心が穏やかになるマインドフルネス
トークの会場「ギャラリー平左衛門」は利根運河のほとりにたたずむ白壁の美しい蔵で、明治27年に建てられました。平成になって改修が行われた際に、古文書が見つかり、蔵の持ち主である山田家の祖先が石田三成の重臣だったことが明らかになりました。
今朝は、門を入る前から梅の香が漂ってきました。樹齢200年という梅の古木が、早春の庭の冷気の中で白い花弁を開きはじめていました。
今回のトークのテーマは「心が穏やかになるマインドフルネス」です。
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自分の状態に気づく
では、2回目のトークをはじめたいと思いますが、その前に、皆さんにおことわりしなければならないことがあります。
このトークは4回行う予定ですが、参加される方の中には、毎回、初めてという方もいらっしゃいます。それで、前回までお話ししたことと同じような話をするときがあります。同じお話でも、より深い内容にしたいと思いますが、すでに聞いた話で退屈だと感じる方があるかもしれません。申し訳ありませんが、この点をどうかご理解いただきたいと思います。
先回もお話ししたのですが、わたしは25歳のときにスイスに行き、そのあとカナダで暮らして、50歳のときに日本に帰って来ました。夫は「マインドフルネスを元にしたストレス低減法」を開発したジョン・カバット-ジンと同じ分子生物学の研究者で、スイスのバーゼル免疫学研究所に勤めることになったので、わたしも一緒に行くことになったわけです。スイスの後はカナダのトロントに移ったのですが、わたしが40歳ぐらいのとき、夫が、将来は日本に帰ることになるだろうと言いました。それで、帰国したときに日本の社会につながるためにはどうしたらいいだろうと考えました。トロントで翻訳の会社に勤めたことがあって、文章を書くのが好きだったので、自分は翻訳をやっていこうと思いました。その頃は、50歳までにはいわゆる一人前の翻訳者になっていたいと思ったのですが、いろいろな意味で、簡単ではありませんでした。去年15冊目の訳本となった『マインドフルネス 気づきの子育て』を翻訳し終えたときに、ようやく翻訳者としての自覚ができたように思いました。
自己紹介はこのぐらいにして、ここで、ターシャ・テューダーの言葉を紹介したいと思います。ターシャ・テューダーはアメリカ人の絵本作家で、何年か前に亡くなられましたが、自然、そして人のつながりを大切にして生きる彼女流の生き方は、多くの日本人を惹きつけてきました。
家事をしている時、あるいは納屋で仕事をしている時、これまでの失敗や過ちを思い出すことがあります。そんな時は考えるのを急いでやめて、スイレンの花を思い浮かべるの。スイレンはいつも、沈んだ気持ちを明るくしてくれます。思い浮かべるのは、ガチョウのひなでもいいんだけど。
——ターシャ・テューダー
この言葉は、『思うとおりに歩めばいいのよ』(食野雅子訳、メディアファクトリー)という、彼女の本の中にある言葉ですが、ターシャが、「今、ここ」を常に意識して、その気づきを大切にしていたことを教えてくれます。私たちはどうしても暗いことを考えがちで、それが思考の癖になっています。彼女は、暗い思考に陥ると、それに気づいて、それを明るい思考にシフトさせました。これは、暗い思考に陥る脳の回路を使うことをやめて、別の回路を作っていたということです。簡単なようですが、実際にやろうとすると、自分の状態に気づくことは簡単ではありません。
第1回のトークのときと同様に、今日も、ここにしろくまさんのぬいぐるみを持って来ました。このしろくまさんは、緊張しがちなわたしをリラックスさせてくれるという大事な役目を持っています。ですから、ときどきしろくまさんに目をやります。
わたしは翻訳をしているときに、庭で摘んだ花を机に飾ったりもします。花を見るたびに少し緊張が緩むのを感じます。深呼吸をすることを思い出したときには深呼吸をします。これは、身体を交感神経優位の闘争・逃走モードから、副交感神経優位の穏やかなモードに切り替えるのを助けてくれます。
何が大切かというと、「気づく」こと――自分の状態に「気づく」ことです。でも、私たちはほとんどの時間を自動操縦モードで過ごしているので、気づくのは簡単ではありません。日常的に自分に気づいていられるようになるには、マインドフルネスの鍛錬を何年も続ける必要があります。
わたしは、最初のころは、朝と夜にそれぞれ3分ぐらいのマインドフルネス瞑想をしていました。今は10分ほど行っています。「3分間」から「10分間」になるまでに、2年ほどかかりました。最初のうち、時間を3分に設定したのは、5分にしたところ難しく感じ、焦ったからです。焦燥感を感じるということは、まだ自分にそれだけの準備が出来ていないからだ、と考えました。それで、自分に無理強いをしないで、ともかく続けてみようと。そのうちに、3分を長く感じなくなりました。
まず親自身が内面に気づく
子どもを育てているとき、親が、自分の内面状態に気づいていることは、非常に大事なことです。例えば子どもが、「学校で叱られちゃった」と言ったとき、親は、子どもを心配する前に、自分の内面の状態に気づかなければなりません。そうでないと、恐れや不安から、「一体何をしたんだ」「なんで怒られるようなことをしたの!」というような強い調子で、言葉が口から出てきます。そのときは親の身体も緊張して硬くなっています。子どもは、親から、「どうしたの?」というやさしい言葉を期待しているわけですから、そこで、気持ちのすれ違い、ボタンのかけ違いが起きます。子どもには親が怒っているとしか思えません。すると子どもの身体も緊張して、闘争・逃走モードになります。そんな状態では、親がなにを言っても、子どもの心に入っていきません。今ふうに言えば、全然刺さりません。親は、子どもを思って言っていると考えているかもしれませんが、子どもの方は、「これからは、親には何も言わないことにしよう」と思ってしまいます。
このようなとき、親が自分をリセットする方法があります。私たちは基本的に自律神経を自分でコントロールすることはできないと習ってきていますが、一つだけ自律神経に働きかける方法があります。それは「呼吸」を使うことです。ゆっくりと深く息をしましょう。そうすることで、自律神経のバランスをとりもどして、闘争・逃走モードから、ゆったりした気持ち、副交感神経優位の状態になることができます。
ここで、ジョン・カバット・ジンの言葉を紹介しましょう。
“Just this moment, just this breath, just this sitting here, just this being human. Just this. Just this.” ― JON KABAT-ZINN
まさにこの瞬間、まさに今の呼吸、まさに今ここに座っていること、まさに今人間であること。これです、これだけです。 ——ジョン・カバット-ジン
ご存じのように、ジョン・カバット-ジンは、「マインドフルネス瞑想」が世界的に知られる元になった、「マインドフルネスを元にしたストレス低減法」を開発した人です。これは、そのジョン・カバット-ジンのホームページの最初に掲げられている言葉です。
ところでマインドフルネスの概念自体は、東洋で生まれたものです。それは一種の悟りの境地に似たもので、仏教や禅の修行者たちは、昔から、瞑想によってそれに達しようとしていました。
ジョン・カバット-ジンは、元々は分子生物学者、つまり分子のレベルで生物を研究していた人ですが、大学時代に禅の瞑想の話を聞いて以来、興味を持ち、日本に来て禅僧の指導を受けたりして、長い間瞑想を続けていました。あるとき、瞑想のリトリートで一つのアイディアが浮かんだそうです。それは、体の不調や痛みで苦しむ人を少しでも楽にするために瞑想を使えないかというものでした。そして、このアイディアを仲間の医者たちの協力を得て実践してみたところ、非常に良い結果が得られました。ここから彼は、それまでのいわゆる瞑想から、仏教や禅といった宗教的な匂いを一切省いて、誰にでも使えるものにしました。今から約45年前のことです。
これが、今日本で広く知られるようになったマインドフルネス瞑想です。彼が開発したものについて書いた最初の本 Full Catastrophe Living の表紙にあるコピー「The mindfulness-based stress reduction(MBSR)program used in medical centers worldwide」を直訳すると、「世界中の医療機関で使われているマインドフルネスを土台としたストレス低減法」となります。つまり、マインドフルネスは、毎日の生活で体験するストレスをやわらげて、身体的に精神的に健康な生活を送るための方法ですと言っているのです。そして、『マインドフルネス 気づきの子育て』の中にもありますが、マインドフルネスとは「気づき(awareness アウェアネス)」のことで、「今、ここ」の自分に気づいている、覚醒している状態をいいます。
「自分がどう育てられたか」に気づく
さて、『マインドフルネス 気づきの子育て』の帯には、「豊かな絆と生きる力を育み、未来へとつなぐインナーワークのすすめ」とあります。つまり、マインドフルに子育てをすることは内面修行であり、この本は、子どもにどう対処するかを説く本ではなく、どういう親になったらいいかを、マインドフルネスの視点から示す本なのです。そしてこれに、「子どもと関わる大人にとって、すべての人間にとって、大切なことは、「今、この瞬間」にある」という言葉が続いています。この「ある」、というのは、存在する、という意味で、「今、この瞬間に存在している」とは、「意識的に現在を生きていること」です。
また、「すべての人間にとって」という言葉も見逃せません。このトークには子育てをしていない人、子育てが終わった人など、いろいろな方が参加されていますが、どの人にも共通しているのは、「育てられた」という体験です。この本を読むことは、「自分がどう育てられたか」を知ることにもなり、自分と向き合うことになります。たとえば、育てられた体験の中で自分に与えられなかった体験は他の人(子ども)に与えることがなかなか難しいものです。ですから、人によっては、この本を読むことを辛いと感じるときもあるでしょう。読み進めるのが難しいと感じる場合、そういう理由もありうると思います。そのような場合は、1回に読むページ数を少なくすることをおすすめします。全体が小さな60の話で構成されているので、一日一つ読んでもよいでしょう。小説などの物語ではありませんので、一つひとつの話を消化しながらゆっくりと読んでいただければと思います。
わたしは翻訳作業を通して10回以上読んだと思いますが、読むたびに新しく学ぶことがありました。読んでいて、苦しいことも多々ありました。自分が親にどう育てられなかったか、また自分が、どういう子育てをしなかったかも分かって、息苦しくなることさえありました。最終的には、子育てをされている方にこの本を届けたい、少しでも子どもたちと親たちの助けになったらうれしいと思いました。
心が穏やかになるマインドフルネス
さて、今日のテーマは、「心が穏やかになるマインドフルネス」ですが、「穏やか」とはどういう状態を言うのでしょうか? 穏やかな人とはどういう人でしょう? 怒らない、平静な人、焦らない、ジャッジしない、受け入れる……。
前回も言いましたが、マインドフルネス瞑想を1年以上続けている人たちからは、穏やかになった、怒ることが減った、気持ちが楽になった、焦らなくなった、と聞いています。その理由として、一番に挙げられるのが、自分をジャッジしないで、判断しないでいられるから、というものです。絶え間なく、自分を否定したり拒否したりしていると、苦しくて仕方がありませんね。穏やかでいられません。苦しいので、他の人をも、ジャッジし、判断してしまいます。
研究では、マインドフルネス瞑想を長く続けている人は、悲しみやうつなどに関係している、脳の扁桃体の活性が下がってうつや不安が和らいでいるという結果が出ています。脳が変わる、それも、自分で変えることができるということはすごいことだと思いますし、そのことが実際に証明される時代になったことにも感動します。
では、先回紹介した、呼吸のマインドフルネス瞑想を、今回は少し長くやってみましょう。これは、マインドフルネス瞑想として基本になる瞑想ですので、家でできるように覚えていただきたいと思います。
「マインドフルネス瞑想法」は、目覚めているすべての瞬間を意識できるようになるための鍛錬です。自分が何かをしているとき、自分がその時にしていることに気づいていること、それがマインドフルネスというものです。実際にやってみると分かりますが、簡単なようで、簡単ではありません。マインドフルネス瞑想によって、これが徐々にできるようになります。ふだん私たちは、自動操縦で生きているといっていいと思います。つまり、無意識に動かされている状態です。ですから、「今、ここ」に生きていることに常に気づいているためには、鍛錬が必要になるわけです。
マインドフルネス瞑想には、形式を持つものと、形式ばらないものという、2種類の鍛錬法があります。呼吸によるマインドフルネス瞑想は、形式的な鍛錬法の一つです。形式ばらない鍛錬法の方は、日常生活の中で自分がしていることに常に気づく、という方法です。こちらは、気づくことを思い出すことが必要になりますが、「思い出す」こと自体が難しいので、鍛錬が必要です。
ここで、ちょっとわたしのマインドフルネス体験をお話ししたいと思います。じつは今朝、わたしは失敗をしたのです。ここ(トーク会場)に来るために出かけようとして、ふっと、今日のトークで使うものを入れたキャリーケースの鍵を持っているかなと思いました。確かめたら、どこにもないのです。あらゆる場所を探しましたが、見当たらないのです。会場準備に30分はかかるので、すぐに家を出なければならないのに、です。
その時わたしは、慌て始めた自分に気づいて、「マインドフルネス」を思い出すよう言い聞かせました。深呼吸をして、「見つからないことを受け入れる。もう少しさがしても見つからなかったら、手持ちのものだけで今日は行う、大丈夫、パソコンはあるから、できる」と自分に言い聞かせました。すこし落ち着いたところで、昨日、準備したときのことが頭に浮かびました。あのとき、キャリーケースに全部詰め終わって、鍵をかけたはず。さて、それをどこに置いたか? あ、もしかしたら、あのとき履いていたズボンのポケット? わらにもすがる思いでポケットを探したところ、ありました! 本当にホッとしました。
今回、わたしが自分を「えらい!」と心の中で褒めたのは、この一連の流れの中で、自分を責めなかったことでした。いつもなら、自分のうかつさに腹を立てたり、ダメだなあと思ったりします。でも今回は、一番困ったと感じたときに、「マインドフルネス」を思い出して、深呼吸をして落ち着くことができました。
マインドフルネスを支える7つの柱
それではこれから、マインドフルネスを支える7つの柱について学んでいきましょう。7つの柱は、マインドフルネスという状態に到達するための道と言っていいでしょう。一つひとつ、ご紹介していきます。どれがいちばん大事というものではなく、互いに支え合って、一つになってマインドフルネスを作ります。
1.ジャッジしない 判断しない
これは、自分も含めて、すべてを、「これはいい」、「あれは悪い」と、ジャッジしない、判断しないということです。わたしが訳した本に『こどものスモールトラウマのためにできること』(スッダ・クドゥバ著、春秋社)という本があります。このイラストは、その中に入っている絵です。
(『こどものスモールトラウマのためにできること』pp.364~365)
子どもが植物に牛乳をあげている場面です。
右の絵は、お母さんが、「なんてことをするの! どうしてそんなことするの? そのお花も死ぬし、牛乳も無駄にしたでしょ」と叱っています。子どもは悲しい顔をして、母親から目を逸らし、何か言いたそうですが、何も言えません。
左の絵は母親がその場の状況を、「お花に牛乳をあげているのね」と、ありのままに言葉にしたあとで、「どうして?」と尋ねています。子どもは、「だって、ぼくみたいに強くなってほしいから、牛乳をあげてるんだ」と母親の顔を見て、説明しています。二人の間にはつながりができています。ジャッジしないと、このような展開が可能になるというひとつの例です。
2.初心
初心とは、物事を初めて見るように(自分の中にある信じ込みを捨てて)見るということです。
どういうことかというと……わたしが着ているカーディガンを見ていただけますか。これは、わたしが糸を紡いだものです。この部分の糸は藍で染めました。この部分は茶綿と言って、茶色の綿を紡ぎました。さて、最初に皆さんがご覧になった「カーディガン」の印象は、わたしの説明で変わりましたね。わたしからの情報がインプットされた結果、一番初めに見たときの印象が変化しました。
こういうことが私たちの中で常に起きているわけです。たとえば、人間関係で言えば、誰かにひどく叱られた、という体験をすると、次の時に同じ人に会ったとき、あるいは似た人に会うと、叱られたときの気持ちが自然に湧き上がるものです。初めて会ったときの気持ちになることは難しいです。わたしたちは自分にこうした傾向があることに気づいて、ものごとを初めて見るように見てみよう、というのが、この「初心」です。子どもとは毎日顔を合わせているのですが、初めて会ったような気持ちで見たら、どんなふうに見えるでしょうか。また、何かをするときにも、初めてする気持ちになりましょう。
3.信頼する
他人が言っているからではなく、自分の直感を信頼することが大事です。スマホやパソコン、テレビを見て、他の人が言っていることをそのまま信じるのではなく、自分の直感を磨くようにしましょう。それには他の人の意見をすぐに信じてしまう自分に気づくことが、第一歩です。
4.達成しようとむやみに努力しない
常に、次にすることを考えていたり、自分を良くしようと考えていると、今ある自分の姿に満足することができません。今の自分を喜ぶ時間を取りましょう。
ほとんどの人は、良くなろうと努力しています。それは悪くないのですが、その結果、自分を常に責めているかもしれません。それでは苦しくなるばかりだということに気がつくことが大切です。
5.忍耐する
私たちは、今、この瞬間にしか生きることはできません。将来を予測しても現実にどうなるかはわかりません。過去を思っても今は変えられません。未来が早く来てほしい、何かが変わってほしいと願うことよりも、今の瞬間に注意を向けて時間が経つのを待つことが必要だということを理解しましょう(焦らないで耐えること)。
わたしは、去年母が亡くなるまで、6年間一緒に暮らしていました。当然ですが、毎日、母の洗濯物が出ました。あるとき、洗濯物を干していると、自分が焦っていないことに気がつきました。干すのにかかる時間は同じなのですが、焦りが消えて、動作そのものを意識していました。それまでは焦る自分に対して忍耐していることを意識していたのですが、忍耐して、忍耐して、忍耐しなくなったときに、忍耐しなくていい自分になったことがわかりました。早く行うのがいいことだ、効率的に作業するのがいいことだ、という思い込みを持っていた自分から、「今、ここ」でしていることを味わう自分になったんです。すべてがそうなったわけじゃありませんが、自分に忍耐した結果、忍耐しなくて良くなった自分は、身体も楽で、気持ちも良くて、かえって仕事がスムーズにはかどるような気がします。
6.受け入れる
受け入れることは、何かを許可したり、迎合することではなくて、今の瞬間を否定しないでありのままに見ることです。そして、分かったことをもとにして生きることです。何か嫌なことが起きているとき、「起きている」現実を、「いやだな、辛いな」と感じている「自分」を、受け入れるのです。いやだと思う状態を保つという意味ではありません。
前回のトークのあとで質問が出ました。
「職場の人間関係で嫌なことがあるとき、それを受け入れるということは、許すということですか」という質問でした。
嫌なことを受け入れる、というのは黙っていることではないのです。「嫌なことがある、そのために自分は傷ついた、相手を憎いと思っている、悔しいと感じている」という自分の今の状態をそのまま認める、というのが受け入れることです。起きていることを見て見ぬふりをしたり、起きていないふりをすることではないのです。傷ついている自分がいるのに、「こんな自分は弱い、自分が悪い」と自分に言い聞かせることでもないです。起きたことをありのままに認める。そして「傷ついている」ことを認める。それがものすごく大きなトラウマになりそうなときは、専門家の助けが必要かもしれません。たいていの場合は、辛い嫌な苦しい感情であっても逃げないで味わっていると、少し経つと気持ちが楽になると思います。対応策を考えるのはそうなってからです。
子どもが、苦しい悲しい思いをしているとき、まず親にできることは、子どもと一緒にそこにいて、子どもの苦しみや悲しみを一緒に感じていることです。なぐさめようとしたり、アドバイスをしたりしないで、一緒にいることです。子どもが苦しんで、悲しんでいるのを見守るのです。『マインドフルネス 気づきの子育て』では、次のように言っています。
親は、自分が大きなかしの木のように彼らの傘になって、嵐の中で彼ら(子ども)が雨風をしのぐ場所になっている様をイメージするといい。木は必ずしも彼らを理解したり、問題の答えを持っている必要はない。ただ思いやりを持ってそばにいるだけでいい。 (本書p.95「受け入れること」)
子どもが自分の感情を正直に出しても安全だと思う場、子どもが弱みを見せても恥をかかせられたり拒否されたりしない場、安全だと感じられる場を作ることが大事です。それが、やがて子どもが大人になったとき、悲しみや苦しみを受け入れて、自分を制御できる人になる土台となるのです。
7.手放す、とらわれない
私たちは、自分の判断や癖、考え方、感情などを、なかなか変えようと思いません。マインドフルネスは現在の瞬間をありのままに受け入れることによって、判断や癖、考え方、感情を手放すことが可能になり、それによって、ストレスから解放されます。
長い間マインドフルネスの鍛錬を続けると、脳の回路が変わるということが、研究からわかってきました。たとえばこれまで心配ばかりしていた(恐怖、恐れにしがみついていた)思考回路から、心配しなくていいという回路に変わっていくわけです。それは、どこか静かなところに出かける、ゆっくり一人でお茶をいただく、といった外側から働きかけることによる制御ではなく、自分の内面が、外界には関係なく静かで掻き乱されない状態になっていくということです。ただそのような状態になるには、かなりの年月がかかります。内面がちょっとだけ落ち着くにも、一定期間、継続してマインドフルネスを鍛錬することが必要です。これまでの、何十年もの体験によって作られた脳の回路(構造)が、簡単に変わることを期待するのはちょっと無理でしょう。でも、自分が徐々に変化していくことは実感できると思います。そして、一旦静謐さを保てるようになった内面は、何かがあっても、簡単には元に戻らないものです。ですから、一生かけるつもりで、平安な境地に至る日を信じて、今から取り組むのがいいのではないでしょうか。
身体の声に気づくマインドフルネス
さて今日は、身体のマインドフルネス瞑想を実際に体験してみたいと思います。身体に気づくというのは、身体が出している声に敏感になることです。身体は嘘をつかないんです。身体が発する声である、頭痛、発熱、下痢、筋肉が緊張している、疲れている、などに耳を傾けてみましょう。身体に「目を向ける」ということ自体が、自分に優しくする方法だとお分かりになると思います。
身体が出している声に気づくと、自分ではよく把握していなかった感情の状態にも気づくことができます。身体の一つひとつの部分(足の甲、くるぶし、すね、ひざなど)に注意を向けることによって、交感神経と副交感神経からなる自律神経のバランスが整い、心が穏やかになって、脳の活動が休まります。これは自分を慈しむ、一つの方法です。
わたしはこのごろ、「ああ、今日はご飯を作りたくないなあ」と思ったときには、これまでのように、「何を怠けてるの、作らなくちゃいけないでしょ」と自分に圧力をかけるのではなく、身体が疲れているんだと考えるようになりました。そして、「じゃあ、今日はお弁当でも買ってくるかな」、あるいは、「近くに食べに行こうか」、または、「レトルト食品を使う?」と自分に尋ねます。最近ではウーバーイーツなどもありますし、様々な選択肢から選べばいいのです。選択肢を思い浮かべるうちに「やっぱり自分が作ろう」と思えることもあり、このときには、「作りたくないなあ」という声は消えています。選択肢を与えられたことで、心身が自由になって余裕ができるのですね。
それでは、別名ボディスキャンとも言われる、身体のマインドフルネス瞑想を、今日は短時間しかできませんが、ご一緒に体験してみたいと思います。
(※ボディスキャンにはいくつもの方法があります。ご興味のある方は、『マインドフルネスストレス低減法』(北大路書房)をごらんください。)
身体のマインドフルネス――身体の声に気づく
*椅子に座ったまま、(わたしの)誘導によって、身体の各部に注意を向けた。(約5分)
(※注:トークでは時間的な制約があり、かなり省略した形となった。以下の説明どおりに行うと、20~30分かかる。)
1.背筋を伸ばして、肩の力を抜き、無理のない姿勢をとります。身体全体を感じます。
2.数回深呼吸をしたあと、肺を空にして、その後、肺に空気を満たします。
3.自然の呼吸に戻します。肋骨の動き、お腹の動き、鼻腔に息が入ったり出たりするのを意識します。
4.これから身体の各部に気づいていきます。もし、緊張や不愉快な感じがあるのに気づいたときには、何もしようとしないで、その感覚を感じましょう。
5.まず、右足全体に注意を向けます。それから、つま先、足の裏、かかと、足の甲の順に、2~5秒ずつ意識します。
6.温かさ、冷たさ、ヒリヒリ感、拍動、痛みなどを意識します。皮膚、筋肉、骨をゆっくりと意識します。
7.右足のくるぶしから、膝までの足を意識して、下からゆっくり上へと、皮膚の感覚、温かさ、冷たさ、ヒリヒリ感、拍動、痛みを意識します。皮膚、筋肉、骨を意識します。右太ももも、膝から太もものつけねまで、同じように意識して感覚を感じましょう。
8.右足の骨盤まで来たら、左足のつま先から、右足と同じようにして意識していきましょう。
9.骨盤に達したら、骨盤から上に向かって、順に、右足、左足を意識したのと同じように意識していきます。
骨盤、腰、お腹、胸、肩を意識します。
右手、右うで前腕、右うで上腕、左手、左うで前腕、左うで上腕、首、あご、口、ひたい、頭部、後頭部、頭のてっぺんの順に意識していきましょう。その感覚を感じましょう。
10.頭のてっぺんまで来たなら、頭からつま先まで、体全体に意識を集中します。
11.身体全体を観察します。どのような姿勢で座っているでしょう。
足の位置、腕の位置、頭の位置、首、背骨を意識します。
12.身体全体を意識した後、呼吸に意識を戻します。
13.自分がいる部屋と周囲の音に気づいてください。ゆっくりと、部屋に戻りましょう。
今回は時間が押しているので、短くしかできませんでしたが、次回はもう少し丁寧に行いたいと思います。皆さんには次回までの1週間、基本となる呼吸のマインドフルネスを毎日していただければと思います。今日はこれで終わりにいたします。ありがとうございました。
次回は、「思いやりの心を作るマインドフルネス」というテーマでお話しさせていただきます。
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(写真:穂積由利子)
関連書籍
J.カバット-ジン&M.カバット-ジン著/穂積由利子訳 |
こどものスモールトラウマのためにできること 内面で何が起きているのか スッダ・クドゥバ 著/穂積由利子訳 |