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空海とソーシャルデザイン 兼松佳宏

「空海とソーシャルデザイン」のまとめ(前編)

こんにちは。連載『空海とソーシャルデザイン』筆者の兼松佳宏です。

 

2017年12月の連載開始以降、「ソーシャルデザインのそもそも」「ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉」という切り口で、約一年にわたり連載を続けてきました。

もともと「ソーシャルデザインと空海には意外な共通点がある」という発見からスタートし、そこから発展して、「真言密教における菩薩道の主な要素とソーシャルデザインを成功に導くために必要な力の類似性を明らかにすること」が本稿の主題となっています。そして、菩薩道から導かれたアジア的なソーシャルデザインのフレームワークを、日本と世界のソーシャルデザイン教育や事例研究に応用してゆきたいと考えています。

とはいえここで正直にお伝えしておくと、総論はともかく各論についてはつねに手探り状態で、書きながら考えをまとめていく一年でもあったように思います。

そのような背景もあり、なかなか原稿が進まない時期もあったのですが、2018年の夏から秋にかけて京都と東京で連続講座を開催するなど引き続き思索を続け、ひとつの到達点となったのが、次の「ソーシャルデザイン九会曼荼羅」でした。

 

 

 

“九会(くえ)”とは9つの場面という意味で、各要素の構成は同じながらも、そのバリエーションが9種類あることを示唆しています。上の図でいうと、次の9つのパートで構成されています。

 

①金剛界五仏

②五智

③おまじない

④空海のエピソードと主な著作

⑤オリジナルワーク

⑥問い

⑦キーワード

⑧ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉

⑨ソーシャルデザインの事例

 

曼荼羅の数字をみていただくと、①から⑨に向かって「の」の字になっています。これは、実際の九会曼荼羅では、①→⑨という順番で仏さまが私たちに近づいてくるということになっているからです。逆にいえば、⑨→①という順番でちょっとずつ本質に迫っていくことになります。

ということで、連載の最終回となる今回は、これまでの連載とは一線を画し、完成したばかりの「ソーシャルデザイン九会曼荼羅」を概観しながら、書籍化に向けたこれからの展望をまとめてみたいと思います。

 

 

Part.1 ソーシャルデザインのフレームワーク

 

そもそも僕が提案するソーシャルデザインのフレームワークとは、次のようなものです。

 

 

どのソーシャルデザインの事例(いってみれば「何を?」=What?)も、本来の自分=どんな人が(Who?)、ほしい未来=何に向かって(Why?)、リソース=どれを活かして(Which?)、デザイン=どんな方法で(How?)という4つの切り口で読み解くことができる。それがソーシャルデザインの公式です。

 

本来の自分 × ほしい未来 × リソース × デザイン = ソーシャルデザイン!

 

先に本来の自分 × ほしい未来という縦軸を、次にリソース × デザインという横軸は状況に合わせてという順番はありますが、いずれにせよ東西南北の4つの要素がひとつずつ埋まっていったとき、その人にしかできないユニークな、「これをやりたい」というよりもむしろ「やるべきことはこれしかない」というようなシンプルなアイデアが、その中心に自ずと立ち上がってくるのです。

 

ちなみに、2012年に出版した拙著『ソーシャルデザイン』(朝日出版社)では、ソーシャルデザインの公式を「好きなこと×ほしい未来×FUN(楽しさ)」としていましたが、〈ほしい未来〉はそのままに、〈好きなこと〉は少し深まって〈本来の自分〉へ、〈FUN〉はより解像度が高まって〈リソース〉と〈デザイン〉の2つに分かれることになりました。

その一例として、僕が編集長を務めていたウェブマガジン「greenz.jp」をあてはめてみると、こんな感じです。

 

 

 つまり、ウェブマガジン「greenz.jp」とは、

 

気づきを与え、気づきを得る「勉強家」(本来の自分)である兼松佳宏が、ほしい未来を自分たちでつくる人がたくさん増える未来(ほしい未来)に向かって、語り手、書き手、読み手のコミュニティ(リソース)をいかして、情報の発信と対話の場づくり(デザイン)をしているプロジェクト

 

と整理することができます。

 

ちなみに僕にとっては、ウェブマガジンを始めたかったから創刊したというわけではありません。それよりも、僕にとっての〈ほしい未来〉を実現する手段として、本来の自分が心から喜ぶことであり、かつ誰かに協力を仰げばすぐに実現できそうなことであり、自分ができそうなこと、得意そうなことを絞っていった結果が、たまたまウェブマガジンだったのです。

 

 

⑨ソーシャルデザインの事例

 

ここからいよいよ、ソーシャルデザイン九会曼荼羅への入り口である⑨、そして次の⑧へと少しずつ上っていきたいと思います。ここでは、さらにふたつほどgreenz.jpに掲載されている事例をご紹介したいと思います。

ひとつめは、2018年度にグッドデザイン大賞を受賞した「おてらおやつクラブ」です。最初にご登場いただいたのは、活動を始めた翌年の2015年でした。

 

 

つまり、「おてらおやつクラブ」とは、

 

新しいお寺の未来をつくりたいと願う「お坊さん」である松島靖朗さんを中心に、ご縁による生きやすさを実感できる未来に向かって、持てあましてしまったおそなえものをいかして、ひとり親家庭を支援する団体とお寺のマッチングをしているプロジェクト

 

といえます。

 

次の事例は、僕がソーシャルデザインについて講演させていただくとき必ず紹介している一般社団法人ファミリズムの「100台ベビーカーダンス」です。最初にご登場いただいたのは2013年だったので、現在は少し変わっているかもしれません。

 

 

つまり、「100台ベビーカーダンス」とは、

 

お母さんと子どもで一緒に楽しみたい「ダンサー&振付師」である吉沙也加さんを中心に、育児をすることが拍手喝さいを受ける未来に向かって、普通のダンス教室なら切り離されてしまう赤ちゃん&ベビーカーをいかして、100組で集まってダンスを披露しちゃおう!というプロジェクト

 

といえるのです。

 

いかがでしょう。それぞれの活動が何を目指しているのか、そのユニークな特徴とは何か、ちょっと伝わりやすくなったのではないでしょうか。

 

 

⑧ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉

 

 

先程のソーシャルデザインの公式をもとにまとめてみたのが、ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉です。初登場となる5つめの「大いなる〈源泉〉を生きる力」はやや唐突な印象がありますが、ほかの4つが東西南北の四方から囲むものだとすれば、5つめの力はもう一段深いところから「やるべきこと」を立ち上がらせる力、そして日々の実践を支えてくれる力とイメージしてもらえると嬉しいです。

 

【1】〈本来の自分〉として発起する力

心を落ち着かせて〈本来の自分〉とつながり、内に秘めた「自分らしさ」を外に向けて発揮していく力

 

【2】秘められた〈リソース〉を引き出す力

「何もない」と思われる状況にあっても「必要な〈リソース〉は既にある」という視点を持ち、ポテンシャルを最大限に活かすことができる力

 

【3】煩悩を〈ほしい未来〉に転じる力

欲望や嫉妬といったモヤモヤ(煩悩)を受け入れ、それらをさらに深めて〈ほしい未来〉というビジョンを描く力

 

【4】融通無礙に自ら〈デザイン〉する力

本当に必要とされていることと自分ができることを見極め、無理のない解決方法を〈デザイン〉し、それを忍耐強く実行する力

 

【5】大いなる〈源泉〉を生きる力

無限の可能性を秘めた〈源泉〉とつながる力

 

そして、いよいよここから、ソーシャルデザインと空海が近づいていくことになります。というのは、ソーシャルデザインに必要なそれぞれの要素を整理していったとき、それらが真言密教で説かれる菩薩道とぴったり重なるのです!

 

 

本来の自分(≒発心) × ほしい未来 (≒慈悲) × リソース (≒ 布施) × デザイン (≒ 精進) = 

ソーシャルデザイン(≒ 菩薩道)!

 

「デザインとは精進のようなものである」とは、やや言い過ぎ感もあるかもしれませんが、かつてデザイナーを経験した者としては、案外しっくりきています。

いずれにせよ、これらの真言密教における菩薩道の主な要素は、もちろん勝手に並べたというわけではなく、空海の教え・真言密教に通底する、ある普遍的なフレームワークに基づいています。ここまではソーシャルデザイン九会曼荼羅の入り口である⑨から⑧へと歩みを進めてきましたが、つづいては一気に①まで飛んで、元ネタとしての五智五仏をみてゆきましょう。

 

 

Part.2 元ネタとしての五智五仏

①金剛界五仏

 

 

改めてこの連載のコンセプトをひとことでいえば、ソーシャルデザインに必要なスキルやマインドセットと、空海の教えである真言密教の思想と実践には意外な共通点があるということです。とはいえ真言密教といっても幅が広すぎるので、僕がフレームワークとして注目したのが金剛界(こんごうかい)曼荼羅でした。

金剛界曼荼羅の主人公が、大日如来(だいにちにょらい)、阿閦(あしゅく)如来、宝生(ほうしょう)如来、阿弥陀(あみだ)如来、不空成就(ふくうじょうじゅ)如来の金剛界五仏です。特に京都の東寺(とうじ)にある立体曼荼羅が有名ですね。

ちなみに真言密教の中心は大日如来であり、五仏といっても大日如来+四仏に分かれます。これからの説明では【1】阿閦如来、【2】宝生如来、【3】阿弥陀如来、【4】不空成就如来、【5】大日如来という順番で説明していきますが、大日如来は本来【1】〜【4】を成り立たせる根本、いってみれば【0】であり、別格のものとしてお考えください。

 

【1】阿閦如来

「動じない仏」という意味で、仏教の教祖である釈尊が、強固な意志で悪魔を降伏させて悟りを開いたときの姿を象徴しています

 

【2】宝生如来

「宝より生まれた仏」あるいは「宝を生み出す仏」という意味で、あらゆる宝を衆生に与え、願いを叶える与願印(よがんいん)というポーズをしています

 

【3】阿弥陀如来

慈悲を象徴する仏教界のスーパースターですが、ここでは定印(じょういん)という静かな瞑想のポーズをしています

 

【4】不空成就如来

「確実に成就する仏」という意味で、「もう大丈夫」というメッセージを伝える施無畏印(せむいいん)というポーズをしています

 

【5】大日如来

左手を上向きの指差しの形にし、それを右手で包み込む智拳印(ちけんいん)というポーズをしています。右手は仏、左手は衆生(しゅじょう/あらゆるいきとしいけるもの)を表現し、仏と衆生は一体であることを象徴しています

 

金剛界五仏が揃って登場するのが、金剛界曼荼羅です。多くの仏教の各宗派は根本経典を持っていますが、真言密教では『大日経』『金剛頂経』というふたつの経典がそれにあたります。どちらの経典にもたくさんの如来や菩薩が登場するのですが、胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅という2種類の曼荼羅によって、それぞれの集会の様子が表現されています。

 

 

 

真ん中に8枚の蓮の花びらが咲いているのが胎蔵(たいぞう)曼荼羅です。中心の大日如来を宝幢(ほうどう)如来、開敷華王(かいふけおう)如来、無量寿(むりょうじゅ)如来、天鼓雷音(てんくらいおん)如来という(ややこしいですが金剛界四仏とはまた別の)胎蔵四仏と、普賢(ふげん)菩薩、文殊(もんじゅ)菩薩、観音(かんのん)菩薩、弥勒(みろく)菩薩というスーパースター級の四菩薩が囲み、そのまわりにはさらに11の院(チーム)に分かれて、約400の菩薩や明王といった仏さまたちが並んでいます。

胎蔵曼荼羅はひとつの仏教的な真理を象徴するワンシーンを切り出したものであり、“オーケストラ型”とも呼ばれています。

 

 

一方、今回の主役である金剛界曼荼羅は、この図ではわかりにくいのですが、ひとりひとり清らかな満月を象徴する白い円に座っているのが特徴です。空海が日本に請来したものが九会曼荼羅と呼ばれるもので、メインキャストとなる37尊の構成はそのままに9つの場面が登場します。胎蔵曼荼羅が“オーケストラ型”とすれば、金剛界曼荼羅は“ドラマ型”と呼ばれ、その分、仏さまはかなり小さく描かれています。

胎蔵曼荼羅では、中心の仏さま(=大日如来)ひとりに対して周りの仏さまは8人でしたが、それはあくまで「中台八葉院」と呼ばれる中心部分だけでした。かたや金剛界曼荼羅では、中心の仏さまひとりに対して周りの仏さまは4人というユニットが基本形となり、入れ子構造として全体的に繰り返されていきます。この配置によって、中心の仏さまのメッセージがやや抽象的になってしまったときに、周りの仏さまが4つの切り口で具体的に解説する、という役割分担を明確にしているのです。

例えば大日如来の東側に座る阿閦如来は、とらえどころがない大日如来のひとつの側面である「強固な菩提心」(悟りに向かおうとする強い気持ち)を象徴しています。そして阿閦如来の前に座る金剛薩埵が「菩提心とはどういうものか」を、右に座る金剛王菩薩が「菩提心を起こすにはどうしたらいいか」を、左に座る金剛愛菩薩が「菩提心を起こしたら何をすればいいか」を、後ろに座る金剛喜菩薩が「菩提心を持ち続けるためにはどうすればいいか」をより詳しく説明してくれています*1。

この中心+東西南北という五智五仏の構造こそ本稿を貫く根本的なフレームワークですが、阿閦如来=青、宝生如来=黄、阿弥陀如来=赤、不空成就如来=緑、大日如来=白という各色も、それぞれの特徴を象徴しています。ここでは詳細は割愛しますが、見えないけれど確かに降り注いでいる大日如来の白い光が、プリズムによって四色のスペクトルに分かれ、私たちにも見えるようになった。そんなふうにイメージしてみてください*2。

 

②五智

 

 

そして、五仏それぞれが備えている智慧が、この連載のもっとも重要なキーワードである「五智」と呼ばれるものです。空海も『性霊集(しょうりょうしゅう)』や『即身成仏義』など、その主要な著作で頻繁に触れていますが、五智を身につけることこそが、真言密教の目標といえるほどです。

五智についてはさまざまな説明がなされてきましたが、ここでは僕の言葉で次のように整理してみました。

 

【1】大円鏡智(だいえんきょうち)

悟りに向かおうとする強い気持ちによって心を落ち着かせ、目の前のさまざまな現象をありのままに認識できる、という阿閦如来の智慧

関連するキーワード:発心(発起)、菩提心、降伏、力、金剛部

 

【2】平等性智(びょうどうしょうち)

誰もが共通して秘めているそれぞれの価値に光を当てて、その場の可能性を最大限に引き出すことができる、という宝生如来の智慧

関連するキーワード:布施、福徳、灌頂、財宝、宝部

 

【3】妙観察智(みょうかんざっち)

あらゆる煩悩がそもそも清浄であることを見極めて、衆生を救う大きな慈悲へと煩悩を転じることができる、という阿弥陀如来の智慧

関連するキーワード:慈悲、智慧、大欲、救済、蓮華部

 

【4】成所作智(じょうしょさち)

自らの五感を最大限にいかして、自利利他の菩薩道の実践を確実に成就させることができる、という不空成就如来の智慧

関連するキーワード:精進、成就、方便、実践、羯磨部

 

【5】法界体性智(ほうかいたいしょうち)

絶対の真理が全世界・全宇宙に遍満している、という大日如来の智慧

関連するキーワード:法界、実相、成仏、真理、仏部

 

そしてこれらの五智をヒントに整理したものが、先程の「⑧ソーシャルデザインを成功に導く〈5つの力〉」だったのです。おさらいとして、再掲してみます。

 

【1】〈本来の自分〉として発起する力

心を落ち着かせて〈本来の自分〉とつながり、内に秘めた「自分らしさ」を外に向けて発揮していく力

 

【2】秘められた〈リソース〉を引き出す力

「何もない」と思われる状況にあっても「必要な〈リソース〉は既にある」という視点を持ち、ポテンシャルを最大限に活かすことができる力

 

【3】煩悩を〈ほしい未来〉に転じる力

欲望や嫉妬といったモヤモヤ(煩悩)を受け入れ、それらをさらに深めて〈ほしい未来〉というビジョンを描く力

 

【4】融通無礙に自ら〈デザイン〉する力

本当に必要とされていることと自分ができることを見極め、無理のない解決方法を〈デザイン〉し、それを忍耐強く実行する力

 

【5】大いなる〈源泉〉を生きる力

無限の可能性を秘めた〈源泉〉とつながる力

 

 

③おまじない

 

 

 

まだまだ五智=〈5つの力〉のイメージがわかない、という方もたくさんいるはずです。そこでこのパートでは、普段の暮らしの中でそれらを思い出すことができるような「おまじない」を、みなさんにプレゼントしたいと思います。

阿閦如来が「よきかな、よきかな。十分がんばってるよ」と認めてくれている。阿弥陀如来が「違和感を持ったり、誰かに嫉妬したりするのは普通のこと。そんなモヤモヤこそ、『次に進め』というメッセージなのだよ」と気づかせてくれる。そんなふうに、五仏があなたに優しく語りかけている言葉だと思ってもらえると嬉しいです。

いちおう、おまじないは「予習」と「復習」という2種類をご用意してみました。予習は、仏さま目線で仏教的な真理を語ったもので、敢えていえば上から下へ向かうおまじないです。最初はそう思えないかもしれませんが、「仮にそうであるときに、世界の見方や自分の振る舞いがどう変わるのか」を味わってみてください。そして私たち目線である復習は、下から上へと向かうおまじないです、日々の暮らしの中で、できる範囲で試してみてください。

また、ここでは大円鏡智→発心、平等性智→布施、妙観察智→慈悲、成所作智→精進、法界体性智→法界など、五智と関連するキーワードのうち、みなさんが一度は聞いたことがあるだろう仏教用語で置き換えています。(とはいえ「法界」は、あまりなじみがないかもしれません、あしからず...)そしてこれらが、最初にご紹介した菩薩道の公式(発心 × 慈悲 × 布施 × 精進 = 菩薩道!)の各要素となっているので、短めの説明も加えておきます。

 

【1】〈本来の自分〉発心のおまじない

「発心」とは、悟りに向かおうとする心を起こすことです。「発起」ともいい、「ソーシャルデザインをしよう!」という最初の志にあたります。

【予習】わたしの仕事は、(自分の名前)

僕の場合、「わたしの仕事は、兼松佳宏」となります。〈本来の自分〉としての仕事とは、結局のところ、あなたの名前を生きることなのかもしれません。その言葉を発してみたとき、どう感じますか?

【復習】よきかな、よきかな

「善哉」というと小豆の「ぜんざい」を思い浮かべますが、そのルーツは仏さまが仏弟子を称える言葉だったのでした。完璧ではなくとも、たまには自分のことを褒めてあげるとしたら、どんな声をかけてあげたいですか?

 

【2】〈リソース〉布施のおまじない

「布施」とは、見返りを求めずに施すことです。物質的なものに限らず、畏れを取り除いたり(無畏施(むいせ))、可能性を引き出したり(灌頂施(かんじょうせ))することまで含まれます。

【予習】すでに受け取っている

何もないのではなく、必要なものはすでに揃っている。さまざまな恵みや優しさを受け取って生かされている。そう思ったとき、あなたの手元には何があると感じますか?

【復習】できるだけサンタで

布施のひとつの象徴が、みなさんご存知のサンタクロースなのかもしれません。できるだけでかまいません。あなたがいまいる場所で、誰にどんな贈り物ができそうですか?

 

【3】〈ほしい未来〉慈悲のおまじない

「慈悲」とは、他者に寄り添って何か力になろう、その苦を取り除こうと願う思いやりの気持ちです。そして慈悲の心を起こす種は、普段の暮らしの中の気付きにあります。

【予習】モヤモヤこそがヒント

惹かれるものが人それぞれであるように、モヤモヤするものも千差万別です。あなたならではの気付きこそが〈ほしい未来〉へのメッセージなのだとすれば、それはどんなものでしょうか?

【復習】ひとまわり大きな願い

個人的だと思っていたモヤモヤも、実は多くの人たちと共有できるものなのかもしれません。自分から家族へ、あるいは地域から日本へ。自分の問いをもうひとまわり大きくしてみたとき、どんな世界が視界に入ってくるでしょうか?

 

【4】〈デザイン〉精進のおまじない

「精進」とは、勇気をもって努力する心の働きと具体的な実践です。それは、たくさんの壁にぶつかったとしても、そのひとつひとつを学びに変えていくことでもあります。

【予習】ほしい未来は、つくろう

〈ほしい未来〉が見つかったとき、最初に動き出すことができるのは、他ならぬあなたしかいません。誰かに頼まれなくとも、「自分ごと」として引き受けたいテーマは何でしょうか?

【復習】つとめよ、つとめよ

空海の師・恵果(けいか)のそのまた師にあたる不空(ふくう)が恵果に残した言葉が「君には器がある、つとめなさい」であり、恵果が日本に戻ろうとする空海に残した言葉も「一生懸命つとめなさい」でした。その意味での“努力”とは、きっと「やらされている」というよりも「ただやるべきことをする」という純粋なものなのかもしれません。大きな願いに支えられているとき、あなたが振り返るべきことは何でしょうか?

 

【5】〈源泉〉法界のおまじない

「法界」とは、真理の世界そのものであり、例えていえば全宇宙の流れのようなものです。『大日経』に、「我が功徳力(自らの努力)、如来加持力(仏の救済しようとする力)、そして法界力(すべてを可能にする真理の力)によって、あまねく供養する」とありますが、法界とはあらゆる物事を可能にする無限の〈源泉〉なのです。

【予習】わたしは、ここにいる

仏教における悟りの境地とは、「いま、ここ」に生きることとも言われます。とはいえ「わたしは、ここにいる」とは当たり前のようで、実はもっとも忘れがちなことなのかもしれません。この言葉を口にしたとき、あなたは何を感じますか?

【復習】ぜんぶ、もうひとりのわたし

一方、真言密教における悟りの境地とは、物事を分断的にみることを卒業し、つながりの世界に生かされていると自覚することです。そのとき「わたし」という主語は、自然と「わたしたち」になるのかもしれません。究極的で難しいですが、それはどんな境地だと思いますか?

 

ちなみに、僕にとっての「【5】大いなる〈源泉〉を生きる力」の実践は、年に数度の高野山への旅と、毎朝の15分ほどの瞑想です。そして瞑想の最後に、次のようなオリジナルのマントラを唱えるようにしています。ちょっと恥ずかしいですが、カミングアウトしてみます。

 

〈朝のマントラ〉

わたしは、ここにいる。

わたしは、法界そのもの。

 

すべての存在が、もうひとりのわたしとして、

それぞれにできることで役割分担をしている。

わたしたちには、すべてのことをするための時間が十分にある。

わたしたちは、大いなる源を生きている。

 

そのとき、わたしの仕事は、兼松佳宏。

わたしは、〈本来のわたし〉として発起している。

(心の中で)よきかな、よきかな

 

そのとき、わたしはすでにたくさんの優しさを、恵みをいただいている。

わたしは、秘められた価値に光を当てることができる。

(心の中で)できるだけサンタで

 

そのとき、日々のイライラや嫉妬、違和感こそが、進むべき道を照らしてくれる。

わたしは、小さな煩悩を大きく育てることができる。

(心の中で)ひとまわり大きな願い

 

そのとき、ほしい未来は、私たちを通してつくられる。

わたしは、導かれるままに自ら動いている。

(心の中で)つとめよ、つとめよ

 

そのとき、わたしの仕事は、勉強家。

わたしの仕事は、喜劇俳優。

わたしの仕事は、ことば活動家。

わたしの仕事は、ワークショップができる哲学者。

(心の中で)わたしの仕事は、沙門・空海。

 

すべての導きに感謝します。

 

こうやって毎朝のように自分に言い聞かせないと、日々の生活の中で置き忘れてしまう小さな僕ですが、それでもなお、大切なことを思い出すことができる朝は至福のときであり、同時にちょっと不思議のときでもあります。というのも、確かに自分の中から湧き上がった声でもありながら、どこからか聞こえてくる感じもあったりするのです。

下から上へ、上から下へ。そのふたつの流れが一致することを密教では加持(かじ)といいますが、何か大きなものが自分を味方してくれていることがありありと感じられるとき、私たちが秘めている本来の力を存分に発揮できるようになるのかもしれません。

と、「この人ちょっとスピってる」と思われてしまったかもしれませんが、現在のソーシャルデザインに対する僕の問題意識はまさにこのあたりにあります。というのは、少しずつソーシャルデザインという考え方が浸透していくなかで、一時しのぎ的な、うわべだけのものになってしまうのはもったいないと考えているからです。

そしてこの問題意識は、例えば、世界中の社会変革の現場に応用されている、本当に必要な変化を生み出す方法論『U理論』や、「つながりを取り戻すこと」にフォーカスする仏教的な社会変革の手法『アクティブ・ホープ』、あるいは最先端の組織論として注目されている『ティール組織』などとも重なっています。 

そうした流れに乗って、僕が弘法大師・空海の力をお借りして果たそうとしているのは、〈源泉〉というもっと深いところからのソーシャルデザインの実践を支えること、いってみれば菩薩道としてのソーシャルデザインというあり方を提案していくことです。本来、発心すれば誰もが菩薩なのですから。

Think Globally, Act Locallyの前に、Be Cosmicallyがある。空海の教えがアクチュアルなのは、こうした大きなパラダイムシフトと共鳴しているからなのです。

 

 

Part.3 弘法大師・空海の実践を五智で読み解く

 

④空海のエピソードと主な著作

 

 

ここまでフレームワークとしての五智五仏をご紹介してきましたが、ここで少し視点を変えて、五智を体現した歴史上の人物に注目してみたいと思います。そう、ここでいよいよ密教の法灯を受け継ぐ空海の登場です。

このパートでは、その波乱万丈の生涯を五智のフレームワークで整理してみましたが、あれこれ調べてみた限り、そのような先行資料は見当たりませんでした。そういう意味では拙い試論にすぎませんが、ご一読いただけますと幸いです。

 

【1】空海にとっての〈本来の自分〉

31歳の空海が唐に渡って密教を修行するまでの青年期は、家族の反対を振り切って大学をドロップアウトしたり、光明が見えそうな経典とようやく出会ったにも関わらず意味が理解できなくて涙したり、さまざまな挫折の連続でした。それでもなお空海を突き動かしたのは「性薫(しょうくん)」、空海にもともと備わっていた種子でした。

【空海の言葉】性薫還源

「性薫我を勧めて、還源(げんげん)を思いとす。」『性霊集』

発心して本源の教えを求めようと思いました*3。

【主なエピソード】入唐求法

空海がやっと〈本来の自分〉を生きることを実感できたのは、唐に渡り、寝る間を惜しんで修行に明け暮れた日々だったように思います。とはいえ、その晴れの舞台に至るためには、これまでの十分すぎるほどの葛藤が必要だったのかもしれません。

【主な著書】『三教指帰(さんごうしいき)』

空海が24歳のときに著した『三教指帰』は、大学で儒教を学んで官僚になる道を捨てる、ひとつの出家宣言書とも言われています。そこには「ただ憤懣の逸気を写せり」(どうにもならない感情を表しただけである)という空海のリアルが詰まっていました。

 

【2】空海にとっての〈リソース〉

元高野山真言宗管長の松長有慶猊下は、「密教では、この世に存在しているあらゆるものは、そのものしかもっていないかけがえのない価値を、それぞれ別々にもっているという考え方が、その世界観の基本にあります」と仰っています。空海がもっとも大切にしたのも、本質を見極める眼力を磨くことでした。

【空海の言葉】医王皆薬

「医王の目には、途に触れて皆薬なり」『般若心経秘鍵』

医道にすぐれて詳しい医師が見れば、一般の人ではわからない道端の一草でも、それがなにに効く薬草であるかを見通せるのであります*4。

【主なエピソード】満濃池の改修

空海の代表的な社会的事業として知られているのが、香川県に今も現存する満濃池の改修です。なかなかの難工事を空海が引き継いで、あっというまに完成したと史実には残っていますが、その秘訣はその場にあった技術を採用したこと、そして何より人々のポテンシャルを引き出したことでした。

【主な著書】『性霊集』

空海の漢詩や手紙を弟子たちが編纂したものが『遍照発揮性霊集』です。30代の入唐時代の手紙から、最晩年にあたる60代の願文まで残されていますが、人間味あふれるひとつひとつのやりとりに忍ばれるのは、相手の立場に立って心の距離を縮め、願いを実現する確率を高めようとする、密教的価値観に裏打ちされた実践だったように思います。

 

【3】空海にとっての〈ほしい未来〉

空海が生涯にわたって何をしたかったのか、をひとことでいえば、世の中の真理を見極めること、そしてその流れで導かれるように出会った真言密教という法を広め、人々を救うことだったように思います。何より入定後に贈られた「弘法大師」という諡にある“弘法”とは、空海自身の言葉であり願いだったのです。

【空海の言葉】弘法利人

「今、弘法利人の至願に任(た)えず、敢えて有縁の衆力を憑(よ)り煩わす」『性霊集』

正法を弘め、人々を救済したい思いで一ぱいです。あえて御縁の深い方々の多くのお力に頼らせて頂きたいと存じます*5。

【主なエピソード】真言宗の確立

帰国した空海は、真言宗の確立に尽力します。30代後半で組織を整え、40代で一連の著作を執筆し、並行して高野山を開創します。50代からは東寺を造営したり、いまなお続く重要な儀式を始めたりするなど、積極的に礎を築いていきました。それらはもちろん空海ひとりの功績ではなく、弘法利人というビジョンに共感した多くの人たちの支えによって実現したのでした。

【主な著作】『秘密曼荼羅十住心論』『秘蔵宝鑰』

空海の最晩年の著作であり、弘法利人というビジョンの集大成といえるのが『秘密曼荼羅十住心論』と『秘蔵宝鑰』です。当時の天皇の命のもと、仏教各宗派の特徴をまとめさせたもののひとつですが、その内容は「日本における最初の本格的な東洋思想論であり、仏教概論であり、かつまた比較思想学の嚆矢」とも言われています。

 

【4】空海にとっての〈デザイン〉

空海と他宗派の祖師との比較でよく言われるのが、宗教家としてだけでなく、名筆家、編集者、小説家、教育者、土木技師など、さまざまな領域で多彩な才能(綜芸)を発揮したことでした。とはいえ、それらの勉強と実践はすべて、沙門(修行僧)というひとつの肩書きの延長線上にあったのだと思います。

【空海の言葉】綜芸種智

「本願忽ちに感じて、名を樹てて綜芸種智院という」『性霊集』

私の願いは忽ちにかなえられました。そしてこの学校を綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)と名けました*6。

【主なエピソード】綜芸種智院の設立

満濃池の改修と並ぶ、空海の社会的活動の代表格が55歳のときの綜芸種智院の設立です。1200年も前に開かれた身分を問わない庶民のための学校であり、日本で最初であることはもちろん、世界史的にみても貴重な事例といえるそうです。その背景には、「人々を救うには学問や芸術が不可欠」という空海の信念がありました。

【主な著作】『文鏡秘府論』『篆隷万象名義』

空海の主な著作としては、『秘蔵宝鑰』『即身成仏義』などの宗教書、『三教指帰』などの小説、『性霊集』などの漢詩や手紙が知られていますが、『文鏡秘府論』という詩作の教科書や『篆隷万象名義』という漢字辞典など、編集者としての文化的な貢献も忘れてはいけません。そして詩や書を究めることもまた、空海にとっては世間の問題を解決する手段(デザイン)だったのでした。

 

【5】空海にとっての〈源泉〉

空海の教えである真言密教をひとことでいうと、「大日如来と私たちの身体、姿、動作はまったく同様である」ということにつきます。それを思想的に明らかにしたのが『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』のいわゆる三部書であり、その修禅の場こそが永遠なる入定の地・高野山だったのでした。

【空海の言葉】真言開庫

「真言は庫を開く」『秘蔵宝鑰』

真言密教こそ宝の庫を開き、中の秘宝が陳(ひろ)げられて、如来の徳をこの身に体得できるのです*7。

【主なエピソード】高野山の開創

「わが国には深い観法に適した修行の場が少なく、本来の仏法の修行ができていない」そんな思いで高野山を開創した40代の空海は、やがて高野山で入定することになります。東寺を中心に大都会で活躍した空海にとって、喧騒を離れ、深い観法に集中できる高野山との二地域居住は必要不可欠だったのでした。

【主な著作】『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』

空海の言葉としてよく知られているのが「即身成仏」ではないでしょうか。大日如来と私たちは一体であることを説いた『即身成仏義』、すべての音や文字は大日如来のメッセージであることを説いた『声字実相義』、「吽」というひとつの文字にもこの世のすべてが含まれていることを説いた『吽字義』。これらの三部作に全身で触れることで、即身成仏とはどういうことなのか、少しだけ実感することができるのかもしれません。

 

さて、ここまで「元ネタとしての五智五仏」「弘法大師・空海の実践を五智で読み解く」を通して、ソーシャルデザイン九会曼荼羅でいう①→④とちょっとずつ下りてきました。それは「空海とソーシャルデザイン」の空海側(いってみれば仏側)からの視点でしたが、次のパートではもう一度ソーシャルデザイン側から(いってみれば私たち側から)に戻って、⑦→⑤とちょっとずつ上っていきたいと思います。

 

 

 

 

*1 染川英輔『曼荼羅図典』(大法輪閣)、田中公明『両界曼荼羅の仏たち』(春秋社)、高野山霊宝館編『堂本印象画伯筆根本大塔柱絵十六大菩薩像修復報告書』(総本山金剛峯寺平成の大修理整備事業事務局)

*2 松長有慶『理趣経』(中央公論新社)

*3 加藤精一『空海「性霊集」抄 ビギナーズ日本の思想』(KADOKAWA)

*4 同上

*5 同上

*6 同上

*7 加藤精一『空海「秘蔵宝鑰」 こころの底を知る手引き ビギナーズ日本の思想』(KADOKAWA)

 

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著者略歴

  1. 兼松佳宏

    勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師/「スタディホール」研究者
    1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインのためのヒントを発信するウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、10年から15年まで編集長。 2016年、フリーランスの勉強家として独立し、著述家、京都精華大学人文学部特任講師、ひとりで/みんなで勉強する【co-study】のための空間づくりの手法「スタディホール」研究者として、教育分野を中心に活動中。 著書に『ソーシャルデザイン』、『日本をソーシャルデザインする』、連載に「空海とソーシャルデザイン」「学び方のレシピ」など。秋田県出身、京都府在住。http://studyhall.jp

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