美術において、見える人と見えない人をつなぐ取り組みは、どのような歩みを経て今日に至るのか。近年は国内でも、見えない・見え難い人と見える人とで、美術の制作や鑑賞に協働する取り組みが散見されるようになった。両者がともに生き生きと美術を楽しみ、それによって、美術そのものの意味や存在も変わりはじめる──そうした今日の光景に至るまでの、20年余りの試行錯誤、そして今とこれからを、研究と活動の内側から照らしだし、綴っていく。
なぜ近親相姦と呼ばないか
〈性〉なる家族 信田さよ子
仏教とは、ゲームを降りること
人生というクソゲーを変えるための仏教 ネルケ無方
神話に登場する鳥と、神話時代の鳥観
人と鳥の文化誌 細川博昭
母からの性的まなざし
〈性〉なる家族 信田さよ子
父は娘を殴ってはいけない、性的存在として見てはならない
〈性〉なる家族 信田さよ子
非思量とはなにか
坐禅とは何か――『正法眼蔵』「坐禅箴」を身読する 藤田一照・宮川敬之
〈私〉の気づきと《私》の築き
人生というクソゲーを変えるための仏教 ネルケ無方
すぐれていることと表裏一体の難しさ
ギフティッドの居場所をつくる――その理解と受容から 角谷詩織
山崎正和さん――劇作家でもあった美学者
スヴニール とりどりの肖像 佐々木健一
人間と鳥の特別な関係は、歴史の黎明期に始まった
人と鳥の文化誌 細川博昭