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〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史 畑中三応子

あぁ、食料自給率

 アメリカのBSE発生で輸入がストップし、安い牛肉が不足した経験は、あらためて日本がいかに輸入食料に頼っているかを再認識させた。市場に出回っている牛肉の約6割が輸入、その約半分をアメリカに依存していたために価格が高騰し、その影響で豚肉まで値上がりした。総合食料自給率は40%だが、穀物にかぎっていえば30%を割り、小麦の自給率は2004年で14%、大豆はたったの3%、トウモロコシにいたってはゼロである。

偽りのメイド・イン・ジャパン

 トウモロコシは、約9割がアメリカからの輸入。65%が家畜の飼料用に使われ、20%がでんぷんのコーンスターチ用、残りはエチルアルコールや蒸留酒などの発酵原料、コーンフレークやスナック菓子などに利用される。食用油として広く市販されているコーン油は、コーンスターチを製造するときに分離する胚芽部が原料。ただし、生鮮野菜のスイートコーンは、ほぼ全量が国産だ。
 輸入大豆の最大の用途は採油用で、サラダ油や天ぷら油、マーガリン、マヨネーズに利用され、搾り粕は家畜の飼料になる。あとは、豆腐、納豆、味噌、醤油、豆乳などの食品用。なお、油と醤油は、加工段階で遺伝子やたんぱく質が分解・除去され、検査しても判別できないため、遺伝子組み換えの表示義務がない。
 純和風に見えても、天ぷらは衣も揚げ油もつゆの醤油も、原料は大半がアメリカ産。納豆をおかずに、豆腐の味噌汁で白いご飯を食べても、国産は米だけだ。アメリカのBSEで信頼を回復した国産牛だって、アメリカのトウモロコシなしでは飼育できない。採卵用の鶏の飼料自給率は10%以下だから、すき焼きも材料で本当に国産といえるのは生野菜くらいで、カロリーベースで自給率を計算すると、お粗末な数字が弾き出される。いちばんメイド・イン・ジャパン風に思える食品や調味料が、軒並みメイド・ノット・イン・ジャパンになった。これ以上はない大がかりな食品偽装だといえる。

いも類が主役の純正メイド・イン・ジャパン・メニュー

 2005年、輸入が完全に停止するという事態を想定し、農水省が国内農業生産だけで1日2020キロカロリーを供給できる献立例を作成した。

朝食 ごはん1杯(米75グラム)、粉ふきいも2個(300グラム)、ぬか漬け1皿(90グラム)
昼食 焼きいも2本(200グラム)、蒸かしいも1個(150グラム)、りんご4分の1個(50グラム)
夕食 ごはん1杯、焼きいも1本(100グラム)、焼き魚1切れ(84グラム)

 味噌汁は2日に1杯、牛乳は6日にコップ1杯しか飲めず、鶏卵は1週間に1個、肉は9日に1回しか食べられない。国民が1日に最低限度必要とする熱量を2000キロカロリーと定めた「不測時の食料安全保障マニュアル」に基づく献立だが、ほとんど戦中・戦後の代用食のよう。カロリーが摂れても、すぐ栄養失調になりそうだ。
 自給率向上を訴えるために発表しただけあって、地に落ちたメイド・イン・ジャパン食の実態を、政府みずから宣伝した格好。食料を外国に頼っている不安を、さらにダメ押しする恫喝的な粗食だが、これを見て身につまされた人は多かった。
 食料自給率は、国民ひとり1日あたりの国産供給カロリーを全供給カロリーで割って算出するが、分母になる全供給カロリーには、食品ロスなども含まれている。食糧需給表によると2010年の全供給カロリーは2458キロカロリーだったのに対し、国民健康・栄養調査を見てみると、摂取したのは1849キロカロリー。摂取カロリーで計算すれば、実際はもっと国産品を食べていることになるが、そんなに輸入しているのに、それほど捨てているのは、あまりにももったいない。
 なお、摂取カロリーは、1970年の2210キロカロリーから、1990年は2026キロカロリー、2010年代はついに1800キロカロリー台と、着実に低下している。たんぱく質の摂取量も、90年の78.7グラムから10年は約67.3グラムに減っている。生活の変化と健康志向で、日本人の食事は明らかに小食化・低栄養化している。とくに気になるのは20歳代と30歳代の女性で、いま1700キロカロリー前後しか食べていない。ダイエット志向が理由だろうが、かなり危険な数字である。

世界でいちばん地球にやさしくない国

 1993年の大凶作以来、2006年度の食料自給率が13年ぶりに40%を割り込み、39%を記録した。たった1%下がっただけだが、食の事件が相次ぐ渦中だったこともあり、メディアは大騒ぎした。食料輸入がいかに地球環境に負荷をかけているかを数値化した「フード・マイレージ」が盛んに取り上げられるようになったのは、この頃だ。
 フード・マイレージとは、食料を運んだ距離のこと。イギリスの市民運動家が提唱した「フードマイルズ」を参考に、農水省農林水産政策研究所・中田哲也政策研究調査官が開発した指標である。計算法はかんたんで、食品の重量と輸送距離を掛け合わせるだけ。フード・マイレージが小さいほど、輸送に伴うCO2排出量が少なくなり、環境にやさしい食生活とされる。
 中田哲也著『フード・マイレージ あなたの食が世界を変える』(日本評論社、2007)によると、日本のフード・マイレージは2位以下に大差をつけた世界第1位。韓国とアメリカの約3倍、イギリスとドイツの約5倍、フランスの約9倍である。
 食料輸入量が世界一で、重量のある穀物と油糧種子が7割以上を占め、しかも遠いアメリカやカナダ、オーストラリアから運んでいるのだから、当然といえば当然だが、実はフード・マイレージには落とし穴がある。同じ距離を運ぶのでも、輸送手段によってCO2の排出量は大きく変わるため、一概に遠いほど環境負荷が大きくなるとは限らないのである。
 排出量は飛行機が突出して多く、トラックなどの自動車がその次、鉄道や船舶は少ない。とくに、穀物や大豆を運ぶバルカー(ばら積み貨物船)は燃費が抜群。排出量は、飛行機の約0.7%、トラックの約6%ですむ。たとえば、アメリカ中西部で収穫されたトウモロコシを、ミシシッピ川をバージ(貨物用輸送船)でニューオリンズまで運んでからバルカーで日本に輸送した場合と、北海道の産地から朝穫ったアスパラガスを猛スピードで東京や大阪の消費地にトラックで運んだ場合を比較してみると、CO2排出量には差がなかったりする。
 ほかにも、生産や加工、消費、廃棄といった各プロセスでも排出されるので、移動距離だけに着目してCO2を問題にするフード・マイレージは、科学的な根拠に欠けるきらいがある。それでも、世界でいちばんフード・マイレージの高い、環境にやさしくない国と聞くと、やましい気持ちになる。

穀物価格高騰で食料品の値上げラッシュ

 2000年から小麦、大豆、トウモロコシの国際価格が上がりはじめた。世界的な人口増加と、人口大国の中国、インドの食生活が向上して肉を食べるようになり、畜産用の飼料穀物需要が急増したことなどが要因だ。そこにオーストラリアの大旱魃やヨーロッパの天候不順、サブプライムローン問題に端を発する原油価格上昇、アメリカのトウモロコシからのバイオエタノール増産が重なって、08年には世界中で記録的な高値をつけた。
 日本では4月、小麦の卸売価格がいきなり約3割値上がりした。2年前と比較すると、小麦は約3倍、大豆とトウモロコシは約2倍の高騰だ。それにともない、食料品の値上げラッシュが襲ってきた。
 食パン、麺類、乳製品、鶏卵、味噌、?油、マヨネーズ、食用油、マーガリン、菓子類……、2007年、身近な食料品が軒並み高くなったのは、家計に痛かった。カップヌードルは150円から170円に、チキンラーメンは90円から100円に、17年ぶりの値上げだったのでニュースになった。菓子類は値段を据え置き、中身が減らされた。以来、スナック菓子もチョコレート菓子も、年を追うごとに袋の中身が軽くなっている。

店頭から姿を消したバター

 バターにいたっては、値上げだけでなく、全国各地の店頭から姿を消すという異常事態が起こった。農水省の計画生産が裏目に出た結果だ。というのは、1990年以降、牛乳の1人当たりの消費量が落ち続けた結果、バターの在庫が増えたため、2006年と07年の2年連続で減産した。ところが、想定外の飼料価格高騰である。酪農家が牛に与える餌を減らし、さらに07年は猛暑で牛が体調を崩したため、乳量が計画以上に減ってしまった。
 いちばん皺寄せがきたのが、余剰乳で作られるバターだった。かつてないほど在庫が落ち込み、洋菓子、パン、食品メーカーが争奪戦を繰り広げ、家庭用がなくなってしまったのである。
 生乳はまず賞味期限の短い牛乳に使われ、メーカーの買い取り価格はもっとも高い。次に生クリーム、ヨーグルト、チーズに利用され、最後に残った余り物がバターおよび脱脂粉乳用で、同じ生乳なのに安い値段で買い取られる。バターは、生産者にとってありがたくない存在なのである。
 以降、バターの品薄は慢性化し、不足するたびに緊急輸入するという悪循環だ。バターは国家管理貿易品のため、原則的に農水省の外郭団体、農畜産業振興機構しか輸入できない。民間で輸入する場合は、360%という巨額な関税がかかる。輸入分は業務用にまわされ、家庭向け国産バターは激しい値上がりをした。
 11年は東日本大震災の影響で生産量が落ち、12年はいったん持ち直したが、13年からまた落ちはじめ、生産量はつねに需要を下回っている状態。そもそも、全国の酪農家戸数は1963年の42万戸から98年は37400戸、さらに2018年には15700戸へと、20年間で半減している。生産者が減り、生乳生産量が減少した結果のバター不足なのである。
 明治時代に殖産興業の花形だった酪農は、いま危機に瀕している。このままだと、大正時代に大量生産がはじまってから、ほぼ輸入ゼロだったバターの自給率は、どんどん下がっていくだろう。
 
グルメブームに乗ってやって来た農家製チーズ

 国産バターの未来は明るくないが、乳製品のなかで急成長しているのが、国産のナチュラルチーズだ。
 戦後の乳製品の王座はバターだったが、1966年に生産量、家庭内消費量の両方でチーズが抜き去った。日本で発達したのは、日持ちがし、食べやすい味に加工したプロセスチーズ。三角形の6Pチーズ、ベビーチーズ、スティックチーズは、日本独自のスタイルである。食の西洋化の波に乗り、学校給食に使われたことも後押しして60年代は年々、消費量が2割以上も増え続けた。
 70年代にピザとチーズケーキの流行とともに,ナチュラルチーズの普及がはじまる。80年代からはグルメブーム、とりわけ爆発的なイタ飯ブームで、カマンベールやゴルゴンゾーラなど、大量生産のプロセスチーズとは次元の違う、ヨーロッパの伝統的なナチュラルチーズのおいしさが知られるようになって、輸入量が増えた。
 ナチュラルチーズの消費量は98年にはじめてプロセスチーズを上回り、以降も順調に伸びている。1965年、ひとり1年あたりわずか200グラムだったチーズの消費量は、2018年には2.6キロまで上がった。
 フランスやイタリアには、牛や山羊、羊を飼って乳を搾り、製造する農家製のチーズが各地に根付いている。地域の気候風土に合った品種の、それぞれ特徴のあるミルクで作られたチーズは、ひとつ丘や谷を越すと味も形も変わるほど、土地ごとの特徴を備えている。昔の日本の味噌や漬物のようなもので、まさに地産地消型の発酵食品だ。
 そのぶん個性が強く、カマンベールチーズもフランスの原産地、ノルマンディー地方で無殺菌乳から作られた農家製は、日本の大手乳業メーカー製とは比較にならないほど、味も匂いも強烈だが、慣れればおいしさが癖になる。

がんばる日本のナチュラルチーズ

 80年代後半から、ヨーロッパの伝統製法にならうナチュラルチーズの小規模生産者が少しずつ現れた。全国のチーズ工房の数は、2006年の106軒から18年は319軒と、12年で3倍に急増している。
 先駆者の北海道・共働学舎新得牧場のように、牛を飼って夏は放牧で青草を食べさせ、冬は夏に収穫した干草や野菜を与え、飼育から搾乳、製造、熟成、販売までを一括で行い、飼料も生乳もすべて自給のケースもあれば、地元酪農家の生乳を集めて製造・販売だけを行うなど、やり方はさまざまだ。
 種類は非熟成のフレッシュチーズ、長期熟成のハードチーズ、白カビチーズ、青カビチーズ、表皮を塩水やアルコールで洗うウォッシュチーズなど、ナチュラルチーズの全タイプが揃う。主流は牛乳製だが、山羊を飼ってフランス式のシェーブルチーズを作っている工房も数か所あるし、かわったところでは、水牛を飼ってモッツァレラチーズを作っている千葉県の生産者や、東京産の生乳を使ってモッツァレラチーズを作り、できたてのほやほやを販売する都心の店もある。
 それ以前も、大手乳業メーカー製の国産ナチュラルチーズはあったが、よくいえばマイルドで、味はプロセスチーズと大差がなかった。だが、生産者が増えるにつれて品質が急激に向上して、白カビチーズに桜の塩漬けをのせた共働学舎新得牧場の「さくら」をはじめ、海外のチーズコンテストで次々と入賞し、国際的にも認められるようになった。並行して、プロセスチーズも個性化が進んでぐっとおいしくなっている。
 フランスの食には、「テロワール」という概念が重視される。土地を取り巻く気候や土壌といった意味合いの言葉で、チーズ作りではワイン同様、そのテロワールに根ざした特性が強く求められる。ヨーロッパで長い時間をかけて育まれた製法を短期間で修得し、テロワールを表現している日本のナチュラルチーズ生産者は、心底から素晴らしい。
 酪農家は原則的に、生乳を各地の指定団体に売ることが義務づけられている。どんなにおいしい生乳でも、一緒くたになって乳業メーカーに卸され、メーカーが生乳をどの用途(牛乳、生クリーム、チーズ、バター・脱脂粉乳の4つ)に使うかを決め、分量を振り分けるのは酪農団体だ。酪農家のメリットも多いが、個々の品質向上の努力が報われないシステムでもある。
 この枠組みから外れ、乳脂肪の高いミルクを出す品種の牛を山地放牧したり、化学肥料を使わない牧草で飼育したりと、付加価値の高い生乳をみずから製品化して、高くても売れるブランド牛乳に育てた生産者も少なくない。牛飼いからはじめて加工まで手がけるナチュラルチーズ作りは、その上をいく成功例になる可能性がある。
 海外で高く評価されても、生産量が少ないので、国際競争力を持つにはまだまだ。また、今後はヨーロッパ産チーズの関税が段階的に引き下げられ、33年には撤廃する予定。輸入チーズとの厳しい競争が待っている。それまでに、胸を張ってメイド・イン・ジャパンといえる個性と品質を確立できるといい。がんばれ国産ナチュラルチーズ。

麺とパンのブランドになった「国産小麦使用」

 ナチュラルチーズに限らず、2000年代からは地産地消の取り組みが活発化し、商業的に成功する例も現れた。1990年代にはおしゃれなマーケティング用語として使われていたスローフードが、地域の食の多様性を守り、持続可能で伝統的な農水産業を推し進めるという本来の意味で、広がりを見せるようになったのも同時期だ。
 日用食品で目立つのは、国産小麦を使った麺とパンが増えたことだ。背景には、品種改良が進んで輸入小麦と遜色のない品質の新品種が開発されたことと、相次ぐ輸入小麦の高騰で、国産小麦との価格差が縮まったことがある。安全性から国産を望む消費者心理と結びついて「国産小麦使用」が、麺とパンの品質保証マークになった。
 小麦には、たんぱく質を多く含む硬質小麦、少ない軟質小麦、中程度に含む中間質小麦の3種があり、強力粉は硬質小麦、薄力粉は軟質小麦、中力粉は中間質小麦から作られる。おもな用途は、強力粉がパン、準強力粉は中華麺、中力粉は日本麺、薄力粉は洋菓子や天ぷら粉などだ。
 もともと日本には中間質小麦が多かったため、うどんやそうめんなどの麺類が発達したが、近年はオーストラリアが日本用に開発したASW(オーストラリアン・スタンダード・ホワイト)が麺用最適品種として君臨していた。かつて日本の主力品種だった農林61号は、小麦粉にすると灰色がかり、美しい乳白色のうどんができるASWとくらべると、見劣りがしてしまうのが欠点だった。
 うどんといえば最初に名前が挙がる香川県も、昭和40年代からASWで讃岐うどんを打っていた。全国で讃岐うどんブームが起こった1990年代、うどん県にうどん専用品種がなく、輸入小麦を使っているのは名折れ、ということで農業試験場で育種がはじまり、生まれたのが「さぬきの夢」。北関東の麺どころ、群馬県でも「さとのそら」、栃木県では「イワイノダイチ」が開発され、それぞれ優秀な品種だが、さぬきの夢はわかりやすさと明るい語感で、一度聞くと忘れない。
 博多ラーメン、久留米ラーメンを擁する福岡県は、日本初のラーメン専用品種「ラー麦」を開発し、県内の製粉会社、ラーメン業者、農協が県と連携し、普及を促進している。福岡のラーメンは細くて硬めのストレート麺が特徴だが、ラー麦はさらに歯切れよく、伸びづらい麺ができるのがウリだ。
 最近のラーメンはスローフード化が著しく、「こだわりラーメン屋」と呼ばれるような店は、国産小麦使用の麺がもはや標準で、ミシュランガイドの1つ星を取った東京・大塚の店は、複数産地の粉をブレンドしているそうだが、地元の地粉で作るご当地ラーメンは珍しい。

餅の食感に近づく小麦粉食品

 日本では、パン作りに適した硬質小麦の栽培は難しく、国産小麦ではふっくらしたパンが焼けなかったが、1985年にはじめてパンに向く「ハルユタカ」が北海道で誕生した。できたパンには輸入小麦では生まれない独特のもちもち感と甘味が備わり、高く評価されたが、なかなか普及しなかった。
 戦後のパン食は援助物資のアメリカ小麦が原点で、メリケン粉と呼ぶくらい、小麦粉といえばアメリカ産が当然だった。80年代に、国産の粉でパンを焼こうという発想は、まだだれにもなかったのである。90年代末、フランスからの小麦輸入が解禁されて、高級パン屋がフランス小麦でフランスパンを作りはじめ、パン好きが小麦の原産地に目を向けるきっかけになった。
 国産小麦のパンへの関心は、食品の安全性に対する懸念とともに高まった。輸入小麦に含まれる残留農薬と遺伝子組み換えへの不安感から、2000年代に入ると学校給食のパンを国産小麦に切り替える自治体が急増した。
 ときを同じくして、ハルユタカより病気に強く収量が多い「春よ恋」、甘くて黄色いパンが焼ける「キタノカオリ」、たんぱく質の含有量がとくに多い「ゆめちから」(以上北海道で育種)、パン生地のふくらみがよい「ミナミノカオリ」(九州)など、製パン性にすぐれた新品種が次々と開発された。手作りパン屋がこぞって取り入れ、「春よ恋のバゲット」「ゆめちからの食パン」といったように、品種名が商品名に冠されるブランド小麦に成長した。生産量も増えて、食パンや菓子パンに採用する大手パンメーカー、チェーンベーカリーも増えている。
 最近、パンマニアから注目されているのは、自家栽培した小麦を自家製粉してパンを作る、循環型のパン屋。無農薬で育て、石臼で挽き、自家製酵母で発酵させ、薪窯で焼くという、徹底して昔風なやり方を実践し、場所が地方の山奥でも、遠くから訪れる客で引きも切らない店もある。
 フランスの田舎には小麦の栽培からパン作りまでを一貫して行う「ペイザン・ブーランジェ(農家パン屋)」が存在する。自然のサイクルで暮らしながら、日々の糧のパンを焼くという彼らの生き方に魅せられたミレニアル世代が、おもな担い手だ。現在、第1次産業の農林水産業者が、第2次産業の食品加工と第3次産業の流通・販売までを行う、農林漁業の6次産業化を政府が推進しているが、これからは農家パンのように、2次・3次産業者が1次産業に加わるケースが増えるかもしれない。
 ところで国産小麦は、パンがもちもちして甘くなる。その食感が日本人の嗜好にぴったり合って人気が出た。従来の輸入小麦で作るパンは、ふわっとして歯切れがよいが、国産小麦だとバゲットもクロワッサンも、もちっとする。パンだけでなく、うどんもラーメンも国産小麦で作ると、もちもち感が強くなり、そこが受けた。
 元来、日本人は粘りのある食べ物を好むが、このところのもちもちブームは激しい。パンと麺はおろか、パスタやケーキ、ドーナツまでもちもちしていると喜ばれるようになった。タピオカ粉などのでんぷんを添加し、もちもち感を出している麺や菓子も多い。
 そんなにもちもちが好きなら、本物の餅を食べればよいのにと思うが、餅の消費量はももちもちブームのさなかでも減少傾向にある。餅の消費が増えれば、シンプルに自給率は上がるはずだが、アメリカの余剰小麦を買うという戦後の食糧政策で発展した小麦粉食品に、餅の食感を求めるようになったのは、皮肉というほかない。

自給率向上の切り札になりそこねた米粉

 国産小麦と同じように、ブームになったのが米粉である。米は小麦とは違って粘り気を出すグルテンが含まれず、製粉しても小麦粉より粒子が大きく粗い形状になる。団子や餅には適しているが、パンやケーキを作るとふくらまず、ほとんど餅の食感になってしまうため、上新粉や白玉粉のように、和菓子中心に利用法が限られていた。
 米どころの新潟県では、米の消費拡大を目的に、1970年代から県食品研究所が米の加工形態を広げる研究に着手していた。長い時間をかけて小麦粉なみの細かさに挽ける製粉技術の開発に成功し、90年代からパンや麺、カステラや洋菓子に使えるようになった。
 米粉の本格的な普及は、小麦が高騰した2008年からだった。翌09年7月には、食料安全保障と米の消費拡大、休耕田の有効活用を目的にした「米穀の新用途への利用の促進に関する法律」が施行され、米粉用の米を栽培する生産者と、米粉と米粉食品の加工施設整備に、補助金が交付されるようになった。休耕田では、海外依存度の高い小麦、大豆、飼料作物への転作が奨励されてきたが、栽培に適さない土地も多く、耕作放棄の要因のひとつになっていた。
 ビーフンやベトナムのフォーなど、アジアには米粉の麺が豊富だが、すべて粘りの少ないインディカ種が原料だ。日本のジャポニカ種はでんぷんのアミロペクチンが非常に多く、それがもっちりふっくらしたおいしさのゆえんだが、麺に加工すると粘りが強すぎて麺同士がくっつき成形ができない。その欠点を克服した米粉や、米粉に適した米の品種も開発された。
 米粉を使ったパンや蒸しパン、ロールケーキやシフォンケーキ、うどんやラーメンがいっせいに登場し、米粉食品ブームの様相を呈した。米粉ではなく、粒の米からパンを焼けるホームベーカリーの「ゴパン」(三洋電機)が大ヒット商品になったりもした。小麦アレルギーの人にとっては、食べられる食品の種類が増えたこのブームは、福音だったろう。アレルギーを持つ子どもが、はじめてケーキを食べられたと喜ぶ親の声をよく聞いたものだ。
 農水省の計算によると、国民ひとりあたり国産米粉パンを1か月に3個食べると、自給率が1%上がる。かんたんに達成できそうに思えたが、ところがどっこいで、ブームは長く続かなかった。気がついたら、スーパーやコンビニに並ぶ米粉食品の数がすっかり減っていた。
 たしかに、米粉でパンやケーキ、麺を作ると、国産小麦以上にもちもち感が強くなる。だが、味が非常に淡泊でさっぱりしているため、小麦の濃厚な香りやうま味に慣れた舌には物足りなく、最初は物珍しさで手を出しても、リピーターにならなかったのがひとつ。なにより大きかったのが、小麦粉よりかなり割高につく米粉のコストだった。多少、値段が高くても自給率向上のためなら、と食べ続ける人が少なかったわけだ。17年、農水省は欧米のグルテンフリーより厳しい基準を設定した「ノングルテン米粉認証制度」をスタートさせ、国内外での需要拡大をめざしているが、米粉で食料自給率向上の道は険しいかもしれない。

情けなくも愛おしいメイド・イン・ジャパン

 こうした取り組みをよそに、2018年度の食料自給率は37%に落ち込んだ。歴史的な凶作だった1993年と並ぶ過去最低である。天候不順で小麦と大豆の生産量が大幅に減少したことと、飼料穀物の海外依存度が高まったことが主因だった。農産物の貿易自由化を進める政府に忖度してか、報道はごく控えめだった。最近は国産小麦のように、国産大豆使用の豆腐と納豆がコンビニでも買えるようになっているだけに、心配な結果だ。夏に発表される19年度の数字が、とても気になる。
 和食のユネスコの世界文化遺産登録で、またまた強化された「日本の食はすごい」「国産の食品は素晴らしい」というメイド・イン・ジャパンの礼賛イメージがどこから来て、どのように形成されたかを検証するために連載をはじめたが、結局、メイド・イン・ジャパンの食文化なんて、どこにもない幻想だったことを確かめるような話ばかり書いてしまった気がする。BSEの回では、自分もすっかり忘れていたことを反省しながら、長くなってしまった。
 毎回、違うトピックを取り上げ、日本人って情けないぞと痛感するような歴史のエピソードも多かった。それでも失敗を繰り返しながら、日本の食はよくなっていると思いたい。情けなさも含めて、全部がメイド・イン・ジャパンの食文化だと認めなければ、より愛おしき食にはつながらない。みなさんが日本の食のあり方を考えたり、自分の食生活を見直したりする一助になれば嬉しい。

 

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著者略歴

  1. 畑中三応子

    1958年生まれ。編集者・ライター。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。『シェフ・シリーズ』と『暮らしの設計』(ともに中央公論新社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から超初心者向けのレシピブックまで幅広く料理本を手がけるかたわら、近現代の流行食を研究・執筆。著書に『カリスマフード――肉・乳・米と日本人』(春秋社)、『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(ベスト新書)、『ミュージアム・レストランガイド』(朝日新聞出版)、「七福神巡り――東京ご利益散歩」(平凡社)、『おやじレシピ』(オフィスSNOW名義、平凡社)、共著に『東京バスの旅』(文春新書)がある。第3回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)受賞。

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