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GEIJUTSU論――藝術2.0をさぐる思考の旅 熊倉敬聡

藝術2.0とは何か?――いびつなV、いびつな○をめぐって

(1)いびつなV

 

 私たちはここまで多くのVを見た。連載を遡ってみよう。第十一回の久松・倉沢・利休のV(有・藝・姿⇆無・心)、第九・十回の藤田・魚川・大拙のV(分別⇆無分別)、第八回のアズワン・サイエンズのV(決めつけ⇆ゼロ)、第五・六・七回の田辺・マラルメのV(生・有⇆死・無)、そして「V」としては示さなかったが、第四回の小山田は「芸術」の、第三回の小倉は「発酵」の、第一回の中川は「桶」の、各々「原点・零度」へと赴き、そこから独自の再創造・デザインへと向かっていた。そして私自身もまた、マラルメの「虚無」を追体験しながら、Vを描きつつ、学びを再創造・デザインしていったのではなかったか。

 「最初の先生」たち。

 各々、既存の社会から〈外〉に出て、各々の仕方で自らの実存全体をVに賭して、「最初の先生」として復活を遂げた。その〈外〉は、既存の社会の外という意味での「外国」への旅でもあったろうし、あるいは物理的には移動せず、自分の内なる〈外〉への旅でもあったろう。多くの者は、両方の旅を同時に行なっていただろう。

 その〈外〉への旅路で、各々は既存の「かた 」――代々の生者たちが生物的・文化的・社会的生き残りをかけて受け継いできたが、いつしか硬化し、「反復」へと束縛するようにもなった「冷たい」クリエーションとしての「型」――と、血みどろになるまで闘い、「型」を破り、「型」なき、底なしの深淵へと落ちていった。「茶道」の型、「坐禅」の型、「心」の型、「芸術」の型、「教育」の型、「発酵」の型、「桶」の型、そして「人間」そのものの型――彼らは、田辺・マラルメの云う「宿命(destin)」を、各々の「行」によって貫通し、内破しつつ、「型」なき向こう、果てしなく広がる無に何があるか、起こるか、全生命を賭して見極め、挑んでいった。そして、その無限の彼方、底なき底から、何やらあたたかいものが、きらめきながら押し寄せてきて、全身を浸し、浄らかな愉楽で満たすことをまざまざと体験した。「いのち」が「自ずから」、四方八方から打ち寄せ、無と化した自らもそれに溶けいっていく。「タオ 」、「自然じねん 」、「いのち」、「la Musique」……、何と呼ぼうが、もともと人間の言葉では名づけようのない“何か”。

 『老子』に云う。

 

物有り混成し、天地に先だちて生ず。せき たりりょう たり、独立して らず、周行してあやう からず。以て天地の母たるべし。 の名を知らざるも、これ あざな して道と う。あなが ちに名を付さば大と曰うべきか。大はここにきざ し、 きてここに遠く、遠くしてここにかえ る。故に道は大、天も大、地は大、王も た大。域中に四大有りて、王、其の一に居る。人は地にのっと り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。1

 

 その「タオ 」の「いのち」、気の奔流を浴び、一度死した自己は蘇る。しかしその自己は、「もはや君の識っていたステファヌ」(マラルメ)ではなく、「無相の自己」(久松)、道の奔流に波乗り、いや奔流そのものに成りきった何者か、もはや社会的人称を失った「それ」(藤田:「いまや尽一切の坐禅がわたしをしているとも言えるし、坐禅が坐禅をしているとも言えるし、坐禅という言葉も落ちてしまって、〔…〕『それがそれをしている』と言うしかない」)としての「名人」である。ここから、「それ=名人」の再創造が始まる。無・心から有・姿・藝への還帰の道が始まる。それはまず「破格」から始まる。

 

名人は、次いで、既存の型の一つ一つを検証してゆくことになる。巨視的には、ある型が、彼の生きている時代にふさわしいか否か、彼の生きている地域にふさわしいか否か、が検証され、微視的には、その型が、それの行われる時・場所・状況にふさわしいか否か、また彼の個性にふさわしいか否か、といったことが検証の具体的内容となる。こうして、既存の型のうち、その時、その処、その人にふさわしい型は残され、そうでない型は捨てられ、または改められる。全く新しい型も作られる。2

 

 こうして、「茶道」の、「坐禅」の、「心」の、「芸術」の、「教育」の、「発酵」の、「桶」の、そして「人間」そのものの型が、「原点」から「ゼロ」から、そこから噴き出すいのちの奔流から「ほんたうは何か?」(矢野・宮沢)と問い直される。そして「巨視的」かつ「微視的」な自然・文化的環境、そして「無相の自己」自体の身心的環境に応じて、型は「残され」、「捨てられ」、「改められ」さらには「全く新しい型」が作られる。そうして、藤田は数々のソマティック・ワークから身体術までを、小山田は大工仕事から現代美術までを、アズワンは株式会社から地域通貨までを、試し、活かし、捨て、変え、自らの型なき型、変幻自在な「無型の型」ともいうべきものを、都度創造していく。そうしてやがて「離格」の境地が訪れる。「無技の技」(小山田)、「純粋なくつろぎ」(藤田)、芭蕉の「軽み」、世阿弥の「妙」。利休の「無作の作」3が訪れる。「夏はいかにも涼しきやうに、冬はいかにもあたゝかなるやうに、炭は湯のわくやうに、茶は服のよきやうに、これにて秘事はすみ候4」。

 岡倉天心は、『茶の本』の第六章「花」の末尾で、茶人たちの生ける花、「花が花自身の物語を語るにまかせる」生け方を「自然派」と呼びつつ、その究極を、「花御供」(花を生贄として捧げること)というイメージに託す。

 

花の中には死を栄光とするものもある――日本の桜のように、すすんで風に身を委ねるのだ。吉野や嵐山の桜吹雪を経験したことのある人なら誰でもわかるはずだ。つかの間、花たちは、宝石の雲のように渦巻き、水晶のような流れの上を舞うかと思うと、次の瞬間には、笑いさざめく水の流れにのって消えていく、あたかも、こう語りかけながらのように。「さようなら、春よ、私たちは永遠に向かって旅立つのです」。5

 

 花御供は、花の成仏であるとともに、「無作の作」=「離格」を旨とする名人が究極とするところでもあろう、人間の自然への合一、成仏=死の栄光でもあるだろう。そこにはもはや、人間のいかなる「作」もなく、ただただ自然の「作」があるのみである。はたして、藝術2.0はここに極まれり、だろうか。

 ところで、小倉ヒラクは、私とのインタビューで、味噌づくりに触れつつ、そこには環境と人間の「マイクロバイオーム(微生物叢)」が大きく関与していると語った。

 

お味噌も作る人によって味が変わってくるけれど、その人自身やその人の住んでいる家の微生物環境、「マイクロバイオーム」が作用する。大手のお味噌屋さんだと外から菌を入れるのである程度決まった菌しかいないんですが、自家製の場合は、麹菌以外は菌を添加しないので、そこらにいる野良の乳酸菌や酵母菌で味が大きく左右される。だから、発酵させる場所によってマイクロバイオームがそれぞれ違う。マイクロバイオームの多様性は住んでいるところからくるのはもちろんだけど、食生活とか、親、とくに母親からの遺伝も関係してきます。あとは、手の洗い方とか。それから、顔面でいうとストレスが多い人は、皮膚の表面の微生物叢がストレスという神経系の働きでエコシステムが変わってくる。変な脂汗が出ると、それを餌にする悪玉菌が増えてニキビの原因になります。6

 

 つまり、もともと微生物の発酵する坩堝である味噌は、どんな環境でどんな人によって作られても同じになるわけではなく、それが存在している微生物環境=マイクロバイオーム(そしてさらに言えば「マクロな」地球的・宇宙的環境)によって、そしてそれを扱う人間のマイクロバイオーム(およびマクロな環境)によって影響を受ける、絶えず「ゆらぎ」を孕んだ生成物なのである。

 小倉は続ける。

 

人間という存在がそもそも、人間として持っているDNAと精神性、それと体内や環境内の生物との関係でつねにゆらいでいる存在なんですね。その存在が発酵食品というそもそもにゆらぎを抱えるものを作るので、仕込む人や場所によって質が変わるというのは当然なんですね。

 

 ここで、小倉は、何気ないが重要なことを言っている。そう、人間は、他の生物同様、各自固有のマイクロバイオームをもっているだけでなく、同時に「精神」というもう一つのマイクロバイオーム、「心のマイクロバイオーム」とでもいうべきものをもっていると示唆しているのだ。

 だから、同じ自然環境で同じ素材を用いて味噌を作っても、作る人の生物的マイクロバイオームとともに、「心のマイクロバイオーム」の様態、「ゆらぎ」いかんで、味噌という「ゆらぎ」もまた変容を被るのだ。自然と人間のco-creationである発酵食は、従って単に自然の(マイクロ)バイオームと人間の(マイクロ)バイオームの生物学的共創現象にとどまるものではない。そこには必ずや「作る人」の心の微細な在り様、「精神」のミクロなゆらぎが介在するのだ。

 とは言っても、「冷たいクリエーション」としての発酵食は、その自然と人間のco-creationの在り方が反復的・回帰的で、「ゆらぎ」の振幅も先祖伝来の「伝統」の幅に収まりがちであるのに対し、小倉が紹介するような醸造の冒険家たちは、「頑なに伝統を維持するための『守り』」ではなく、「むしろ新たな価値観を創造するための『攻め』7」へと転じ、自らの「OSとしてのアート」の直感と技を駆使して、微生物たちが(人間にとって)最高のパフォーマンスを演じてくれるよう、ミクロな自然の中の不確実性に賭けるのだ。

 

自分の手の感触を通して、揺らぎや複雑性をうまく取り込んでいく。原料や微生物の力に委ねることで、予測できないサプライズを歓迎する。最初に全てを見通してデザインするのではなく、つくりながら考える。感じながら変えていく。質を高めると同時に質の定義を変える。自分を信じながら、自分でないものに身を委ねる。ミクロの自然のなかの不確実性に飛び込んでいく覚悟と喜び。そう。発酵とは人間らしさの象徴なのであるよ。8

 

 花御供もまた、それを見、それに感応する人間がいて初めて、「美」となる。桜が渦巻き、舞い、笑いさざめく、その「ゆらぎ」にこちらの心も「ゆらぐ」ことで、その死は「栄光」たりうる。

 床の間に、花を一輪生ける時、その仮初めの生は、あたかもそれを生けた人間の、同様に仮初めの生を表すが如く、宇宙へと捧げられる。それは、行により限りなく無と化した人間、「無相の自己」の、しかしあくまでその人間・自己の心の現れ、極限にまで削ぎ落とされた現れである。

 が、その現れ、一輪の花は、宇宙の、道の、大いなる「いのち」の現れ、仮初めに宿る依り代でもある。極小のいのちが、無限大のいのちと交感する霊媒でもある。骰子一擲。無限に複雑で不確実な自然・宇宙の〈音楽〉へと手向けられ、賭けられ、交響するよう、「無相な自己」が自らの極小なる心、いのちを捧げる祈りである。

 花、だけではない。名人の藝にあっては、点前の所作の一つ一つ、茶室の設えの一つ一つが、宇宙への賽の「一振り」なのである。

 利休の「無作の作」とマラルメの「骰子一擲」は、こうして各々「藝道」と「Art」の極で、交わらんとする。 

 私たちが、長きにわたって追い求めてきた藝術2.0とは、結局、ここに尽きるのか。この、超歴史的かつ超地理的な、藝道とArtの「名人」たちの交わりに尽きるのか。

 否、とここでははっきり言おう。すでに本連載の第二回で暗示したように、藝道とArt、東のVと西のVには、決定的なちがいがあった。西のV、つまりArtは、「身体」を徹底的に忘却し、陵辱したのだ。マラルメの「虚無」と宇宙の秘儀の探究が典型的に示しているように、西のVは何よりも「精神」の冒険であった。「精神」だけ、、 の冒険であった。マラルメはこう語っていた。

 

僕は恐ろしい一カ年を過ごしたところだ。僕の〈思想〉は自分自身を思考し、そして、一つの〈純粋概念〉に到達した。この、長きにわたった死に際の苦しみの間に、僕の存在がその跳ね返りとして蒙ったすべてのことについては、これを語り尽すことはできぬが、しかし幸いなことに、僕は完全に死んでしまった。そして僕の〈精神〉が入り込むかもしれぬ最も不純な境域は〈永遠〉である。僕の〈精神〉、それは自分自身の〈純粋さ〉に慣れている孤独者であって、その〈純粋さ〉を、もはや〈時間〉の反映すら曇らせることがないからだ。9

 

 その〈精神〉の冒険が、「年来つき纏うた性悪な羽毛=神」との激闘であったにもかかわらず、あるいはそうであったがゆえに、その冒険は、霊の上昇を礼賛し、肉の罪を罰するキリスト教の神学的二元論に深く浸されていた。だからこそ、マラルメを始め、西欧近代の精神の冒険家たちの肉体はことごとく病み、廃墟と化し、翻って精神までもが崩壊の危機に瀕したのだった。

 なぜ、かような事態になったのか。彼らは、「坐らなかった」からである。坐禅を通した調身・調息・調心を知らなかったからである。人間は心身一如であるゆえ、人間を含めた宇宙全般、尽一切と通じ合うには、「ただわが身をも心をもはなちわすれて」(道元)、すなわち「身」「心」などと「分別」する精神の構えが、調息――呼吸というまさに「身」と「心」の半自律的媒介が自ずから調う行により「脱落」していく、そうしたホリスティックな探究の在り方を知らなかったからである。

 確かに、西洋は「精神」の冒険、Artを突き詰めた結果、19世紀、精神の「霊妙なる自律性」(第2回)へと行き着いた。しかし、その「精神」の美学化は、世紀が変わると、その反動として、「精神」以外のあらゆるものの美学化へと転じ、「政治の耽美主義」10(ベンヤミン)としてのファシズムを招来したのだ。

 では、藝術2.0とは、東のV、利休の「無作の作」を最終境地とする「藝道」を復活させることなのか。私は前回、「そうとも言えるし、そうとも言えない」という両義的な答えにとどめておいた。

 陶々舎の一人、中山福太朗はあるインタビューでこう語っている。

 

蛍光灯の下でマックの味を知った私たちが、Perfumeを聴きながらどんなお茶をするのか。伝統文化なんて言葉に惑わされず、いま現在生きている自分の感覚で、それをいいと思うかどうかを判断していい。利休は死んでしまいました。今、現世に生きている私たちが、尊い。その私たちが、何をいいと思うのか――そこに魅かれます。誤解を恐れず言えば、家元制度はシーラカンスみたいなもの。あのまま生き続けていくことが大切なのだと思います。そのまま、ずっと受け継いだものを伝えてもらわないといけないし、それが博物館に収蔵されるのではなく、生きたものとして存在することに、大変な意義がある。私たち市井でお茶をしている人間はそうはなれないし、そうなる必要もない。トビウオにならなきゃいけないし、機動力も必要です。守らないといけないものがあって、好き勝手にしてはいけない人たちがいてくれるからこそ、私たちが自由に動くことができる。それは本当にありがたいことです。11

 

 そう、私たちは、茶を知りながらも、マックも、Perfumeも知ってしまった。私たちの「心のマイクロバイオーム」には、「ポストモダン」で「マルチカルチュラル」な時代だからこそ、古今東西、多種多様な文化的「微生物」が棲みこんでいる。その中で、あえて茶をしたければ、しなくてはならない。「熱いクリエーション」も多様である。Contemporary Artからデジタル産業まで、おそらく人類史上最も「熱い」時代を私たちは生きている。新しい、私たちの時代にふさわしい「藝道」を作り出すために、それらを活かさない手はなかろう。そう、それらの「熱いクリエーション」の中には、多種多様な「OSとしてのアート」が内蔵されている。それら、型の「有機的集積」を各々の仕方で修行した私たちは、各々の仕方で、各々のVで、自らが選んだ「冷たいクリエーション」に再接続し、来るべき藝道に向けて、「熱い」型と「冷たい」型を野合させつつ、もろともに「破格」し、特異な「サムシング・スペシャル」としての「骰子一擲」を、一輪の花を、タオ に、いのちに手向けるのだ。

 自然と人間、折々処々に特異な自然の(マイクロ)バイオームと、人間の心身の(マイクロ)バイオームとの一期一会のco-creation。両者にとっての「最高のパフォーマンス」へのjeu(賭け=戯れ)こそ、藝術2.0、来るべき藝道ではないか。それを、(私の当初の想定を裏切ることになるが)「GEIJUTSU」という日本人以外には耳慣れない響きではなく、JUDOやAIKIDOのように、人類の創造性の新しいOS、絶えず自らを「破格」するOSとして、「GEIDO」という響きとともに、世界に示してみてもいいのではないか。

 ただし、GEIDOを演じる主体はすべからく、久松の説く「道人」、すなわち、諸藝を究め、「個々の全一的根源たる主体的道」=「王三昧」の境地に至った「清浄本然の無一物的主体」である必要はなかろう。ましてや「個人も国家も〔…〕動的に統合され、新しき秩序においてその所をえせしめられる」「歴史的生命の全体的動的統合性」をもたらしうる「創成的積極的動的質料」たる必要はなかろう12。こうした「清浄」なる「全体」主義に陥らぬためにも、私たちのVは、各々特異であっていいのではないか。全員が全員、「王三昧」を究め、「道人」たらなくてもいい。深かろうが浅かろうが、「物足りない」(藤田)ままでも、「差し控えて」(田辺)もいいではないか。「破格」するOS=型も、様々であってもいいではないか。Vは「いびつ」であってもいいではないか。GEIDOはだから、様々に特異な「いびつなV」に“開かれて”いる。

 

 

(2)いびつな○、あるいはGEIDOの政治学

 

 

 赤瀬川原平は、映画『利休』の初期の脚本の中で、秀吉に切腹を命じられた利休が、その時を待ちつつ、堺の自宅に蟄居している折、最後の茶室として「楕円の茶室」を弟子とともに海辺の空き地で設計するというアイデアを盛り込んでいたと述べている。その後のスタッフ間の話し合いの結果、結局このアイデアは採用されなかったと、赤瀬川自身書いているが、私が映画を実見した限り、設定は「海辺で弟子とともに」から「自宅で妻とともに」に変わり、時間も大幅に切り詰められているが、利休が妻と睦まじくも「楕円の茶室」の雛形の障子張りをしている光景が描かれている。

 なぜ真円ではなく、楕円なのか。赤瀬川はこう説明する。

 

真円の焦点は一つだが、楕円は二つの焦点を持っている。二点からの距離の和が一定である点の軌跡を追うと楕円形が描き出される。利休がはじめ真円を描き、その焦点の釜の位置をずらすことで楕円への端緒が開ける。そして釜の対称位置に二つ目の見えない焦点があらわれ、それこそが物質を超えてあるはずの利休の精神である。利休の精神はその楕円の茶室を未完のまま弟子に託して、切腹という通過地点を越えることになったのである。註13

 

 この「楕円の茶室」の、映画に登場する雛形の形。既視感がないだろうか。そう、第一回で紹介した中川周士のシャンパンクーラーの形である。彼もまた、本来真円であらねばならない桶を、楕円へと、いびつな円へと変形したのではなかったか。

 楕円の茶室と楕円の桶という二つのいびつな円い空ろ。そういえば、本稿で言及した円は、この二つだけではなかった。ATPの生命の「環」、ウィークエンド・カフェ、アズワン・セミナー、非構成エンカウンター、ヨガ・オブ・ボイス、ギフト・サークル…。それらをこれまで私はなんの気なく「円」と呼んできたが、それらもまた実は「いびつな○」ではなかったのか。

 私は先に、アズワン・セミナーでの「きらめき」の体験を考察する途上、ユングによる〈円〉、エリアーデによる〈中心〉に触れた。ユングは「マンダラ」に〈円〉を見、その「中心」を「人格の中心・いわばこころゼーレ の奥底にある中心的な場所・の予感」として、「そこにすべてが関係づけられ、それによってすべてが秩序づけられ、それは同時にエネルギーの源泉である。中心点のエネルギーは、押し止めがたい勢いをもって現われてきて、その人本来の姿になろうとする」、そうした〈円・中心〉としてマンダラを描いた註14。またエリアーデは、「どんな小宇宙も、どんな人の住まう場所でも《中心》と呼びうるもの、すなわち特別の聖域をもっている。聖なるものが、――《未開》な人々におけるように(たとえばトーテム的な中心とかチュリンガが埋められる穴など)――原基的な聖体示現ヒエロファニー というかたちであれ、伝承的文明におけるように、神々の直接的な神体示現エピファニー というより進んだかたちであれ、全体的な仕方で顕現するのはまさしくこの中心においてなのである。註15」と述べ、その〈中心〉に垂直的に三つの宇宙界(天上界・地上界・地下界)が接合する「宇宙山」「宇宙木」「宇宙柱」を見た。

 赤瀬川・利休の「楕円の茶室」は、その〈中心〉を外す。「二つ目の見えない焦点」を設える。その不可視の虚焦点に「物質を超えてあるはずの利休の精神」を招じ入れる。この誰よりも「均斉」を嫌った「利休の精神」を招じ入れるには、〈円〉を破り、「虚ろ」という「口」を開けなくてはならないのだ。

 ところで、この国ではユング心理学の代表者とされる河合隼雄は、あたかもユングの「マンダラ・円・中心」論を内破するように、「中空構造」論を説いていた(第八回)。おさらいしよう。

 河合は『古事記』を読み解き、奇妙にも反復される三神の組み合わせのうち、中心にあたる神が常に無為で、記述すらほとんどないことに着目する。そして、この『古事記』神話における「中空性」こそ、以後発展してきた「日本人の思想、宗教、社会構造などのプロトタイプ16」になっていると主張する。そしてそこから、「中空巡回構造」を導き出す。

 

筆者が日本神話の(従って日本人の心の)構造として心に描くものは、中空の球の表面に、互いに適切な関係をもちつつバランスをとって配置されている神々の姿である。ただ、人間がこの中空の球状マンダラをそのまま把握し、意識化することは極めて困難であり、それはしばしば、二次元平面に投影された円として意識される。つまり、それは投影される平面に応じて何らかの中心をもつことになる。しかし、その中心は絶対的ではなく投影面が変れば(状況が変れば)、中心も変るのである。17

 

 河合によれば、「中空巡回構造」は、社会組織の中で「短所」として現れれば、責任の所在が一つの「中心」に収斂せず、小さい仮初めの中心を経巡り、宙吊りになってしまうことになる。しかし(河合自身は明言していないが)それが「長所」として働き出せば、例えば、私がアズワン・セミナーや非構成エンカウンターで体験したごとく、小さい中心たち、小さい「神々」たちが、各々いびつなVの奥底から辛うじて発する呟き、叫び、あるいは沈黙の強度が、中空の虚ろをさざめかせ、きらめかせ、荘厳するような小さな「奇跡」すら起こしうるだろう。

 だから例えば、小山田徹も「小さい」火、「ちび火」にこだわるのだ。「大きな」火は、どうしても「大きな中心性を帯びたイデオロギー」18めき、(エリアーデ風に言えば)「宇宙柱」のような垂直的中心性を宿してしまう。だから、「女川常夜灯」でも、「小さい」火がたくさん、あちこちに灯り、人々はそれを不揃いに囲みながら、霊たちと交流するのだ。 

 ところで、岡倉天心は『茶の本』で、茶道は「東洋的民主主義」の神髄を示すと述べている。

 

茶道は貴婦人の優雅なサロンにも受け入れられれば、庶民のあばら家にも分け隔てなく入っていった。わが国の農民は花を生ける術を心得てきたし、最下層の労働者ですら岩や水を聖なるものとして敬うことを忘れなかった。19

 

 そう、茶道はおそらくある時代まで(少なくとも天心の時代まで)、市井の生活の隅々に(正式なお手前ができるか否かにかかわらず)、その精神と型を「民主主義化」していた。だが、その「民主主義」は単なる世俗化ではなかった。逆に、日常の世俗の「縁」を半ば断ち切る、脱「俗」的な、半「絶縁」的な、非日常的民主主義だった。露地を歩みつつ、蹲で手を浄めつつ、にじり口を通り抜けつつ、人々は「世間」のしがらみ、社会的アイデンティティから解き放たれていった。

 小山田がバザールカフェで実現しようとした「バリアフリー」の「共有空間」もまさに、そうした脱「縁」的民主主義ではなかったか。私たちは、日常生活を送りつつ、物理的バリアのみならず、同時に様々な社会的・心理的バリア、(『S/N』の云う)「沈黙の申し合わせ」により意識的・無意識的に縛られ妨げられながら生きている。『S/N』、そしてバザールカフェは、何よりもそれらの不可視のバリアの〈外〉=“OUT”へと、互いの実存を晒しあう、しかし単に「傷」や「弱さ」を見せあうのではなく、それらを労わり、「ケア」しあうという意味での「バリアフリー」の空間だった。

 私は先に、藝術2.0=GEIDOを、「自然と人間、折々処々に特異な自然の(マイクロ)バイオームと、人間の心身の(マイクロ)バイオームとの一期一会のco-creation。両者にとっての『最高のパフォーマンス』へのjeu(賭け=戯れ)」ではないか、と問い、いびつなVとしてのGEIDOの真髄を問うた。が、GEIDOにはおそらく、それと交錯・交響するもう一つの真髄、jeu、co-creationがあるのだ。それこそ、いびつな○だ。

 あるいびつなVが、他のいびつなVたちを招く。彼らは、小さな火を囲み、あるいは「中空」のままで、坐る。招いたVは、他のVたちを歓待するために、一服の茶を、一献の酒を、一皿の料理を、あるいは一輪の花を、一幅の画を、一本の香を、あるいは簡素な一言を、沈黙を、供する。はたして、それらの手向け、賽の一振りが、Vたちの不可視の心身の(マイクロ)バイオームに、どのように迎え入れられ、「時熟」するか、知る由もない。それでも、招いたVは、全身全霊を込めて、供しつづける。投げつづける。Vたちの「いのち」がやがてほほえんでくれることを祈って。

 人間と自然とのco-creation=いびつなVが、他者たち=いびつなVたちとの一期一会のco-creation、「最高のパフォーマンス」へと、己れの実存の深奥から賽を投じる。GEIDOは、いびつなVたちの創造的賭場としてのいびつな○でもあるのだ。

 そうした「招く」Vこそ、茶道で云うところの「亭主」であろう。(あるいは三田の家流に言えば「マスター」であろう。)

 亭主は、招く。親しき者たちを招く。あるいは誰を招くのでもなく、でも誰が訪れてきても無条件に招じ入れる。親しき者たちを招く場合にも、彼(女)は彼(女)らの既知の人となりを再認し興じあうために招くのではない。親しき者たちの内に秘められたVへと、自らのVの奥底から賽を投げるために招くのだ。その時、そこで、自らが、その者にしか投げられない何かを投げるのだ。「一期一会」の心構えとはそうしたものだ。久松は言う。

 

この「一期いちご 」というのは「一期の命」などと使われるごとく、「一生涯」を意味し、「一期一会いちごいちえ 」とは一生涯に一度の会の意味で、それが特に茶会を催す場合の心構え、態度などに関して多くいわれておるものである。茶事を催す場合、これが一生涯一度の会であると観念していれば、万事に隙なく心を配り、そこに自己の最善を尽くすこととなる。20

 

 それは、「せっぱ詰まった」事態でもある。実存的に絶体絶命に追い込まれた事態でもある。一切逃げ場がなく、でも何かを投じなくてはいけない事態である。そこに久松は、日常の限界を突破する異常な力の湧出を見る。

 

せっぱ詰まったということが、単に否定的な絶望契機ぜつぼうけいき にならないで、むしろ絶対肯定契機ぜったいこうていけいき となる時に、人間は日常の限界を突破して、異常な自在な力を発揮することができるものなのである。註21

 

 この絶体絶命の窮しきった境地を全面的に肯定し楽しみきるところに、「亭主」の歓待の醍醐味もまたあるだろう。

 ところで、「亭主」はまた、「先生」にも、「最初の先生」にもなりうる。彼(女)の無底のVは、その奥深さゆえ、多様な特異なVを招じ入れることができる。浅かろうが深かろうが、あるいは行の途上にある者をも受け入れることができる。そして彼(女)らに向けて、亭主は、自らのVを形作ってきた様々な経験、修得した「型」、無への冒険とそこからの帰還、「破格」の姿、場合によっては「離格」の「軽み」をも、贈ってみせる。藤田が「学林」で、小山田が「カフェ」で、私が「三田の家」で、そして田辺が野上との逢瀬で、贈っていた「学び」とは、そうした学び、「絶対無即愛」であるような学び、贈られ「時熟」し「死復活」するような学び、絶体絶命に窮しきり、それでもその一期一会を絶対的に肯定しつつ投じる賽のような学び。

 その学びの骰子一擲が、投じられたVたちの実存の深奥、心身の(マイクロ)バイオームの中で「時熟」し「死復活」し、どのような目を、「命数=命運(nombre)」を出すか、「先生=亭主」には測り知れない。その目=数が出るのは、「先生=亭主」が文字通り死して後かもしれない。しかし、「先生=亭主」は投げつづける。贈りつづける。いつしか、いびつなVたちの中で死復活するであろう学びの命数のきらめきが、響きあいながら、重々無尽なる星座を描き出し、やがて宇宙の〈音楽〉を奏ではじめることを信じて。

 

 

 

 

 

 

註1 『現代語訳 老子』、保立道久訳、筑摩eBooks、2018年、Kindle No.2142-2149。(現代語訳:「物が混沌とした渦のように天地よりも先に生じていた。周囲はまったくの寂寥せきりょう である。独立して他に依存せず、ゆったりとまわ って危なげがない。それは天地を生む巨大な母のようである。私は、この原初の混沌たる物を正しく名づけることはできないので「みち 」と呼ぶことにする。強いて名をあたえれば「大(無限)」であろうか。この「大」がきざし (兆)によって軌道を描きはじめ、遠くまで き、遠くからかえ ってくる。つまり「道」は「大(無限)」であり、それが描き出した天も無限大であり、地も無限大であって、それを一望の下にする王も、やはり無限大である。私たちの むこの宙域ちゅういき は、この四つの無限大からなっており、王はその一極を占めるのである。人はみな王であるから地を法とし、地は天を法とし、天は道を法とする。そして道は自然の運命の法である。」No.2128-2136)

註2 倉澤行洋「解説 禅と茶と藝術と」(久松真一『藝術と茶の哲学』、京都哲学撰書第二十九巻、燈影舎、2003年、414頁。

註3 「しかし、利休が南坊宗啓に『思ハシト思フモ物ヲ思フ也思ハジトダニ思ハジヤ君』という古歌を引いて説いたように、また『カノカネヲワスレ、事ヲワスレタク思フ内ハワスレガタク』、『打成一片ニ修行シモテ行』くうちに『ツヰニ忘ルル境ニ入』るのが、真の忘れる境地である(『南方録』滅後)。これは忘・不忘をこえた妙忘であり、思・不思をこえ、思うまいとさえ思わぬ真の無心であり、ナイーブな無作でもなく、意識的な有作でもなく、両者をこえた真の無作である。『臨済録』に、『ただ 造作ぞうさ することなか れ、ただ 是れ平常也』とあるが、これは無作の妙用をいっているのであり、往々俗解されるようなナイーブな無作を意味しない。山上宗二が侘数寄の三ヶ条の一つとしてとりあげている「作分」というのは無作の作である。」(久松真一『わびの茶道』、一燈園燈影舎、1987年、38-39頁。)

註4 『利休聞き書き「南方録 覚書」』、筒井紘一全訳注、講談社、2016年、58頁。

註5 岡倉天心『新訳 茶の本』、大久保喬樹訳、KADOKAWA、2005年、135頁。

註6 小倉ヒラク・熊倉敬聡・楊木希「OSとしてのアートが発酵文化をさらに『スペシャル』にする」、『PLAY ON』 https://playon.earth/think/dailogues/ogurahiraku/

註7 小倉ヒラク『発酵文化人類学』、木楽舎、2017年、332頁。

註8 同書、336頁。

註9 ステファヌ・マラルメ「アンリ・カザリス宛書簡、1867年5月14日」、松室三郎訳、『マラルメ全集Ⅳ 書簡Ⅰ』、筑摩書房、1991年、三二六―三二七頁。

註10 ヴァルター・ベンヤミン『ヴァルター・ベンヤミン著作集2 複製技術時代の芸術』、高木久雄・高原宏平訳、晶文社、1970年、44-47頁。

註11 『青幻舎マガジンvol.19「先人たちの心を受け継ぎ いまに接続する茶の湯を。」』、http://www.seigensha.com/magazine/kyotokyoten19

註12 久松『藝術と茶の哲学』、111-114頁。

註13 赤瀬川源平『千利休 無言の前衛』、岩波書店、1990年、112頁。

註14 C・G・ユング『個性化とマンダラ』、林道義訳、1991年、みすず書房、179頁。

註15  ミルチャ・エリアーデ『イメージとシンボル』、前田耕作訳、1971年、せりか書房、54頁。

註16 河合隼雄『中空構造日本の深層』、1999年、中央公論新社、41頁。

註17 同書、48頁。

註18 小山田徹「対話をし続けること 共有空間の獲得」(『生きることが光になる』、http://100.itogazaidan.jp/report/report_8

註19 岡倉、前掲書、17-18頁。

註20 久松真一『茶道の哲学』、講談社、1987年、197頁。

註21 同書、203頁。

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著者略歴

  1. 熊倉敬聡

    1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学 ・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの 立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours

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