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〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史 畑中三応子

"国産"のブランド力

「当店はすべて国産米です」の謎

 いつからか、和食メインの飲食店でよく、「当店で使用している米はすべて国産米です」とか、「当店のご飯はすべて国産米を使っています」と書かれた紙が、壁の目立つところにバンと貼られるようになった。なんだか嬉しそうに宣伝している感じである。

 ん? 米って、数少ない自給できる食糧じゃなかったの? ということは、もはや国産米を出していることが誇れるほど、外食では輸入米が使われているってことだろうか。

 実は、「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律(米トレーサビリティ法)」という法律ができて、外食店は2011年7月から米の産地情報を提供しなくてはならなくなったのである。伝達していなかった場合は勧告・命令が行われ、命令に従わないと50万円以下の罰金が適用されるという厳しいルールだ。

 情報提供の具体的な方法として「メニュー、店内配布チラシ、ショップカード等や店内、店の入り口の看板等の一般消費者の目につきやすい場所に具体的な産地情報を記載」が挙げられている。あの貼り紙は、法律に従っての情報提供であって、けっして宣伝ではなかったのだが、国産米だと知ると、思わず安心する自分がいる。

 米トレーサビリティ法自体が、2008年に発覚した事故米不正転売事件を受け、制定されたものだ。基準値を超える残留農薬のメタミドホスとアセタミプリド、発がん性のあるカビが検出された米を、工業用として政府から購入した大阪の米穀加工販売会社が、食用と偽って転売していた事件である。知らずに買って使ったのは全国の酒造メーカー、菓子メーカー、病院や介護関係の給食施設など、370社以上にものぼった。

 汚染米は、日本が一定量の輸入を義務づけられているミニマムアクセスの中国米、ベトナム米、アメリカ米などの外国産米が中心だった。悪いのは転売した会社だが、外国産米は危ないと、不信感を植えつけられた人は少なくないはずだ。

 現実には、いま私たちは外国産米をけっこう食べている。スーパーやコンビニで売っている煎餅やおかきなど、米菓の原材料欄をチェックしてみよう。「うるち米(米国産)」「もち米(タイ産)」なのはもう普通だ。それに比例して、「国産米100%使用」をウリにした米菓も目立つようになった。外国産米を採用する外食産業も増えている。ついにTPP11協定が発効した今後は、安い外国産米がたくさん入ってくるだろう。

 外国の米が増えれば増えるほど、逆に国産米のブランド感は高まっていく。産地表示が義務づけられて以来、悪いイメージで客が減るのを警戒して、外国産米から国産米に戻した店もあるそうだ。

食べ物の安全マークになった「メイド・イン・ジャパン」

  「メイド・イン・ジャパン」は、質がよく、壊れにくく、しかも値段が安い日本の工業製品が、海外で高いブランド力を発揮したマークだった。

 それはもはや、過去の栄光。韓国や中国、台湾の製造業が躍進し、かつてのブランド力が新興国に奪われた今日では、「ものづくりの伝統」とか「匠の技」、「職人気質」などの美しい物語を携え、もっぱら国内向けに高付加価値をアピールするマークになっている。

 これが食べ物になると、いまやメイド・イン・ジャパンは、米にかぎらず、食品の安全性と高品質を日本人自身に保証し、安心させるマークになった感がある。

 2017年9月1日にスタートした「原料原産地表示制度」にも、そうした消費者意識の変化があらわれている。

 従来の食品表示基準では、重量割合が全体の50%以上で、原産地が品質に反映する一部の加工食品にのみ、原産地表示が義務づけられていた。製造は国内でも、原料の野菜や肉が外国産の漬け物、ハム・ソーセージ類が典型。きゅうりの醤油漬けの原材料が、「きゅうり(中国産)」といった具合だ。かりにフルーツヨーグルトに入っているフルーツが外国産でも、50%以下なら表示しなくてよかった。

 今回の改正は、消費者が自主的かつ合理的に選択できるよう、国内で製造されたすべての加工食品に原料原産地の表示を義務づける。

 表示の対象になる原材料は、原則として重量割合1位の原材料、ということになっているが、農産物漬物は上位4位(または3位)かつ5%以上の原材料、野菜冷凍食品は上位3位かつ5%以上の原材料、おにぎりは、のり……と個別の例外が多いうえ、表示の例外もきわめて多く、実に複雑でわかりにくい。

 そのためか、消費者庁はルールにこだわらず、消費者への情報提供の観点から、できるだけ多くの原材料産地を表示することが望ましいといっている。だが、原材料が加工食品の場合、そばは「そば粉(国内製造)」、パンは「小麦粉(国内製造)」といったように、製造地だけの表示が認められたり、3カ国以上の外国の原材料が使用されていて、重量順位の変動や産地の切り替えが見込まれる場合は、「輸入」だけの表示が可能だったりと、不明瞭なケースも多いのが現状だ。消費者がすべての原産地に納得して選べるようになるまでは多難な道が続きそうで、食品メーカーにとって、きわめて厳しい制度であることは間違いない。

 外食は表示の必要がない。たったひとつ義務づけられているのが、米というわけだ。

風土と矛盾している食文化

 米トレーサビリティ法も、加工食品の原料原産地表示制度も、制定の背景には日本人の国産食品志向がある。食べ物に対する意識が高い人ほど、外国産だと危険な感じがして不安を抱き、国産なら安全だと安心する傾向が強い。科学的な裏付けを持たずに、国産と書いてあると疑いもなく信用してしまう感覚は、ほとんど信仰だ。

 日本の食料自給率(カロリーベース)は、2016年度に23年ぶりの低水準である38%に落ち込んだ。記録的冷害で37%に低下した1993年度に次ぐ数字だ。政府は45%まで高める目標を掲げ続けているが、いっこうに上がらない。17年度も38%の横ばいだった。

 これが生産額ベース(食料の国内生産額を国内で消費された金額で割った数字)になると、16年度は68%、17年度は65%だった。カロリーベースで計算するといちじるしく低くなるのは、四大穀物のうち麦、大豆、トウモロコシの大半を輸入に頼っているからだ。

 内閣府が14年に実施した世論調査では、国民の83%が将来の食料供給に対して「不安がある」と答えた。農水省は、食料自給率向上に向けた国民運動「フード・アクション・ニッポン」を立ち上げて、国産農林水産物の消費拡大を推進している。それなのに、安倍政権は自由貿易の枠組みを拡げようとしているんだから、まったくひどい矛盾だ。

 TPP11協定が発効したこれからは、肉類やチーズなどの畜産品を中心に、海外からの輸入品は増えて食料自給率はもっと低下するだろう。この矛盾のうえで、食べ物のメイド・イン・ジャパン志向は、ますます強まっていくだろう。

 食文化とは、どんな国や地域でも、それぞれの風土で得られる食料を中心に構成されるものだ。ところが、近代以降の日本では、明治政府による食の欧化主義にはじまり、欧米追随型の食生活改変と、動物性たんぱく質の摂取が国策として奨励され、風土に適した農水産業とは分離した食生活が発達した。いってみればグローバリズムの先取り、もともと矛盾した食文化なのである。

 矛盾のおかげで、いま私たちは肉や乳製品をたくさん食べ、朝はグラノーラ、昼はラーメン、夜はチーズダッカルビ(甘辛いタレで煮た鶏肉にピザ用チーズをからめた韓国料理)といったように、おそらく世界でいちばん多様性に富んだ食事を楽しんでいるわけだ。

 ちなみに、グラノーラの主要原料である穀類、ラーメンの麺の小麦粉、ダッカルビのチーズは基本的に外国産だ。気になるのが生鮮食品の鶏肉だが、外食の場合は安いブラジル産やタイ産、中国産を使っている店が多いはずだ。最近、“こだわりラーメン屋”に国産小麦粉使用をうたい文句にした店が増えているのは、メイド・イン・ジャパン志向のなせるわざ。ラーメンこそ、戦後アメリカから大量に輸入された小麦なくしては発展しなかった代表的料理。庶民のためのファストフードだったのに、いまじゃスローフード化が激しい。

 どうして、国産食品がブランドになったのか。日本が食料輸入大国なのはいまにはじまった話ではないし、少し前までは食べ物にかぎらず、あらゆる製品の「舶来信仰」があった。それなのに、一転した国産志向のきっかけはなんだったのだろうか。

 その背景を探り、さらには個別の食品や料理の歴史をメイド・イン・ジャパン視点で検証していこうというのが本連載のテーマである。 

農村の栄養改善事業だった「地産地消」

 ところで、国産志向とセットになっている「地産地消」、もう耳にタコができるくらい聞き慣れた感じがするが、実はかなり新しい言葉なのである。

 地産地消は、地域生産・地域消費、または地場生産・地場消費の略語。農水省農蚕園芸局生活改善課が、1981年から4カ年計画で進めた「地域内食生活向上事業」から生まれたといわれている。

 この事業は、「地域内農産物のよさを見直して生産の拡大と新たな加工法の開発をはかり、あるいは不足している農産物の計画的生産を行い、地域内消費を促進して地域の特性を生かした豊かな食生活を築くと同時に、農家の食生活を改善し、向上させること」を目的に実施された。

 事業の背景は、農家の食事も都市部と同様に外部化し、市販の加工食品の消費が増えて自給割合が低下してきたことがひとつ。洋風化も進んで手作りの味、伝統の味が失われつつあることも問題視された。

 もうひとつは、農政審議会が80年10月に出した「八〇年代の農政の基本方向」の総論で、「栄養的観点からも総合的な食料自給力維持の観点からも日本型食生活を定着させる努力が必要」と説いたこと。総じて低カロリーで、摂取カロリー中のでんぷん質比率が高く、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の摂取量が拮抗し、動物性たん白質に占める水産物の割合が高かった日本人の食生活を理想的な食事パターンとして、みずから高く評価したのである。

 文明開化からずっとお手本にしてきた欧米諸国の食生活を、突如として高カロリーで栄養の偏った悪い食生活とみなすこれは、衝撃的な方向転換であり、爆弾発言だった。「日本型食生活」は、このとき誕生した呼び名である。

 ともあれ、事業のなかで地域生産・地域消費、地場生産・地場消費が次第に省略されて、地産地消に変わったらしい。ロマンティックな響きとは裏腹に、地産地消はもともと、農村の食生活改善事業から生まれたお役所言葉だったのである。

 次回は、地産地消が21世紀のトレンドになった背景を追っていく。

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著者略歴

  1. 畑中三応子

    1958年生まれ。編集者・ライター。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。『シェフ・シリーズ』と『暮らしの設計』(ともに中央公論新社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から超初心者向けのレシピブックまで幅広く料理本を手がけるかたわら、近現代の流行食を研究・執筆。著書に『カリスマフード――肉・乳・米と日本人』(春秋社)、『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(ベスト新書)、『ミュージアム・レストランガイド』(朝日新聞出版)、「七福神巡り――東京ご利益散歩」(平凡社)、『おやじレシピ』(オフィスSNOW名義、平凡社)、共著に『東京バスの旅』(文春新書)がある。第3回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)受賞。

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