パヴェーゼ(2)
パヴェーゼはこの〈掌の小説〉を2日間で書き上げている。
「ぼく」と「パーレ(パスクワーレ)」、彼の暴力的な父親、息子をおお声で呼ぶ母親、
それにここが肝心なのだが、「(ある刻限になると)あれやこれやの名前を呼び始める村じゅうの『女たち』」が人間としては登場する。
その他、水蛇、毒蛇、蝮が。「ぼく」は靴を履いていたが、「パーレ」は裸足だった。作中、印象的なのは、老いた母親の「パーレ、パーレ」と叫ぶ声が、山あいに反響、こだますることだ。音響的要素が全編を彩っている。「……」で記されているだけだが、圧倒的な迫力で迫ってくる。
私は「講義」を開始した。
蛇や蝮は、聖書の記述を思わせる。私は、この点に着目して、解説めいたような事を喋って、結局、分析結論に至り得なかった。また聴いていてくれているみんな(もう選択講義で3,4年生も混じっていた)の表情に明るさはなかった。
「講義」が終了した頃を見計らって、河島先生が、「澤井君は、わからなくちゃ」と黒板にある図を描いた。山と森と家の図だった。そして、家からの呼び声に「ぼくは帰宅した」が、パーレは「橋の上に留まった」ーーここに着目してほしかったな。
「パーレ」は村の女たちの声が聞こえても帰宅しなかったけれど、「ぼく」は帰宅した。そして、蛇や蝮は聖書では、否定的な印象を与えられて、罪や悪や誘惑を象徴する。こんな一節がある。「ろくでなしめ。せっかくおれたちが、探しているのに、蝮に名前を聞かれたら、おれたちだと分かってしまうではないか」。つまり(女に)誘惑される? ということだろう。
先生は、「このパーレは少年から成人男性に抜け出る一歩手前にあって、『女』を感じ取っているから帰宅せずに、女の誘いをまっているんだ」と、山や森にパーレを、家に女を置いた。「青年期に入る男と、男を求める女という、普遍的な構図、人間の原点に当たる、神話的な作品だな」と。
そうか、そうだったのか、と私は唸った。男と女のきわめて根本的な話なのだった。自分も青春期にいながら、見抜けなかった。まだまだ修行が足りない……。
パヴェーゼの作品は、現在、河島英昭個人訳『パヴェーゼ文学集成』全6巻(岩波書店)で読める。前掲の訳文も岩波版(第5巻)を使用した。『八月の休暇』では、第3部の「葡萄畑」に最も惹かれる。まさに神話的だ。
さて、授業でパヴェーゼの短篇を読んでいる最中に、集英社から『世界の文学』シリーズの刊行が始まった。それを知ったのは、当時読んでいた朝日新聞の第2面の下四分の一に、大きく、「丘の上の作家 パヴェーゼ」と広告が出たのだった。1作を除いてすべて河島訳だった。私は狂喜した。現代イタリア文学の至宝的な作家の一書が、全集刊行の第1回目の配本だったのだ。私は、その新聞広告を切り抜き、ポケットにしまい込んで、肌身離さず持ち歩いた。なぜか昂揚し得意で、誇らしげでもあった。
イタリア人作家パヴェーゼと教えを受けている河島先生とが、混然一体となって、何か異様な心持ちになっていた。
この集英社の『世界の文学』の配本が順調に続くうちに、意外なアルバイトが私を待ち受けることになって、在京時代の掛け替えない思い出となった。河島研究室に、若年寄さながら居座っていた私は、東大系の同人誌『第19次新思潮』同人ともなって、題4号の編集を担当した。その広告取りの助成先の版元の紹介を先生に依頼しに来ていたのだった。
そして『世界の文学』が、集英社の下請け会社、綜合社で編集されており、そこの編集者國定毅(あつし)氏と研究室で偶然知り合った。氏が名刺を出したが私は持っていなかった。でも、ちょうど前の日に下宿の4畳半の部屋に電話を引いた私だった。電話の多かった私は大家さんにご迷惑をかけまい、と許可をもらっていた。
それを言うと國定さんが、自分の名詞の裏に住所と電話番号を書いてほしいと言った。私はそうですか、はい、と気軽に引き受けて書いた。この私が何気なく書いた字が口述筆記のアルバイトの引き鉄となった。
ーーつづく


