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音楽療法の現在 土野研治

 ※著者名の「土」は「土の右上に点」(「土」の右上に点)

 

はじめに

 音楽療法(Music Therapy)は、主に福祉、教育、医療の3領域で行われています。超高齢者社会における認知症予防や緩和ケアでの人生の振り返りなどQOL(生活の質)を高める方法として、障害を抱える子どもの発達支援や表現活動として、パーキンソン病の発声改善や歩行改善のリハビリテーションとして、精神的な病を抱える方の活動療法として実践されています。また近年は未熟児の音楽療法も実践されています。

 音楽療法とは、「音楽の生理的、心理的、社会的働きを、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、意図的、計画的に行われる治療技法である」と日本音楽療法学会は定義しています。音楽療法は一般的にはhealingのイメージを持たれますが、therapyとしては専門的な知識と技能を持った音楽療法士により行われるものです。本稿では、日本の音楽療法の状況を検討したいと思います。

1 第15回世界音楽療法大会から

 2017年7月4日から8日まで、第15回世界音楽療法大会がつくば国際会議場で開催され、48カ国から2907名の参加者が集まりました。3年ごとに開催される音楽療法の世界大会で初めての開催国として、加藤美知子大会長を中心に3年間の綿密な準備を経て成功裡に終了しました。大会テーマである「音楽療法で未来をひらく:次世代と共に」のもと、一般演題、ポスター発表、ワークショップ、大会のメインともいえる4つのスポットライトセッション、シンポジウム、ラウンドテーブル、World Federation of Music Therapy学生会、湯川れい子氏による市民講座などから、現在の音楽療法の在り方や日本の音楽療法の現状について考える時間になりました。各国の文化土壌、言語、音楽などから改めて「音楽療法の学際性と多様性」と、音楽療法の最終テーマといえる「人間にとって音楽とは何か」について問われた5日間でした。

 日本からの発信として、筆者はプレセミナーで「宇佐川理論に基づいた発達障がい児のための音楽療法――日本で発展し体系化されたアプローチ」を3回シリーズで講演しました。逐次通訳により30年以上にわたる地道な臨床から構築された〈発達的視点〉を音楽療法に組み込んだ宇佐川理論を海外の方にも理解して頂けたと思います。

 またワークショップでは「日本仏教の『声明』を唱え、声と身体を再発見する」をテーマに、田中康寛師はじめ3名の真言宗豊山派の僧侶とともに行い、塗香の香りに包まれながら満席の参加者と声明を味わいました。日本の音楽の源流でもある声明の旋律型を口伝により参加者と唱えながら、声や身体、あるいは空間がどのように変容し共振していくのかを試みました。息や声が少しずつ共振しながら空間が一体化していく過程を体感する時間でした。それは音楽療法にも通じる事象であると思います。

2 ランチパフォーマンスから見えたもの ―音楽が生活を支える―

 世界大会では、学術研究の他にも日本文化体験プログラムとして、茶道、華道・書道、折り紙・七夕飾りなどが企画され多くの参加者を集めました。またメインステージでは毎日ランチパフォーマンスが行われました。

 オープニングでは、日本音楽療法楽器関東支部の紹介を世界中に知られたピコ太郎を模して、筆者は関東支部太郎として衣装を着けて登場しました。また最終日には「ツッチーと仲間たち」のタイトルで、オーティズムミュージシャンとして活躍しているノブタクことバイオリンの本間(ほんま)惟彦(のぶひこ)さん、フルートとピアノの小柳(こやなぎ)拓人(たくと)さんのデュオとソロ、2000年に春秋社より出版された拙著『心ひらくピアノ:自閉症児と音楽療法士との14年』で紹介した松岡(まつおか)理樹(まさき)君と私のピアノ連弾を行いました。本間さんは郵便局、小柳さんはプログラマーとして会社に勤務しながらコンサート活動も行っています。松岡君は川島町の福祉作業所で働いています。コンサートを通して、ご家族の理解と協力があってこその音楽活動であると思いました。音楽を行える家庭環境があったからこそ〈今〉に繋がっています。ランチパフォーマンスのラストステージでしたので4階まで吹き抜けのギャラリーから大きな拍手を戴きました。当日一番緊張していたのは筆者だったように思います。

 2020年には、東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。障害を抱えた方々の活躍が期待されています。スポーツばかりでなく、音楽や絵画、ダンスや文学など〈アート〉からの発信も多く行われるようになってきました。アートが彼らの生き方を強く支えています。それはセラピーを超えてクリエイティブな活動として捉えられています。

3 日野原重明先生から学んだこと

 日本音楽療法学会は、1995年にバイオミュージック学会と臨床音楽療法協会が統合され全日本音楽療法連盟となり第1回の認定音楽療法士を認定しました。2001年4月に日本音楽療法学会に移行しました。全日本音楽療法連盟から日野原重明先生が理事長に就任し、2017年からは名誉理事長として音楽療法士の国家資格化を中心に学会の発展に大きく寄与されました。第15回世界音楽療法大会直後の7月18日に、日野原重明先生は105歳で逝去されましたが、この世界大会を見届けられたように思います。

 日野原先生には学会の理事会でまた個人的にも大変お世話になりました。2014年に出版された『障害児の音楽療法――声・身体・コミュニケーション』では、推薦文をお願いすると「喜んで」と言葉を添えてご執筆下さいました。2008年にはスウェーデンで開発されたFMT脳機能回復促進音楽療法の著者である加勢園子先生と聖路加国際病院の理事長室に伺い、日瑞音楽交流プロジェクトについてご教示いただきました。毎回スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の助成を受けて継続的に活動を行ってきました。日瑞音楽交流プロジェクト2013では、聖路加看護大学アリス・C・セントジョンメモリアルホールでの演奏会の折、最後に「故郷」の合唱指揮をお願いすると「喜んで」とにこやかにご承諾下さいました。

 日野原先生は、私が京都清水寺円通殿で行ったバリトンリサイタルや仏教的ホスピスビハーラでの音楽活動にも関心を示されました。先生の「人のために」という精神を忘れずに「人間にとって音楽とは何か」を実践研究と演奏の両面から問い続けたいと思います。

4 障害者のアートから ―工房集の活動―

 メディアでは、2020年に東京オリンピック・パラリンピックに向けて障害者への理解を深めるために障害者の活動が紹介されています。スポーツでの華々しい活躍が注目を集めていますが、アートの分野でも活躍が期待されています。音楽、美術、文芸、ダンスなど、彼ら独自の表現が展開されています。また健常者と障害を抱える方たちとのコラボレーションも広がっています。

 埼玉県川口市に社会福祉法人みぬま福祉会川口太陽の家があります。その中に国内外から注目を集めている空間が「工房集」です。障害を抱える人たちが、それぞれのアートと向かい合いながら創作の時間を重ねています。爆笑問題によってNHKでも紹介され注目を集めています。2017年には『問いかけるアート:工房集の挑戦』(さわらび舎)が出版されました。表現が仕事に社会へと繋がっていくプロセスが作品とともに解説されています。それぞれの作品は強い個性をもち、〈表現の根源〉について考える時間を与えてくれます。実際に企業との提携により作品が商品化されたり、海外の美術館と個人契約を結ぶなど活動を広げています。

 筆者は1978年から23年間埼玉県内の養護学校に勤務しました。埼玉県立越谷養護学校(肢体不自由)に11年、埼玉県立越谷西養護学校(知的障害)に10年、埼玉県立寄居養護学校(病弱)に2年間勤務しました。越谷市にある2つの特別支援学校の卒業生は、何人も川口太陽の家にお世話になっています。昨年10月に筆者の勤務校である日本大学芸術学部A&Dギャラリーで工房集の作品展を「表現の根源」をテーマに開催し、1週間の会期中多くの方が来場されました。展示作品を見たときに、私が担当した子どもの名前を見つけました。彼女の特徴的な行動を表現に、表現を作品へと繋げていくスタッフの粘り強く丁寧なサポートに大きな啓示を与えられました。

 日本大学芸術学部には、全学科(写真、映画、美術、音楽、文芸、演劇、放送、デザイン)から履修できる芸術総合講座として「芸術療法」があります。プログラムマネージャーとして、音楽療法、絵画療法、箱庭療法、演劇療法、ダンス療法、詩歌療法、表現病理、復興支援と芸術療法などで授業を構成しています。ほとんどの学科から100名を超える学生が履修しています。履修した理由を書いてもらうと、セラピーに興味があった、自分の専門領域で社会に貢献したい、家族に障害や病を抱える方がいる、などが多く見られました。そこには一つのアートからどのように人や社会と繋がっていくのか模索している様子が伝わってきます。昨年と今年、前述したノブタクの演奏と二人の母親による自閉症について、また家族として考えてきたことを話していただきました。また工房集のスタッフと3名の作家さん(スタッフは作家さんと呼んでいます)にも来ていただき、作品の紹介と工房集での生活などのお話をしていただきました、3名とも堂々と自分の作品について語り、自分のこれまでとこれからについても話されました。自分にとってアートとは何か。一つの作品から、言葉から、音から触発されること、そこから自己を振り返ることが自己のアートを深化させます。

 芸術療法は、心理療法を背景として、主に音楽療法、絵画療法、コラージュ療法、箱庭療法、詩歌療法、心理劇、ダンス療法などが挙げられます。本年10月に第50回日本芸術療法学会が「芸術療法50年・来し方行く末」をテーマに山中康裕大会長のもと京都文教大学で開催されます。2019年10月には「表現の根源」をテーマに日本大学芸術学部で第51回日本芸術療法学会が開催予定です。アートが障害や病を抱える人たちの日々を支え、治療の枠を超え創作や創造空間への展開を見せ始めています。

5 音楽療法の今 ―国家資格化に向けて―

 2003年4月に斉藤十朗衆議院議長が会長となり音楽療法推進議員連盟が発足しました。音楽療法士が国家資格化への第一歩でした。議員会館での勉強会では、村井靖児氏が精神科領域、藤本禮子氏が高齢者領域について説明しました。筆者も児童領域の音楽療法について説明しました。音楽療法の効果をEBMで明瞭に示すことが課題となり、その後さまざまな議論が展開されましたが、学会内の統一が図られず国家資格化には至りませんでした。2018年2月に公明党の浮島とも子衆議院議員を座長として音楽療法推進プロジェクトチーム(MTPT)が設置されました。5月には議員会館での勉強会が行われました。9月に開催される第18回音楽療法学術大会では、浮島議員と秋野公造参議院議員を招聘し国家資格化についてのシンポジウムが行われます。

 2018年1月にNHKのおはよう日本で音楽療法が取り上げられ大きな反響がありました。主に緩和ケアでの音楽療法の紹介でしたが、音楽療法を受けられた方の言葉も紹介され、音楽が生きてきた時間の支えであったことが語られました。音楽療法の社会的認識は高くはありません。そのためにも学術研究と臨床実践、啓発活動と音楽療法士養成など多くの課題を抱えていますが、音楽療法の国家資格化に向けて着実に歩みを進めています。次の音楽療法世界大会で日本独自の音楽療法と国家資格化が報告できることを念じています。

 

 

関連書籍

障害児の音楽療法

『障害児の音楽療法:声・身体・コミュニケーション』土野研治

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著者略歴

  1. 土野研治

    (名字の「土」は、「土」の右上に点)
    1955年東京生まれ。NHK東京放送児童合唱団第に在籍し放送やレコーディングに参加した。1978年国立音楽大学声楽科卒業。埼玉県内の特別支援学校に勤務し音楽療法の実践研究を行う。音楽教育振興賞、埼玉県教育委員会教育長表彰、下總晥一音楽賞を受賞。2009年にスカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の助成により「日瑞音楽交流プロジェクト」を設立し、東京、スウェーデンでコンサートおよび音楽療法士との交流を行った。NHK洋楽オ-ディション、日本演奏連盟新人オ-ディションに合格。音楽の友ホール、清水寺円通殿大講堂などでバリトン独唱会を行った。2018年7月よりエル・システマジャパンの活動で、都内の盲学校に通う子どもを中心としたホワイトハンドコーラス声隊を指導している。現在日本大学芸術学部教授。日本音楽療法学会認定音楽療法士。
    著書に『心ひらくピアノ――自閉症児と音楽療法士との14年』『障害児の音楽療法――声・身体・コミュニケーション』(春秋社)がある。

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