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精進料理のこころ 吉村昇洋

第10回 甘味と香り

甘味の摂取

 

 曹洞宗のお寺で大きな法要が行われると、始まってまもなく、会場の本堂に奉られている本尊さまにお供え物が献じられる。法要の準備を司る役職の殿行(でんなん)から、侍者に蜜湯(みっとう)が恭しく渡され、その後、導師、侍香(じこう)、別の殿行へと次々に渡ったあと仏前に供えられる。その後、菓子とお茶も同様の手順を踏み、3つの献供は完了となる。

 この蜜湯とは、読んで字のごとく甘いお湯のことで、砂糖を熱湯で溶かしたものだ。菓子は、スナック菓子のたぐいではなく、和菓子であることが多い。お茶は、抹茶もしくは煎茶である。

 お茶の歴史は、紀元前の中国からスタートし、今では一大産地のインドで飲まれるようになったのは、18世紀にイギリスの植民地になって以降のこと。日本では、遣唐使が往来していた奈良・平安時代に、留学僧が唐からお茶の種子を持ち帰ったのが始まりとされている。とすれば、法要でお茶が供えられる文化は、インド仏教ではなく中国仏教の影響だということだ。その中国において、お茶は長らく貴重品であったこともあり、尊い仏さまに相応しいお供え物として珍重された。

 ところで、お茶と同じく大切にされたのが、「甘味」である。残りの蜜湯と菓子の供物が、どちらも甘い物であることを思えば、なるほど納得できるところである。しかし、現代のように甘味が溢れている時代では、その大切さをあまり実感できないかも知れない。そこで、インド仏教の律を眺めてみると、蜂蜜や石蜜(砂糖)に関する記載がある。これらは七日薬とされ、食欲が沸かず、食べ物を受けつけない病人にしかその期間の所持を許されない貴重品であり、病人ではない僧侶が口にすることは固く禁じられていた。

 ちなみに、こうした規定はインド仏教に限ったことではない。道元禅師は『宝慶記』の中で、南宋の天童山景徳寺で修行していた頃に本師如浄禅師との間でなされた次のようなやり取りを述懐している。

「学人(がくにん)功夫辨道(くふうべんどう)の時、応(まさ)に須(すべから)く習学すべき心意識、並びに行住坐臥ありや」と、道元禅師が修行僧の心構えについて如浄禅師に尋ねると、

「乳並びに蜜を多く食(じき)すべからず」

「乳並びに蘇(そ)蜜等を多く喫することなかれ」

「沙糖(さたう)、霜糖(さうたう)等を多く喫することなかれ」

と、何度も乳製品や甘味のものを食べ過ぎないようにと答えている。

 なぜ、このように病人以外は乳製品や甘味を食べないように規定されたのだろうか。上座部仏教の『南伝大蔵経』の律蔵にも「かくの如きは美味の食なり、即ち、酥(そ)、生酥、油、蜜、砂糖、魚、肉、乳、凝乳なり。何れの比丘といえども無病にしてかくの如き美味の食を自らのために乞ひて食すれば波逸提(はいつだい)なり」とあり、〝美食〟であるから健康な者が食べれば罪となると明言している。ちなみに波逸提とは、戒律に定められた罪の一つであり、サンガ(4人以上の清浄な比丘)、あるいは衆(2~3人の清浄な比丘)、あるいは長老比丘の前で自分の行いを懺悔することで罪が成立し、受理されることでその罪は清算される。

 律によっては、魚や肉は正食であるので病人でなくても食べても良いことになっているが、これは時代を経て各地に仏教が伝播する過程で、その土地の文化の影響を受けたことで起きた違いであろう。一方で、これらが〝美食〟として認識されていたことは、諸経に記されているところであり、それゆえに制限がかけられたことを忘れてはならない。つまり、甘味は僧侶たちの貪欲を刺激するものであり、それを抑えて日々生活することが、仏教者として求められたということなのである。

 

甘露

 

 花がいっぱいのルンビニ園をイメージした花御堂の中に、甘茶を張った水盤を置き、その中に天と地を指さした誕生直後の釈尊像を祀り、その頭上から柄杓で甘茶を注ぐ。これは、釈尊の誕生日をお祝いする灌仏会(かんぶつえ)で見られる光景である。

 仏教で甘味というと、先の「蜜湯」よりも、この「甘茶」が真っ先に思い浮かぶのではないだろうか。甘茶は、黄褐色をした甘い飲み物だが、ほうじ茶や麦茶に砂糖を加えたものではない。日本で生える落葉低木ヤマアジサイ(アジサイ科アジサイ属〈APG植物分類体系Ⅳ〉)の変種の葉が原料であり、甘味の成分フィロズルチンを含んだこの葉を蒸し、発酵、揉み込み、乾燥で「甘茶」の茶葉ができあがる。生の状態ではただの苦い葉だが、こうした工程を経て、甘味を獲得する。その甘さたるや、蔗糖の400~500倍もあるというから驚きである。

 そんな甘茶を、灌仏会で誕生仏の頭に注ぐのは一体何故なのだろうか。ご存じの方も多いかも知れないが、これは「雨」を表している。釈尊の誕生を慶(よろこ)んだ天界の龍たちが〝甘露の雨〟を降らせたという故事があり、その様子を模しているというわけだ。つまり、甘茶をかける私たち自身も、天界の龍のミメーシス(模倣)を通して、仏祖降誕の喜びを表現していると言える。

 さて、この「甘露」は、サンスクリット語「アムリタ」の翻訳であるが、その訳し方は既に存在する言葉の中から類似した語を選んで置きかえるというものであった。古代インドの神話に登場する飲んだ者に不死をもたらす甘い蜜の飲料である「アムリタ」には、古来より中国で言われてきた「為政者が善政を敷き、天下太平になったとき、天が降らせるという甘い露」を指す「甘露」という言葉が当てられた。そして、仏典では、インド神話におけるアムリタの内容を踏襲し、抜苦、長寿、死者の復活を司る甘い霊液を意味した。

 しかし、仏教がこのような不老不死を標榜するわけもないので、メタファーとして捉える方が自然である。言っている内容は〝生死の超克〟であるから、これは輪廻からの解脱、つまり「涅槃」を指していると見るのが正しい。それゆえ、仏典では、「涅槃に到る門」を<甘露門>と呼び、また、「涅槃に導く仏の教説そのもの」を<甘露法雨>や<甘露法門>と表現するのである。

 八世紀の中ごろに鑑真(がんじん)和上の来日とともに日本に輸入されたという石蜜・蔗糖などの甘味料。現実的な修行生活において、仏教者にとって抑えるべき欲の対象である一方で、「甘露」のように仏教の最終目標でもある「涅槃」の表現としても用いられる。甘味というものは、仏教においてなかなか奥深い存在なのである。

 

香りについて

 

 料理を目にして大抵最初に感じるのは、視覚を通じた盛りつけである。それが美しいものであれば、美味しそうに感じたり、どんな味がするのだろうかと色々思いを馳せたりするだろう。次に、実際に口に運ぶ段になると、舌で感じる味覚、触覚。そして鼻で感じる嗅覚が刺激される。特に、和食で椀ものを頂く時などは、蓋を開けた瞬間に、味よりも先に香りが迫ってくる。

 ブラインドで銘柄を言い当てるワインソムリエたちは、なんと味覚よりも嗅覚をより働かせて峻別しているという。というのも、ヒトの持つ機能として、受容体遺伝子の数を比較してみると、現在判明しているところでは味覚で26個なのに対し、嗅覚はおよそ15倍の396個も存在している。そう考えると、香りが人間の個々の生活にいかに多くの影響を与えているか想像に難くない。

 ところで、香りというものは、仏教の儀式においても非常に重要視されるものである。最たるものは、お香だろう。一般的な線香、焼香の際の抹香、僧侶が儀式の際に使用する特別な香木片など、香りでその場を浄めるといった意味合いがある。

 禅寺の台所は、「典座寮(てんぞりょう)」や「庫院(くいん)」などと呼ばれるが、それとは別に「香積(こうしゃく)台」や「香積局」ともいう。この「香積」の語は、大乗仏典の『維摩経』「香積仏品第十」で説かれるところに由来する。

 衆香国(しゅこうこく)という香気が充満する世界では、全てのものが香り立ち、そこに住む香積仏が言葉ではなく香りによって法を説く。楼閣は香木で作られ、香地を経行(きんひん)(坐禅の合間に行う歩行禅)していると、庭園からも芳しい香りがしてくる。そして食べ物にも香気があり、その香りは十方無量の世界に流れ出している。

 ここでいう“香り”は、まさに素晴らしい「仏の教えそのもの」を指しているわけだが、禅林に於いて「そんな美味しそうな香気(仏の教え)が充満する場所(仏道実践の場)」ということから台所を香積台や香積局と呼ぶのは、なかなか言い得て妙である。

 さらに、曹洞宗ではご飯のことを香飯(きょうはん)、汁物のことを香汁(きょうじゅ)、お漬物のことを香菜(きょうさい)、食後に器に注ぐお茶(ほうじ茶)のことを香湯(こうとう)、とそれぞれ表現する。この特殊な呼び名は、禅の修行生活で一般的に用いられるが、僧堂(坐禅堂)で行われる本飯台の際にはその存在感が増す。本飯台とは、叢林の作法に則った正式な食事様式のことで、給仕を行う浄人と、食事を受ける雲水とに分かれて行じられる。この時、喝食行者(かっしきあんじゃ)の役についた者が、座して待つ雲水に向け、これからどの料理が配られるのか、大声且つ言葉を伸ばし気味に告げるのである。例えば、「きょーはんー」と告げられれば、浄人が「香飯」の入った木桶を持って入堂し、作法通り配膳をして回るという具合だ。

 禅の食事は、仏道修行としてかくの如く実践される。そして、一つひとつ配膳される食事に〝香〟の文字が当てられていることからも、食べ手には、仏の教えをまとった食べ物として、ありがたく頂く姿勢が求められるのである。また、これまでの連載で述べてきたように、五観の偈の精神をしっかりと心に留め、細かな食事(じきじ)作法を丁寧に実践したならば、道元禅師の法等食等の教えにある通り、一つひとつの料理自体が仏の教えそのものであるという表現には違和感を持たないであろう。

 ところで、一般的に仏壇などで仏さまへのお供え物をする際、「料理にラップや蓋をしたままではいけない」といわれる。これは、仏さまは食べ物の〝香り〟を頂くからだと説明されるところから来ているのだが、「仏教」が「香り」と密接に関係していることが、こうした話にも象徴的に表れているのである。

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著者略歴

  1. 吉村昇洋

    1977年生まれ。曹洞宗八屋山普門寺副住職。臨床心理士。相愛大学非常勤講師。曹洞宗大本山永平寺での2年2ヶ月間の修行経験をベースに、禅仏教や臨床心理学、精進料理、仏教マンガについての講演、本や雑誌、新聞にて執筆活動を行う。NHK 総合『ごごナマ』やNHK Eテレ『きょうの料理』の講師として人気を博すほか、地元広島の情報番組RCC『イマなまっ!』にてコメンテーターを務める。また、地方紙『中国新聞』にて宗教コラムの連載「放てば手にみてり」を担当。近著に『禅に学ぶくらしの整え方』(オレンジページ)のほか、『心が疲れたらお粥を食べなさい』『気にしない生き方』(いずれも幻冬舎)、『週末禅僧ごはん』(主婦と生活社)など著書多数。

    曹洞宗八屋山普門寺 http://www.zen-fumonji.com/

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