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GEIDO試論 熊倉敬聡

偶然と美――九鬼周造をめぐって(2)

 

 

形而上学的官能と偶然性

 

 『「いき」の構造』の出版から五年後(1935年)、九鬼周造はもう一つの主著――それまでの哲学的思考の集大成ともいうべき『偶然性の問題』を出版する註1。その「結論」部分で、九鬼は改めて偶然性の「根源的意味」を問い、「一者としての必然性に対する他者の措定」と規定し、さらには「偶然性は『この場所』『この瞬間』における独立なる二元の邂逅として尖端のあやうきに立って辺際なき無に臨むものである」としている註2。私たちはここに、「いき」の内包的構造を構成する「第一の徴表」であり「基調」でもあった「媚態」の定義の余響を聴くこともできよう。「媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。」註3

 しかし、この相似にはまた、決定的に異なる要素・概念が挿し入れられてもいる。二元の「可能的」関係が、二元の邂逅それ自体の「偶然性」となり、しかもその「尖端」は(「いき」には明示的に言及されていなかった)「無」に臨んでいると言う。自己に対する異性との二元的可能性=官能の強度が哲学的に純化され、エロスの境位から「形而上学」的理知の極限へと、「無」との臨界へと自らを抽象した、その限界的思惟の痕跡が、この『偶然性の問題』という異形なる哲学書の正体とは言えないか。が、このどこまでも「いき」な哲学者は、そうした理知の極限にあっても、いわば「形而上学的官能」とでもいうべきものの強度に思考を張り詰めているのだ。「可能性の追求にのみ心を砕く者は、単に『欠如』として概念的に無を知る場合が多いであろう。それに反して偶然性を・・・・目撃する・・・・官能・・を有つ者は無を原的に直観するのである。」註4

 私たちは、以下、この形而上学的官能が目撃する偶然性、そしてそれが直観する無を、共に目撃し直観していきたい。そして、最終的には、その目撃、直観の先に、いかなる「美」が立ち現れてくるのか、目睹してみたい。

 

三つの必然、三つの偶然

 

 改めて、偶然性とは何だろうか。九鬼とともに問い直してみたい。

 『偶然性の問題』の「序説 一 偶然性と形而上学」の冒頭で、九鬼はこう宣言する。「偶然性とは必然性の否定である。」そして続ける。「必然とは必ずか有ることを意味している。すなわち、存在が何らかの意味で自己のうちに根拠をっていることである。偶然とは偶々たまたま然か有るの意で、存在が自己のうちに十分の根拠を有っていないことである。すなわち、否定を含んだ存在、無いことのできる存在である。」言い換えると、偶然は「有と無との接触面に介在する極限的存在である。有が無に根ざしている状態、無が有を侵している形象である。」註5

 ところで、形而上学の核心とは何か。それは「存在を超えて無に行くこと」であると、九鬼は言う。なぜなら「真の存在」は非存在すなわち無との関係においてのみ根本的問題となるからだと言う。従って「形而上学の問題とする存在は、非存在すなわち無に包まれた存在である」註6ということになる。

 こう九鬼は、偶然性と形而上学の関係を詳らかにした後、続けて偶然性が「否定する」必然性とはそもそも何なのか、と問い直す。それは「自己のうちに存在の理由を有し、与えられた自己が与えられたままの自己を保持すること」、すなわち一言で言えば「自己同一性」だと言う。そして必然性は三つの様態、(一)概念性、(二)理由性、(三)全体性において認められ、言い換えると(一)概念と徴表との関係、(二)理由と帰結との関係、(三)全体と部分との関係に関して把握され、各々を(一)定言的必然、(二)仮説的必然、(三)離接的必然と名づける。そして、そうした必然性を否定する偶然をも、その三様態に対応して、(一)定言的偶然、(二)仮説的偶然、(三)離接的偶然と分類する。いったいどういうことだろうか。順を追って、しかし最終的には、本論=GEIDO試論の文脈にとって最重要な離接的偶然に焦点を当て、検討していこう。

 まず(一)定言的必然/偶然とは何か。それは(先に註1で言及した博士論文「偶然性」の表現を借りて)「論理的必然/偶然」と言い換えた方がわかりやすいかもしれない。九鬼は、例えばクローバーの葉を例にとる――私たちは「クローバー」という概念を持っている。そしてクローバーの葉が「三葉」であるということは、概念にとって本質的徴表の一つである。よって、「クローバー」という概念と「三葉」という徴表は「同一性」において捉えられる限り、「必然的」な関係にあるとみなすことができる。ところが、「四葉」であるということは、「クローバー」という概念にとって可能的ではあるが例外的であり、従って概念との同一性を欠く非本質的徴表にすぎないが故に、「偶然性」とみなすことができる。こうした事態が、定言的(論理的)必然/偶然である。

 では次に、仮説的必然/偶然とは何か。これもまた、前述の博士論文の用語「経験的必然/偶然」の方がわかりやすいかもしれない。

 まず、仮説的(経験的)必然とは何か。ここでもクローバーを例に取ろう。先に、定言的(論理的)な様態では、「クローバー」と「四葉」は偶然的な関係にあると言った。が、その関係が偶然的であるのは、「クローバー」という一般的な概念に対して「四葉」という徴表が思惟された場合である。ところが、「この・・目の前にあるクローバー」が「四葉」であるということは必然的である。なぜなら、「この・・クローバー」が「四葉」であることには、「栄養の状態か、気候の影響か、創傷の刺激か、何らかの原因がなくてはならぬ」註7からである。これが、仮説的(経験的)必然である。

では、仮説的偶然とはいかなる事態か。三つの偶然のうち、この偶然が我々にとって最も身近でわかりやすいものかもしれない。九鬼は持ち前の分類癖でこの偶然もさらに細かく下分類し、対応する諸例を挙げているが、ここではこの偶然の本質だけをつかんでおけば、事足りるだろう。私自身の卑近な、しかし誠に不思議なエピソードを例にとりみていこう。

 私は、七年前に京都に越してきた。最初の三年は、左京区の、銀閣寺と法然院と哲学の道のちょうど中間あたりに住んでいた。(たまたまだが、法然院には九鬼の墓がある。)ある朝、私は普段通り、銀閣寺山門と法然院山門を結ぶ小道に設置されたゴミ捨て場に、ゴミを出しに行った。すると、向こうから見知った顔の人物が手を振っているではないか。何と、私が横浜で以前勤めていた大学の元同僚だった。不思議だったのは、彼が私を訪ねに来た訳ではなく、私が京都に越したことは知っていても京都のどこに住んでいるかは知らなかったこと。そして、たまたま京都大学である学会のために京都に来て、ついでに恩師の墓が法然院にあることを思い出し、学会に行く前にお参りしようと思いたったことだった。私の方は私の方で、もちろん彼が学会のために京都に来ていることなどつゆ知らず、ましてや彼の恩師の墓が法然院にあることなど知る由もなかった。しかも、もし彼が1、2分でも早くないし遅く道を通り過ぎていたら、私と出会うことはなかったろうし、私にしてももし1、2分早くないし遅くゴミを出しに行っていたら、彼と出会うことはなかっただろう。

 こうした互いに独立し無関係だった二つの因果系列がたまたま邂逅し、突如として関係が生起してしまうこと、それが仮説的(経験的)偶然である。

 では、三番目の離接的(先述の博士論文の用語では「形而上的」)偶然とはいかなるものか。ここから我々は、GEIDOと偶然性をめぐる探究の本題に入っていく。

 九鬼はまず、離接的偶然とは、全体と部分との関係だとする。全体は全体として完結している限りにおいて自己同一であり必然性をもっている。それに比して、部分は、全体のもつ自己同一性を欠き、ある部分(=離接肢)はそれ自らの内に他の部分(=離接肢)でもありえる可能性を宿しているが故に、偶然的である。この、全体に対する部分の関係を、九鬼は離接的偶然と呼ぶ。例えば九鬼は「水」を例に取る。水は、液体か、個体か、気体である。「水」という全体に対して、その部分である「液体」、「個体」、「気体」はいずれも他の部分でありうる可能性を有しているがために、偶然的である。その、全体に対する部分の関係が、離接的偶然である、と説明する。

 

原始偶然

 

 では、なぜ、この離接的偶然は、「形而上的」偶然でもあるのか。ここで、九鬼の偶然論の究竟ともいうべき「原始偶然」という命題が現れる。「原始偶然」とは何か。シェリングから借用したこの形而上的概念を、九鬼は二つの互いに絡まり合う位相――実存的位相と理念的位相とで変奏する。

 まず、前者の位相で変奏する前に、九鬼は、可能性/必然性/偶然性と時間性との関係を闡明する。「未だ展開しない形態において、未来における展開が『あらかじめ』先取されているものであるから、可能性を未来的というのである。『既に』展開した形態において、過去における展開の経歴が回顧されているから、必然性を過去的というのである。」こうして、可能性の時間性としての未来、必然性の時間性としての過去の狭間にあって、「いま」、現在こそがすぐれて偶然性の時間性であるとされる。そして、「原始偶然」はまさに「『いま』の瞬間に偶然する現在性に存する」と言われる註8

 「いまここ」に実存する主体は、未来にむけて無限にある離接肢の中からただ一つの離接肢へと自らを脱自しなくてはならない。その脱自は、当の主体が現在から未来へと見れば、無限の可能性のうちの一つの可能性と映り、逆に過去へと振り返れば、こうなるべくしてなった、つまり必然的な展開と映る。しかし、脱自しつつある現在にあっては、ちょうど無限の目をもつ骰子を投じるように、ある目=離接肢が出ることは、純粋な偶然に他ならない。この、実存の現在に進行する骰子の一振りこそ、「原始偶然」、その少なくとも実存的様態に他ならない。

 九鬼はさらに、この原始偶然と現在性、そして可能性・未来/必然性・過去との関係を、実存の「視線」ないし「視角」の問題として捉え返す。

 

現在において現実としての偶然を正視・・することが根源的一次的の原始的事実である。次で二次的に未来への動向として未来的な可能を斜視・・し、過去よりの存続として過去的な必然を斜視・・する場合が考えられるのである。換言すれば可能性および必然性は自己の時間性格そのものによって、単に斜視的・・・により目撃され得ないものである。正視・・され得る様相は一点において現在する偶然性だけしかない。註9

 

 九鬼はこう言いたいのだ。実存が「いま」、現在体験するのは、「原始偶然」だけだ。すなわち、無数の離接肢の中から偶々一つの離接肢に脱自するその「原始的事実」をしか実存はいま「正視」、体験できない。その「根源的一次的」事実を、脱自する主体が自らの意識の反省=二重化により未来的に「斜視」する時、それは「可能性」として映じ、逆に過去的に「斜視」する時、それは「必然性」として映じる。そして、それら未来的可能性と過去的必然性は、現在的偶然性、すなわち根源的一次的事実・体験から視る時、あくまでその体験の直接性から離れた「二次的」で間接的な様態にすぎない。

 

偶然性が必然性の否定として、または可能性の相関者として規定されるのは体験の直接性を既に離脱した論理の領域においてである。体験の直接性にあっては、偶然は、正視態として、直態として、現在に位置を有つ限り、時間性的優位を占めたものである。また瞬間としての永遠の現在の鼓動にほかならないものである。註10

 

 以上が、九鬼の考える原始偶然の「実存的」様相である。では、他方の「理念的」様相はいかなるものだろうか。それは「形而上的絶対者」の様相である。

 

賽の目のごとくに投げ出された離接肢の一つが実存の全幅をゆり動かしながら実存の中核へ体得されるのが運命である。離接肢は離接的諸可能性の全体を予想している。しかるに諸可能性の全体ということは窮極的には形而上的絶対者の概念へ導く。絶対者は絶対者なるがゆえに絶対的に一と考えられる。また絶対的に一なるがゆえに絶対的に必然と思惟される。この絶対的必然を形而上的必然と呼ぶことができる。註11

 

 原始偶然を「実存」の視点から、すなわち無数の離接肢=賽の目のうちの一つの目の視点から捉えた場合が先述の「実存的」様相だとすれば、今度は同じ事態を無数の離接肢=賽の目全体の視点へと超越し、「理念」的に飛躍して見た場合、この「形而上的必然・絶対者」という「概念」が「思惟」される。いまこの瞬間、世界の骰子は転がっている。無数の目からどの目が出るかは全くの偶然だ。それを「部分=実存」の、生ける、「体験」する視点から見る時、それは先ほどの様相を呈した「原始偶然」と映り、それを「全体」の超越的視点から見る時、それは「形而上的必然・絶対者」から産み落とされる、「墜落」する「他在」としての「世界の端初」と映るのだ。「絶対的形而上的必然は絶対者の即自態である。原始偶然は絶対者の中にある他在である。絶対的形而上的必然を神的実在と考え、原始偶然を世界の端初または墜落(Zufall = Abfall)と考えることの可能性もここに起因している。」註12

 こうして、「いまここ」での世界の創成、無数の目をもつ骰子の一振りは、九鬼によって実存的にまた理念的に、すなわち「形而上的」に捉えられる。しかし、その「原始偶然」が「在る」のは、「いまここ」という限りなく薄く脆く危うい切っ先なのであり、その周りには全方位的に、もはや「在る」ことが「無い」ことが、そして未だ「在る」ことが「無い」ことが、すなわち「無」が無限に広がっているのだ。「偶然性は『この場所』『この瞬間』における独立なる二元の邂逅として先端のあやうきに立って辺際なき無に臨むものである。」註13

 私が元同僚と、九鬼の墓のある法然院のほど近くで邂逅した時、その邂逅がいまここに「在る」偶然以外、あらゆる未来と過去は、未だ無く、そしてすでに無かったのだ。

 

偶然と芸術、そして藝道と美のありか

 

 九鬼の偶然論は、こうして、三つの偶然(定言的・仮説的・離接的)を詳らかにし深掘りした末、原始偶然という究竟に行き着き、無際限な無に臨む危うい切っ先で、宇宙と己れとがもろとも偶々生成しゆく「いま」を「正視」しつづける。だが実は、その原始偶然を正視するのは、哲学者だけではない。芸術家もまた、別様に、それを「美」として直観するのである。

 九鬼はまず、芸術の中でも「文学」から入っていく。彼は、「文学が偶然を尊重するのは主として驚異の情緒に基いている」註14とする。そして中でも、詩における音の邂逅、すなわち「押韻」に注目する。ポール・ヴァレリーを引きながら、詩が「言語の偶然(運)の純粋なる体系」であり、押韻にこそ「哲学的な美」が看取されることに全面的に同意する。「偶然ほど尖端的な果無い壊れやすいものはない。そこにまた偶然の美しさがある。偶然性を音と音との目くばせ、言葉と言葉との行きずりとして詩の形式の中へ取入れることは、生の鼓動を詩に象徴化することを意味している。」註15

 先に原始偶然は「瞬間としての永遠の現在の鼓動」とも言われていた。詩は、その「音と音との目くばせ」、押韻の偶然的な戯れによって、原始偶然、この宇宙と実存との現在的生成の「鼓動」を象徴化する。なかんずく「天才」とは、「原始偶然の偶然性を反映して自己の制作に驚異の眼をみはる者」の別名に他ならない。そして天才は、その「絶対的自発性」によりあらゆる必然性から「自由」になる者の謂でもある。「また芸術における自由は、一切の必然性からの自由である。芸術にあっては絶対的自発性が突如として現じ、忽然として消えるところにいわゆる霊感と冒険の偶然性があるのである。」註16

 我々は前回、九鬼がポンティニーで行った講演の一つ、「日本芸術における『無限』の表現」において、日本芸術の最も優れた特徴たる「無限の表現」が、絵画における空間からの解脱、そして詩歌・音楽における時間からの解脱にあることを見た。その講演(1929年)から7年後(実質的には前述の博士論文「偶然性」が1932年に提出されているので3年後)、この無限への「解脱」が、原始偶然が一切の必然性の果てに打ち開く「永遠の現在」への「自由」へと哲学的に深化されていることを目撃する。そして、蝉丸の例の歌。

 

  これやこの
  行くも帰るも
  別れては
  知るも知らぬも
  逢坂の関

 

 逢坂の関。この「関」こそ、原始偶然が、形而上学として、押韻として、そして「いき」として生起する、無(限)への切っ先ではなかったのか。私は前回、このように書いた。

 

 「逢坂の関」――別離と邂逅が限りなく繰り返される境。私たちは、「いき」にあって、異性同士、有限の生同士が偶々邂逅し、その隔りを介した惹きつけあいとそれへの抗いあいがエロスの強度を微分的に昂進させる、が、それに執着せず「諦め」の心とともに「無目的なまた無関心な自律的遊び」を見たのだった。「いき」な者とはだから、〔…〕「amour-goût〔趣味恋愛〕の淡い空気のうちで蕨を摘んで生きる解脱」に達していなければならなかった。

 その「いき」なる解脱は、芸術にあっては、今見たように、絵画における空間からの解脱、詩歌における時間からの解脱に変奏される。ここでは、有限の生同士の邂逅に代わって、有限の線同士、有限の言葉同士が、やはり邂逅しつつ、しかも二元の隔りを際立てつつ、そのあわいの強度の亢進の果て、空間から、時間から解脱し、無限へと飛躍していった。

 

 このエロスの、芸術の、形而上学の骰子が転がる「逢坂の関」。無数の坂を無数の目をもつ無数の骰子が転がりゆく原始偶然の、この深淵が、無限の無に臨んでいる。その「関」の「直視」こそが芸術なのか。その「直視」の彼方に広がる無限こそ「美」なのか。しかし、九鬼自身が説くように、「哲学」もまた、その「関」を「直視」できるのではなかったか。「哲学」と「芸術」ははたして一なるものの別名なのか。否、と少なくとも我々は言おう。

 我々は前回、このようにも問うた。「はたして、この『解脱』、無限への飛躍は、九鬼自身の実存によってどのように生きられていたのか、あるいは生きられていなかったのか。」そして「解脱、意志=欲望の否定は、はたして『知性』によって可能なのか」と。そして私は、この問題を徹底的に考究した仏教学者魚川祐司の解脱・涅槃論を援用しつつ、解脱は決して「知性」ないし「思考」で達しうるものではなく、あくまで徹底的な実存的行でしか成就しえないものであることを確認した。

 だから、解脱、この原始偶然の「直視」のみならず「体験」は、決して「知性」、哲学的思考のみでは(たとえ理念的に「理解」できたとしても)「体得」できないものなのだ。九鬼の「原始偶然」論は、故に、あくまで「理念的」なもの、「形而上学的」なものに留まっていると言わざるをえないだろう。それは、おそらく半ばしか(エロス的な「いき」ないし押韻の戯れとしてしか)実存的に「生きられて」いなかったのではあるまいか。それは、実存的官能により「生きられ」尽くしたものではなく、「形而上的官能」でしか生きられなかったものではないのか。だからこそ、逆説的に、九鬼は、(原始)偶然という、本来「知性」を超越したものに、あれだけ過剰な理念的「分類」と「図式」を張り巡らさざるをえなかったのではないか。

 では一方、芸術ははたして解脱を「生き」尽くすことができるのか。少なくとも、九鬼が空間・時間からの解脱を論じている芸術、すなわち「日本芸術」、すなわち「藝道」は、それを「生きる」ことができると、言いうるだろう。

 前著『藝術2.0』で、「茶道の哲学」を唱える哲学者久松真一がハイデガーとの対話に臨みながら指摘していたように、ヨーロッパの芸術、特に抽象芸術が「根源(=無)への参入」の道に留まっているのに対し、日本の藝道は「根源(=無)からの還帰」の藝である。したがって、我々の用語=形象でいう「いびつなV」、すなわち当の主体に特異な、無への実存的行を経た後、無から還帰し、有=世界と改めて戯れる藝こそが、藝道であると論じた。つまり、各々特異な仕方で解脱を生きることこそが、藝道の実存的核心であることを論じた。

 では、その藝道は、やはり解脱を生きる仏教的瞑想とどうちがうのか。藝道と瞑想を分けるこの分水嶺にこそ、「美」の問題が賭けられているのだ。

 瞑想は、「いまここ」の実存=世界の偶然的生成、すなわち原始偶然を「直視」、「直観」する。その「観」の徹底なる行を通して、あらゆる必然性=業から「自由」になり「解脱」していく。一方、藝道は、如何。藝道は、その身心的源泉を深く瞑想に負いながらも、その身心の所作――「人間」として生きるためにプログラムされたOS=必然性で駆動している所作をいわば「超必然化」する、すなわち「型」としてプログラムを過剰に上書きすることによって、その型の超必然性に自己が反復的修行を通して限りなく没入し、型に「なりきり」、「我」を無化していく。茶道を例にとれば、畳の上での歩の進め方、身体の構え方、道具の置き方・持ち方・操り方、同席者との間合いの取り方・話し方、茶の飲み方、菓子の食べ方にいたるまで、すなわち「人間」として日常的に行なっている動作のプログラムを過剰に必然化した「型」へと、自らの身心が溶解し同化するまでに反復稽古する。では、その超必然化された身心、およびその環世界=しつらえにあって、「美」はどのように立ち現れるのか。それは、超必然性のふとした「ほころび」のうちに、「自然じねん」が、そよ風の気まぐれとして、鳥のさえずりの華やぎとして、沸き立つ湯のさざめきとして、立ち上る湯気の戯れとして、はては衣ずれの音の冴えとして、入り込み、その「偶然」が際立つ・・・。その、超必然性による自然の「超」偶然化、原始偶然の際立ち・・・こそが(原始偶然の「直視・直観」としての瞑想と異なり)、「美」、少なくとも藝道の「美」なのではないか註17

 しかし、これでは、柳が唱えた民藝の美と同じではないのか(第6回参照)。職人たちの限りない反復作業の内へと「我」を失い、その無我の境地にもたらされる「自然からの恩寵」としての美と同じではないのか。いや、これは美の宗教ではない。美=自然への宗教的帰依、「仏の美しさ」としての「美の法門」なのではない。藝道はあくまで、「道」である、「行」である。それは、浄土へと神秘的に飛翔するのではなく、実存一切を原始偶然への賭けに投じつづける道であり行である。しかも、その道=行は、宗教的ないし形而上的絶対者へと超越し尽くす代わりに、自らの「自由な選択」(魚川)によって「差控え」(田辺元)、再び「有」の世界へと、衆生の世へと還帰していくのだ註18。そして、ひとたび「型」への徹底的参入を突き抜け、その(超)必然性から解き放たれた藝道家=GEIDO家は、その還帰の道すがら改めて「型」と戯れる。その戯れの中へと、「自然じねん」が、その無常なる力が流れ入り、(超)必然性を内からほどき破り(「破格」)、やがて自由なる境で憩い遊ぶ(「離格」)。色即是空から空即是色へ(世阿弥)の実存的Vとしての藝道=GEIDO註19。しかも(『藝術2.0』で説いたように)、その型=超必然性との戯れは、(ちょうどフランス語の「戯れ」を表す語jeuが同時に「賭け」をも意味するように)、それを解きにやってくる「自然」――微生物から気象まで、あるいは他者の内なる「自然」に至るまで――の「不確実性に飛び込んでいく覚悟と喜び」註20に駆動された賭け、すなわち原始偶然の骰子一擲でもあるのだ。

 だから藝道家=GEIDO家は、必ずしも「天才」である必要はない。この原始偶然の賭け=戯れへと飛び込んでいく覚悟と喜びさえもつ者なら、誰でもなれるのだ。

 

 

註1  『偶然性の問題』の原型をなすテキストは、1932年に博士論文「偶然性」として京都帝国大学に提出された。

註2  九鬼周造『偶然性の問題』、岩波文庫、2012年、277-278頁。

註3  九鬼周造『「いき」の構造』、岩波文庫、1979年、22頁。

註4  九鬼『偶然性の問題』、268頁(傍点筆者)。

註5  同書、13頁。

註6  同書、14頁。

註7  同書、48-49頁。

註8  同書、228-229頁。

註9  同書、231頁(傍点筆者)。

註10 同所。

註11 同書、256-257頁。

註12 同書、261-262頁。

註13 同書、278頁。

註14 同書、237頁。

註15 同書、240頁。

註16 同書、241頁。

註17 野内良三は、その『「偶然」から読み解く日本文化』(大修館書店、2010年)において、吉田兼好の『徒然草』を読解しつつ、「偶然の美」(彼は「マイナスの美」とも言う)について、四つの要件を挙げている。「(1) 短さ(瞬時性)(2) もろさ(脆弱性)(3) 小ささ(微小性)(4) 少なさ(希少性)」である。さらに「偶然の美」を「余情の美」とも言い表し、兼好など「無常の美学」を生きる者たちが、盛りの花より「花の散りしおれたる庭」を愛でるのは、逆に「想像力によって失われた盛りの美が対比され、あえかな美が喚起される」としているが、それは「想像力」の問題ではなく、むしろ「花が散りしおれる」という「原始偶然」=「無常」を、作庭の人為=超必然性が「際立たせ」、無(限)を暗示することにあるのではなかろうか。

註18 熊倉敬聡『藝術2.0』、春秋社、2019年、117頁。

註19 同書、218頁。

註20 小倉ヒラク『発酵文化人類学』、木楽舎、2017年、336頁。

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著者略歴

  1. 熊倉敬聡

    1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学 ・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの 立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)、『藝術2.0』(春秋社)などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours

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