シェアリング経済を支える「TRUST」
前回までは、カラマたち中古車ブローカーの日常的な仕事について開示しながら、彼らが仕入先の香港の中古車業者・解体業者と、顧客であるアフリカ系交易人、商売敵[がたき]でもある仲間のブローカーとどのような関係性を築いているかを説明してきた。
第5回で述べたように、カラマたちのブローカー業は、香港の地理や中古車業者のやり方・手口に不慣れなアフリカ系の顧客と、アフリカ系顧客のやり方や手口に不慣れで信頼できる客かどうかを見極められない業者との「信用」を肩代わりすることで、「手数料」「マージン」をかすめとる仕事である。カラマたちの商売は、顧客と業者のあいだの「信用の欠如」によって成立しているゆえに、彼らにとっては両者を直接的に出会わせることなく――すなわち、アフリカ系の顧客を香港に渡航させずに――両方から仲介を依頼されることが重要となる。
また第6回で説明したように、カラマたちの手数料やマージンは、コンテナの隙間につめる商品探しや家族への土産探し、香港での諸々の便宜に対しては支払われず、中古車の購入台数あたりで決まるものであるゆえに、労力対効果の意味でも顧客が母国に留まり、彼らに特定の商品の輸出を依頼することが望ましい事態である。さらに仲間であると同時に商売敵でもあるブローカーたちのあいだでは「ニッチ」を分け合う意味で「客筋の不侵犯」が重視されているが、それ以外の事柄――商売のやり方や業者との取引――は誰にでも開かれており、商品は早い者勝ちであった。そのため、彼らの間では、目星をつけた中古車を別のブローカーに奪われてしまったり、自身が不本意に購入した中古車こそが別のブローカーが探していた車種であるといったマッチングのエラーも生じていることを述べた。
今回は、こうした事態に直面するなかで、ごく自然に構築されてきたSNS上のプラットフォーム「TRUST」という仕組みを説明し、彼らがどのようにICT(情報通信技術)や電子マネーを取り入れながら、商品やビジネスに関わる情報をシェアする「コモンズ」を協働で蓄積・創出し、個々のブローカーと商品をマッチングさせ、かつ顧客や仕入先の業者の都合に左右されずにビジネスを回しているかを明らかにする。
SNSを通じた草の根の中古車オークション
前回に詳述したように、カラマたちは、ビジネスの宣伝や、香港の中古車業者の店舗や解体業者の廃車置場で見つけたアフリカ諸国で人気のある車種の写真(や希望販売価格)を、顧客ネットワークに流している。これらの顧客とのネットワークは、「客筋の不侵犯」を原則としてそれぞれのブローカーが個別に築いたものである。
しかし同時に、彼らは日々の情報交換や組合活動などのために、WhatsAppやFacebook等にグループページを構築し、時にはそれらのグループページで「○○の車を探しているが、誰か知らないか」「○○の部品の相場はいくらか」といった情報の呼びかけをしたりもしていた。
カラマは、商売敵の増加と日々の生活の困難に伴い、2016年頃からいくつかのSNSのグループページが個人の顧客ネットワークと同じくらいに重視・活用されるようになったと語る。いまではカラマたちは、特定の顧客に車の写真を送って「こんなに状態の良いトヨタ・プラドを見つけたんだが、買わないか」と直接的に営業をかける以外にも、不特定多数の人が参加しているSNSに偶然に見つけた売れ筋商品の写真と希望販売価格を流すことに忙しい。こうした情報をどのように活用するかを緩やかに設定しているものが、以下で説明する「TRUST」というプラットフォームである。
InstagramとFacebook(とリンク先の多様なSNS)にまたがるTRUSTには、香港に滞在するブローカーと顧客(アフリカ諸国にいるブローカーおよび定期的に中古車を輸入する一般の消費者)、そして彼らの友人・知人たちが参加している――正確な人数は不明だが、おそらく三桁の参加者がいる。このプラットフォームに参加している香港のブローカーは、電化製品や携帯電話など様々な取り扱い商品の写真を掲載しているが、ここでは中古車を例にとって典型的なやり取りを描写してみよう。
ある日にカラマがSNS上に流した車の写真のなかに、「2,000米ドル」と販売価格のコメントがつけられたトヨタ・カローラの写真があった。いつものようにFacebookをチェックしていたタンザニア在住のブローカーのジョージ(仮名)は、カローラの写真をみて自家用車を欲しがっていた1人の富裕女性を思いだし、「これは売れるぞ」と直感した。カローラの写真を富裕女性に転送すると、すぐさま彼女から「この車ならタクシーとしても活用できるし、絶対に買うわ」と乗り気な返答がきた。
さっそく値段交渉をして決まった合計金額から輸送経費を引くと、車の購入代金は4,500米ドルでカラマの販売価格よりも2,500ドルも高かった。ジョージは「欲張りすぎかな」と思いながらも自身の取り分として1,500ドルを設定し、カラマが流した車の写真のコメント欄に「3,000米ドルで買いたい」と書き込みをした。ところが同じ頃タンザニア在住のノア(仮名)もカローラに目をつけていたようで、ジョージのコメントのすぐ後に「僕は3,500ドルまで出せる」と書き込んできた。ジョージは少し落胆しながらも、せっかく見つけた顧客を逃さないようマージンを500米ドルにまで引き下げて「4,000米ドルまでなら出せる」と再度コメント欄に書き込んだ。
カラマは半日ほど待ってみたが、他に書き込みがなかったので「ジョージに4,000米ドルで販売する」とコメントした。ただし、カラマにはひとつ問題があった。ジョージから手付金を送るのに4日ほどかかると連絡があったが、彼は一昨日に別の車の手付金を立て替えてしまい、手持ちがまったくなかったのだ。そのうえ業者によると、昨日カローラの値段を尋ねてきたブローカーがいたという。そこでカラマは、参加者に出資を募ることにした。
ジョージにカローラを取られてしまったノアは、「取引への参加を求む」のコメントに即座に反応し、1,000米ドルの出資を申し出た。このやり取りを眺めていた香港在住のブローカーであるサミールとイマ(いずれも仮名)はここ数週間、商売がうまくいっていなかった。小遣い稼ぎをしようと二人はそれぞれ「500ドルなら出資できる」とコメント欄に書き込んだ。ノア、サミール、イマからの出資で無事に2,000米ドルの仕入れ代金を獲得したカラマは、翌日、香港業者と交渉し1,500米ドルの一括払いでカローラを仕入れ――じつは香港業者の販売価格は1,500米ドルで彼は500米ドルを上乗せした情報を流していた――、輸送手続きを進めた。
後日、顧客から代金を回収したジョージからカラマに4,000米ドルが送金されてきた。
このように香港在住のブローカーたちは通常、自身が流した情報にもっとも高い値段をつけた者に販路を決める。上述したケースでは、「販売価格2,000米ドル」を提示したカラマから「4,000米ドルの価格」をつけたジョージにカローラが流れたので、SNS上で開示されている情報から分かる「利益」は、2,000米ドルである――じつはジョージもカラマも別に500米ドルのマージンを得ているが、それはSNS上の参加者にはわからない。
彼らが構築したTRUSTとは、このようなSNS上の金銭の流れを示す「架空の共同口座」のようなもので、利益の分配には緩やかな了解が成立している。TRUSTに参加する人びとの了解では、利益(2,000米ドル)のうち半分(1,000米ドル)を車の情報提供者であるカラマと買い手を見つけたジョージが折半することになっている。この事例では、彼らの利益はそれぞれ500米ドルである。残りの半分(1,000米ドル)はこの取引に出資したノアとサミール、イマにそれぞれの出資額に応じて配当される。この事例では、ノアに500米ドル、サミールとイマに250米ドルの配当がなされる計算になる――出資者がおらず、顧客からの回収代金で一括払いした場合は、情報提供者と買い手を見つけた者が利益を分けあう。
なお、このしくみは逆方向の情報の流れにも使われ、アフリカ諸国に居住するブローカーや顧客が購入を希望する車種の写真をSNSに流すこともある。香港に滞在するブローカーの中でその車種を見つけた者は、同様に販売価格や車の状態などの情報をSNS上に投稿する。そして複数のブローカーが車をみつけた場合は、最も安い買値を提示したブローカーとの間で取引が締結される――ただし製造年や状態によってはこの限りではない。
「協働型コモンズ」としてのTRUST
ICTやモノのインターネット化(IoT)、電子マネーやブロックチェーン等のテクノロジーの発展にともなう社会経済の大きな転換が叫ばれるようになって久しい。特に2010年代に入ってからは、「シェア」「フリー」「コモンズ」といった概念がこれからの経済社会を形作る鍵概念として急速に注目を集めるようになった(cf. ボッツマン&ロジャース2010; 松島2016; リフキン2015;スンドララジャン2016)。
例えば、ジェレミー・リフキン(2015)は、『限界費用ゼロ社会』のなかで、ICTやIoT等の発展に伴い、生産コストが下がり、個々人がピアトゥピア(特定のサーバーを介さずに端末間でやりとりする方式)で直接的に取引するようになることで限界費用が限りなく減少していくと想定し、それによって実現することが予想される経済について、次のように述べる。
「限界費用がほぼゼロの経済は、経済プロセスというものの概念を根底から変える。所有者と労働者、売り手と買い手という古いパラダイムは崩壊し始めている。消費者は自らにとっての生産者になりつつあり、両者の区別は消えだしている。生産消費者(プロシューマー)は生産し、消費し、自らの財とサービスを協働型コモンズにおいてゼロに限りなく近づく限界費用でシェアし、従来の資本主義市場モデルの枠を超えた新しい経済生活のあり方を前面に押し出す。
次に、市場経済のあらゆる部門での仕事の自動化によって、すでに人間が労働から解放され、進化を続けるソーシャルエコノミーへと移行し始めている。市場経済時代には勤勉が重要だったが、来るべき時代には、協働型コモンズでのディープ・プレイ〔訳注:市場ではなくシビル・ソサエティで人々が才能や技能をシェアし、社会関係資本を生み出すことを意味する著者の造語〕がそれと同じぐらい重視され、社会関係資本の蓄積は、市場資本の蓄積に劣らぬほど尊ばれる。物質的な豊かさではなく、コミュニティへの愛着の深さや、従来の枠を超えたり意義を探求したりする度合いによって、人生の価値が決まるようになる」(リフキン2015: 204)。
ICTやIoTを通じて商品や値段などの情報から商売のやり方やコツにかかわる知識、あるいは「機会」や「ニッチ」を提供しあい、誰もが利用できる「コモンズ」にしていく。リフキンは、人的資本をふくめた有形無形の資源を結びつけるグローバルネットワークが形成され、生産性が極限まで高まれば、人々は財やサービスを無料で生産・消費する時代になると希望をこめて予想する。そして、そのためには、人々が知識やモノ、サービスをシェアしあう「ユーザー・コミュニティ」が重要となるという。つまり、何らかの社会的価値や倫理的価値、生きがい、楽しみといったことも含めた「シェアリング経済」のプラットフォームが必要となるのだ。
スンドララジャン(2016)は、企業中心の現代は人類の歴史から見ればごく短期間にすぎず、産業革命までは大部分の経済的関係が個人対個人の形を取り、コミュニティに根ざし、社会関係と密接に絡まっていたと述べ、かつて存在した共有体験、自己雇用、コミュニティ内での財貨の交換が現代のデジタル技術によって復活しつつあるというのが、新規なもののように語られるシェアリング経済に対する正しい見方であると指摘している。彼は、現代におけるシェアリング経済の新しさは、ICT等の発展により「経済的コミュニティ」が家族や近隣住民の枠を超えて、デジタル的に身分証明された全世界の人々に広がること(=ストレンジャー・シェアリング)と、商業的価値の源泉が企業から一般大衆の起業家へと移行すること(=クラウドベース資本主義)にあるという(スンドララジャン2016:14-15)。
だが、彼がいう「クラウド資本主義」の特徴――市場ベースであること、資本の影響力が大きいこと、分散化された個人が担い手となること、パーソナルとプロフェッショナル、フルタイム労働と臨時労働、自営と雇用、仕事と余暇の線引きが曖昧であることなど(スンドララジャン2016:52-53)――は、まさにグローバルに連結した(例えば、香港とアフリカ諸国をまたにかける)「インフォーマル経済」と大部分で重なっているようにみえる。
彼らがICTや電子マネーを活用して築いたTRUSTも、こうした「協働型コモンズ」の創出を通じた、ある種のシェアリング経済のプラットフォームである。TRUSTは、中古車の買い手を探す香港のブローカーと、中古車を探すアフリカ諸国のブローカー・顧客とをピアトゥピアで繋げる役割を果たす。TRUSTに参加する者にも、情報提供者・顧客・出資者のいずれにもなることができる「ユーザー」である。そして、TRUSTへの参加は、ユーザーたちに多くの利点をもたらしている。
第一に、TRUSTに参加すると、売れ筋商品を見つけたが買い手を見つけられなかったブローカーも、買い手から注文を受けたが商品を見つけられなかったブローカーも、アフリカ各地と香港・中国に広がる各ブローカーのパーソナルネットワークを結集した「情報=コモンズ」の中から買い手/商品を獲得できるようになる。アフリカ諸国のブローカーは、香港に渡航しなくても商品を探したり、相場を計算することができるようになる。このことは、冒頭で述べたように、香港のブローカーにとって自身の仕事の存在意義を維持する重要な利点となっている。
第二に、TRUSTは、参加するブローカーどうしのもつ商品と買い手の希望をマッチングさせるしくみであり、冒頭で述べたような仲間どうしのあいだでの「すれ違い」も生じない。
第三に、クラウドファンディングを通じて、香港の中古車販売業者・解体業者に一括払いができるため、香港の業者の取り置き期限とは関係なく、彼ら自身が設定した期限で余裕をもって買い手から代金を取り立てられ、かつその不履行が生じた場合でも、その中古車をプラットフォームに参加する別のディーラーに回すことができるため、商品を探すのに費やした時間と労力のコストが無駄にならない。
第四に、TRUSTでは、どのような商品にどのくらいの値段や買い手がつくかといった情報が蓄積され、複数の人々が実際にその情報を活用した「実験」の結果も蓄積されていくので、TRUSTに参加していると、日々の中古車探しや顧客への説得なども効率的・効果的に行うことができるようになる。
これらの利点は、香港および母国のブローカーにとって相対的なビジネスの安定につながるものであるが、TRUSTにはより直接的な生活保障の機能も埋め込まれている。
「セーフティネット」としてのTRUST
TRUSTは、インフォーマルな送金業者の電子マネー口座を通じて個人ベースのクラウドファンディングを可能にするプラットフォームでもある。先にTRUSTは、一種の架空口座のようなものだと述べたが、実際には、アフリカ諸国と香港のあいだの金銭のやり取りを介在する現実の「口座」がある。
TRUSTの送金システムを説明する前に、カラマたち香港のブローカーが、アフリカ諸国の顧客との間で金銭をやり取りする際に利用する四つの手段を確認する。
第一に、ウェスタンユニオン(Western Union)やマネーグラム(MoneyGram)といった公的な国際送金サービスを利用する方法。特にウエスタン・ユニオンはチョンキンマンションにもあり、よく利用されているが、手数料が高く、現金を頻繁にやり取りするには不適切である。
第二に、中国・香港の大学等に留学していたり、現地の女性と婚姻関係を結んでいるなど、中国・香港の銀行口座をもつ者の口座を借りることである。例えば、現在はタンザニアに在住している元中国を拠点とするブローカーのジョセフは上海市の大学に留学経験があり、HSBC銀行の口座を持っている。彼は時々カラマたちに頼まれて銀行口座を海外送金のために貸すが、口座名義やカードを貸し借りするのはリスクが高いため、緊急事態に限る。
第三に、タイミングよく帰国する交易人(商業的旅行者)やブローカーに「ついで」に現金を運んでもらう方法である。組合活動の説明で述べたように、カラマたちは香港とアフリカ諸国の間を定期的に行き来する交易人と懇意にしており、ちょっとした親切の見返りに家族への土産や小さな商品を運んでもらう。彼らが香港にくるタイミングがちょうど合えば、現地の顧客からの代金を届けてもらうこともできるし、互酬的な助け合いの延長とみなされて手数料もかからない。だが、それほどタイミングよく渡航する者は現れないし、大金を預けることには「ネコババ」のリスクが伴う。
カラマたちが最も頼りにしている第四の方法は、インフォーマルな送金業者の利用である。彼らは、携帯電話の電子マネー口座を利用し、非常に少ない手数料、時として無料で送金を代行する。例えば、「バガンダ」の愛称で呼ばれる送金業者は、いつも黒い鞄を携えてチョンキンマンション内を徘徊している。バガンダは、100米ドル以下の送金の場合には、手数料として1回50香港ドル(約6米ドル)、1,000米ドル以上の送金については1回40香港ドル(5米ドル)で送金を請け負う。
バガンダの送金システムは、以下のとおりである。香港からカラマが100米ドルを現地の事業を運営する妻に送りたい場合、カラマは100米ドルと50香港ドルをバガンダに手渡しする。バガンダには、ウガンダ、タンザニア、ケニアの東アフリカ三カ国にビジネスパートナーがいる。彼はその場で、スマホのショートメッセージなどでタンザニアのパートナーにカラマの妻の電話番号と100米ドルの情報を送る。メッセージを受け取った現地のパートナーはすぐさまM-pesaやTigo-pesaといったタンザニアの通信会社が実施している携帯口座を使った送金サービスを利用して、カラマの妻の携帯口座に電子マネーを送金する。その後、妻から無事に届いた旨の連絡が来る。この間、わずか15分。妻はわざわざウエスタンユニオンのオフィスに出向く必要がないので、じつにスピーディである。
カラマがタンザニアのブローカーから代金を受け取りたい場合も同じである。タンザニアのブローカーは、バガンダの現地パートナーの携帯口座に1,000米ドル+40香港ドルに相当するタンザニアシリングを送金する。そして現地パートナーから送金相手の香港ブローカーの電話番号と送金額の情報を受け取ったバガンダは、カラマに相当額の香港ドルを手渡しする。
このインフォーマルな送金システムには、もうひとつ重要なアクターが存在する。じつはバガンダたち送金業者は、香港のアフリカ系天然石輸入会社を通じて運転資金となる大金を無利子で借りている。輸入会社が送金業者に現金を貸しているのは、アフリカ諸国と香港との間でビジネスをする資金の送金手数料と換金手数料を浮かせるためである。香港の輸入会社は、アフリカ諸国の通貨で石を購入し、香港の卸売商に販売することで、利益を香港ドルで得ている。他方、カラマたち中古車ブローカーは香港ドルで中古車を仕入れ、アフリカ諸国に輸出して現地の消費者に販売することで、利益をアフリカ諸国の通貨で得ている。カラマたちは確かにタンザニアの家族にしばしば生活費を送金しているが、彼らが行っているのは輸出業なので香港からタンザニアへと動く金額よりも、タンザニアから香港へ動く金額のほうが圧倒的に大きい。輸入業者は、東アフリカ各国にいるバガンダのパートナーに集められた「中古車購入代金」を現地での天然石の買い付けに運用することで、香港で得た利益から仕入れ経費を送金したり換金しなくても済む。つまり、インフォーマル送金業者は実際に金銭を動かすわけではないので、手数料は彼ら自身の日々のマージンだけとなり、非常に少なく設定できるである。
さて、インフォーマルな送金業者を介在させることで、TRUSTは国境を越えたクラウドファンディングを実現した。このクラウドファンディングは、顧客や商品を獲得できなかった香港・タンザニアのブローカーにとっては、生活保障の機能を果たす。彼らは、資本の一部を他の人々の取引に投資することで、日々の生計を安定させるちょっとした利益を稼ぐことができる。
もちろん販路が決まった取引に投資するので、「信用の不履行」(詐欺や踏み倒し)が生じない限り、投資時に計算した通りの配当金が得られる。そしてTRUSTが、ジョージに目星をつけた車を奪われたノアのようなブローカーも少しは利益を稼げる「セーフティネット」を兼ね備えていること、すなわち市場競争の論理に「シェア」「助け合い」の論理が組み込まれていることが、仲間内で特定の商品を競りあう事態をめぐる緊張を和らげていると想定されるのである。
以上でみたようにTRUSTはなかなか良くできたプラットフォームであるのだが、TRUSTのもっとも重要な機能はその名前のとおり、香港ブローカー全体に対する「漠然とした不信感」を担保しながら、そのつど特定の誰かに関する「偶発的で一時的な信用」を立ち上げるしくみになっていることである。TRUSTの信用は、その他のフォーマルな専業的フリマサイト/オークションサイト――例えば「メルカリ」「ヤフオク」等――とは違い、運営する企業が担保しているわけではない――実際にInstagramやFacebookとリンクが張られた複数のSNSサイトにまたがるTRUSTには、特定のリーダーも活動家・思想家もいないし、取引における信用の不履行が生じてもサイトの運営者に責任が帰せられることはない。
さらにTRUSTがフォーマルなフリマ/オークションサイトと異なる発想で作られている最たる点は、TRUSTが「信用できるブローカー/顧客」と「信用できないブローカー/顧客」を次第に明るみにしていくものではないことである。TRUSTもグルメサイトの星印のような「評価経済」のしくみをもつが、ここでは相変わらず誰もが信用できるし信頼できない世界・人間観が維持されており、それゆえに取引実績や資本規模、過去の失敗や裏切りにかかわらず、誰にもチャンスが回ってくる。TRUSTに参与するブローカーのあいだの「不信」と「信用」のバランスは、カラマたちが毎日みせてくれる(正直ちっとも面白くない)「コメディ動画」や、カラマたちが頻繁に私と撮りたがる「記念写真」、タクシー運転手まで巻き込む「ライブ映像」、さらに商業的旅行者をふくめて「ついで」におこなう日々の助けあいや組合活動と連動しながら創出されている。
次回は、彼らがTRUSTを通じて誰かを偶発的に信用したり、信用しなくなったりしながら、商品や買い手を「シェア」していく実践を明らかにする。そこから浮かび上がってくるのは、遊んでいることが仕事になり、仕事が遊びや仲間との分かち合いになり、ビジネスが誰かの意図・意志や規範的・倫理的な強制力なしに「社会的なもの」へと変化していくプロセスを実行する論理である。
【参考資料】
・レイチェル・ボッツマン、ルー・ロジャース『シェア――〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』小林弘人監修、関美和訳、NHK出版、2010年
・松島聡『UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか』英治出版、2016年
・ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会――〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』NHK出版、2015年
・アルン・スンドララジャン『シェアリングエコノミー――Airbnb、Uberに続くユーザー主導の新ビジネスの全貌』門脇宏典訳、日経BP社、2016年
関連書籍
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