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イタリア文学哲学散策――特にルネサンス文化下の著述家たち 澤井繁男

パヴェーゼ(1)

 

 東京外国語大学イタリア語科の2年生のイタリア文学の授業は、1年生のときと変わらず、河島英昭先生がご担当だった。1年生の2学期にイタロ・カルヴィーノの短篇1篇の中途で授業は終了したが、その続きではなく、新しい教材を購入することになった。

 それが、チェーザレ・パヴェーゼ(1906-46年)の『八月の休暇』Feria d’agosto だった。この作家のことは知っていた。池袋の芳林堂で、河島英昭訳の訳本をすでに入手していたからだ。平野甲賀装丁の、まさにパヴェーゼにふさわしい晶文社の書籍だった。『月と篝火』、『丘の上の悪魔』の2冊を買い求めたはずだ。その他雑誌『ユリイカ』(青土社)で、パヴェーゼの詩『働き疲れて』Lavorare stanca が河島英昭訳で掲載されていて、それにも目を通していたので、親しみがあり、とても優れた小説家であり詩人だと思っていた。その作家を原文で読めるのは、きわめて嬉しいことだった。それに41歳で自裁したという数奇な生涯にも興味が持たれた。

 ネオリアリズモの代表的作家であるとは、授業中に知ったが、そうしたことはどうでもよかった。とにかく『八月の休暇』を読み進めて行くことが専決事項で各週、愉しみだった。

 パヴェーゼの文体はきわめて詩的で、さすが詩もものする人物だと思ったが、河島先生ご自身が詩的な方で、あるときの個人的な会話で「短歌」を詠まれていると話された。そのためか、やがて岩波書店から河島訳の文庫として出版された、「真実主義 verismo」ないし「現実主義」の作家ジョヴァンニ・ヴェルガ(1804-1922年)の代表作『カヴァレリーア・ルスティカーナ』の文体には、自然主義的な要素が欠落していて、詩的な要素が多くを占めていた。これは先生のパヴェーゼ作品の翻訳でも同様で、詩的要素を訳者自身が重視するあまり、散文として意味不明な文章が散見された。散文と韻文が異なるのは当然である。ある詩人で友人の散文を読んだことがあるけれど、詩を散文に置き換えたもので、散文詩にも結実しない、中途半端なものだった。

 これらはパヴェーゼの河島訳を読んだ上での感想で、原文の授業での購読では原典に密着した、心地よい、イタリア語の音と詩的文体の流麗さを堪能できた。1週間に1度の至福の時間だった。

 『八月の休暇』は短編集で、第1部「海」(全10篇)、第2部「都会」(全10篇)、第3部

「葡萄畑」(全8篇)の構成だ。たいていが、ショートショートだが、描写のみで、解釈は難解をきわめた。全般的に3つの表題は、自然と都会が組み合わさったもので、これだけで読む気がそそられた。あえて言えば「神話的要素」に充ちていた。

 授業では、第1部の最初の数篇を訳読しただけで、例のごとく1学期が終わってしまった。

河島先生は何が書いてあるかを言われない方だった。自分で考えなさい、という授業ぶりだった。

 

 話は前後するが、国立大学の教員は私立大学とは違って、始業時間が過ぎて20分くらいして教室に現われる。後年私は某私大の教員を務めたが、定刻に授業を始めた。高額の授業料に見合った時間、教壇に立たねばならないのは当然とされた。中身も同様だ。先生が20分遅れてくることは知っていた私は、地階にあった、イタリア語科1年生、20名収容の小さな教室を出て、階段の下で降りてこられる先生を待ち構えた。高校時代文芸部員っだった私が部誌に載せた50枚弱の短篇「囚人服を着た猿」を読んでいただきたかったからだ。この拙作は「旺文社主催全国学生文芸コンクール」で、第2席を得ていた。第1席は「けったいなやつら」? と記憶している。

 先生は「読んでおきます、来週までに」とおっしゃって、教室に入られた。

 1週間後、研究室に出向いた。イタリア語科の教員の研究室は2階の奥に、教授室(語学)、助教授(文学)、講師(思想)の3人の部屋が固まっていた。扉を開けて、どきどきしながら、感想を待った。

 「澤井君、もう君は、(文芸)商業誌にかけるんじゃないか」だった。まさかの好評価だった。浪人生活ですっかり、文学や執筆と離れていた私は、うろたえもした。だが、もちろん将来、作家として生きて行きたい私にとって励みとなったのは間違いなかった。

 

 そうした勢いもあってか、一年前カルヴィーノの短篇を東外大新聞に翻訳掲載してもらった私は、パヴェーゼの最初の短篇「名前」を翻訳して、先生にコピーをお願いして配布し、一丁前に「講義」をした。

 しかし、散々な目に遭うことになるのだった。

 

                               ーーつづく

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著者略歴

  1. 澤井 繁男

    1954年札幌市生まれ。東京外国語大学卒業後、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。東京外国語大学論文博士(学術)。専攻はイタリアルネサンス文学・文化論。作家・文芸批評家としても活躍。著書に、『澤井繁男小説・評論集』(平凡社)、『復帰の日』(作品社)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『魔術師列伝』(平凡社)、『ルネサンス文化講義』(山川出版社)、訳書に、カンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会特別賞受賞)、バウズマ『ルネサンスの秋』(みすず書房)、カンパネッラ『事物の感覚と魔術について』(国書刊行会)、その他、多様な分野で著訳書多数。元関西大学文学部教授。放送大学(大阪学習センター)非常勤講師。

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