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鳥の歌、テクストの森 髙山花子

泉鏡花と鳥の気配

1 五位鷺(ごいさぎ)のあらわれ

 

 動物好きにはもちろん、鳥好きにうってつけの日本語文学の筆頭は、泉鏡花(1873-1939)だろう。その魅力は、小説であれ、戯曲であれ、ありふれた鳥も、あやかしの鳥も、手の届くすぐそこに、あるいは背中のすぐ後ろに、控えめではあるが、たしかに気配として感じられることにあるだろう。そして、ときにそうした鳥の声が、季節の風景と共にあざやかに聞こえてくるのである。

 鏡花の代表作である『高野聖』(1908)で、主人公の修行の身の旅の僧は、山の中の小屋に白痴の男と棲まう婦人(おんな)に出逢う。夜、月あかりが妖気をきかせ、山の気も籠る怪しさのなか、生ぬるい風の気配を感じながら、旅の僧は、婦人(おんな)に休むよういざなわれて、湯浴みをする。そして、くたびれたのがすっかり治ったと述べると、彼女はこのように応える。

鉄砲(きず)のございます猿だの、貴僧、足を折った五位(さぎ)種々(いろいろ)なものが(ゆあ)みに参りますからその足跡で崕の(みち)ができますくらい、(きつ)とそれが利いたのでございましょう[1]

そうして彼女は、眠たければ遠慮せずに眠るように彼に促す。

 沢山(たんと) 朝寐(あさね)をあそばしても鐘は聞こえず、鶏も鳴きません、犬だっておりませんからお心安うござんしょう[2]

そう言って、彼に安心して眠るよう続けるのである。しかし、旅の僧は、とてもではないが、眠ることができない──

 次第に、外に「ものの気勢(けはい)」が感じられ、羊の鳴き声、鳥の羽ばたき、むささびの声、牛の鳴き声、木の葉のざわめきも含めた魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の囁きが、泊まる狐家(ひとつや)を取り囲むのが聞こえてくる。やがて、婦人(おんな)が「(今夜はお客様があるよ)」と言うのが聞こえ、僧は陀羅尼(だらに)を唱えるに至る。

 旅の僧は、いつしか生まれていた、女と一緒になりたい欲望を必死で抑えながら逃げる道中、「訳」を知っている親父に会う。いわく、彼女に触れられて水を飲み人間のままでいられた者はこれまでなく、みな、牛や馬、猿や(ひき)といった動物に姿を変えられてしまうというのである。たとえ最初は彼女と一緒にいられても、飽きられるとそのうち尻尾が生えてきて、変形してしまうという。かくして僧は、女の家に戻ることなく、ことなきを得て、雪の降るなか、道を進み、修行を続けてゆく。

 このように、泉鏡花の代表作である怪異譚には、さまざまな動物が現れる。ここで、先に引用した女の台詞の冒頭に出現した「五位鷺」を思い出して欲しい。森の繁る水辺の景色を彷彿させる(さぎ)の姿が描かれている。真夜中の森はたしかに鶏が鳴くような場所ではないが、そこには五位鷺が存在する、ということが、この鳥の存在感を物語っているだろう。

 ただし、興味深いのは、この鳥が想像上の怪鳥としてではなく、むしろ、日常的に身の回りに出現するらしいものとして、描かれていることである。

 鷺は、「眉かくしの霊」(1924)にも現れる。この作品も旅の者が宿の主とかつて起こった出来事を語り合う類似した仕組みになっている。たとえば、宿での食事の席で(つぐみ)が出されて、食べているときのことである。泊まっている旦那が、あるとき、芸妓(げいしゃ)から、こんな話を聞かされた、と話す。彼女が猟師と鶫をかじっていると、その口が血に染まっていた、ということがあったという。そんな怖い話が語られる。そして「明け方の鳥あみには魔がさす」というエピソードも語られる。

 そんな宿の近くの池で、雪の闇夜に音が立つ──それは、(さぎ)が魚を狙う音であった。そのように池で激しく鯉や鮒を狙って音を立てるのは、白鷺と五位鷺の両方であると明かされる。

 ここからわかるのは、五位鷺あるいは白鷺という鷺は、妖の物語の中に現れながらも、それらが直接的になにか幻想的かつ超現象的な事象を引き起こすわけではない、ということである。

 前回、石牟礼道子を鳥の形象に着目して追っていった際にも、とりわけ五位鷺は、ぎゃっぎゃっと鳴いて、人間とそうではない存在の境界が曖昧になるなかで、森の響きに耳を澄ませるように、存在感を示していた。五位鷺、さらにはふくろうが現れ、あやかしの世界と通じている点で、泉鏡花の作品が連想されるのは、不思議ではないだろう。

 それでは、泉鏡花の作品で、鳥の「声」は、どのように描かれているのだろうか。

 ここからは、短編を中心に、「化鳥」(1897)、「春昼」(1906)、「春昼後刻」(1906)、「海の使者」(1909)、「山吹」(1923)、「二、三羽——十二羽、三羽」(1924)、「多神教」(1927)、「神鷺之巻」(1933)に現れる鳥を見ながら、あやかしと日常を往き来しながらも、たしかに声音を響かせる存在としての鳥に目を向けたい。

 

2 「化鳥」――人語と鳥語の等しさ

 

 鳥を中心的に描いた鏡花の作品として、最も知られているのは、短編「化鳥」だろう。1897年に発表された「化鳥」に描かれるのは、人の言葉が鳥の言葉と通じており、かつ鳥のように翼をもった女の現れる様子である。

 冒頭から、花の咲き乱れる春の景色に、頬白(ほおじろ)山雀(やまがら)雲雀(ひばり)の唄っている様子が散りばめられているこの作品は、「僕」が先生に対して、雀のような鳥、さらには犬や猫のような動物たちもまた、人間と同じく話しており、自分自身は、他の人間たちが何を話しているのかがよくわからないと告白してゆくシーンを描いている。

僕ね、あのウだってもね、先生、人だって、大勢で、皆が体操場で、てんでに何かいってるのを遠くン(とこ)で聞いていると、何をいってるのかちっとも分らないで、ざあざあッて流れてる川の音とおんなしで、僕分かりませんもの。それから僕の内の橋の下を、あのウ舟漕いで行くのが何だか唄って行くけれど、何をいうんだかやっぱり鳥が声を大きくして長く引ぱって鳴いてるのと違いませんもの[3]

そのようにして、「僕」はスズメや四十雀、「犬も猫も人間もおんなじ」と捉え、人間が鳥や獣よりえらいのだということを疑っているのである。そして、鳥さしに刺されるときの頬白の鳴き声を悲しい声(=「ひいひいい」)と聞くのである。この「僕」は、人が歩いていると「片足をあげた処は一本脚の鳥のようでおもしろい」[4]と言い、友人のみいちゃんが何か言うと、「おや小鳥が囀るかとそう思っておかしいのだ」[5]という具合で、人間と他の動物を一緒くたにしている。

 こうした一連の「僕」の考えは、母親からの教えによるものである。「僕」が母親に、いつか川に溺れたときに自分を救ったのが誰なのか聞いたときがある。母親は「(廉や、それはね、大きな五色の翼があって天上に遊んでいるうつくしい姉さんだよ。)」[6]と答える。彼は「(鳥なの、母様(おっかさん))」[7]と聞く。すると母親は、「(鳥じゃあないよ、翼の生えた美しい姉さんだよ。)」[8]と返事をする。それで「僕」は彼女を探しに行くが、鳥屋まで行っても、そのようなお姉さんは見つからない。代わりに見つかるのは、菖蒲の茂る池の周りにたくさんいる烏が「かあかあ」と鳴く様子である。

 「化鳥」の最後は、夕暮れに、梅の木が並び、水田が見える景色に、真っ白な鷺が音もなくいる宵月の様子である──

 「僕」は自分を助けてくれた翼の生えた姉さんのことを思うが、会うことはできない。回想するなか、真暗やみに聞こえるのは、ふくろうの声である。

ぼんやりした梅の枝が手をのばして立ってるようだ。あたりをみまわすと真暗で、遠くの方で、ほう、ほうッて、呼ぶのは何だろう。冴えた通る声で野末を押ひろげるように、鳴く、トントントントンと谺にあたるような響きが遠くから来るように聞える鳥の声は、梟であった。
一ツでない。
二ツも三ツも。私に何を談すのだろう、私に何を話すのだろう。鳥がものをいうと慄然として身の毛が弥立った[9]

むすびは、蛙の高い声が聞こえる中、自分を助けてくれた翼の生えた人がお母様だったらしいことが了解されて終わる。

 この短い物語で象徴的なのは、本当に母親に翼が生えていたかどうかは定かではないにせよ、その母親によって、人間の話し声と鳥の囀りもまた同列に捉えられていたこと、その教えを受けた幼い「僕」がそのように生き物たちの鳴らす声を聞いていたこと、さらには、ややもすればあやかしが現れるかとも思われる場面に、日常的な風景の存在として、梟の鳴き声と鷺の姿が現れることだろう。

 このように、初期の鏡花の「鳥」は、人間と鳥を橋渡しする変身のテーマを想起させながらも、実際にその変身が起こっていたのかは曖昧である。しかしむしろ、そのような情景に現実の梟の鳴き声をはじめとする鳥の声と姿があったことこそが際立ってはいないだろうか。

 

3 「春昼」、「春昼後刻」、「海の使者」

 

 「春昼」(1906)は長閑な春の日の風景から始まる。冒頭を読んでみよう。

「お爺さん、お爺さん。」
「はあ、私けえ。」
と、一言で直ぐ応じたのも、四辺が静かで他には誰もいなかった所為であろう。そうでないと、その皺だらけな額に、顱巻(かしらまき)を緩くしたのに、ほかほかと春の日がさして、とろりと酔ったような顔色で、長閑かに鍬を使う様子が——あのまたその下の柔な土に、しっとりと汗ばみそうな、散りこぼれたら紅の夕陽の中に、ひらひらと入って行きそうな——暖かい桃の花を、燃え立つばかり揺ぶって頻に囀っている鳥の音こそ、何か話をするように聞こうけれども、人の声を耳にして、それが自分を呼ぶのだとは、急に心付きそうもない、恍惚とした形であった[10]

何気ない、ほのぼのとした春の世界だが、ここでは、鳥の声こそが何か話しているように聞こえ、人の声は話しかけているものとは聞こえないという、倒錯した状況がいきなり提示されているのである。鳥の声が自分に話しかけてくるようだ、というのは、「化鳥」と通じているが、人からの遠ざかりが急に際立っているのが、「春昼」の鳥の声が示すものだろう。

 「春昼」の続編にあたる、おなじく散策をする者の視点で書かれた「春昼後刻」(1906)でも、春のうららかな情景に、鳥の声が響いている。話し相手の女が、このように言う箇所がある。

 「緑の油のよう。とろとろと、曇もないのに淀んでいて、夢を見ないかと勧めるようですわ。山の形も柔かな天鵞絨の、ふっくり括枕に似ています。そちこち陽炎や、糸遊がたきしめた濃いたきもののように靡くでしょう。雲雀は鳴こうとしているんでしょう。鶯が、遠くの方で、低い処で、こちらにも里がある、楽しいよ、と鳴いています。何不足のない、申し分のない、目を瞑れば直ぐにうとうとと夢を見ますような、この春の日中なんでございますがね、貴下、これをどうお考えなさいますえ」[11]

雲雀、鶯という春を象徴する鳥が夢のような春の日を彩っている。ほかに、静かな松の中で目白が囀っている様子も現れる。

 興味をそそられるシーンが物語の終盤に現れる。浜辺に現れた鳩が青空を舞って「くくと啼く」[12]渚の風景で、主人公は、玉脇みを子という女がやがて共に死ぬことになる男のことを思う姿について内省している。

あれがもし、鳥にでも攫われたら、思う人は虚空にあり、と信じて、夫人は羽化して飛ぶであろうか。[13]

ここでは、鳥が男を攫い、その男を追う女が鳥になってそれを追う様子が想像されている。最終的にこの二人は海に打ち上げられて死ぬ。そのことを考えると、まるで鳥が海で人の命を奪ってゆくような連想さえ掻き立てられる。これが、化鳥の変形であるとも言えるだろう。

 鳥と海の交錯については、近い時期に書かれた「海の使者」(1909)にある描写がおもしろい。この短編は「何心なく、背戸の小橋を、向こうの蘆へ渡りかけて、思わず足を留めた。/不図、鳥の鳴音がする。……いかにも優しい、しおらしい声で、きりきり、きりりり」[14]とはじまるのだが、きりきりきりと鳴くこの声の主は、鳥ではなくて、岡沙魚(おかはぜ)である、という風に、主人公は思うに至るのである。

 その後、橋が軋んでトンとかキイ、トントン、きりりと響くのだとわかるのだが、逢魔ヶ時に引き返して、橋を渡るときにも(きりりりり)と鳴くのが聞こえる。主人公は「船に乗った心地」[15]を覚えるのだが、直前に、彼は、橋の下に蠢く海月たちについて、「この動物は、風の(なまぐさ)い夜に、空を飛んで人を襲うと聞いた……」[16]と、海のいきものが空を飛ぶイメージを浮かべるのである。すると、彼がこのとき、橋を渡る瞬間、聞こえてきた「(きりりり)」という鳴き声は、再び鳥のイメージも含みもつ。

 空を飛ぶかもしれない海月と共演するような、海に潜る「なんらかの鳥」が、彼の足下に潜んでいることも、否定しきれないように思われるのである。

 

4 「山吹」と「多神教」――舞台背景の平凡な鳥の声と取り憑く神の声

 

 鏡花の戯曲にも鳥は現れる。たとえば、「海神別荘」(1913)で、公子が美女の声について「これは楽しく歌う鳥だ、面白い」[17]、「歌う鳥が囀るんだ、雲雀は星を凌ぐ。星は蹴落とさない。声が可愛らしいからなんです」[18]と言って、女の声の美しさを鳥の声の美しさにたとえていることが印象的だ。以下からは、実際の鳥の鳴き声が書かれているものとして、「山吹」(1923)と「多神教」(1927)を取り上げたい。

「山吹」

 「山吹」の登場人物は、洋画家と子爵夫人、それから人形使い、そのほか、稚児や童、村人たちである。時は現代、舞台は修善寺温泉の裏路と下田街道への近道の山道、季節は4月下旬のはじめの午後と指定されている。

 第一場は、桜の咲き乱れる春に、屋台が出、飲み物の瓶が用意されて、テーブルと椅子がある中で、風景としては、杉の生垣やサフランの花が咲き、水田が見える様子である。人形使いは酒を飲んでいる。夫人と画家がやりとりするうちに明らかになるのは、夫人が画家の妻のふりをしてこの宿に泊まっているという悪ふざけをしていることである。

 このやりとりの後で、夫人が人形使いの爺さんに願いを叶えるように頼むと、彼は彼女に古縄をもって迫ってゆく。そしてト書きには、このようにアヒルが現れる。

舞台小時空し。白き家鴨、五羽ばかり、一列に出でて田の草の間を漁る。行春の景を象徴するものの如し[19]

第二場の設定は、一方が丘と畑、もう一方は雑木山になっている。そして、最初の画家の様子について、このように指定されている。

画家(一人、丘の上なる(がけ)に咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、静にポケットウィスキーを傾けつつあり。――鶯遠く音を入る。二、三度鶏の声。遠音に河鹿鳴く。しばらくして、立ちて、(いささ)かものに驚ける状す。なお窺うよしして、花と葉の茂に隠る。)[20]

ここからは、春の音風景として、鶯と鶏、それから河鹿の鳴き声が選ばれていることがわかる。

 第二場では、夫人が人形使いを鞭で打ち、彼が楽しく喜ぶ様子が続く。その後に、設定としての環境音は、最後に福地山修善寺の鐘が鳴るまで、聞こえないのだが、最後、画家が、「うむ、魔界かな、これは、はてな、夢か、いや現実だ」[21]と自問するような世界の季節をあらわすために、いわば平凡な形で、鳥の鳴き声が用いられている点は、興味深い。

「多神教」

「多神教」もまた戯曲である。美濃、三河の国境山中の社を舞台に繰り広げられるのは、童たちによって「お正月は何処まで」と唄われたり、機織りの音が「きりきりきりきり、はたり」と聞こえるなかに、仕丁(しちょう)がきゃっきゃと言いながら酒の準備をするような、村の正月準備の様子である。

そうしたなか、禰宜(ねぎ)(神職)が、毎晩、呪いの願いを叶えるために通ってきた女、お沢を捕まえるとき、このように言う局面がある。

いや何とも……この頃の三晩四晩、夜ふけ小ふけに、この方角……あの森の奥に当って、化鳥の叫ぶような声がしまするで、話に聞く、咒詛(のろい)の釘かとも思いました。なれど、場所柄ゆえの僻耳で、今の季節に丑の刻参などは現にもない事と、聞き流しておったじゃが、何と先ず……この雌鬼を、夜叉を、眼前に見る事わい。それそれ俯いた頬骨がガッキと尖って、(あご)は嘴のように三角形に、口は耳まで真赤に裂けて、色も(はなだいろ)になって来た[22]

お沢は、それまでは誰にもみられずに男を呪うための願掛けができていても、満願の夜になると、人に見られると聞いていたことを告白する。

 その彼女を許すか許さないか、と言う話になるときに、ト書きで書かれるのは、梟の鳴き声がすることである。そしてお沢が死んで詫びると言うのを、神職の指揮で笛や太鼓で囃し立てるときに、巫女と(ひめ)(かみ)が忽然と現れるのである。かくして、巫女がいる中、風の音が鳴り、道成寺の白拍子と舞が起こり、男の命を絶とうとするお沢の思いは晴れるに至るのである。

 そのあと、神職が媛神に対して、これが正しい道であるのか尋ねると、彼女は知らないと答え、答えは梟に聞くように言う。そして梟は「のりつけほうほう、ほうほう」としきりに鳴き、老仕丁は「あやしき神の御声じゃ、のりつけほうほう」と取り憑かれ、他のものたちも、村人たちも、ふくろうに憑かれて、「ほうほう」と鳴くようになる場面で、戯曲は終わる。

 ふくろうという鳥の声が神の声に結ばれるだけでなく、人々に取り憑いて、鳴かせる不思議が最も描かれている作品であると言えるだろう。

 

5 「二、三羽――十二羽、三羽」――庭先の雀たちとの暮らし

 

 鏡花の作品で興味深いのは、鳥が、あやかしの場面だけでなく、すぐ近くの生活風景にも「ふつうに」描かれている点でもある。たとえば「二、三羽——十二羽、三羽」(1924)で丹念に描写される、雀である。 

 語り手の祖母はいつも雀を可愛がっている。さらには妻も、手のひらに雀を包み込むに至る。小雀は「チチチ、チュ、チュッ」と彼女の手のひらに入るのである。この雀は、カナリヤや鶯とは違って、生捕して籠に入れるものではないとされる。野生の存在と飼育される存在とのあいまのものとして、捉えられている。

 飼われているわけではない親雀が子雀を守る様子は、夜鷹や木兎(ずく)の気配に警戒する形で描写されている。あるいは、水田に大勢で現れ羽音を立てる水鳥とは様子が違うことが書かれている。タイトルの元になっているように、「[…]さて、何年にも、ちょっと来て二羽三羽、五、六羽、総勢すぐって十二、三羽より数が殖えない」[23]と言うのである。

 細やかにフォーカスされるのは、子供の雀が「チイチイ」と嘴を開けて餌をねだる様子や、親鳥にならって庭を駆け巡る様子である。鳴き声については、突き合いの喧嘩をするときに「チュッチュッチュッ」と鳴くとされ、甘えるときの鳴き声は「チイチイ」とされている。このように、小さい子雀の遊ぶ様子や幼い姿が、その声とともに描かれているのがこの作品の特徴である。

 雀以外では、語り手がかつて三太郎と名付けて育てていた目白鳥(めじろ)が出てくる。

 その目白は、「何処の巣にいて覚えたろう、(ひよ)駒鳥(こまどり)、あの辺にはよくいる頬白(ほおじろ)、何でも囀る……ほうほけきょ、ほけきょ、ほけきょ、明かに鶯の声を鳴いた」[24]という。三味線を引いて聞かせると高囀りをしたり、お客さんがきておしゃべりをしていると鳴き仕切るような可愛さをもっていたというから、色々な場面でその鳥が鳴いていた様子が浮かんでくる。目白を山に返そうとすると、「ツィーツィー」と泣いていて、縮こまって動かなくなっているので、水をやったエピソードも書かれている。

 そのような、目白、雀とのやりとりから、作中では、能の狂言の小舞に現れる山雀(やまがら)の様子さえ想起され、実際に鳥たちが餌を求める様子と比べられたりしている。

いたいけしたるものあり。張子の顔や、練稚児(ねりちご)。しゅくしゃ結びに、ささ結び、やましな結びに風車。瓢箪に宿る山雀、胡桃にふける友鳥……[25]

雀たちが一斉に「チイ」と鳴き出して餌を催促したり、「チチッ、チチッ」と仲間を探す様子が人間のかくれんぼに喩えられたり、一夏だけでなく、何年にも渡って雀の親子が家にいついて囀る様子が、細やかに描かれている。そのような雀たちは「わが背戸の雀」と呼ばれるのである。 

 冬の雪の庭先で、目白と雀が交わる様子も、このように書かれている。

炬燵から見ていると、しばらくすると、雀が一羽、パッと来て、おなじ枝に、花の上下を、一所に廻った。続いて三羽五羽、一斉に皆来た。御飯はすぐ嘴の下にある。パッパ、チイチイ諸きおいに歓喜の声を上げて、踊りながら、飛びながら、啄むと、今度は目白鳥が中へ交った。雀同志は、突合って、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀の(いい)(なが)めていた[26]

語り手は、関東大震災の起こった1923年9月1日のことも記述している。火を避けて、それでも最後、家に帰ると、雀が一羽いて、それが「チイ」と鳴いたという。小庭にちょんちょんと遊ぶ雀を書いて結ばれるこの「二、三羽——十二羽、三羽」は、震災のときにすらも、庭先の雀が身近に大切なものとしてあったことが思われるほどに、ちゅんちゅんという雀の囀りが日常的に聞こえる作品になっている。

 先に見た森の中の怪異の出現と、あやかしの現れない物語に雀の鳴き声、さらには飼っていた目白の声がたくさん現れることを比較してみると、ごくごく単純に、実際に風景から聞こえてくる鳥の声に、鏡花の筆致は敏感であったことが素朴に思われる。

 

6 「神鷺之巻」――晩年にも現れる化鳥のイメージ

 

 鏡花の晩年にあたる1933年に書かれた「神鷺之巻」に描かれるのは、白鷺明神の祠にお参りに行く者たちの話である。一言でいえば、その明神は、観音様の姿に似ており、白鷺の月冠をかぶる形で奉られているというのである。ここには、「化鳥」も想起されるかたちで、女性と鳥の姿が結ばれたイメージがある。

 主人公は、明神にお参りに来た小県銑吉である。銑吉は、村に長く暮らし、妻は巫女であるというおじいさんに案内をしてもらうる。しかし、おじいさんは、なかなか銑吉を絵馬のあるところにはあがらせようとしない。そして、おじいさんは、銑吉に、白鷺明神をめぎるつぎのような伝承を語るのである。

白鷺の住む森

 明神の森は、雪のような白鷺の巣だった。ある夜、この森で、ふたりの人間に異常な出来事が起こった。一人は、鳥博士と呼ばれる鳥類研究家である。鳥博士は、白鷺の産卵や雛の様子について、鶏や雀と比較して、様子をみようとして、森に通っていたのだが、巣が見つからずにいた。もう一人は、人目を偲んで真っ暗闇のこの森で白鷺を撃っていた猟夫(りょうし)である。ある夜、この猟夫は、冬の雪に同化するように白い服を身に纏って懐中電灯を手にした鳥博士と出逢う。二人はもともと森でお互いの姿を認めていて、たとえば、最上級の鷺は雪の中で卵を産んだりするらしい、といった話をしていた。

 そしてその晩、はたして猟夫は雪の中に鷺を認めることになる。そしてその鷺を撃つと、「キャッ!」と若い女の声がし、見にいくと、女が倒れているのである。

 彼は女の死骸を背負って帰ることになる。しかし姥巫女が、とろとろと血が流れる女の死骸のを捌くように言い、猟夫がそうすると、女の姿は白鷺に戻っていて、白鷺を捌くことになったと言うのである。

 

白鷺の姿になって現れる女

 話を聞いた後、ようやく、銑吉は御堂へ向かい、絵馬を観ることができる。すると、途端に、いなづまが飛んで、床に花が乱れ、薙刀の刃先が光るのを見る。目の前には、夫人がいるのである。その女の姿が怪我をしそうなほどで、その白足袋が鳥の羽のように軽いのを見ながら、薙刀で切られようとしている危うさに、銑吉は声をかける。

 すると、彼に対して、女が「小県(あがた)さん」と呼ぶ声がするのである。

 そしてそれは、このように書かれている。

冴えて、澄み、すこし掠れた細い声。が、これには銑吉が幹の支えを失って、手をはずして落ちようとした。堂の縁の女でなく、大榎の梢から化鳥が呼んだように聞えたのである[27]

彼を呼ぶ彼女は、東京の築地の料理店の娘のお誓の成れの果てであると名乗る。以下、白鷺のような様子の女と、銑吉が会話をする様子が続いてゆく。

 しかし、お誓を名乗る夫人は、なかなか顔を見せてはくれない。その姿は白鷺に見える。女は明神様の水を飲んだりする。銑吉は松島見物の帰りであることや、白鷺が飛んだのを見た方角とここが一致していることを話す。最終的に、女=お誓は、どうやら子供を授かったらしいのを、薬を飲まされ、観音様に縋りにここへ来たところ、鳥博士に脇の下から突きぬかれ、膨れた腹を自分で剥き出し、薙刀を感じたことを告白するのである。

 その後、お誓は、現れた紳士によって、銃で撃たれる。すると、彼女の姿は白鷺になる。彼女は白鷺に戻っていったのである。紳士は鷺になった彼女の腹帯を掴んで沼に潜り、沈んでいったことが、銑吉の視点から語られる。沼には、三人、少年が泳いでいて、彼らも沈んでいったという。

 このとき、水に入っていこうとする一人の少年を、おじいさんが助ける。助けられた少年は、銑吉が体験した女の撃たれる一連の出来事について、自分が見聞きしたことをこう証言する。

「——三日以来、大沼が、日に三度ずつ、水の色が真赤になる情報があったであります。緋の鳥が一羽ずつ来るのだと鳥博士が申されました。奇鳥で、非常な価値である。十分に準備を整えて出向ったであります。果して、対岸に真紅な鳥が居る。撃ったであります。銃の命中したその鳥は、沼の中心へ落ちたであります。従って高級なる猟犬として泳いだのであります。」[28]

ここに描かれていいるのは、銑吉が逢いたいと願っていた女が白鷺に化けて彼の目の前に現れるが、しかし、銃で撃たれて白鷺の姿に戻り、彼の目の前から再び失われてゆく景色である。

 「化鳥」から40年近く経ってもなお、鏡花において、人間と鳥の行き来する姿が残り、祠にまつわる伝承として記述されている点には、鳥をめぐる怪異であるとはいえ、それもまた、たしかにすぐそこにある物語であることが見て取れる——(ほこら)というあくまでも日々の延長として足を運ぶ場と結びついている——こうしたことが、鏡花のさしだす鳥の魅力なのではないだろうか。

 

[1] 泉鏡花『高野聖』集英社文庫、1992年、115頁。

[2] 同上、116頁。

[3] 泉鏡花『化鳥・三尺角 他六篇』岩波文庫、2013年、11-12頁。

[4] 同上、22頁。

[5] 同上。

[6] 同上、38頁。

[7] 同上。

[8] 同上。

[9] 同上、42-43頁。

[10] 泉鏡花『春昼・春昼後刻』岩波文庫、1987年、7頁。

[11] 同上、107-108頁。

[12] 同上、130頁。

[13] 同上、132頁。

[14] 泉鏡花『高野聖』集英社文庫、1992年、38頁。

[15] 同上、49頁。

[16] 同上。

[17] 泉鏡花『海神別荘他二篇』岩波文庫、1994年、47頁。

[18] 同上、49頁。

[19] 同上、76頁。

[20] 同上、77頁。

[21] 同上、96頁。

[22] 同上、108-109頁。

[23] 泉鏡花『鏡花短篇集』川村二郎編、岩波文庫、1987年、91頁。

[24] 同上、95頁。

[25] 同上、98頁。

[26] 同上、105-106頁。

[27] 同上、736頁。

[28] 同上、768-769頁。

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著者略歴

  1. 髙山花子

    1987年、北海道生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。現在、東京大学東アジア藝文書院(EAA)特任助教。声や歌、音響をめぐる思想史、表象文化論。著書に『モーリス・ブランショ——レシの思想』(水声社、2021年)、論文に「声が歌になるとき——『苦海浄土』の音響世界」『石牟礼道子の世界をひらく/漂浪(され)く』(東アジア藝文書院、2021年)、共訳書にモーリス・ブランショ『文学時評1941-1944』(水声社、2021年)などがある。

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