走神経系が優位で、低止まり型です。
一世代の親だけに責任があるわけではない
このような話を聞いて、「自分の育て方が悪かったのでは?」と悩まれる方がいますが、決して一人の親、一世代の親だけに責任があるわけではありません。親も、さらに前の世代から影響を受けている可能性があるのです。
たとえば、その親が無秩序型の愛着スタイルになった背景には、祖先が戦争で悲惨なトラウマを経験していたり、災害に遭遇したり、宗教的な虐待を受けたり、そういったことがあったのかもしれません。つまり、Aさんというお母さんが悪いのではないということです。ここが非常に大事な点だと思います。もっと広い視点で捉える必要があります。過去には「3歳までに上手に育てないと子どもはうまく育たない」という、いわゆる3歳児神話と呼ばれるものがあり、お母さんたちは大きなプレッシャーを感じていましたが、問題はそのような一対一の関係だけではなく、私たち人類全体が過去から背負っている「負の遺産」の影響があるということです。
第二次世界大戦を体験した方の数は減っていますが、戦争トラウマも今の世代にまだ影響を与えています。たとえば、戦争から帰ってきた父親の人柄がガラッと変わり、暗く、暴力的になって子どもを虐待するようになってしまった。そしてその虐待を受けて育った子どもたちが親になり、その子どもが現在の30代・40代になっているのです。戦争トラウマはまだ終わっていないのです。解決方法については、後ほどお話ししたいと思っています。
いじめの問題の背景にも戦争トラウマの影響があるかもしれません。級友をいじめていた加害者が作った「いじめ方のマニュアル」を見たことがあるのですが、非常に陰湿で、まるで戦争捕虜に対して行われる非人道的な拷問のようなことが書かれていました。なぜ子どもがそんなことを、と考えたとき、ゲームやネットで情報を得たということもあるかもしれませんが、それだけではなく、何らかの戦争トラウマも影響しているのではないかと私は思っています。いじめ加害者の子どもに対して「血も凍るような恐ろしい子だ」という感情を抱くかもしれませんが、その一人の子どもだけの問題ではなく、やはりこれも人類全体の「負の遺産」として、私たちみんなの問題として捉えるべきではないかと思っています。
世代間トラウマのミアズマ説
ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)の創始者ピーター・ラヴィーン博士は、世代間伝播のトラウマについて「ミアズマ説」を持ち出しました。
ミアズマとは、古代のヒポクラテスが紀元前4世紀頃に考えた「伝染病を広げる霧のようなもの」という概念で、医学的な根拠はなく後に間違いとされましたが、ピーターは、世代間トラウマというのは、このミアズマ(瘴気)のように、霧や靄のような何かが世代から世代へと伝わっていくのではないかという所感を述べています。
社会交流システムを支えるスマート・ヴェガスⓇ
これまで述べてきたとおり、腹側迷走神経系は「社会交流システム」を支え、表情を作ったり、優しい声を出したり、首を動かして安心感や友好の合図を伝えたりと、対人関係の安定に関わるものです。この腹側迷走神経系が優位な状態にあると、人はひとりでいても落ち着くことができ、周囲と協力することもできる状態にあるとされています。
腹側迷走神経系は、「スマート・ヴェガス(機敏な迷走神経)」と呼ばれる、神経のまわりがミエリン鞘(脂肪の鞘)で覆われた、ミエリン化した神経系です。ミエリン鞘は、電気信号の伝達をスムーズにする働きがあります。「ホップ・ステップ・ジャンプ」と信号を飛ぶように送るため伝達が速く、機敏に働きます。社会交流システムを司る腹側迷走神経系を構成しているのは、ミエリン鞘で覆われたスマート・ヴェガスなのです。
スマート・ヴェガスは、妊娠6か月頃から徐々に増え始め、生後に一気に増加します。生まれたばかりの赤ちゃんの場合、まだ多くありませんが、たとえば「いないいないばあ」などを通じた養育者とのやり取りによって、ミエリン鞘が発達していき、最終的な完成は25歳頃とされています。
ミエリン鞘が発達してくると、愛する人とアイコンタクトを取ったり、微笑んだり、豊かな表情や韻律のある声を出す能力が備わってきます。つまり、哺乳類として安心感や安全を伝える能力が発達してくるのです。そして、このような機能が十分に完成するのが25歳頃だと言われています。思春期はまだこの神経系が十分に発達していない段階で不安定な状態にあり、情緒的にも安定が難しい時期です。ですから、ティーンエイジャーが混乱しているのも、ある程度仕方がないことです。
街なかで2歳ぐらいの泣いている子どもにお母さんが怒りを爆発させているといった様子を見かけることがあります。お母さんもストレスがたまっているのでしょう。一方、小さな子どもが毎日のように泣くのはなぜかというと、それはまだミエリン鞘が完成しておらず、神経系が未発達だからです。大人になれば毎日泣くようなことはありません。それはミエリン鞘が発達し、社会交流がうまくできるようになって、感情も安定しているからです。健全な愛着が形成されていないと、ミエリン鞘の発達も遅れ、社会的な交流能力にも影響が出ると考えられています。
乳児期の赤ちゃんは交感神経系の「泣く」、そして背側迷走神経系の「眠る」、主にこの二つの働きが中心です。養育者から優しい声で話しかけられ、安心を感じることで、服側迷走神経が成長し、表情が豊かになり、いろいろな声が出せるようになっていきます。お互いの愛情のやり取りがスムーズになっていきます。
こうした神経の発達の過程について認識していないと、子どもの情緒が安定しないのを「わがまま」「怖がり」「困った性格」などと捉えてしまいがちです。昔から「今鳴いたカラスがもう笑った」というように、子どもは気分が変わりやすいとされてきましたが、ミエリン鞘が十分に形成されていない、神経が未発達であることを考えれば、この時期に泣くか眠るかなど、限られた反応しかできないのも自然なことです。
愛着の欠如と逆境的小児期体験(ACE)
子ども時代に愛着が適切に形成されないと、社会的な交流がうまくできず、安全の合図を伝えたり、受け取ったりする能力にも支障が出る可能性があります。
先ほどストレス性障害の病気について触れましたが、自律神経系のバランスが崩れ、さまざまな疾病、慢性疾患などにかかりやすくなります。また不健康な行動が増えます。健康を保つことを難しくするような遺伝子が発現する可能性が高まるのです。
ACE(逆境的小児期体験:Adverse Childhood Experiences)とは、子ども時代に虐待を被ったり、機能不全家族との生活体験を持つという困難な体験を意味します。ACE研究は、1990年代にアメリカで行われた大規模疫学研究です。約1万7千人を対象に、小児期の逆境体験と成人後の健康との関連を調べました。その結果、ACEスコアが高いほど、うつ病や依存症、心疾患などのリスクが有意に高まることが示されました。この研究は、心理的体験が身体の健康に長期的影響を与えることを明確に示した点で画期的でした。以降、トラウマと身体の関係を理解する基盤として、広く参照されています。
ACEに関する質問項目も、改変がなされてきましたが、今は10項目にまとめられており、心理的・身体的・性的虐待、ネグレクト、家庭内暴力、アルコールや物質乱用、家庭内に刑務所に収監された人がいるか、と言ったことが網羅されています。この研究では、発表当時の中流階級の白人でも6割はACE1のスコアだったという結果が出ています。
ACEスコアとさまざまな問題
ACEを持っているとどのような問題が起こるのでしょうか。
ACEの三角形の図を下から順に見ていきます。

「子ども時代の逆境体験」があると、まず、「神経系の成長が妨げられる」。すると、「社会的・感情的・認知的な問題が生じやすくなる」。嗜癖などの「ハイリスク行動パターンが身につく」。そして、「疾病・障害・社会的問題」が出てきて、「早期の死」につながる。
子ども時代に大変な体験をすると心身の調子を崩し、早く亡くなってしまう可能性が高くなる、こういったことを表したのが、この「ACEの三角形」と呼ばれるものです。
ACEスコアが高い人、特に4以上の人は、スコア0の人に比べてうつ病の発症リスクが非常に高くなります(2~3倍以上)。
また、勤労態度に影響を及ぼし、さまざまな問題を起こして経済的な困難に陥りやすいとされています。グラフ上、緑からピンクにかけて各スコアを示しており、スコアが0の人に比べて問題の発生数が多くなっていることがわかります。

アルコール依存の割合も、スコア4以上の人は、スコア0と比較して8倍ほど高くなっています。これは、嗜癖行動を起こしやすいということです。喫煙も多くなります。


さらに、自殺・自殺企図のリスクも大幅に増加します。たとえば、ACEスコアが0の人に比べて、4以上の人では10倍近くに跳ね上がります。それだけ問題を起こしやすい、苦しみを抱えやすいということです。

世代を超えるストレスの蓄積
このように、子ども時代のストレスも問題ですが、それ以前から、世代を超えてストレスが蓄積されてきた背景があります。たとえば私たちは、狩猟採集時代の記憶などは忘れてしまっていますが、重低音が聞こえると獰猛な捕食動物が近くにいるのではないかといった本能的な恐怖を感じます。このような本能が私たちの中に残っているのです。
そして、こうしたストレスの蓄積が、さまざまな疾患の発症リスクを高めていることがわかっています。
具体的には、パニック障害やうつ病、IBS(過敏性腸症候群)、片頭痛、PMS(月経前症候群)、依存症などが起こりやすくなるのです。
健康を単体で考えるには限界がある
たとえば胃が不調なときに、胃薬を飲めば問題が解決するかというと、そうではありません。臓器単体の問題として捉えるのには限界があり、自律神経の働きが非常に重要であること、心と体が密接につながっていることを理解することが大切です。
トラウマを抱えている状態は、いわば生命エネルギーがざるからどんどん漏れ出しているようなものです。そのような状況で、健康のためにジョギングをしたり、栄養バランスを意識した食事を心がけても、根本的な解決にはなりません。そのため、トラウマに早期にアプローチして、解消することが必要だと私は考えています。
ソマティックな働きかけでトラウマ解消へ
ピーター・ラヴィーン博士は、「トラウマは単なる出来事ではなく、神経系の問題である」と強調しています。「あのとき事故に遭ったからトラウマになった」という単純なものではなく、トラウマは身体に刻み込まれた未完了の衝動なのです。「出来事はもう過ぎ去ったから、今はもう安全ですよ」と言い聞かせたところで解決しません。つまり、体に働きかけるソマティックなアプローチが必要だということです。
未完了の自己防衛反応
私たちの神経系には自己防衛のための力が備わっていますが、トラウマによってその反応が未完了のままとなっていることがあります。ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)の独自の療法では、この未完了の反応を完了させ、神経系が「もう安全だ」と感じられるよう促します。
あなたが森の中を歩いているところを想像してください。後ろのほうでがさがさと音がします。びっくりしたあなたは、思わず声を出して飛び上がります。
そして、今度は身体を固くして、音のしたほうを見ます。何か危険がないか、視野を狭くして確認します。これが、驚愕反応、身構えることと防衛的オリエンテーションです。
もし、ただ鳥が飛んでいっただけなら、安心します。
しかしここで、クマが出てきたらどうでしょう? すぐに逃げ出すことでしょう。そして、余裕があったら、木の枝を投げたりして応戦するかもしれません。これが、闘争逃走反応です。
しかし、捕まってしまったら、凍りつくでしょう。そこで助け出されたとします。そのあとは、安全を確認し、交感神経系の活性化が収まってきて、落ち着きます。助けてくれた人から、温かいお茶を一杯もらったら、ちょっと震えながら飲み、涙を流し、そして深い安どのため息をつきます。これが凍りつきからの脱出と脱活性化、安定化です。
少しして心身が落ち着いてくると、今度はおなかがすきます。何かおいしいものはないか、あたりを探します。これが、探索的オリエンテーションです。
このように私たちは、哺乳類として、危機を体験した後に、回復するまでの一連の反応のパターンがあります。このパターンが中断されてしまうと、私たちの身体は、まだ危険が去っていないように感じてしまいます。
そこでSE™では、どこで反応が中断されているかを確かめ、そのときにやりたかった動きをしてみたり、声を出したり、セラピストから温かく、思いやりにあふれる支援をもらったりして、脅威の反応サイクルを完了します。そうすると、ハラの底から、「もう大丈夫だ」と思うことができます。このとき、過去が本当に過去になるのです。
ソマティックなアプローチ
私たちは危機に瀕すると、腹側迷走神経系から交感神経系を経て、背側迷走神経系に至り、「凍りつき」状態に陥ります。そのため、これを逆にたどり、背側から交感神経系を経て、腹側へと戻り、他者と健やかに関わり合える状態に戻ることが理想です。こうしたプロセスをソマティックに実践していくのが、ラヴィーン博士が開発したソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)によるトラウマ療法のやり方です。
ソマティック・エクスペリエンシング®(SE™)では、「感覚」「イメージ」「行動」「感情」「意味」を5つの要素とするSIBAM(サイバム)という考え方に基づきながら、トラウマとリソースの間を行き来する「ペンデュレーション」を行います。
S:SENSATION 感覚
I:IMAGE イメージ
B:BEHAVIOR 行動
A:AFFECT 感情
M:MEANING 意味PENDULATION:トラウマとリソースを行ったり来たり
SIBAMとは、体験を構成する5つの要素――感覚(Sensation)、イメージ(Image)、行動(Behavior)、感情(Affect)、意味(Meaning)を指します。
私たちは、通常あらゆる出来事を、これらが統合されたかたちで体験しています。トラウマの影響下では、この要素同士のつながりが分断されやすくなります。たとえば、交通事故を体験した後、臭いには敏感になったが、音に対して不注意になってしまうなど、アンバランスになってしまうことがあります。
SE™では、SIBAMの各要素を丁寧にたどり、再びつなぎ直していきます。そのプロセスが、体験の統合と回復につながると考えられています。
さらに、ペンデュレーションとは、安心と活性、快と不快のあいだを、行き来しながら体験する神経系の自然なリズムです。この往復運動によって、強すぎる負荷が調整され、圧倒を防ぐことができます。
トラウマの影響下では、この動きが止まり、苦しい状態に固定されたり、苦しすぎて、何も感じられない解離状態に固定されてしまったりします。SE™では、安全な範囲でこの自然な神経系の振れを回復させていきます。そのリズムが戻ることで、神経系は再び柔軟さと回復力を取り戻します。
この穏やかなアプローチにより、トラウマによって凍りつき、闘争/逃走反応から抜け出せなくなっている神経系に柔軟性を取り戻していくこと、動けなかった状態から動けるようにしていくこと、仲間と楽しく関わり合えるようにしていくことを目指して行っています。
打ち負かされた自分からできる自分へ
また、「打ち負かされた自分」から「できる自分」へと変化していくための、ソマティックなアプローチがあることをお伝えできればと思います。
トラウマは戦争や災害によるものだけでなく、私たちが先祖代々受け継いできたものが遺伝子やエピジェネティクスを通じて私たちに大きな影響を及ぼしており、世代を超えて伝播していくものだと理解することが重要です。ソマティックなアプローチを通じて、「打ち負かされた自分」から「大丈夫だ」「私はできる」という「できる自分」へと状態を移動し、自己や世界に対する新たな知覚を得られることを願っています。
駆け足でたくさんの情報をお伝えしましたが、トラウマが世代間で伝わるということ、そして身体の反応を通して健やかに取り組んでいくことの重要性についてお話ししました。
参考文献
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