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会社苦いかしょっぱいか――社長と社員の日本文化史 パオロ・マッツァリーノ

この愛、経費で落とせますか?

史実としての戦前の妾

 毎年NHKの大河ドラマには、時代考証に関するクレームが多数寄せられるといいます。たとえば、「動き、表情のどれも軽々しく戦国時代とはミスマッチだ」。
 よくいうよねえ、戦国時代のひとを見たことないくせに。
 一方、戦前に実在した人物をモデルにした朝ドラには、ヒロインの夫に妾【めかけ】がいた事実は伏せて、仲むつまじい夫婦として描いてほしいという要望が。
 かたや史実に忠実にといい、かたや史実を曲げろという。じゃあ戦国時代の男色や戦前のこどもの間引きなんかを忠実に描いたら? 視聴者どん引きまちがいなしです。そういうのに比べたら妾なんてかわいいもんじゃないですか。
 NHKがドラマに妾を登場させないわけではありません。二〇一五年に放送された〝電力の鬼〟松永安左エ門を主人公にした単発ドラマは冒頭、松永が妾宅にいるシーンからはじまってました。
 十年ほど前に松永について調べたので私は多少詳しいのですが、松永は女好きで有名でした。勲章を辞退するような硬骨漢でありながら、晩年まで女遊びはやめられなかった煩悩あふれる人だったのです。
 私が好きなもうひとりの経済人、渋沢栄一も例外ではありません。明治時代、日本経済の基礎をすべて作ってしまう大活躍と並行して、孤児院から近所の火事見舞いまで慈善事業にもやたら熱心。妾をいっぱい囲ってたのも、慈善事業の一環……? かどうかはともかく、妾の子も多数養育してたはずです。奥さんがいるのに、自宅に妾を同居させていた時期もあったほど。朝ドラ向きのエピソードではありません。
 渋沢の奥さんはのちに、『論語』に入れ込んでいた渋沢は都合のいい教典をみつけたものだと皮肉ってます。もしもキリスト教の聖書だったら女遊びは許されないからね、と。
 ユーモアのセンスがあって素敵な奥さんですが、ちょっとカン違いされてます。孔子も女遊びには批判的なんです。渋沢はその辺はごまかしてますけども。
 賛否はべつとして、戦前までは、富と地位を手にした男が妾を囲うのはごく普通の習慣だったってことは史実として知っておいてください。ただし明治大正期にも進歩的な考えの女性たちはいて、妾という風習を批判してたんですけどね。
 明治になってまもなく、政府もいったんは妾を公認したものの、明治一五年の刑法改正、三一年の民法改正によって再び日陰の存在に戻されます。
 男たちのほうも、妾の存在をおおっぴらには自慢してません。そこまでやったら野暮ってもんです。世間の目をはばかりながら妾宅に通うのがマナーです。そして周囲の人々も、見て見ぬフリをするのが粋なお約束。
 そのお約束を最初に破ったのが、作家の黒岩涙香でした。明治三一年、自身が社主をつとめる新聞『萬朝報』で、有名人がどこに何人妾を囲っているかを調査公表する連載をはじめたのです。
 紙上で妾の存在を暴露されたのは総勢五〇〇人以上。有名な社長、文人、政治家が名を連ねてます。とはいえ、現代人のわれわれにとっては、誰それ? って人ばかり。裏を返せば、さほど有名でない人までも、妾を持っていたという証拠でもあります。
 だからなのか、派手にスキャンダルをぶっちゃけたにもかかわらず世間の反応はいまひとつで、記者を動員して取材に奮闘した黒岩のほうが空回りしてしまった感も。

男の甲斐性にはカネがかかる

 一夜限りの浮気とは異なり、妾や愛人は継続的に囲い続けなければなりません。先立つものはカネ。住む家を借りてやり、生活費もすべて渡すのです。本当の家族を養うのと変わらない費用がかかります。
 お金持ちでないとできないからこそ、妾を持つことがある種のステータスとみなされて、「男の甲斐性」なんて言葉で正当化されてきたわけです。
 戦前の社長が妾を何人も持てたりしたのは、やっぱりそれ相応の所得があったから。戦前はいまとは比べものにならないくらいの格差社会でした。大手銀行や一流企業の社長ともなると、庶民とはケタ外れの格差がありました。
 昭和初期、平均的庶民サラリーマンの月給は一〇〇円が相場だったと、岩瀬彰さんが『「月給百円」サラリーマン』で述べてます。いまの貨幣価値に換算するのに二〇〇〇倍説を採用すると、月給二〇万円といったところですか。これでは妾を持つなど夢のまた夢です。
 では戦前の一流企業に勤めるエリートの待遇はどうだったのか。一九五四(昭和二九)年の『実業の世界』で某会社社長がかなり具体的な数字をあげてます。重役でない社員の最高月給は五〇〇円くらいだったとのこと。これだけでも庶民からしたらなかなかのもんですけど、戦前の一流企業は年に一万円もの破格のボーナスを支給することがありました。てことは年俸となると一六〇〇〇円に跳ね上がります。
 これが重役に出世すると年俸四万から六万円、さらに社長ともなれば、年俸一〇万から一五万円だったというから、いまなら年俸二億円以上です。しかも戦前は税金が安かったので手元に七割は残ったらしい。
 これだけウハウハだったら、妾の二人や三人囲えちゃいますね。

戦後社長の待遇

 戦後になっても社長たちの浮気心は変わりません。しかし社長をめぐる状況は一変してしまいました。
 前回触れたように、戦後の日本では、三等社長といわれるサラリーマン社長が主流になり、社長の待遇が戦前とは激変します。
 貨幣価値がかなり変わったので単純比較はむずかしいけど、さきほどの記事の社長は、実感として一流企業の社長の給料は戦前の四分の一以下になったといってます。しかも戦後は極端な累進課税によって、高所得者は稼ぎの六割以上を税金で持って行かれるようになりました。
 小説『三等重役』の桑原社長は、いきつけのバーのマダムが月三万円のお手当てでパトロン募集中とのウワサを耳にして、スケベ心がうずきます。地方都市とはいえ一流企業の社長たる自分には、それくらいのことは許されるだろうと考えるのです。
 当時は大卒の初任給が一万円程度。総理大臣の月給でさえ六万~八万円の時代です。バーのマダムがどんないい女なのか知らんけど、月三万円はかなり強気ですね。でもそれを払えると胸算用してるくらいだから、桑原社長は月にウン十万円はもらっていた設定なのでしょう。
 戦後、住友生命の重役に抜擢された小松正鎚は『三等重役』を読み、社長の待遇がよすぎると感想を述べてます。自分ら若手の三等重役は、経費削減のために移動の列車も満員の三等車を利用したし、財力や貫禄を誇示するようなでっぷり太った重役イメージとも無縁だった、と。

戦後は愛人も経費で落とす

 戦前はあたりまえすぎてスルーされていた社長の下半身スキャンダルも、戦後はマスコミのネタにされる機会が増えて、進退に影響するケースも出てきます。
 とはいえ昭和はまだエロに寛容な時代でした。社長に愛人がいることが単独で報道されたことはほとんどありません。たいていは、倒産・脱税・粉飾決算などの事件が報道される際に、ついでに愛人関係まで暴露されていくパターンです。
 たとえば一九六六年、詐欺容疑で手形金融業の社長が捕まった事件では、乱脈経営の実態を報じるだけでなく、女をとっかえひっかえして社員にまで手をつけた、大卒は詐称で本当は小学卒、過去に逮捕歴六回、昨年あげた何度目かの結婚式には田中角栄、児玉誉士夫、森脇将光など政財界の黒すぎる人脈が列席していたなど、プライベートが洗いざらい暴かれてます。

 戦後は社長の収入が減ったせいもあるのか、妾宅を借りて妾を囲うような仰々しいやりかたは廃れ、お手当てで愛人契約を結ぶ方法が主流になります。愛人側もひとりのダンナだけから多額のお手当てを得るのはむずかしく、複数の男と愛人契約を結ぶようになったので株式方式などと揶揄されることも。
 残念なのは、戦後の社長は器が小さくなったこと。戦前のように法外な給料がもらえないものだから、愛人のお手当てを会社の経費で落とそうとする輩が増えました。セコいでしょ。浮気を男の甲斐性などとイバれるのは自腹切るからであって、会社のカネを使ってたら甲斐性でもなんでもない。それどころか横領です。犯罪ですよ。
 この背景には、戦後の日本で企業の交際費が必要経費として大幅に認められるようになった事情が関係しています。昭和三〇年代から四〇年代にかけて企業の交際費はふくれあがり、国税庁の発表によると昭和三〇年には三〇〇〇億円だったのが、四五年には一兆円を超えました。
 要するに戦後高度成長期は社長も社員も、会社のカネで飲みまくり遊びまくり抱きまくってたわけです。日本の交際費の一割は銀座に落ちるだとか、日本のホステス人口はいまや国家公務員に匹敵するだとか、なんの自慢なのかわからない伝説が生まれたのもこのころ。
 とはいえさすがに税務署や国税庁も、社長の愛人のお手当てまでは会社の経費とは認めるわけがない。バレたら当然、脱税なので、エロ社長たちはごまかしかたに知恵を絞ります。
 ミステリ小説や映画ではおなじみの交換殺人トリックを応用した社長もいました。自分の女房を殺したいと思ってる二人の男が結託し、互いに相手の女房を殺すことで、犯行時にアリバイを確保できるってヤツね。
 ある社長は取引先の社長と示し合わせ、互いに相手の愛人を会社の取締役にすることで、愛人に会社から給料を払うという交換愛人トリックを実践していました。結局この会社は倒産し、社長の悪行もバレましたけど。

愛人の大衆化

 一九五九(昭和三四)年に、妾をテーマにした『妾』(沢寿次著)という本が出ています。さまざまな妾トリビアが載っていますが、根拠となる文献が明示されてないので、資料的価値はいまひとつ。東京の大企業に勤める三五~五〇歳の既婚管理職サラリーマン二一六人中、五一人が愛人と浮気しているなんて調査結果が載ってますが……どこまで信用したものか。
 ともあれ、経済発展とともに愛人の大衆化が進んだのはまちがいないところです。
 一九七〇年代くらいになると水商売のプロ女性だけでなく、シロウトがお金欲しさに愛人志願をするようになります。
 一九七二年の『週刊平凡』では二一歳の女子大生が、「フィーリングさえ合って月に三〇万円もらえれば、ハゲでも金歯でも文句いわないわ」と身の程をわきまえぬ希望条件を出しています。当時、会社の受付嬢の月給が手取りで三万五千円なんて時代ですから、三〇万などありえません。このバカ女子大生はいま六五歳のババアです。老後破産してればいいのに。
 まあこうなってくると、社員も社長に負けてられません。会社の経費を使ってシロウト愛人を囲う術を考えます。
 「アパート代で愛人を囲う遠距離社員の〝生活の知恵〟」というノウハウが載ったのは一九七一年の『週刊アサヒ芸能』。
 都内一流企業勤務の三〇代営業マンは、妻子のある身でありながら、取引先の受付嬢に家賃一六〇〇〇円のアパートを借りてやり、愛人にしています。手取り七万円の彼にそんなことができるのは、麻雀の腕がプロ並みであることに加え、接待で深夜になると自宅のある茅ヶ崎までのタクシー代が会社から支給されるから。そんなとき彼は、妻にはホテルに泊まると連絡し、愛人のアパートに泊まります。月に二万五千円ほどになるタクシー代はまるまる自分のふところに。
 他にも『現代』七二年一一月号には「安くて楽しい〝お妾さん〟入手テキスト」なんて記事が堂々と載り、平社員の読者諸氏が愛人を持つために必要な基礎知識を伝授しています。同年一二月の『週刊サンケイ』の「現代メカケ考」は政治家が愛人を持つことに批判的な識者の意見を紹介しつつも、ツヤダネが人間的魅力に転化するほどの人物であることが男の甲斐性ではなかろうか、と締めくくり浮気を擁護します。
 このあと、中ピ連というウーマンリブ団体が男の浮気や不倫を激しく糾弾して話題となったのもつかのま、あっというまに下火になってしまいます。
 それどころか八〇年代になっても浮気の炎は鎮火せず。愛人への手当てを会社の経費から三年間で六〇〇万円払っていた社長や、愛人への手当てを捻出するために裏帳簿を作っていた社長が国税庁の調査であきらかになったなんて記事が新聞紙面を飾ります。
 男は浮気のためとなると、創意工夫にとことん情熱を傾けられるのです。最近話題になった例だと、愛人との海外旅行をカモフラージュするためにダミーの男性を連れて行くなんて独創的な技を編み出した人がいましたけど、そこまでやったのにあの結果でしょ。努力は必ず報われる、ってわけじゃないんですね。
 今回、社長と社員についてお話ししてきましたが、じつは国会議員も同じことをやってました。一九五一(昭和二六)年から議員の歳費と秘書の給与がほぼ倍に跳ね上がりました。するとその途端、愛人を秘書にする議員が続出、どう見ても秘書とは思えないケバい女が国会内をやたらとうろつくようになったと、新聞雑誌が報じています。
 国会議員は国のカネで、社長と社員は会社のカネで、愛人とよろしくやってました。オールジャパンで浮気をしていたのが、昭和という時代だったんです。

 


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会社苦いかしょっぱいか

パオロ・マッツァリーノ『会社苦いかしょっぱいか:社長と社員の日本文化史』

 

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著者略歴

  1. パオロ・マッツァリーノ

    イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。著書に『反社会学講講座(正・続)』『偽善のすすめ』『誰も調べなかった日本文化史』『「昔はよかった」病』『怒る! 日本文化論』『ザ・世のなか力』『コドモダマシ』など。

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