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【特集】1850年代の音楽・文化・社会

理想と現実の狭間で──ワーグナーの一八五〇年代

 

 理想と現実。人はそのギャップに悩み、苦しみ、葛藤する。二一世紀の現代を生きる私たちも、もっと過去を生きた人々も、それぞれにこの普遍的な問題と向き合いながら生きている。

 私は一〇年来、一九世紀ドイツの楽劇作家リヒャルト・ワーグナーの作品研究に従事してきた。自筆楽譜を調査したり、総譜を分析したりしていて、いつの間にか一〇年もの時間が過ぎてしまったのだが、この「一〇年」という年月は、ワーグナーが一八四九年の革命に加担してその失敗を味わい、スイスのチューリヒへ亡命してから、一八五九年にパリへと向かうまでの時間にほぼ等しい。彼にとって一八五〇年代は、人生の上でも創作の上でも大きな転換を促すことになった重要な期間であり、理想と現実の間で彼がもっとも大きく揺れ動いた時期でもあった。この時代のワーグナーについて、彼の著述活動と楽劇創作の点から、少し詳しく見てみよう。

 

真の芸術を追い求めて

 

 宮廷歌劇場の楽長という立場にありながらドレスデン蜂起に関与し、革命の失敗とともに祖国を追われたワーグナーは、一八五〇年代の大半を中立国スイスのチューリヒで過ごすことになる。宮廷歌劇場の楽長職とは、たとえるなら国立劇場の役職者(=公務員)であるから、革命運動への関与などもってのほかなことは、言うまでもない。とはいえ、この宮廷楽長時代に劇場の現状を目の当たりにした彼は、より良い上演環境を整えるために、楽団員の待遇改善から楽団の所蔵楽器の整備にいたるまで目を行き届かせ、状況改善を求める誓願書を宮廷に提出するなど、精力的にその務めを果たしていた。勿論ここには、理想としての芸術を追求する彼の姿勢がすでに見て取れるわけだが、その活動はあくまで現実を見据えての対応だった。しかしこうした努力は、彼の理想とする劇場を創り上げるためには梨の礫でしかなかった。こうした現実に失望感を募らせていったことが、彼を革命運動に向かわせたのであった。

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 チューリヒに居を定めたワーグナーが最初に取り組んだのは、理想を実現するための理論の構築であったが、同時にそれは、先の革命運動について省察も促した。チューリヒ時代初期に相次いで書き下ろされた三編の論文『芸術と革命』(一八四九年)、『未来の芸術作品』(一八五〇年)、『オペラとドラマ』(一八五一年)において著者ワーグナーは、芸術は社会の所産であり、産業化された芸術はもはや芸術ではない、という考えを前提として、芸術を真の姿へと解放するための行為は、必然的に革命的にならざるを得ない、という主張を展開した。そして、真の英術作品として彼が呈示した概念が「綜合芸術作品」であり、それは同時期に書き下ろした劇詩《ジークフリートの死》によって実現されるはずだ、と彼は考えたのだった。この理想を実現(=制作・上演)するための理論的考察が『オペラとドラマ』の中に凝縮して示されたが、その中には専用の劇場の建設や、目的達成後にはそれを解体するといった現実味に欠ける構想が同居している。すでにこの頃から、彼の中の理想と現実の境界は曖昧になっていたようだ。

 

理想の響き

 

 一連の著作を書き下ろした後、ワーグナーは劇詩を拡張して四部作《ニーベルングの指環》へと発展させた。一八五三年一一月一日、〈序夜と三日間からなる舞台祝祭劇〉と銘打たれた《指環》の作曲が、序夜《ラインの黄金》をもって着手された。このとき彼は、それまでのオペラの作曲と同じように、まずテクストに節を付け、伴奏の和音を大まかに書き記し、主要な楽想のいくつかを定着させていった。しかし年をまたいだ二月上旬、音楽をオーケストラに移し替える作業に取りかかったところで、彼の手は止まってしまった。最初の場面はライン川の水底に徐々に光が差し込んでくる情景を音楽だけで表現しなければならなかったのだが、ワーグナーは自身が理想とする響きを、かつてと同じ方法で生み出すことができなかったのである。そこでこの作曲家は、生涯でただ一度だけ、スケッチを放棄して直に総譜で作曲を行なったのだ。筆者はかつて、バイロイトのワーグナー・アーカイヴでこの自筆譜を調査した経験がある。私がそこで見たものは、確信に満ちたよどみない筆致であり、これが下書きなしに書き下ろされたとは、とても思えなかった。しかしよくよく観察してみると、うっすらと鉛筆で訂正が行なわれているのが確認でき、大作曲家の仕事場をこっそりと覗き見たような気持ちになり、背徳感にも似た感情を抱いて興奮したものだ。

 ワーグナーは《ラインの黄金》の作曲に際して、かつてない規模のオーケストラを必要とした。それは、彼がライン川の精、地底に棲むニーベルング族、巨人、神々といったメルヘン的・神話的な登場人物たちや、世界を支配する力のある指環、恐れを知らぬ英雄だけが自在に使いこなすことのできる剣などの事物、さらには呪いや救済といった概念も、すべてオーケストラの音色で描き分けようとしたためなのだが、あろうことかワーグナーは、この目的実現のために、現実には存在しない空想上の楽器を楽譜に書き入れてしまった。

 オーケストラに多少詳しい者ならば、この作曲家の名を冠した「ワーグナー・テューバ」なる楽器の名称を耳にしたことがあるだろう。これはまさに、ワーグナーがこの目的のために想像=創造した楽器なのである。多少難しい話になるが、楽器の分類学においては、この楽器は「ホルン・テューバ」という分類になる。すなわち、マウスピースを差し込む部分の口径はホルンと同しなのだが、楽器の外形はベルが上を向き、徐々に膨らみを帯びていて、小型のテューバそのものなのである。加えて、テューバでは右手で操作するヴァルブが、ホルンと同様に左手で操作するように設計されているのだ。一八七六年の《指環》全曲初演に際して特注された楽器は現存しないが、その音色に作曲者は満足しなかったことが伝えられている。実際、今日のオーケストラで使われている楽器は、ワーグナーの死後に弟子たちが作曲者にかわって改良を施した結果できあがったものを原型としいているのだ。

 奇妙なことだが、ワーグナーは最初からそのような存在しない楽器のために作曲をはじめたわけではなかった。先に触れたバイロイトのアーカイヴには、ワーグナーが必要な楽器をリストアップしたメモが現存しているのだが、そこにははっきりと「サクソルン」という楽器名が記されている。これは、サクソフォーンの発明者として知られるアドルフ・サックスが開発した新しい金管楽器の名称で、当時実際に存在した楽器である。しかしなぜか、ワーグナーは総譜を書き進めるうちに、これを小型の「テューバ」へと変更してしまい、《ラインの黄金》の総譜を完成する頃には、ホルン奏者が持ち替えて演奏する楽器という前提が成立してしまったのだ。《ラインの黄金》の総譜には、現実と想像の間を揺れ動くワーグナーの姿が刻まれている。

 

現実のための創作

 

 四部作《指環》のうち、《ラインの黄金》と《ヴァルキューレ》を立て続けに完成し、第三作《ジークフリート》に取りかかった時、ワーグナーはふたたび現実の世界に意識を向けることになった。差し迫った金銭問題も主要な要因のひとつだったが、心血を注いでいた《指環》の計画が頓挫する可能性を感じたことに加えて、長らく新作を世に問うていないために、オペラ界から自身の存在が忘れ去られてしまうのではないか、という不安が彼を襲ったのだ。一八五七年八月、ついに彼は《ジークフリート》を完成させることなく放置し、「より上演の容易な」作品として、《トリスタンとイゾルデ》の創作に取りかかったのである。

 ワーグナーにとって、この決断は極めて現実的な判断なのであった。この《トリスタン》は、《指環》とは違って一作完結、王女イゾルデと騎士トリスタンという男女を主人公とした物語で、筋の内容も規模も《指環》とは比べ物にならないほど分りやすい――少なくとも、表面上はそう見える。しかし創作を進めるうち、事態は思わぬ方向へと進み始めた。ワーグナーはこの作品において、和声や動機展開といった作曲技法を究極的に追求することとなり、その結果、極めて上演の難しいものになってしまったのである。実際《トリスタン》は、一八五九年に完成されてから一八六五年に初演にこぎ着けるまで、六年もの歳月を要している。

 

矛盾という魅力

 

 青年期より歌劇場で合唱やオーケストラの指揮をしていたワーグナーは、その実状を十分に理解していた。だから、彼の一八四〇年代までのオペラには、その範囲を逸脱するようなことはほとんど書かれていないし、勿論、ありもしない楽器を指定することもなかった。しかし、革命と挫折を経験し、歌劇場の現場を離れたワーグナーは、自身の芸術理念の実現に向けて、徐々に現実から離れていった。しかし、長年の経験によってこびりついた現実対応を完全に捨てることは、彼にはできなかった。そうしてできあがった作品は、彼の理想主義的側面と現実主義的側面の双方を内包することになる。

 研究者という立場からワーグナーの総譜を日々眺めていると、理想と現実の間をさまよう彼にたびたび遭遇する。以前はそのたびに困惑し、妥当な説明を求めて言説資料を読みあさったりしたものだが、一〇年もそうしたことを続けてくると、別の見方ができるようになってくる――相反するものの同居という矛盾こそが、一八五〇年代のワーグナー作品に共通する魅力なのだ。

 

◆『春秋』2018年1月号◆


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著者略歴

  1. 岡田安樹浩

    国立音楽大学ほか講師。音楽学。

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