web春秋 はるとあき

春秋社のwebマガジン

MENU

まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した二年間の話

空港のターミネーター

 2024年1月刊行予定、筋肉坊主のアフリカ仏教化計画 そして、まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間の話の一部を5回にわたって先行公開いたします。謎のマッチョ坊主に誘われ、軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した駐在員時代を振り返る回想録です。

なお、先行公開の内容は発売される書籍と一部異なる場合があります。

第4回は、いよいよ赴任先、ナイジェリアの最大都市ラゴスの空港へ到着するシーンをお届けします(第3回はこちら)。

 


 

 空の上からナイジェリア・ラゴス空港を見下ろすと、なぜか滑走路の脇に古びた機体がいくつか見える。羽が片方なかったり、変な向きをしているので駐機しているのではなさそうだ。ちょっとイヤな予感がしたが、サベナ航空は予定時刻通り、無事に着陸した。機内アナウンスが入り、「やれやれ着いた」と出口に向かったら、飛行機のハッチのところで乗客の流れが止まっている。何かと思えば、そこには巨大なアフリカ人女性が仁王立ちしていた。人々は目を合わせないように、でも横目でちらっと見ながら、巨大女性をよけて降機していく。

 僕も目を合わせないようにしながら、横をすり抜けようとした時、少しかすれた低めの声が耳に届いた。

 「お前がミスタ・イシカワか?」

 あまりに突然だったので、お題目を唱えるヒマがなかった。恐れながらも肯定すると「パスポート渡せ」と命令された。再び恐れつつ覚悟を決めてパスポートを渡すと一言、「ついてこい」。

 血流が悪くなりそうなほどぴっちりとした、派手な柄のワンピースを着ている巨体マダムは僕のパスポートを手に持ったまま、ハイヒールで空港内をのっしのっしと進んだ。制服も着ていないし、IDカードも付けていないから正規の職員なのかどうかもわからない。スカート部分がタイトになっているワンピースなので、あんなに大股で歩いて破けやしないか心配だ。もし破けたら、僕は教えてあげることができるのだろうか? 気がつかないふりをするかもしれない。派手マダムは口数が少ないし貫禄があり、話しかけにくいオーラを持っている。大きめの頭の上に特大のカツラを乗せている。カツラの中から、ヘビやマングースが出てきても、きっと僕は驚かなかっただろう。目の周りはマジックで書かれたように黒く、その周りには2㎝くらいの長さの付けまつげがついていた。鼻や口も大きく、厚さがそれぞれ1.5㎝くらいある上下の唇は、まるでその辺で野獣でも狩ってきて生のまま食べたかのように、真っ赤に塗られている。今にも口の端から血がしたたりそうだ。

 なす術もなく、この巨大生肉マダムに連行された先は入国審査場。入国審査の窓口は1箇所しか開いていない。そして、その前にはすでに200人くらいが1列に並んでいる。が、マダムは行列など意に介さず、一番先頭に向かう。1列に並んだ200人の横を、堂々と通り過ぎていく特大生肉女性の後ろを、僕は腰を低くしてちょこちょことついていく。先頭に着くと、特大生肉女性は係官から入国スタンプをひったくり、僕のパスポートに勝手に押印した。列に並んでいた何人かの欧米人が、あんぐりと口を開けてこちらを見つめている。後ろめたい気分と優越感が半分半分。荷物検査では係官に「開けなくて宜しい」と指示。係官は、僕のカバンに伸ばした手を慌てて引っ込めた。彼もきっと「噛みつかれるんじゃないか?」と恐れたのだ。係官は少しのけぞったまま固まっていた。

 荷物を受け取り「このまま別室行きか⁇」とおののいていたら(恐れていたのは僕だけではない。空港職員もその迫力に皆ビビっていた)そのまま空港建物の出口に向かった。そこで僕に入国スタンプの押されたパスポートを返してくれ、外に出た。空はどんよりと曇っていたが、外は眩しいほどに明るかった。地獄から地上に戻ってきたような感覚だ。この時に初めて気がついたが、建物内には照明がほとんどなかったのだ。建物を出たところに、ネクタイをした日本人が1人ぽつんと立っていた。僕の前任者のテバさんだ。ここで巨大女性は初めて笑顔を見せてくれた。どうやらターミネーターではなかったようだ。大柄な女性はM社が雇った通関屋、つまり出入国の手続きをサポートする業者だったらしい。そう考えると頼もしい。この人なら用心棒にもなりそうだ。これからもよろしく。

 通関屋の女性が「ではまたね、さよなら」とハスキーな声で言い、笑顔になった時に見えた歯にも、べったりと真っ赤な口紅がついていた

 


 

 第5回(最終回)はこちらからお読みいただけます

 

* * *

 

 2024年1月刊行予定、筋肉坊主のアフリカ仏教化計画 そして、まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間の話(石川コフィ 著)は現在予約受付中です。 書店店頭および各オンライン書店でご注文いただけます。

 

筋肉坊主のアフリカ仏教化計画
そして、まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間の話

石川コフィ[著]

2024年1月 全国発売
46判上C・264頁 カラー口絵8頁
定価(本体1800円+税)

ISBN 978-4-393-49541-4

装丁:鎌内文
装画:千海博美

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 石川 コフィ

    1967年、東京目黒区生まれ。高校卒業後、新潟のスキー場や沖縄のホテル、オーストラリアのダイビングショップなどのリゾートでの勤務、輸入雑貨卸商などの仕事を転々とする。1998年から2年間、大手商社でナイジェリアに駐在。軍事独裁政権から民主化を果たしたオバサンジョ大統領とも親交がある。帰国後、神楽坂にてアフリカン・バー〈トライブス〉を開業。旅行会社のアフリカ旅行添乗員としてもアフリカ各地のガイドを務めた。〈トライブス〉は移転した現在も荻窪で営業を続ける。

キーワードから探す

ランキング

お知らせ

  1. 春秋社ホームページ
  2. web連載から単行本になりました
閉じる