美術において、見える人と見えない人をつなぐ取り組みは、どのような歩みを経て今日に至るのか。近年は国内でも、見えない・見え難い人と見える人とで、美術の制作や鑑賞に協働する取り組みが散見されるようになった。両者がともに生き生きと美術を楽しみ、それによって、美術そのものの意味や存在も変わりはじめる──そうした今日の光景に至るまでの、20年余りの試行錯誤、そして今とこれからを、研究と活動の内側から照らしだし、綴っていく。
踊るインド人と映画音楽
軽刈田凡平の新しいインド音楽の世界 軽刈田凡平
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神話に登場する鳥と、神話時代の鳥観
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〈性〉なる家族 信田さよ子
仏教とは、ゲームを降りること
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母からの性的まなざし
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釈尊はなぜ喋ってしまったのか?
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ウィトゲンシュタインの遊戯
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二人称の永井哲学の可能性について――「あなた一人だけが特別!」
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