罵倒に七転八倒
※今回もまた、刺激の強い単語や表現が飛び交います。お読みの際はあらかじめご了承ください。
前回はFワードをご紹介したが、英語圏の罵倒表現は実に多種多様だ。悪態をついたり、他人を罵るためなら、創意工夫を惜しまない。尋常ではない情熱を罵詈雑言に注ぎ込む、それが英語ってやつですよね――とまで断言してしまうと、「そんなこと言うんじゃねえよ」という趣旨の罵詈雑言が飛んでくるかもしれないが、これくらいは許してほしい。なにしろ、罵倒表現を日本語に訳そうと思うとなかなか、その豊かな風味を残せないのだ。まったく、こっちが罵りたいぜ、oh, ××××××××××××(12文字の放送禁止用語を言っています。何を言っているかはご想像にお任せします)――というわけで、今回は日常で多分使えなさそうな、もしくは公共の場で使ったらしっかりと炎上しそうな罵倒語、罵詈雑言をご紹介しよう。
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よく知られているように、イギリス英語とアメリカ英語には様々な差異が存在するが、それは罵倒語にも当てはまる。具体例として、9月5日より吉祥寺シアターで上演される『ハード・プロブレム』(劇団青年座第266回公演)を取り上げよう。作者は、2025年に亡くなったイギリスの劇作家トム・ストッパードである。演劇作品では、再演にあたって作者が修正を加えることは珍しくない。『ハード・プロブレム』も例外ではなかったのだが、イギリス・ロンドン初演版(2015年)と、アメリカ・ニューヨーク再演版(2018年)のテキストを見比べていたときに、面白い違いに気づいた。イギリス初演版では、ヘッジファンドや脳科学研究所を運営する大富豪ジェリーが“wanker”と罵る台詞があったが、それがアメリカ再演版では“asshole”に修正されていたのだ。どちらも「クソ」「クソったれ」「嫌な奴」のような意味合いである。ただし、元々「オナニー野郎」を意味するwanker はイギリス英語で使われやすく、元々「ケツの穴」を意味するassholeはアメリカ英語で使われやすい。実は初演時のジェリーはナショナリティが曖昧で、再演にあたりはっきりと「アメリカ人」という設定が加わった。それを受けて、初演版の“wanker”も、アメリカ人が言いそうな罵り言葉 “asshole”に変わったわけだ。「オナニー野郎」が「ケツの穴」に。なんと素敵な変更だろうか。
ジェリーは他にも、電話の相手を“bottom-feeder”と罵っているが、こちらもアメリカ英語で使われがちな表現だ。このbottom-feederは、元々は「底魚(ナマズ、ドジョウなど水底に住む魚)」のことで、そこから転じて「他人を食い物にする下層の汚い人間」を罵るニュアンスを帯びるようになった。これを日本語に訳そうと思っても、短くてキレのあるフレーズになってくれない。「寄生虫」「たかり屋」など散々悩んだ末に、今回は「底辺雑魚女(電話の相手が女性なので。ジェリー、ひどい奴でしょう?)」とした。いちおう、元々の「魚」の要素は残したけど、うーん、どうだろう……。「寄生虫」要素が薄れてしまったかも……。
このように、罵倒語は、意味範囲・語感・言い放った時の爽快感(?)をすべて維持しながら翻訳するのが難しい。先ほどのbottom-feederのように、破裂音を複数仕込んで強いアタック感を出すパターンが、日本語ではうまく再現しづらいのだ。ちなみに『ハード・プロブレム』では、他にも“you muggins” という表現が登場する。mugginsは「バカ」「間抜け」を意味するイギリス英語で、これは罵倒語というより、軽くからかうようなニュアンスだ。そのため、「はい、おばかさん」としたが、個人的にはこういうからかい表現のほうが、ウンウン唸らずに訳せるときが多い(簡単に訳せるとは言っていません)。
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あなたは、他人を害虫呼ばわりしたことがあるだろうか。あったらかなりヤバい。相手に謝罪したほうがいい。いや、もう既に手遅れかも……。この間、私はまさに手遅れになった例(フィクションだけど)を翻訳した。
アメリカの喜劇王ニール・サイモンによるThe Good Doctor (元来は『名医先生』と訳されていた。2026年1月に私の翻訳で上演された際の邦題は『チェーホフの奏でる物語』)は、ロシアの作家チェーホフの作品をオマージュした9つの短編から構成されている。その最初の物語「くしゃみ」では、国立公園省の大臣ブラシルホフが、同じ省で働く下っ端事務官のチェルジャーコフに向かって以下のように言い放つ。
You germ spreader! ...You maggot! ...You insect! …You are lower than an insect…You are the second cousin to a cockroach!...The son-in-law of a bed bug!...You are the nephew of a ringworm!
ばい菌ばらまき野郎! ……うじ虫! 虫けら! いや、お前は虫けら以下だ……お前はゴキブリの親戚、トコジラミの義理の息子! 水虫の甥っ子!
虫まみれな罵詈雑言である。前半はまだいいが(よくないけど)、後半の「ゴキブリの親戚」「トコジラミの義理の息子」「水虫の甥っ子」のパンチ力がえげつない。こういう言い方が定型句として元々存在しているわけではないのだが、とにかく相手を罵倒したいという思いがビンビンと伝わってくる。ここでのポイントは、相手を「ゴキブリ」「トコジラミ」「水虫」と罵っているわけではなく、その親戚だと言っている点である。そいつらの仲間だ、同類だ、とだけ言えばいいのに、わざわざ具体的な、しかも「義理の息子」とか「甥っ子」といった、微妙な距離感の関係性に言及する。そうすると、ゴキブリ、トコジラミ、水虫そのものではなく、それ以下なのかな、という印象が増す。まあ、トコジラミの義理の息子はトコジラミだろう、というツッコミはさておいて……。
これを言われたチェルジャーコフは、大きなショックを受け、意気消沈して家に帰って、そのまま死んでしまう。つまり、大臣が謝ろうと思ったとしても、時すでに遅し、となるのだが、おそらくこの人物は謝ろうとも思わないし、なんなら死去の報告を受けても、大して気にも留めないに違いない。そもそもこの物語、夜の劇場で大臣にたまたま居合わせて挨拶したチェルジャーコフが、大臣の後頭部にくしゃみをひっかけてしまい、翌日謝罪に行ったものの、相手はもはやチェルジャーコフが誰だかすらも覚えていなかった……というストーリーである。大臣にとって、下っ端事務官のチェルジャーコフはまさに、「虫」レベルの存在だったわけだ。すげなくあしらう大臣にバカにされたと思い込んだチェルジャーコフは、翌日になって再度大臣の部屋に鼻息荒く乗り込んで、今度は喧嘩腰になりながら「くしゃみを謝りたい」と伝えるが、いら立った大臣に、先ほど引用したような罵詈雑言をぶつけられるに至る。そこには、上の立場にいる人間、上層の人間が下の人間をどう思っているかが、くっきりと表れている。そう、あくまでも、非情な社会構造を浮き彫りにする台詞なわけで、けっして人前で引用して良い名言ではないのだ。良い子は本当にマネをしないでね。
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創作系の罵詈雑言は、そのまま訳してもわりとニュアンスが伝わることが多く、苦労するのはやはり、性的・身体的な単語やイディオムから罵倒語となった定型句。その合体バージョンで処理に困った例を一つ。2025年12月に新国立劇場で上演した、サイモン・スティーヴンス作『スリー・キングダムス―Three Kingdoms』では、“you fucking cock-faced cunts” という罵倒表現があった。ここで使われている“cock” は男性器を意味し、“cunt” は女性器を指す単語で、そこから転じた罵倒語の意味合いとしては「人間のクズ」「クソ人間」。後者は公共の場での使用が最上級にタブー視されるため、通常はCワードと呼ばれている。Cワードも基本的にはFワードと同じように処理をするのだが、この作品に関してはそうは問屋が卸さなかった。この後に、罵倒された側が「cock-faced cunts(男性器の顔をした女性器)って矛盾してない?」とツッコんでいたのだ。つまり、Cワードをわざと本来の女性器の意味に取っているため、そのニュアンスを消して「人間のクズ」「クソ人間」と言い換えてはいけない箇所である。この箇所、現場でも相談しつつ、最終的に要素をややずらして「雌のキンタマづらしやがって」と訳した。イメージできない矛盾した顔、の要素を取ることにしたわけだ。本来の字面の性的ニュアンスを活かしてネタにするような台詞は、演劇翻訳者を無慈悲に苛む。
もう一つ、『スリー・キングダムス』とは別のアプローチを試みた例をご紹介したい。と言っても、私の翻訳した作品ではなく、妻の一川華が翻訳したアフラーム作You Bury Me という、エジプトの戯曲で目にした台詞である。それが、こちら―― “Fuck this dicksucking, cuntfingering, motherfucking piece of shit cock of a day!” ……ここまでご紹介してきたヤバい表現を詰め込んだような、圧巻の威力。直訳すると下劣なことは伝わるものの、“最強の罵倒”感はどうしても薄れてしまう。妻から、「どう訳せばいいと思う?」と相談され、んなこと相談されても……と思いつつ、2人で生み出した結論がこちら。「ゴミカス死ね雑魚ぶっ殺すぞ!」。一見すると、原文の要素を全く訳していないし、実際に直訳はしていない。しかし、字面の性的要素を捨てる代わりに、原文のing系三連発が持つ、独特のリズム感と歯ごたえ、言葉が内包する暴力的感情に焦点を絞ってみようということになった。「ゴミカス死ね雑魚ぶっ殺すぞ!」――妻と何度か唱えてみた。うん、いける、良い台詞。なんとも物騒な夫婦である。
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英語の罵倒表現には、性や身体機能に関わる表現が多いよね、と夫婦で話していたが、実際に性・身体の観点からタブー視されている言葉が転じて罵倒語となるケースは多く、そうした方面から研究書も書かれている。それに対して日本語は、身体的特徴を嘲る言葉は存在するものの、意味内容がすり替わって罵倒語となるようなケースは少ない気がする。ボキャブラリーの性質が違う以上、そのまま訳そうと思っても、ピッタリな言葉が見つからない。だから演劇翻訳者は、今日も仕事部屋で1人、ブツブツ言いながら罵倒語を探し続ける。
小田島創志さん翻訳作品 上演情報
2026年9月5日(土)~13日(日)
東京都 吉祥寺シアター
作:トム・ストッパード
翻訳:小田島創志
演出:金澤菜乃英
出演
久留飛雄己、 那須凜 、前田聖太、 横堀悦夫 、市橋恵、遠藤好、佐藤祐四、角田萌果、万田千尋 、小田島優月


