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空海とソーシャルデザイン 兼松佳宏

「空海とソーシャルデザイン」のまとめ(後編)

Part.4 〈5つの力〉を身につけるための方法論

 

⑦キーワード

 

 

 

改めて本稿の目的は、菩薩道に導かれたソーシャルデザインのフレームワークをソーシャルデザイン教育に応用してゆくことです。そして、ソーシャルデザインの近接領域であるソーシャルイノベーションの分野では、すでにさまざまな先行研究が行われ、社会起業家の育成に活かされています。

そこでこのパートでは、菩薩道と関連が深そうなソーシャルイノベーションのキーワード(形容詞)を抽出し、五智のフレームワークで整理してみました。

 

 

【1】〈本来の自分〉Authentic

「本来の」という言葉にあてはまるのが「Authentic」 です。もともとは「信ずべき、確実な、典拠のある、真正の、本物の」などを意味する重厚な言葉ですが、ハーバード・ビジネス・スクール教授のビル・ジョージ氏が「オーセンティック・リーダーシップ」を提唱したことをきっかけに、重要なキーワードとして脚光を浴びるようになりました。そして、「本来の自分らしさ」の探求を理論的に支えてくれるのが、強みや感謝、好奇心といったポジティブ感情を研究する「ポジティブ心理学」であり、さまざまなワークが提唱されています。

関連ワード:リーダーシップ、ポジティブ心理学

 

【2】〈リソース〉Appreciative

「価値を見出す」という言葉にあてはまるのが「Appreciative」です。もともとは「鑑賞的な、鑑識眼のある」という意味ですが、さらに「(…を)感謝して」という意味あります。この言葉が注目されるようになったのは、「アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)」という組織変革手法がきっかけでした。AIのようにすべてのステークホルダーを巻き込んで対話を重ねる手法は「ホールシステム・アプローチ」と呼ばれていますが、それを活用することで問題解決のためのひとつのリソースである「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」を高めることが可能となります。

関連ワード:ホールシステム・アプローチ、ソーシャル・キャピタル

 

【3】〈ほしい未来〉Compassionate

「慈悲」にあてはまるのが、「Compassionate」です。もともとは「哀れみ深い、情け深い、同情的な」という意味ですが、「心に従うように、意味のある仕事をしよう」という文脈で「コンパッショネイト・キャリア」という考え方も注目されています。真言密教では慈悲に大きな欲望を観ていますが、そのきっかけとなるのが、自分の小さな欲望を観察する行為としての「マインドフルネス」です。そして、物事のつながりを深く観察し、根本的な解決を図ろうとする「システム思考」を組み合わせることで、ほしい未来の輪郭はよりはっきりと明らかになってゆきます。

関連ワード:マインドフルネス、システム思考

 

【4】〈デザイン〉Evolutionary

あくまで「表層的なもの」というイメージが強かった「デザイン」ですが、21世紀に入るとますますその意味は拡大し、経済的にも、社会的にも重要性は高まってきています。そのひとつの集大成が「デザイン思考」であり、最近ではその発展形である「進化思考」という考え方も注目されています。(そこで、ここでは「Evolutionary」としています)また、もうひとつのデザインとして、恒久的持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系である「パーマカルチャー」からも学ぶべきことはたくさんあります。こうしたさまざまなアプローチを組み合わせて、無理のない本質的な解決策を見出してゆきます。

関連ワード:デザイン思考、パーマカルチャー

 

【5】〈源泉〉Cosmic

そもそも「源泉(source)」とは、世界中の社会変革の現場に応用されている方法論『U理論』に登場する言葉で、本当に必要な変化を生み出すとき、「源につながる」「自分自身より大きな“何か”につながる」経験が訪れる、とされています。そして、そのスピンオフ版である『源泉』という本の中では、「宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な源泉がある」という原理が紹介されています。これらが示唆するのは、私たちの世界観ならぬ宇宙観(コスモロジー)の問い直しであり(そこで、ここでは「Cosmic」としています)、その具体的なプロセスとして、空海にとっての高野山のように、より大きな“何か”とつながり直す「リトリート」の時間がますます重要になると思うのです。

関連ワード:コスモロジー、リトリート

 

まとめると、〈本来の自分〉として発起している、つまり、心を落ち着かせて〈本来の自分〉とつながり、内に秘めた「自分らしさ」を外に向けて発揮できているとき、私たちはAuthenticであり、秘められた〈リソース〉を引き出している、つまり、「何もない」と思われる状況にあっても「必要な〈リソース〉は既にある」という視点を持ち、ポテンシャルを最大限に活かすことができているとき、私たちはAppreciativeなのだといえます。

同じく、煩悩を〈ほしい未来〉に転じている、つまり、欲望や嫉妬といったモヤモヤ(煩悩)を受け入れ、それらをさらに深めて〈ほしい未来〉というビジョンを描いているとき、私たちはCompassionateであり、融通無礙に自ら〈デザイン〉している、つまり、本当に必要とされていることと自分ができることを見極め、無理のない解決方法を〈デザイン〉し、それを忍耐強く実行できているとき、私たちはEvolutionaryなのだといえます。

さらに、大いなる〈源泉〉を生きている実感があるとき、つまり、無限の可能性を秘めた〈源泉〉とつながることができているとき、私たちはCosmicである。

ちょっと日本語と英語が混ざって変な感じもありますが、五智を備えたときのそれぞれの理想の状態を端的に表現したものとして、ぜひこれらの形容詞を頭に入れておいてもらえると嬉しいです。

 

 

⑥問い

 

 

 

一つ前の「⑦キーワード」では、〈5つの力〉を身に付けた理想的な状態を、ソーシャルイノベーション界隈のキーワードを元に整理してみましたが、このパートではより具体的に「どうすれば〈5つの力〉を身につけることができるのか」について踏み込んでゆきたいと思います。これらの問いこそが、私がソーシャルデザインについての学びの場をつくるときに土台としているものです。

そして、ここから五仏に加えて、新たに十六大菩薩に登場していただきます。十六大菩薩とは、大日如来以外の四仏の周りに前後左右に座っている4人の菩薩たちで(4×4で16)、中心の仏さまに変わって五智のエッセンスを詳しく伝える役割を担っています。

そして、以下、青の問い①〜④、黄の問い⑤〜⑧、赤の問い⑨〜⑫、緑の問い⑬〜⑯という16の質問は、もしその菩薩たちを先生として見立ててみたら、どんな問いを発してくれるのか、わかりやすいように想像してみたものです。ちなみにこの数字は『金剛頂経』というお経で活躍する十六大菩薩の登場順であり、曼荼羅でいうとみんなが中心を向いていて、大日如来に近い方から数字が若くなっています。

 

【1】〈本来の自分〉どんな人が?

ソーシャルデザインを実践する上で揺るぎない土台となるのは、何よりも自分自身です。ここでは、自分の足場を固めていくための問いが続きます。

青の問い① 金剛薩埵の問い「どうする?」

阿閦如来が発した「わたしの仕事は、(自分の名前)」という発心のおまじないによって心を落ち着かせ、〈本来の自分〉から発起する力を身につける、いつもAuthenticであるために、まずは現状を把握し、

青②の問い 金剛王菩薩の問い「何を思い出す?」

何事にも畏れず、王のように堂々とあるために、自分のこれまでのストーリーを思い出して、ずっと変わらない自分に気づき、

青の問い③ 金剛愛菩薩の問い「何を深める?」

自分を惑わすような誘惑に負けないように、深い喜びが得られる時間を日常の中で確保して、

青の問い④ 金剛喜菩薩の問い「何を褒める?」

〈本来の自分〉としての日々の成長を自ら祝福し、阿閦如来が発した「よきかな、よきかな」という発心のおまじないとともに、〈本来の自分〉から発起できていること、いままさにAuthenticであることを改めて確認する。

 

【2】〈リソース〉何を活かして?

ソーシャルデザインを可能にするのは、既にあるリソース(資源)です。ここでは、その場のポテンシャルを最大化するための問いが続きます。

黄の問い⑤ 金剛宝薩埵の問い「何がある?」

宝生如来が発した「すでに受け取っている」という布施のおまじないによって心を落ち着かせ、秘められた〈リソース〉を引き出す力を身につける、いつもAppreciativeであるために、まずは現状を把握し、

黄の問い⑥ 金剛光菩薩の問い「何を見つける?」

その場のポテンシャルを引き出すために、与えられた条件の秘められた可能性に光を当てるような問いと向き合い、

黄の問い⑦ 金剛幢菩薩の問い「何を叶える?」

「できない理由」など可能性の発揮を阻むもの、さまざまな畏れを取り除くために、できる範囲でそれぞれのニーズを満たし、

黄の問い⑧ 金剛笑菩薩の問い「何を祝う?」

もともと秘めていた可能性が十分に発揮されていることを祝福し、宝生如来が発した「できるだけサンタで」という布施のおまじないとともに、秘められた〈リソース〉を引き出すことができていること、いままさにAppreciativeであることを確認する。

 

【3】〈ほしい未来〉何に向かって?

慈悲の心から生じた〈ほしい未来〉こそ、ソーシャルデザインの担い手を導くコンパスとなります。ここでは、煩悩を慈悲に転じるための問いが続きます。

赤の問い⑨ 金剛法薩埵の問い「何が気になる?」

阿弥陀如来が発した「モヤモヤこそがヒント」という慈悲のおまじないによって心を落ち着かせ、煩悩を〈ほしい未来〉に転じる力を身につける、いつもCompassionateであるために、まずは現状を把握し、

赤の問い⑩ 金剛利菩薩の問い「何を断ち切る?」

モヤモヤに振り回されないように煩悩の背景を掘り下げ、それが自分ひとりの悩みではないこと、社会の矛盾と深く結びついていることを自覚し、

赤の問い⑪ 金剛因菩薩の問い「何を目指す?」

〈ほしい未来〉を見つけるために、モヤモヤを転じたことで見えてきた大きな問いの中から、自分ごととして取り組んでみたいことを選び、

赤の問い⑫ 金剛語菩薩の問い「何を説く?」

〈ほしい未来〉を言葉にして周りの仲間と共有し、阿弥陀如来が発した「大きな問いは、大きな願い」という慈悲のおまじないとともに、煩悩を〈ほしい未来〉に転じることができていること、いままさにCompassionateであることを確認する。

 

【4】〈デザイン〉どんな方法で?

〈デザイン〉において大切なのは、他者にとって押し付けにならないことです。ここでは、本当に必要なことを見極めて、それを実践していくための問いが続きます。

緑の問い⑬ 金剛業薩埵の問い「何ができる?」

不空成就如来が発した「ほしい未来は、つくろう」という精進のおまじないによって心を落ち着かせ、融通無礙に自ら〈デザイン〉する力を身につける、いつもEvolutionaryであるために、まずは現状を把握し、

緑の問い⑭ 金剛護菩薩の問い「何に勉める?」

〈ほしい未来〉を実現していくために、いま足りていないこと、伸ばしていきたいことを整理し、さらに知識やスキルを高めて、

緑の問い⑮ 金剛牙菩薩の問い「何と向き合う?」

さまざまな壁とぶつかったときでも自分を見失わないように、さまざまな葛藤や焦りを受け入れ、じっくりと向き合い、

緑の問い⑯ 金剛拳菩薩の問い「何を振り返る?」

これまでにできたこと/できなかったことを仲間と振り返り、不空成就如来が発した「つとめよ、つとめよ」という精進のおまじないとともに、融通無礙に自ら〈デザイン〉できていること、いままさにEvolutionaryであることを確認する。

 

四仏を囲む十六大菩薩の問いはここまでです。ちなみに金剛薩埵から金剛拳菩薩までの16ステップは、16日をかけて新月が満月へと満ちていく道のりにも喩えられています。

そして、以下は真言密教の本尊である大日如来からの、もっとも深淵な、究極の問いです。

 

【5】〈源泉〉どこから?

ソーシャルデザインの起点は、いったいどこなのでしょうか? 私たちは何を果たすために、ソーシャルデザインをしているのでしょうか?

そのヒントとなるのが、大日如来が発する「わたしは、ここにいる」「ぜんぶ、もうひとりのわたし」という法界のおまじないです。それをありありと感じられる時間と空間を見つけて、大いなる〈源泉〉を生きていること、いままさにCosmicであることを確認してみてください。

 

 

⑤オリジナルワーク

 

 

 

⑨→⑧、①→④、⑦→⑥と変則的に歩んできた、「ソーシャルデザイン九会曼荼羅」の旅路も、いよいよラストとなりました。最後となるこのパートでは、一つ前の「⑥問い」をもとに独自にデザインした5種類の「⑤オリジナルワーク」を、誰でも使えるオープンソースというかたちで共有してみたいと思います。

 実際『beの肩書き』が一冊の書籍となったように、それぞれを詳しく紹介するだけでもかなりの文量になってしまいます。そこで、ここでは簡単な紹介にとどめます。

 

【1】〈本来の自分〉beの肩書き

「◯◯をしている人」(do)ではなく、「◯◯な人」(be)という肩書きを仲間と一緒に見つけていくワークショップ。自分の半生を思い出し、他者に自分のあり方をパラフレーズしてもらいながら、ソーシャルデザインをするための足場を固めてゆきます。

 

【2】〈リソース〉コミュニティすごろく

「アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)」を応用して、コニュニティを題材にすごろくをつくって遊ぶワークショップ。まだ共有されていない仲間のニーズに耳を傾け、役立ちそうな知識やスキルを引き出し、仲間への感謝を高めてゆきます。

 

【3】〈ほしい未来〉MOYAMOYA研究

煩悩をきっかけに〈ほしい未来〉を描いていくワークショップ。個人的に気になっていること、モヤモヤしていることを書き出し、その原体験となるストーリーを語り合いながら、MOYAMOYAをWAKUWAKUに育ててゆきます。

 

【4】〈デザイン〉スタディホール

準備中の段階から試行錯誤を仲間と共有することで、小さな一歩を祝福しあえる関係をつくる連続型のワークショップ。定期的に集まって、いま積極的に学んでいることや思いつきを共有し、フィードバックを重ねてゆきます。

 

【5】〈源泉〉0th Place

家庭(1st)でも職場や学校(2nd)でもコミュニティ(3rd)でもない、静かにリトリートできる場所、大きな“何か”とつながることができる場所を、僕は「0th Place」と呼んでいます。そして、それぞれに合った0th Placeと出会うために、いったん心と体を解し、さらに深い対話を重ねていく合宿型ワークショップができたら…と思っています。

 

 

最後に、書籍化に向けて

 

 

 

 

以上で、「ソーシャルデザイン九会曼荼羅」は終わりです。おさらいとして振り返ると、次のようになります。

 

①金剛界五仏

②五智

③おまじない

④空海のエピソードと主な著作

⑤オリジナルワーク

⑥問い

⑦キーワード

⑧ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉

⑨ソーシャルデザインの事例

 

と、原稿が手につかなかった空白の半年が、こういうかたちで結実したことに手応えを感じつつも、これらの内容を一冊の本に仕上げていくために、まだまだ整理が必要そう、というのがいまの正直な気持ちです。

あとは引き続き、気づきを与え、気づきを得ることに喜びを感じる「勉強家」として、誰もが自分のうちに秘めた可能性を発揮できる未来に向かって、「空海」と「ソーシャルデザイン」という15年以上も向き合ってきた人生の二大テーマを活かして、書くこととワークショップをすることを行き来しながら、あるにまかせて導かれるままに、ただやるべきことをじっくり続けてゆきたいと思います。

 

 

 

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

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著者略歴

  1. 兼松佳宏

    勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師/「スタディホール」研究者
    1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインのためのヒントを発信するウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、10年から15年まで編集長。 2016年、フリーランスの勉強家として独立し、著述家、京都精華大学人文学部特任講師、ひとりで/みんなで勉強する【co-study】のための空間づくりの手法「スタディホール」研究者として、教育分野を中心に活動中。 著書に『ソーシャルデザイン』、『日本をソーシャルデザインする』、連載に「空海とソーシャルデザイン」「学び方のレシピ」など。秋田県出身、京都府在住。http://studyhall.jp

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