不生の縁起 定方晟
竜樹の『中論』第一章に「不生の縁起」という不思議な表現がある。なにが不思議かといえば、「不生」は「生起」の否定、「縁起」は「生起」の肯定であるのに、それを同格のように結びつけていることである。まるで「白くない白」といっているように見えるからである。
第一章の冒頭に帰敬偈と呼ばれるものがある。その偈をサンスクリット語原文、羅什の漢訳、その書き下し、の順で示せば、次のようになる。
anirodham anutpādam anucchedam aśāśvatam/
anekārtham anānārtham anāgamam anirgamam/
yaḥ pratītyasamutpādaṃ prapañcopaśamaṃ śivam/
deśayāmāsa sambuddhas taṃ vande vadatāṃ varam/
不生亦不滅 不常亦不断
不一亦不異 不来亦不去
能説是因縁 善滅諸戯論
我稽首礼仏 諸説中第一
生ずることなく滅することなく、常ならず断ならず、
一ならず異ならず、来ることなく去ることなし。
よくこの因縁を説き、善くもろもろの戯論を滅したる、
説者中の第一人者たるブッダに我は稽首す。
この偈の内容を、その骨格で示せば、次のようになるだろう。(羅什の訳語「因縁」を、より一般的な訳語「縁起」に換えて示す。)
不生の縁起を説いた仏を私は称え祀る。
この偈は否定辞「不」を八つ用いて縁起を説いているので、その縁起は「八不の縁起」と呼ばれるが、以下の拙論では、「八不」の代表として「不生」を用い、「不生の縁起」と呼ぶことにする。
「不生の縁起」が何を意味するかについては二つの解釈がある。
(1)ものは生じないということを教える教義。この場合、この教義が永遠に真理であるかどうかは示されていない。
(2)永遠に真理でありつづける教義。この場合、その教義が何を教えているかは示されていない。
私は前稿[1]で(1)が正しいとしたので、以下、それに従って論じる。論じる前に、念のため、語義について解説しておきたい。
サンスクリット語原典では「不生」の原語は anutpāda であり、「縁起」のそれは pratītyasamutpāda である。anutpāda は否定辞anと名詞 utpāda (「生起」)からなる。pratītyasamutpāda は絶対分詞 pratītya(「縁に依って」)と、接頭辞 sam(「ともに」)と、utpādaとからなる。utpāda は「不生」と「縁起」に共通して用いられている。
原始仏教における「縁起」
「縁起」は仏教誕生以来の仏教の重要な教義である。事物はすべて縁によって生じるのであり、何物にもよらず独立して不変であるという存在はない、ということを意味する。シャカムニが出家した動機は苦の解決であった。苦を滅するためには苦が生じる原因を明らかにして、その原因を除けばよい。「縁起」の教義はこのように実践と深く結びついている。
初期の縁起の思想は簡単なものであった。「執着によって苦がある」(『スッタニパータ』1050)。「この世は苦に満ちている、苦には原因がある、原因を除かねばならない、除くための道がある」(四諦)。
やがて、因果の長い系列(十二縁起)が説かれるようになった。それはパーリ語でつぎのようである。
vijjāpaccayā saṅkhārā,
saṅkhārapaccayā viññāṇaṃ,
viññāṇapaccayā nāmarūpaṃ,
nāmarūpapaccayā saḷāyatanaṃ,
saḷāyatanapaccayā phasso,
phassapaccayā vedanā,
vedanāpaccayā taṇhā,
taṇhāpaccayā upādānaṃ,
upādānapaccayā bhavo,
bhavapaccayā jāti,
jātipaccayā jarā maraṇaṃ soka parideva dukkha domanassa upāyāsā sambhavanti.
Evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hoti
これの日本語訳はつぎのとおりである。
無明の縁から行があり、行の縁から識があり、識の縁から名色があり、名色の縁から六処があり、六処の縁から触があり、触の縁から受があり、受の縁から愛があり、愛の縁から取があり、取の縁から有があり、有の縁から生があり、生の縁から老死、愁悲苦憂悩が生ず。このようにこの一切の苦蘊(苦のあつまり)の集起がある。(水野弘元『仏教要語の基礎知識』春秋社、p.167.)
これを図式化すると次のようになる。
無明→行→識→名色→六入→触→受→愛→取→有→生→老死
(「無明があるから行がある、行があるから識がある、……」云々)
つまり死を乗り越えるためには無明を除けばよいことになる。また注意しておきたいのが次の表現である。「愁悲苦憂悩が生ず」(soka parideva dukkha domanassa upāyāsā sambhavanti)、「集起がある」(samudayo hoti)。すなわち、主語と述語動詞からなる表現がごく当たり前のように用いられている。一般人はこの表現形式に何の疑問も感じない。初期の仏教徒もそうであった。だが竜樹はそこに問題を見出した。これについては本稿末尾の節「主語のない『縁起』」で説明しよう。
学僧たちは時の経過とともに暇にまかせて(といったら語弊があるだろうか)多数の専門用語を捻出して、複雑な議論を展開するようになった。世界の在り方を説明するために、「五位七十五法」とか、「百法」とかいう教義を創出した。「法」とは「構成要素」をいう。しかし、用語の定義は必ずしも厳密ではなく、用語の数も煩瑣といえるほどに多く、「十二縁起」においては用語の多さに加えて系列の因果関係が恣意的で説得力に乏しい。
当然ながら、こうした教条的な傾向を批判する学僧たちが現れた。かれらは、用語や教条を絶対視するそうした学説を素朴実在論として批判する般若哲学を生んだ。『般若心経』はいう。「無明などというものはない」「行や識や色はない」「苦や苦の滅もない」「道もない」と。それらすべては言葉に過ぎない。「空」である。実体と考えてはならない。と。ここに旧仏教を超える大乗仏教が誕生したのである。しかし、考えてみると、旧仏教の煩瑣哲学が般若哲学を生む契機になったのである。この意味で煩瑣哲学にもそれなりの(反面教師としての)存在理由があったことになる。
大乗仏教における「縁起」
大乗哲学の雄・竜樹は帰敬偈で「不生の縁起」という考えを示した。これは本稿の冒頭で述べたように、「縁起」の教義に反するように見える。それなのに竜樹は仏を称賛するのに仏が「不生の縁起」を説いたことをもってしている。それが伝統的な考えと矛盾することに竜樹が気がつかないはずがない。では竜樹はいったい何を言おうとしているのであろうか。
羅什訳『中論』は青目の注釈つきであるが、その青目が帰敬偈のすぐあとで解説している。(分かりやすく、抄訳する。)
《(ひとびとは)我と我所(「実体」と言い換えてもよいだろう――定方)とを説いて正法を知らない。仏はその誤りを正すために理解力の劣るものには声聞の法によって十二因縁を説き、理解力あるものには大乗の法によって縁起を説いたのである。すなわち「一切法は不生不滅、不一不異という畢竟空にして無所有」と説く般若波羅蜜によって説いたのである。旧仏教の学僧たちは時がたつにつれて、十二因縁、五蘊、十二入、十八界などと、決定の相(「実体視」と言い換えてもよいだろう――定方)を求めて、ただ文字にのみ執着するようになった。
大乗の空の思想を聞いても、誤解して、「すべて空ならば道徳はどうなるのか。真理も虚偽もないということになるではないか」などと反論する。この反論は、「空」の思想が執着の排除を教えているにもかかわらず、相変わらず執着を引き摺って、今度は「空」に執着してしまったことの結果である。竜樹菩薩はこれらの誤りを正すためにこの『中論』を作ったのである。》
青目は、上記の注釈から窺われるように、「十二因縁」を低級なものと見なし、「縁起」を正当なものと見なしている。『中論』が論じるのは「縁起」である。ところがこの「縁起」に対して次のような批判が起きた。
「縁によって」と「生じる」は、文法的にいうと、時間的な前後関係を表わしている。「沐浴して食事する」という場合、「沐浴して」が先にあり、それが終わってから「食事する」がある。「縁によって生じる」の場合、これに倣っていえば、「縁によって」が先にあり、それが終わってから「生じる」がある、ということになる。すると、「縁によって」といっても、そのときはまだ依るもの(依る主体)が何もないことになる、いったい何ものが縁に依るのか、ということになる。だから「縁によって生じる」ということはありえない、と。
中観論者(『中論』の信奉者)は反論する。汝は「縁によって」と「生じる」が異時の出来事であるとしてわが教義を批判した。だが「口を開けて眠る」という場合がある。「口を開けて」と「眠る」は同時の出来事であるが、「口を開けて眠る」が成立する。これと同じように、「縁によって」と「生じる」は同時の出来事であって「縁によって生じる」が成立するのだ、と。
だが、この反論に用いられた「口を開ける」と「眠る」とには因果の関係がない。この反論は文法の議論に迷い込んだ議論で、因果関係を説明するという本来の議論から反れている。
主語がない「縁起」
では中観論者はこれにどう反論すればよいか。私は「縁によって生じる」に主語がないことに注目する。帰敬偈の「不生」にも主語がない。現代の研究者は主語がないことを不都合と考えて、「存在、事物」(bhāva)という言葉をそこに補って考えようとする。すなわち「縁起」とは「事物は縁によって生じる」ということだと解釈する[2]。しかし、これでは「十二縁起」の「愁悲苦憂悩が生じる」「集起がある」と同じような「主語+述語動詞」の形式をとることになってしまう。「縁起」という用語そのものには主語が示されていないことを思い起そう。
そこで次に問題になるのは、なぜ竜樹は主語を省いたか、ということである。スペースがなかったからか。私はそう思わない。たとえ、スペースがあっても、かれは省いたであろう。それは『中論』第二章「観去来品」の「行く者は行かない」の議論から推察できる。かれによれば、「行く者は行く」の主語「行く者」は蛇足なのである。主語(主体)などなくてもよいのである。
かれはいう。「行く者は行く」という言い方はおかしい。行為は一つなのに「行く」という言葉が二つある、と。
一般の読者は竜樹が日常ありえない言い方を例にして説くことを非難するだろう。そこで、私が日常的な言葉に言い換えて説明しよう。
ひとはよく「太郎は行く」という表現をする。ひとは太郎が行くのを見ていてそういうのである。「行く太郎」を見ていながら、そういうのである。それなのに、「行く」と関係のない太郎をまず措定して、「太郎」と発語し、その後に「行く」を付け加える。まるで「行く」と関係のない太郎が始めにあったかのようにである。
よく考えれば、話者が「行く」というとき、その「行く」の中にすでに「太郎」が含まれているのである。ただし、それは話者にとってだけで、他人は「行く」だけを聞いても、誰が行くのか分からない。そこで他人のために「太郎が」といってやる。これはあくまでも他人のための措置であって、本来は不要な付加である。したがって、「太郎は行く」の「太郎」は本来的には蛇足なのである。
「太郎は生まれる」についても同様である。「太郎」を「生まれる者」と言い換えれば、「太郎は生まれる」は「生まれる者は生まれる」というのと同じになり、「行く」の場合と同じ論理によって、「生まれる者」すなわち「太郎」は蛇足である、ということになる。
仏教でいう「不生」とはこのことである。世間でいう、あるいは多くの宗教者がいう「不生」は、「たいていのものは生まれたり滅したりするが、ある特殊な存在だけが不生不滅である」ということを意味する。仏教でいう「不生」は「すべてのものが不生不滅である」ということを意味する。
仏教を批判するものはよくいう。仏教は一方で輪廻を説き、一方で無我を説く。いったい何が輪廻するのか、と。仏教は答える。輪廻はある、しかし輪廻するものはない、と。そんなことがありうるかと疑問に思うひとは言葉の罠に落ちたひとである。言葉があれば、それに応じる実体がある、なければ全くなにもない、と思い込んでいるひとである。
そのようなひとには次のように対処したらどうだろう。「私は変わった」という言葉がある。一般に、それを言うひとも、それを聞くひとも、この言葉にとくに疑問を感じない。そういうひとに訊いてみよう。「私は変わった」というその「私」とは「変わる前の私」なのか「変わった後の私」なのか、と。返事に窮するに違いない。
だからといって、「私は変わった」と言ってはならないというのではない。日常生活においてはそれは許される。「私」は他の人間ではないからである。「八不」の中には「同一にあらず、別異にあらず」という言葉があるが、それはまさにこのことを言っている。
こうしてみると、主語や主体や実在などなくても変化はあると考えるほうが、主体なしには変化はないと考えるより、よほど筋が通っているように見える。不変の主体があると考えるほうが、むしろおかしい。なぜひとはそのことに気がつかないのか。
しかし、われわれの言語生活においては、他人のためにどうしても主語を付加してやる必要がある。だが、その主語はあくまでも実体のない蛇足なのである。驚くべきことにカントが同じことをいっている。主語は形式にすぎず、内容をもたない、主語はそれに述語が付せられることによって初めて内容をもつものになる、と[3]。
こうしてわれわれは言語生活において主語の位置にさまざまな言葉を置くことにより、その言葉が蛇足であることに気づかず、その言葉がいちいち実在に対応しているかのような錯覚を起こしてしまうのである。
私は長いあいだ「縁起という思想は常識的で平凡なもの」と思っていたので、大乗仏教のチャンピオンである竜樹が縁起を讃えることに違和感を抱いていた。だが、考えてみると、縁起の思想は実体の概念を斥けるのに役立っている。「実体」という言葉は「独立して不変な存在」を意味するが、「縁によって」というまさにこのひとことが「実体」の概念を打ちこわすからである。
また、「縁起」(「縁によって生じる」)という術語に「何が縁起するか」を示す主語(あるいは主語に相当する実体詞)が付されていないことがすばらしい。シャカムニが縁起に関して主語に触れなかったのは、実体の概念を避けるためであったかどうかは分からない。シャカムニが果たしてそんなことまで考えていたかどうかわからない。
しかし、竜樹がそこまで考えていたことは確かである。かれはすでに般若の哲学を知っていて実体の概念を斥ける道を歩んでいた。だが、『般若経典』は直観的に捉えた空の概念を振り回すだけだった。竜樹はそれを論理的に説明することに成功した。「行くものは行かない」という意表をつく表現を例示することによって見事に成功したのである。
竜樹は『中論』第一章で「不生の縁起」という考えを提示したすぐあとの第二章で「行くものは行かない」の議論に入っている。「不生」の問題が主語の存在に関わるものであることを読者に直ちに説明する必要があると感じたからではないだろうか。
こうして竜樹は「縁起」を「空」に結びつけることに成功した。「縁起」は新しい様相をとった。竜樹は自らのこの功績をシャカムニの縁起の思想に負うものとしてシャカムニを礼賛したのである。
注
[1] 拙論「不生不滅なのは存在か縁起か」『Web春秋 はるとあき』2020.06.12.参照。
[2] 三枝充悳氏や立川武蔵氏がそうしている。前掲論文参照。
[3]『Web春秋 はるとあき』2019.07.08.参照。また、江島恵教氏によると、『般若灯論』などが「作用主体」(kartṛ)の存在・非存在を問題にしているようである。しかし、その議論が竜樹の議論と同じものであるかどうか私にはわからない。江島「『中論』註釈書における「縁起」の語義解釈」(平川彰博士古稀記念論集 仏教思想の諸問題」春秋社、1985、所収)。また、松田和信氏「三啓集(Tridaṇḍamālā)における勝義空経とブッダチャリタ」(『印度学仏教学研究』68-1, 2019)によると、説一切有部『雑阿含』の『勝義空経(Paramārthaśūnyatā-sūtra)』に次の句がある。
karmāsti kartrā vinā
gantā nāsti ... asti gamanam