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鳥の歌、テクストの森 髙山花子

オリヴィエ・メシアンにとっての鳥――祈りと音楽

1 20世紀で最も鳥を愛した音楽家、メシアン


 鳥をモチーフに多数の曲を残している現代日本の作曲家として思い浮かぶひとりは、独学の作曲家、吉松隆(1953- )だろう。《朱鷺によせる哀歌》(1980)や《サイバーバード協奏曲》(1994)をはじめ、鳥を主題とした作品がいくつも創られている。

 《朱鷺によせる哀歌》の創作のきっかけについて、本人はこう書いている。

一九七一年春、十七歳の時、能登で捕獲された本土最後の朱鷺(能里)が死んだニュースと共に、青空を飛翔する朱鷺の姿を初めて見た。泣きたくなるほど美しかった。以来、淡い白色の羽の鳥たちの嘆きの歌が空のどこかで鳴り続けているような気がしていた[1]

その吉松の鳥への愛着の背景で、もちろん意識されていた作曲家は、ほかでもないフランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908-1992)である。メシアンは、20世紀の作曲家の中でも、とりわけ鳥を愛していた作曲家として有名で、鳥にまつわる曲を作曲しただけでなく、世界中の鳥の鳴き声を採集した「鳥類学者」としての側面も持ち合わせている。

 しかし、同じ「鳥と縁のある作曲家」であっても、吉松とメシアンには決定的に異なる点がある。それは武満徹の音楽をたどった際にもテーマとして確認したことだが、メシアンにはカトリックへの信仰があったことである。メシアンは教会のオルガニストとして活動し、ミサ曲も作っていた。そのことをまずはおさえておくべきだろう。

 とはいえメシアン自身は、みずからの創作を解き明かす『音楽言語の技法』(Technique de mon langage musical, 1944)で、彼が描いたのは信仰や教義というよりむしろ「技法technique」であることを強調している。メシアンは「私は多くの宗教的な作品——神秘主義的な、あるいはキリスト教の教えやカトリックの教義に従った宗教音楽——を書いた。しかしこの私の好みもまた脇におく。私は技法の話をするのであり、感情sentimentの話をするのではないからだ」[2]と自制した態度を明示する。じっさい、16章からなる同書は、目次からみてとれるように、リズムや旋律、フレーズ、付加音符といった技術的な要素を譜面とともに解説する性格が強い。

 しかしながら、「私は技法の話をするのであり、感情sentimentの話をするのではないからだ」[3]と述べつつも、ときおり、自分の音楽言語が「神学的な虹 arc-en-ciel théologique」[4]を目指しているのだとしたり、《聖なる三位一体の神秘》で3の用法が三位一体を讃えるためであることが記されていたりする[5]。テクストを読むほど、抑制された記述の背後にあるメシアンのあふれる感情への関心が伝わってくる。

 本の最後に掲載された作品目録でも、次のように書いている。

この目録にある作品のうち、いくつかは世俗的なテーマを題材とし、純音楽にとどまるのはわずかである。もっとも多くの作品が、尽きることのない泉の聖書、ミサ典書、恐怖、《イエス・キリストにならいて》、から汲み取ったカトリック信仰における真理への黙想につながっている。歌とピアノのための2つの連作《ミのための詩》と《天と地の歌》からの引用は残念ながら極めてわずかである。これはとりわけ感情の真理であり、私の典型的な手法であるから、私の音楽をよりよく知ろうと思うならまずこれらの読譜から始めることを勧めたい[6]

このように信仰との結びつきに対して自覚的に距離をとりつつも、「感情の真理」といった言葉でもって説明しているメシアンのテクストを読むと、ますます彼の作曲における、どこかアンビバレントな態度に惹かれてくる。

 そうした気持ちで、上記のメシアンの作品目録を眺めていると、二つの曲に付けられた★印が目に飛び込んでくる。この印は、メシアンが「極めて重要」として付けたものらしい。それには、代表作《アーメンの幻想》(1943)と《世の終わりのための四重奏曲》(1941)が含まれている。期せずしてこの二つは、前者には「天使たち、聖者たちと鳥たちの歌のアーメン」(Amen des anges, des saints, du chant des oiseaux)、後者には、「鳥たちの深淵」(Abîme des oiseaux)というふうに、ピアノ曲あるいは四重奏曲のメロディーそのものにとって、鳥が重要なモチーフとしてあらわれている[7]

――ここでも、鳥。

これまでの連載で見てきたように、鳥の鳴き声は、ときに音の風景として、ときに祈りのイメージとして、作家や音楽家の創作の原点とも言うべき思想に重なっていた。メシアンにとっても、例外ではないのかもしれない。「鳥」は、単に彼の音楽のモチーフになっているだけでなく、そのテクスト、さらには思考を読み解く重要な鍵になっている可能性が高い。

 そこで、「鳥たちに囲まれたメシアン」の姿を、様々な角度から観察していきたいと思う。まずは、『音楽言語の技法』にじっさいどのように鳥が記述されているかを確認し、つぎにメシアンが鳥の名前にとりわけ執着している様子を、彼のパリ国立高等音楽院での講義記録から見ていこうと思う。

 

2 鳥の様式


 『音楽言語の技法』の第9章は「鳥たちの歌」と題されている。短いので、どんなことが書かれているのか、引用しよう。

ポール・デュカスは「鳥たちを聞きたまえ。彼らは偉大なマエストロだ」と話した。私はこの助言を待つまでもなく、鳥たちの歌を賞賛し、分析し、採譜していたことを打ち明けよう。鳥たちはその歌声の入り交じりによって極めて洗練されたリズム・ペダルのもつれを作り出す。鳥たちの旋律曲線、とりわけつぐみのそれは、その独創性fantaisieにおいて人間の想像をはるかに越える。鳥たちが用いるのは半音よりも狭い非平均律の音程であり、その本性を盲従的に模写するのは滑稽であり、無駄であるから、小さな奉仕者たちの霊妙な喜びへのフュゼーとルーラッドの転写、変容、解釈としての鳥風な旋律のいくつかを用例として示す[8]

「フュゼー(fusée)」とは、フランス語では「ロケット」を意味するが、訳註では、音楽学者のマルク・オネゲル(Marc Honegge)の『音楽の科学』(Science de la Musique, Bordas)を参照する形で、「上行または下行の急速な音階からなる装飾的な音型」という説明が載っている(ロベール仏和にも同じ意味が載っている)。おなじく、「ルーラッド(roulade)」については、「声楽曲の装飾定型で、乖離した2音間をつなぐための上行または下行のはやい全音階的な一連の経過音」という説明が載っている[9]。フランス語では、身体を回転させる意味を持ち、ロベール仏和では、「旋律中の2音間に挿入される急速な装飾的パッセージ。18、19世紀のオペラのアリアにしばしば見られる」という意味に加えて、「(ツグミ、ナイチンゲールなどの)震えた鳴き声(さえずり)、トリルのかかったような鳴き声」という意味も載っている。

 上の引用の後にメシアンが具体的に示す音楽は、《夜の終わりのための四重奏曲》の鳥たちの深淵に現れるアルペジオや、同作から引用した《水晶の典礼》にあるクラリネットの旋律で表現されるツグミの呼び声とつぐみの即興、それから、「絶えず高く、激しくさえずるヒバリの「ティルリ(tireli)」〔オノマトペのこと〕」、そして「夜明けのスズメたちの賛歌」である[10]。それ以上の詳しい説明はない。

 だが、興味深いことに、この本の中では、幾度も「鳥の様式」という表現が使われている。

 たとえば、第6章「ポリ・リズムとリズム・ペダル」の終盤で、《水晶の典礼》を譜例にあげ、「最後に、休符で分かたれたヴァイオリンの定型(一種のペダル)は、クラリネットが奏でる主となる歌(この様式の規範原型)と同様、鳥の様式で書かれていることを指摘しておく」(36頁)とある。また、第11章「リート・フレーズ、2部フレーズ、3部フレーズ」では、旋律的ペリオッドを説明するためにあげる譜例143(《天使たち、聖者たちと鳥たちの歌のアーメン》からの抜粋)について、「〔…〕ベラ・バルトークとアンドレ・ジョリヴェの混成にわずかな鳥の様式(第9章参照)を加味した」[11]と書き、続けて、「用例144と用例145は完全に鳥の様式」[12]とある。

 ほかにも、第12章「フーガ、ソナタ、単旋聖歌の諸形式」において、ソプラノとピアノからなる作品である《復活》の最後で「鳥の様式フュゼー(p)Aは、力強い荘厳な和音(p)Bと対照をなし、これらの和音に先行するCはその下方共鳴の効果である」(70頁)と説明しているのが見て取れる。

 細かい楽譜の分析は本稿の目的ではないので行わないが、すくなくともメシアンにとっては、みずからの「技法=テクニーク」を説明するために「鳥の様式」という表現が鍵語として機能しており、かつその技法の特性は、じっさいに鳥の囀りが高速で変化する、装飾音的な表現につうじていることがわかる。

 技法としての「鳥の様式」を、メシアン本人はさまざまな自作で転用していたと自覚していたのだといえる。では、鳥のさえずりの楽譜への転写は、どのように行われていたのだろうか。

 

3 講義で言及される鳥の歌


 1908年に南仏アヴィニョンに生まれたメシアンは、その後、父の転勤でパリに移り住み、10歳からパリ国立高等音楽院で学びはじめる。卒業後の1931年にはオルガン奏者としての道を歩み始めた。第二次世界大戦中は徴兵され、ドイツ軍の捕虜となった。《夜の終わりのための四重奏曲》は捕虜収容所で書かれたことが知られている。メシアンは、作曲活動はもちろんのこと、パリ国立高等音楽院での教育活動で果たした役割も大きい。ブーレーズ(1925-2016)、シュトックハウゼン(1928-2007)、クセナキス(1922-2001)など、彼が教えた音楽家たちは、文字通り、20世紀の新しい音楽世界を牽引していった。

 メシアンが作曲科で展開した音楽分析(アナリーゼ)に象徴される教育を、実際に受けていた教え子たちへのインタビューにもとづく記録が、ジャン・ボワヴァンによって刊行されている。和声クラス、分析クラス、作曲クラスそれぞれの特徴を整理した上で、メシアンによる分析(アナリーゼ)の詳細が、彼の参照した数々の曲とともに記され、また、メシアン自身の作品を分析する姿も書かれている。そのなかには、興味深いことに「テープに収められた分析——《鳥のカタログ》より〈コシジロイソヒヨドリ〉」という節が設けられている。これは、フランソワ=ベルナール・マーシュという人物が録音していた、メシアンが《鳥のカタログ》(1956-1958)について行った講義である。

 《鳥のカタログ》とは、全7巻13曲からなるピアノ独奏曲集である。楽譜の表紙には、「フランスの地方の鳥たちの歌。それぞれのソリストはその生息地で発表されている。その風景と、同じ地域を愛する他の鳥たちの歌に取り巻かれている」と書かれている。表紙では、1956年10月から1958年7月1日にかけてピアノ譜への落とし込みが行われたことや、ときには鳥の歌の採譜のための旅や滞在が、作曲よりもずっと前に行われていたことが明かされている。

 13のそれぞれの曲には、キバシガラス(Le Chocard des Alpes)、キガシラコウライウグイス(Le Loriot)、イソヒヨドリ(Le Merle bleu)、カオグロヒタキ(Le Traquet Stapazin)、モリフクロウ(La Chouette hulotte)、モリヒバリ(L’Alouette lulu)、ヨーロッパヨシキリ(La Rousserolle effarvatte)、ヒメコウテンシ(L’Alouette calandrelle)、ヨーロッパウグイス(La Bouscarle)、コシジロイソヒヨドリ(Le Merle de roche)、ノスリ(La Buse variable)、クロサバクヒタキ(Le Traquet rieur)、ダイシャクシギ(Le Courlis cendré)と題されている。

 そして、目を引くのは、楽譜のはじまる前に「本作で歌うすべての鳥のリスト」として、フランス語、ラテン語、英語、ドイツ語、スペイン語の5ヶ国語で、77種類の鳥の種名が列挙されていることである。楽譜自体には、そのフレーズがどの鳥の歌なのかが、種名で指示されている。

 ボワヴァンは、マーシュによる録音が、おそらく1959年春の講義の録音であると推測している。その一部書き起こしを紹介する前に、ボワヴァンは「メシアンが鳥の歌を真似る音を文字で表現できないのは残念である!」[13]と書いているが、実際の書き起こしを読むと、メシアンの《鳥のカタログ》についての授業が、ほとんど鳥についての授業だったと言ってもよいくらいに、個別の鳥に対する緻密な言及によって成り立っていたことが伝わってくるのである。

 《鳥のカタログ》の中から抜粋されるのは、〈コシジロイソヒヨドリ(Le Merle de roche)〉(第6巻第10曲)についての解説で、はじめから、その鳥の特徴そのものにメシアンの語りが迫ってゆくことが理解される。

「ツグミ(merle)」という名前が付いていますが〔フランス語でmerは海を意味する〕、間違えてはいけません、これは山地性の鳥です。つまり岩山のあいだに生息している鳥です。ツグミとジョウビタキの中間であり、ツグミそのものとは別です。これはとても見つけにくく、目にするのがむずかしい鳥です。私はその歌を聴くのにずいぶん苦労しました。二回見たことがありますが、どちらもなかなか得がたい機会でした。(…)ラテン語では「モンティコラ・サクサティリス(Monticola saxatilis)」(綴りを書く)、こういう発音です。きわめて美しい鳥です。歌はもちろんですが、見た目もやはり美しいのです。お見せしましょうか。(…)ご覧になればわかるように——これがとても特徴的な点なのですが——この鳥は褐色の翼をもっています。この写真では少し緑がかって見えますが。そして青い頭、灰色がかった青の頭があり、胸の辺りの毛、胸、腹そして尾はオレンジ、それも鮮やかな美しいオレンジです。岩山の上に佇んでいますね。この鳥は非常に人見知りで、いつも切り立った場所にいるため、なかなか見つけにくいのです。しかしたまたま目にすることがあれば、はっきりとその姿を確認することができます。好んで目立つところに止まって歌うからです。このようにオレンジの美しい胸を見せているので、すぐに見つけることができます[14]

ここには、コシジロイソヒヨドリがツグミと学名が似ていてもまったく異なる鳥であること、どこに生息しているかということ、ラテン語名の表記とその発音までも確認をしているということ、鳴き声だけでなく、見た目についても、図像を見せながら仔細にその羽や姿の様子について、説明を加えるメシアンの姿がある。

 その後メシアンは、コシジロイソヒヨドリが姿を見せる岩山の具体例として、ムレーズ圏谷を紹介する。それがどのような岩石によって成り立っているのかという説明に加え、夜にワシミミズクが鳴く場であることを、くぐもったそのミミズクの声を真似ながら、他にもコクマルガラス、クロジョウビタキの歌が聞こえる風景として、言葉を紡いでゆく。

 そしてメシアンは、コシジロイソヒヨドリが鳴く姿を、再度こう描写するのである。

コシジロイソヒヨドリが尖ったむき出しの岩に止まっている! なんという美しさ! 青い頭、赤褐色の尾、黒い翼、鮮やかなオレンジの胸。歌を歌うのは太陽の時、熱と光の時間。午前一〇時と午後五時、その歌は体を覆う毛と同様、オレンジの色に光り輝く! 沈黙の時間がリズムを刻み、ゆっくりした持続のなかで数えられる。クロジョウビタキがふたたび音を立てはじめる。コクマルガラスの最後の叫び。夜が明ける。ワシミミズクが鳴く。その声は岩山に響き渡り、暗闇と恐怖をもたらす。夜、月明かり[15]

メシアンによる鳥の種名の厳密な書き分けは、生息地とその視覚的風景と結ばれて、具体的な差異に満ち満ちており、かつ彼の実際の体験を伴っていることがよく伝わってくるだろう。この圏谷に夜に表れるワシミミズクが、どのような姿であるのかを、実際の視覚資料で示し、かつ、その鳴き声を真似して、「低くこもったようなうなり声が夜の岩山に響き渡る、その様子はとても奇妙です。すると、雌がまるで嘲笑のような声で応じます。その笑いにはどこか皮肉で陰険な響きがあって、夜ともなればほんとうに恐ろしい響きがします」[16]と説明したあと、メシアンは、羽や見た目、「オレンジに光り輝く目」[17]がいかなるものか、巫女や預言者、魔女のイメージを想起しながら、克明に語るのである。

 注目したいのは、このあとメシアンが、コシジロイソヒヨドリの鳴く情景に共にいるもう二種類の鳥、コクマルガラスとクロジョウビタキの声の騒がしさを強調していることである。メシアンは、《鳥のカタログ》で曲名にしたキバシガラスと区別するよう注意を促した上で、鳴き声を真似しながら、この烏がパリ市内だとどこで見られるのかを話したりした上で、「コクマルガラスは一〇〇、一五〇、二〇〇羽といった群れをなし、それらが集まると非常に多彩な鳴き声、たいへん騒がしい声が聞かれます」[18]という風に、その騒音性を確認する。

 さらに、クロジョウビタキの声の騒がしさについては、このように書いている。

ミュジック・コンクレートをおやりの皆さんにとっては、とても興味深いインスピレーションの源なのではないでしょうか? これは歌ではなく効果音(bruitage)なのですから。どういうことか、少しご説明しましょう。クロジョウビタキは、耳にはほとんど聞こえないようなトリルをひそかに行い、それが止むと……いえ、初めに聞こえるのはトリルではなく、紙をくしゃくしゃとするときの音です。ほら、紙をつかんでこのようにすると(風の音を真似るかのような高音の鋭い音を出す)紙が擦れるかのような音が出ます。このノイズが徐々に大きくなってトリルとなり、クレッシェンドを経てついには歌になるのです。これは二、三の音による極めて単調な歌です(「ポ・ポ・ポ・ポ・ポ」と鳥の歌を真似る。最初の三つの音は残りの二音よりも五度高い)しかし、もっとも興味深いのはこの歌ではなく、紙が擦れるときのような最初の音です。この音を聴くためには、かなり鳥に近づかなければなりません。これはほんとうに奇妙な音で、音楽に移し換えるのはとてもむずかしい。というのもこれは音楽ではなくてノイズだからです[19]

クロジョウビタキは、ラテン語名がPhoenicurus ochrurosで、フランス語では、rougequeue noir, rossignol des murailles, queue rousseといった呼称があるが、《鳥のカタログ》の13曲の曲名になっていないのはもちろんのこと、最初に添えられたリストにあげられている77種類の中にも姿が見えない(コクマルガラス=choucasは入っている)。この記述からは、鳥の発する鳴き声が何もかも「歌(chant)」として捉えられていたのではなく、ともすれば効果音やノイズとして聞き取られていることがわかる。なおかつ、カタログの中に収録されなかった理由が、文字通り「音楽に移し換えるのはとてもむずかしい」からだったことが推測されるのである。

 書き起こしの後で、ボワヴァンは「〔…〕メシアンの模倣はきわめて巧みで、鳥の歌の滑稽な感じをよく表現していた」[20]と書いているが、聞き取ることはできても、口真似ができない音や、譜面に書き起こすことが困難な音が、鳥の鳴き声のなかにもあったろうことが読み取れる。その点で、メシアンは「鳥の様式」に決して集約されない鳥たちと鳥たちを取り巻く環境音を鋭敏に聞き取っていたことが想像されるのである。

 

4 〈軽井沢の鳥〉(1962)における日本の鳥への眼差し


 ここまで見てきたことを踏まえると、メシアンが初めて日本を訪れた際の印象に基づいて作曲した《七つの俳諧》(1962)の第6曲〈軽井沢の鳥たち〉において、サンコウチョウ、コマドリ、ホトトギスといった種名の指示を譜面に書き込んでいたことの意義が、いっそう深く読み込まれてくるだろう。

 冒頭にある各曲の説明で、メシアンは〈軽井沢の鳥たち〉に一番長い説明をあたえている(そのかわり、譜面での文章による指示は一番少ない)。では、その説明がどのようなものかというと、彼が軽井沢で聞き取り、曲に織り込んだ鳥たちの種の説明と、それぞれがどの楽器に対応するかといった記述である。

 メシアンは、まず全体について、「本作で歌う鳥たちは、軽井沢周辺で聞き取られました。山と松の風景の中です。いくつかは、峡谷と小川の近く、浅間山から遠くない、森の中で採譜されました。あざやかなピンクのツツジが咲き乱れていました」と前置きして、主要な鳥たち7種を説明する。そこで挙げられるのは、ウグイス、ホトトギス、キビタキ、オールリ、アオジ、サンコウチョウ、クロツグミ、メジロなのだが、たとえば、ウグイスについては、日本語の綴りのUguisuに並んで、フランス語の綴りで実際にそう発音できるようOugouhisseと併記され、これが日本のヨーロッパウグイス(bouscarle)であって、二種類の歌をもっていることと、その歌がトランペットと木管のアンサンブルに任せられるという楽器との対応が簡潔に記されている。キビタキやオオルリについては羽毛の色味についても説明が加えられるなど、鳴き声にとどまらない生物学的な特徴があわせて書かれており、そこにメシアンの鳥に対する猛烈な関心の強さが窺われるのである。

 

5 結び


 以上駆け足ではあるが、メシアンにとっての鳥について、彼の技法と講義風景、それから実際の譜面での鳥に関する記述をもとに追ってきた。先に挙げたキリスト教のモチーフが色濃く刻まれている《アーメンの幻想》や《世の終わりのための四重奏曲》に現れる鳥たちは、一見すると信仰と、信仰のある世界の風景とが分かち難く結ばれているように思われがちである。しかしつぶさに見てゆくと、メシアンが鳥のさえずりを模倣する形で散りばめた楽曲のフレーズそのものは、信仰というよりもむしろ極めて観察眼的な、鳥という生物種への関心に裏付けられ支えられて成立している姿であると言えるだろう。

 そこからさらに敷衍すると、このように考えられるのではなかろうか。冒頭でみてきたように、メシアンは信仰との結びつきについて、自認しながらも語ることには自制的になっていた。記事のはじめより抱えていた問いは、どのようにメシアンは宗教的な追求への距離の置き方と音楽表現とを重ねているのか、あるいは、いかに折り合いをつけているのか、というものであった。「鳥」を中心に彼のテクストを読み返して改めて考えると、メシアンがあくまでも感情ではないものとしてこだわり続けた「技法」――それには、具体的で現実的な鳥のさえずりをとらえることも含まれていた、と言えないだろうか。そしてそれは、抽象的な鳥のイメージだったり、象徴としての鳥だったり、あるいは、空想上の非現実的な鳥の動機(モチーフ)ではなく、実際に目にして姿形や学的情報を把握した鳥の歌の中から選ばれた配置だった、そのように思われてくる。

 メシアンと鳥についてはさらに議論を拡張できるだろう。本当のさえずりをどれほど譜面に再現できているのか、というのは、それはそれで細やかな対照作業が必要となる。メシアンの音楽にとっての鳥が、きわめて現実にもとづいて構想され、緻密な旋律を奏でていた(もっと言うと、演奏について計算され指定が厳格になされていた)ことに目を向けてみると、信仰のある世界にとって、自然の音、ざわめき、ノイズ、音符に書き表すことのできない音たちは、どのような意味をもっているのか、という大きな問いもまた、さやかに去来しないだろうか。メシアンの尽きることのない鳥に対する関心や執着――それと同じようにわたしたちも彼の音楽や音への神秘に、現実的な鳥への関心とともに、ひきこまれてゆく余地はあまりにも大きいように思われるのだ。

 

[1] 吉松隆『作曲は鳥のごとく』春秋社、2013年、106頁。

[2] オリヴィエ・メシアン『音楽言語の技法』細野孝興訳、ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス、2018年、6頁。

[3] 同上。

[4] 同上、24頁、108頁。

[5] 同上、71頁。

[6] 同上、122頁。

[7] 同上、123頁。

[8] 同上、48頁。

[9] 同上、50頁。

[10] 同上、48-50頁。

[11] 同上、60頁。

[12] 同上。

[13] ジャン・ボワヴァン『オリヴィエ・メシアンの教室 作曲家は何を教え、弟子たちは何を学んだのか』平野貴俊訳、鍛治邦隆監修、アルテスパブリッシング、2020年、430頁。

[14] 同上、430-431頁。

[15] 同上、432頁。

[16] 同上、433頁。

[17] 同上。

[18] 同上、434頁。

[19] 同上、434頁。

[20] 同上、436頁。

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著者略歴

  1. 髙山花子

    1987年、北海道生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。現在、東京大学東アジア藝文書院(EAA)特任助教。声や歌、音響をめぐる思想史、表象文化論。著書に『モーリス・ブランショ——レシの思想』(水声社、2021年)、論文に「声が歌になるとき——『苦海浄土』の音響世界」『石牟礼道子の世界をひらく/漂浪(され)く』(東アジア藝文書院、2021年)、共訳書にモーリス・ブランショ『文学時評1941-1944』(水声社、2021年)などがある。

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