ビジネスは、組織的な表現でもある。
この連載は、「ビジネスはどのようになれるのか」をめぐって、仲間とともに探求し、発見したことを共有する試みです。連載タイトルにある「事業表現」とは、文章表現や絵画表現、音楽表現といった表現活動のひとつとしてビジネスを捉え、経済的側面に加え、文化的側面からもそのはたらきを扱おうとするもの。個性豊かなビジネスが、今よりもっと多彩なかたちで営まれる世界であってほしいという願いを込めています。
たった一人のささやかな発見がかたちとなり、人々と共有されていく。「組織的な表現活動」としてのビジネス、そのつくり方をめぐる旅を、ぜひみなさんと一緒に歩めたらと思います。
はじめに
この連載(この旅)を通じて、ぼくがみなさんと分かち合いたい視点が3つあります。
ひとつめは、ビジネスという営みは「事業を手段として組織的に表現をする活動でもある」という視点です。ふたつめは、そのプロセスは「価値の発見と共有を通じて意味の形成を図る、文化的な行為でもある」という視点です。そのようにビジネスを見てみると、今よりもわくわくしませんか。みっつめは、「経営をする」という動詞についての視点です。人がビジネスを始めるとき、それは「経営をする」もはじまります。ぼくは経営とは「時間軸と空間軸を伴った組織的な編集とデザインである」という視点に立って見てみるとおもしろいのではないかと感じています。
これは、音楽にとてもよく似ていると思います。音楽は時間芸術です。音が鳴るということには、必ず時間が伴います。ひとつの音が次の音の前提となり、重なりあったり間を置いたりしながら、ひとつの音楽を生み出していきます。そして、音階や音符、譜面や録音、楽器や演奏方法など、世界各地で生まれたたくさんの知の結晶を用いながら、時空を越えた表現活動が続いています。例えばベートーヴェンが残した譜面を弾くことで再び音楽が立ち上がり、それを聴いたベーシストのひらめきにつながり、ある夜のジャズセッションが奇跡と呼ばれ、それを録音したレコードは海を越えて針が落とされ、スクラッチされた音はまた別の音と交わり新たな音楽となっていく。表現が表現を呼び、音楽圏を形成し、文化圏を形成し、経済圏を形成していく。音楽とはそんな人々の営みです。
ビジネスも同様で、それを受け取った人が次に何をするか、という連鎖で成り立っています。会社の中でも、外でも、誰かの仕事が誰かの仕事を可能にしています。例えば老舗と呼ばれるビジネスの姿。100年前に考えられた技術を100年後の人たちが受け取り、それを土台にまた新しい創造をし、形を変えながらも、ある役割や意味を社会の中で果たし続けています。そして、その老舗の仕事によって別の会社も仕事を続けていく。また別の会社はその仕事を前提に新しい提案を生み出すことができる。この「仕事」を「表現」と捉えてみたとき、ぼくたちが今生きている経済圏は、無数の表現によって形成されていることに気づきます。さらにその多くは、一人ひとりの資質や時間だけでは到底生み出すことができない、たくさんの方々の表現の連鎖による組織的表現として存在していることに気づきます。
ぼくは、これを「事業表現」と呼んでみたいと思っているんです。ここで言う「表現」とは、何かを主張することではなく、ある行為が、次の誰かの行為や想像を可能にすることを指しています。そして、ビジネスという営みを、ぼくたちが慣れ親しんだ経済的な観点に閉じることなく自由になって捉え直し、その組織的な創造行為が持つたのしさやおもろしさ、そして可能性に、みなさんと一緒に驚きたい。そんな期待を胸に、この連載をはじめます。
初回である今回は、なぜ「組織的な表現活動」としてのビジネス、そのつくり方をめぐる旅をはじめようと思うのか、その背景についてお話させてください。
ビジネスは新しい意味を流通させる
かつて、ぼくがComme des Garçonsのシャツを着ていたら、母に「裏返しに着てる」と言われたことがあります。そのときぼくが着ていたのは、縫い目が表に出ているデザインのシャツだったんですね。Comme des Garçonsのデザイナーである川久保玲さんは、ふつうは裏にある縫い目を、表に出した。その提案に面白さを感じる人もいれば、裏返しであると感じる人もいる。「これがビジネスという表現なのか」と、ぼくは母の心配をよそに、とても嬉しくなりました。
こうした価値提案は、アート作品をギャラリーで展示することととても似ていると思ったんです。モネの《印象・日の出(Impression, soleil levant)》が発表されたとき、「ただの印象(impression)にすぎない、未完成の習作(sketch)」という賛辞とは程遠い評価を受けたように、このとき母もまたぼくに「裏返しだよ」と親切に教えてくれたわけです。でも一方で、モネの作品への評価から“印象派(Impressionistes)”という名が生まれ、“今では別の意味が形成されているように、「これまでにない提案のあるシャツ」という商品をつくり流通させることは、世の中に新しい解釈を提示し、新しい意味を形成していくことでもあると。そんなことをぼくは感じたんです。このシャツから新しい意味が広がり、やがて縫い目という言葉が示す先がこの世界にもう一つ増える。それは、商品が売れるというよりも、世界の見え方が少しずつ書き換わっていくような営み。「これもビジネスができることなんだ」と視界が広がった瞬間でした。
それから、舞台や映画、音楽やスポーツのように、ビジネスを手段として「表現する」ことができると考えるようになりました。ビジネスの目的を儲けることだけにせず、集団で、創造的に表現することに置く。舞台をつくる理由は観客を動員することだけでないし、映画をつくる理由も興行収入だけではないように、それもまたひとつのビジネスのあり方ではないかと。「絵を描きたい」と同じ質感で「ビジネスをする」。それなら、ぼくもやりたいと。
ビジネスは希望が連鎖することでつくられる
そんな背景もあって、ぼくは現在、ビジネスづくりを仕事にしています。企業のみなさんとは新事業やブランドの開発を、国や自治体のみなさんとは地域の産業や観光の振興を、構想からともに描き、ともにかたちにする日々を送っています。また、美しいと感じる経済の風景を世界各地に訪ね歩き、その背後にある考え方や創意工夫を綴る本を書いたりもしています。子どもの頃から何かをつくることが大好きで、その延長で、ビジネスの可能性と出会い、つくるたのしさに魅せられてきました。
ビジネスをつくるというプロセスにはたくさんの歓びがあります。それまでには気づけなかったことが、気づけるようになる。わからなかったことが、わかるようになる。できなかったことが、できるようになる。「面白い」とは、顔がパッと明るくなることを語源とするそうですが、まさに文字通り。そんなとき、人の表情は晴れやかになります。ぼくたちが「未来」と呼ぶこれからの時間に、これまでにはなかった「できる」を手にした自分がいる、自分たちがいる。そう直観できたとき、人の心は躍るようにできていて、その歓びを「希望」という言葉で大切にしてきたのだとすると、ぼくはビジネスをつくるなかで出会うたくさんの希望が生まれる瞬間に魅了されてきました。ビジネスという営みは、希望が連鎖することでつくられてゆく。それが、ぼくがビジネスづくりに魅せられてきた理由です。
「つくる」ことの延長線上にビジネスを
舞台をつくったり、音楽をつくったり、映画をつくったりするのと同じように、ビジネスもつくりたい。つくることが大好きなぼくは、そんなふうに考えて「稼ぐ」でも「儲ける」でもなく「つくる」ことの延長線上でビジネスという表現に取り組んできました。
ところが、世の中はどうもそうでもないようです。
書店のものづくりの棚には、木版画の方法や手芸の手解きはあっても、「ビジネス」のつくり方について書かれている本は見当たりません。一方で、ビジネスの棚は「儲け方」についての本ばかり。ほぼ全ての仕事は、有形無形にかかわらず何かをつくっていて、「つくる」の重なりがビジネスなはずなのに、「つくる」ことや「表現する」ことの延長線上にあるビジネスについて書かれたものにはなかなか出会えません。
しかし、ものづくりの棚は「文化的表現」についての棚で、ビジネスの棚は「経済的表現」についての棚である、と捉えてみるとどうでしょうか。「意味をいかにして」の棚と「価値をいかにして」の棚であると捉えてみると、書棚の位置はだいぶ近づいてくるように思うのです。さらにいえば、「文化」を感じる棚と「経済」を感じる棚を背中合わせにくっつけて、ぐるぐるとめぐるように、いろいろな表現について考えてみたい。それが「事業表現」という言葉の先に照らしてみたい領域であり、この連載をはじめる理由のひとつです。
「個を超えた表現」としてビジネスを
もう一つ、理由があります。
ぼくが暮らす京都には、創業から100年、200年と続いている会社がたくさんあります。大きいか小さいかではなく、それぞれが目的のために最適なサイズで、100年、200年と営まれ、つくることの知恵が伝承されています。人々が発見した様々な技法や素材の扱い方が、その人の人生の長さを超えて次の世代に渡り、次の人たちはそれをベースに新しい探究をすることができる。自分だけではできないことを一人ひとりの人生の長さを超えて叶えることができる。さらには、ブランドとして組織的な同一性を保ちながらも変化していく。それが、ビジネスという表現の可能性だと思っています。
そこで「事業表現」という言葉の先には、「個」の「表現」ではなく、「個を超えた表現」としてのビジネスの姿を描いてみたいと思っています。
ビジネスのつくり方からつくるために
ビジネスという営みを、「つくる」ことの延長線上にある「個を超えた表現」と捉えてみると、どのようになるのか。それを、みなさんと一緒に考えていく旅がこの『事業表現考』という連載です。副題は「組織的表現としてのビジネスの技法」としています。
何かをつくるということは、それがどのようにできているのかを知ることからはじまります。そして、それはどのようにしてかたちをなしてゆくのか、基本的な手順や手立て、用いる道具や技術についても、知る必要もあります。楽譜やレシピを覚えるのではなく、その楽譜やレシピになった理由を想像できるようになれば、もっとたのしく、もっと自由なものになります。自らの想いをかたちにできるほどに「つくり方」がわかり、自らの想いに合わせて「つくり方そのものをつくる」ということは、表現をするうえではとても大切なことです。それは、ビジネスという表現でも一緒です。ビジネスという営みを再発見し、組織的な表現手段として編み直すこと。ビジネスのつくり方からつくるたのしさを分かち合うことが、この連載の目的地です。
旅のはじまりは、ビジネスそのものをいろいろな視点から紐解いていくことからはじめてみようと思います。ビジネスという営みが成立するとは、そもそもどういうことなのか。その成り立ちやメカニズムを解きほぐし、ビジネスはどのようにできているんだろう、ということを確認していきましょう。最初の探求は「価値」についてです。
「事業表現」という領域の入り口に立って、何を感じたのか。その先に見えた風景を、ぜひ教えてください。


