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GEIDO試論 熊倉敬聡

ディスタンスの美学――九鬼周造をめぐって(1)

 

 「こちらでお待ちください」、「間隔を空けてお並びください」、「離れて!2M」といった表示が、人と人とを隔てる「 」や床に貼られた靴底のサインとともに、社会のいたるところに氾濫している。

 ソーシャル・ディスタンス。

 コロナ禍以前は、社会学において、人間同士の物理的ないし空間的距離というよりむしろ社会的な親密さ・疎遠さの度合いを意味していたはずの概念が、この国ではなぜか感染症学的に翻案され、「社会的」というよりむしろ(2メートル以上という)いたって具体的な物理的距離を指し示すようになった(後者は英語でむしろsocial distancingと呼ばれる)。

 もちろん、これらの表示だけではない。マスクやフェイスシールド、あるいはビニールのカーテンやプラスチックのボードで、私たちは無粋にも互いに互いを隔て遠ざけて、他者への社会的不信感を募らせている。そうかと思うと、(ウイルスにとっては人間の「家族」や「恋人」などといった概念は無関係であるにもかかわらず)、一たび自宅の玄関を開ければ(もちろん手洗い・うがいを済ませた後)、もはやマスクをせず、2メートル以上も空けず、いわんやビニールのカーテンやプラスチックのボードで互いに隔てることなく、コロナ禍以前のままに、会話をし、食事をし、日々の営みを送っているだろう。(私もそうだ。ただし自宅でも「ソーシャル・ディスタンス」対策を講じている家族もいるかもしれないが…。)

 言わずもがなだが、家族や友人間の「距離」も、国や民族により実に様々だ。この国では、非常に多くの場合(恋人同士の振る舞いや乳幼児・要介護者のケアなどを除くと)、日常的な身体的接触は稀だ。それが、たとえばヨーロッパのラテン諸国や中南米などでは、親しい者同士のハグやキスは、それこそ日常茶飯事、コミュニケーションの基本中の基本である。

 しかも、日本人は、他者への距離の取り方に一際繊細な感性をもつだけでなく、その取り方自体を一つの美意識にまで、「いき」という美学にまで高めた、と唱えた哲学者がいた。九鬼周造である。彼は、主著の一つ『「いき」の構造』の「序」で、こう書く。「『いき』とは畢竟(ひっきょう)わが民族に独自の『生き』かたの一つではあるまいか。」註1 そして、こう問う。「問題は畢竟(ひっきょう)、意識現象としての『いき』が西洋文化のうちに存在するか否かに帰着する。しからば意識現象としての『いき』を西洋文化のうちに見出すことができるであろうか。」そして、こう結論づける。「『いき』の核心的意味は、その構造がわが民族存在・・・・・・の自己開示として把握されたときに、十全なる会得と理解を得たのである」註2、と。

 8年に及ぶヨーロッパ遊学中に、ハイデガー、ベルクソン、サルトルといった名だたる哲学者に私淑し、帰国後は京都大学で哲学を講じつつ、祇園に通いつめた九鬼にとって「いき」とは何だったのか? 「距離」とは、「距離の美学」とは何だったのか?

 

「いき」の内包的構造と外延的構造

 

 九鬼は、『「いき」の構造』の課題が、「いき」という「現実をありのままに把握すること」、そしてその「味得さるべき体験を論理的に言表すること」にあると言う註3。そのための次序として、まず「意識現象」としての「いき」を会得し、しかるのちに「いき」の「客観的表現」、すなわち自然形式としての身体的表現と、芸術形式としての表現の理解に進まなくてはならない、と注意する註4

 さらに、意識現象としての「いき」もまた、その十全なる理解に至るためには、その「意味内容を形成する徴表を内包的・・・に識別」する、しかるのちに「類似の諸意味とこの意味との区別を外延的・・・に明らかに」する、つまりは「いき」の「内包的構造」と「外延的構造」を共に闡明することが肝要だと説く註5

 まずは、「いき」の核を形成する「内包的構造」から見ていこう。その構造は、三つの徴表から構成されている。媚態・意気(地)・諦めである。

「いき」の内包的構造の基調ともいいうる第一の徴表=媚態とはいかなる事態か註6。それは「一元的の自己が自己に対して異性を措定(そてい)し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度」である。が故に、自己と異性が完全なる合一を遂げ、二元的可能性の緊張を失う時、自ずから消滅する類のものである。媚態の要は、だから、「距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざること」である。まさに、距離の微分的強度が昂じるエロスである。

 そのエロスの強度をさらに精神的に補強するのが、第二の徴表たる「意気」ないし「意気地」である註7。それは「江戸児(えどっこ)の気概」でもあり「江戸文化の道徳的理想」の反映でもある。それはいわば、武士道の理想の江戸的翻案、「武士は食わねど高楊枝」の溌剌とした心が江戸っ子の「宵越しの銭を持たぬ」という町衆的誇りに翻訳された気構えである。その「意気地」の気構えによって、吉原の遊女もまた「野暮な大尽(だいじん)などは幾度もはねつけ」た。こうして武士道の江戸的に翻案された道徳的理想主義が、媚態のエロスの強度を「霊化」した。

 「いき」の第三の徴表は、「諦め」である註8。「諦め」とは何か。それは何よりも「運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心」である。「『諦め』したがって『無関心』は、世智辛い、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟酒として未練のない恬淡無碍の心」である。それは、この世の「無常」から解脱し、涅槃へと赴こうとする仏教の世界観が反映したものと言えよう。

 「いき」の「内包的構造」とは、したがって、媚態という基調を、「意気地」と「諦め」という「民族的、歴史的色彩」が規定した、三契機による三つ巴の構造に他ならない註9。よって、「意気」を簡潔に定義づければ「垢抜して・・・・(諦)、張のある・・・・(意気地)、色っぽさ・・・・(媚態)」ということになろう。「いき」は、畢竟「実生活に大胆なる括弧を施し、超然として中和の空気を吸いながら、無目的なまた無関心な自律的遊戯」の謂い、ということになる。

 次に九鬼は、「いき」の内包的構造から外延的構造の分析に移る註10。その外延的構造を、「いき」の類義語同士の二項対立的比較から図式的に導出する。「上品/下品」、「派手/地味」、「意気/野暮」、「渋味/甘味」の意味論的比較を、ついには直六面体にまで起こし、「いき」を外延的に位置付けようとする。しかし、正直なところ、この外延的構造の分析・図式化は、内包的構造の闡明が呈する知的・感覚的触診の鮮やかさに比して、元々二項対立的論理・概念化には馴染み難い「いき」及びその類義語の意味論的「あいまいさ」を、無理に技巧的に幾何学的論理・図式に還元しようとする思考の過剰なる「形式主義」を露呈していると言わざるを得ない。(何故、この思考の過剰さが出来したのか、その理由は、先で問うことにしよう)

 

「いき」の自然的表現と芸術的表現

 

 こうして九鬼は、意識現象としての「いき」を考察したのに続いて、今度は「いき」の「客観的表現」を見ていく。「客観的表現」は、「自然形式としての表現」と「芸術形式としての表現」に分かれる。九鬼はまず、自然形式としての表現から論じていくが、特にその「身体的発表」に注目する註11。「姿勢を軽く崩すこと」、「うすものを身に纏うこと」、「湯上り姿」、「姿が細っそりして柳腰であること」、「細おもての顔」、「流眄などの軽微な平衡破却」、「薄化粧」、「略式の髪結い」、「抜き衣紋」、「左褄を取ること」、「素足」、「手附」などなど。なぜ、これらの身体的発表が「いき」なのか。それは「一元的平衡を軽妙に打破して二元性を暗示する」からに他ならない。

 次に九鬼は、「いき」の「芸術的表現」に移る註12。彼によると、芸術は「客観的芸術(絵画、彫刻、詩など)と「主観的芸術」(模様、建築、音楽など)に分かれ、前者が「いき」を内容として扱うがゆえにそれを形式として客観化することにさほど関心を払わないのに対して、後者は「いき」を内容として扱う可能性が少ないために、それが形式として鮮やかに現れてくると言う。そこで九鬼は、(特に着物を想定して)模様と色に着目する。

 「縞」が、それも「縦縞」が最も「いき」な模様とされる。「縞」の「永遠に動きつつ永遠に交わらざる平行線は、二元性の最も純粋なる視覚的客観化」である。そして横縞よりも縦縞の方がより「いき」であるのは、後者が平行線の二元性をより明瞭に表しているためだと言う。この最も「いき」な模様=縦縞に比して、様々な縞(碁盤縞、格子縞、放射状の縞など)、様々な模様(曲線を有する模様、絵画的模様など)の「いき度」とでもいうべきものが測られていく。

 続いて九鬼は、「いき」な色として灰、茶、青を挙げる。中でも灰色(鼠色)ほど「いき」に適切な色はないと言う。なぜなら灰色は「諦め」の色に他ならないから。茶色もまた「いき」な色だと言う。それは、「一方に色調の華やかな性質と、他方に飽和度の減少とが、諦めを知る媚態、垢抜けした色気を表現している」から。要するに、「いき」な色とは「華やかな体験に伴う消極的残像」であり、「色に()みつつ色に(なず)まない」、そうした色こそが「いき」な色とされるのである。

 続いて九鬼は、他の二つの主観的芸術、すなわち建築と音楽における「いき」を考察する。ここでも、「いき」の形式は二元性を表すものとされるが、茶屋建築以外は深掘りされない。

 いずれにしても、見た通り、自然形式としての表現にしろ、芸術形式としての表現にしろ、九鬼による「いき」の「客観的表現」の分析は、いささか体系性を欠き、また哲学的深度にしても、「意識現象」としての「いき」、なかんずくその「内包的構造」の分析に比して、表層を突き抜けていない感が否めない。また、最も力を込めて解析する「身体的発表」や「模様」の縞にしても、須く男性が自らに対して二元的に措定する女性の纏う表現であり形式であり、逆方向のジェンダー的視線における「いき」の表明にはほとんど顧慮が払われていない。そうしたジェンダー的不均衡や論理的断片性・偏向を孕みながらも、九鬼による「いき」の哲学的分析の独創性は、これからGEIDOとの関連性から考察するように、今なお担保されていると、私は看て取っている。

 ところで、九鬼自身もまた、違った視点からとはいえ、自らの「いき」の哲学の「限界」に自覚的であった。「媚態」や「意気地」や「諦め」といった「概念的契機の集合としての『いき』と、意味体験としての『いき』との間には、越えることのできない間隙がある」ことを悟っていた。だから例えば、彼がおそらくはヨーロッパ遊学中に体験したように(『「いき」の構造』の第一稿はパリで書かれた)、日本文化に無知な外国人に、「いき」の概念的分析を提示したところで、それはその外国人にとって単なる「機会原因」にすぎず、結局「いき」の意味体験の会得は、その「機会」から出発して彼自身の「内官」による「存在会得」の如何に賭けられていると言わざるを得ないことを認める註13。とすると、こうした一東洋人による「東洋的」意味体験の、「西洋的」概念による分析は徒労にすぎないのだろうか。否、と九鬼は強調する。「意味体験と概念的認識との間に不可通約的な不尽性の存することを明らかに意識しつつ、しかもなお論理的言表の現勢化を『課題』として『無窮』に追跡するところに、まさに学の意義は存するのである。『いき』の構造の理解もこの意味において意義をもつことを信ずる。」

 

「いき」から無限へ

 

 九鬼は、『「いき」の構造』の第一稿(『「いき」の本質』)を、ヨーロッパ遊学中、パリで1926年12月には脱稿している。それから2年後の1928年8月、フランス・ブルゴーニュ地方の小村ポンティニーで、レイモン・アロン、ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ、アレクサンドル・コイレといった気鋭の哲学者・思想家が参集した旬日懇話会(のちのスリジー・ラ・サルの夏季セミナーの前身)において、九鬼は彼らを前に二つの講演を行う機会を得る。懇話会の全体テーマが「詩と哲学」及び「時間と人間:時間の反復」という中、彼は、「時間の観念と東洋における時間の反復」並びに「日本芸術における『無限』の表現」という題目を提示する。

 まず、後者から見ていこう註14

 冒頭に岡倉天心の『東洋の理想』から「日本芸術の歴史はアジアの理想の歴史となっている」という一文を引きつつ、九鬼は、アジアの文明の歩みを条件づけ、その精神的経験、すなわち時間と空間からの解脱の表現を実現したのが、インドの宗教、なかんずく仏教の神秘主義、そして中国の哲学、なかんずく老子学派の汎神論だと言う。日本の芸術の源泉は、両者に加えて、武士道――「絶対精神の崇拝であり、物質的なものの軽視」であり、「〔本居宣長の〕『朝日に匂ふ山桜花』のように生きかつ死ぬ」ことを理想とする武士道の、三者にあると断じる。そして、日本の芸術の支配的傾向は「有限を介して無限を表現する」ことにあると主張する。

 その無限の表現の例として、九鬼は日本の絵画と詩歌を取り上げる。絵画における、遠近法などの空間の幾何学的構造の破壊、無限の躍動を捉ええる線の力動性、黒(陰)と白(陽)の濃淡・諧調などの技法がおしなべて汎神論的理想主義の表現を可能にし、空間からの解脱を実現する。

 一方、詩歌においてもまた、短歌や俳句などの短い詩形、五・七音などの非対称的で流動的な形、先取(anticipation)における時間に先行する暗示的表現などにより、「可測的な時間からの解脱という理念」が実現される。そして、日本の詩歌の特徴の最後として、九鬼は「繰り返す時間」を挙げる。古の歌人蝉丸の歌を引く。

  これやこの
  行くも帰るも
  別れては
  知るも知らぬも
  逢坂の関

  九鬼はなぜか(おそらくフランス人の聴衆たちの理解を助けるためか)マルセル・プルーストの「失われた時」と「見出された時」の響きをそこに聴き取りつつ、「逢坂の関」に過去と未来が出会う「無限に充実した現在の時」、回帰する時間を読み取る。そして、彼の眼前にいる聴衆に向かい唐突にこう語りかける。

 

またそれは、われわれがいまポンティニーのこのサロンで過ごしている時、私が蝉丸の詩句についてあなたがたに語り、われわれがかつてすでにこの同じ時を共に過ごしたことがあったかどうか、そして再びこの時を共に生きようとしているのではないかどうか、――われわれはすでに無限回知り合っていたのではないかどうか、そして再び新たに知り合おうとしているのではないかどうかをまさに自問する時である。

 

 九鬼は、日本の芸術の特徴を改めて要約する。それは何よりも「無限の表現」であり、それは造形芸術における空間からの解脱として実現され、詩歌や音楽においては時間からの解脱として実現される。畢竟、芸術とは、永遠の無限すなわち美を創造することにこそ存する。

 「逢坂の関」――別離と邂逅が限りなく繰り返される境。私たちは、「いき」にあって、異性同士、有限の生同士が偶々邂逅し、その隔りを介した惹きつけあいとそれへの抗いあいがエロスの強度を微分的に昂進させる、が、それに執着せず「諦め」の心とともに「無目的なまた無関心な自律的遊び」を見たのだった。「いき」な者とはだから、(九鬼はあえて、これもまたフランス人の聴衆の理解を助けるためだろうか、スタンダールの『恋愛論』の恋愛の四分類を援用しつつ)、amour-passion〔情熱恋愛〕に陶酔するのでなく、「amour-goût〔趣味恋愛〕の淡い空気のうちで蕨を摘んで生きる解脱」註15に達していなければならなかった。

 その「いき」なる解脱は、芸術にあっては、今見たように、絵画における空間からの解脱、詩歌における時間からの解脱に変奏される。ここでは、有限の生同士の邂逅に代わって、有限の線同士、有限の言葉同士が、やはり邂逅しつつ、しかも二元の隔りを際立てつつ、その(あわい)の強度の亢進の果て、空間から、時間から解脱し、無限へと飛躍していった。

 はたして、この「解脱」、無限への飛躍は、九鬼自身の実存によってどのように生きられていたのか、あるいは生きられていなかったのか。そこにこそ、GEIDOの実存的試金石もまた存する、と言えよう。それを検討するためにも、まずはポンティニーでのもう一つの講演、「時間の観念と東洋における時間の反復」を見ることとしよう。

 

 「東洋」の時間と二つの「解脱」

 

 九鬼は、この講演註16ののっけから、東洋的時間は「輪廻」の時間、周期的な時間であると宣言し、あたかも目の前の「西洋」の聴衆たちを挑発するかのような直截さを示す。が、すぐさま彼は、その本論に入る前に、まずは時間一般――この哲学的大テーマの一つ――を特徴づける必要があると、おそらくは意図的に短絡する。

 「時間とは何か」と問い、「時間は意志に属す」と断言する。なぜなら意志が存在しない限り、時間は存在しないから、と言う。従って意志のないテーブルや椅子にとって時間は存在しない。そして彼は、意志(volonté)を、意識(conscience)に置き換えつつ、時間が存在するのはただ意志=意識への関係においてのみであると、言い添える。

 こうして、時間一般を大胆にもさりげなく規定した後、九鬼は、聴衆にとって同時代の(「西洋の」とはとりあえず明言することなく)時間論をいくつか引き合いに出し、それらが時間を、意志との関係で規定しつつ、「予料」、「系列」、「引き続くべきもの」という、過去から未来へと持続する線的な継起として捉えていることを指摘する。

 それらの、聴衆にとって馴染み深い時間概念を前置きした後、九鬼は、東洋においてもまた時間は根本的に意志に属するものとする。が、『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』、『バガヴァッド・ギーター』や『ミリンダ王の問い』を引きつつ、その時間はしかし、線的に継起する時間ではなく、「ブラフマンの車輪」であり、「無窮の時間」であり、「閉じている円」の如きもの、すなわち「輪廻」に他ならない、と明言する。

 この、聴衆にとってはほとんど馴染みのない時間概念――「無際限の再生」、「意志の永遠の反復」、「時間の終わりなき反復」としての輪廻は、その論理を徹底させるなら、「すべての人間は相互間の具体的関係を保ったまま、状況も具体的全体を伴って、周期的に生成するという観念に到達する。一言でいえば、世界はその同一性の状態を保ったまま周期的に回帰する」という、当時の「西洋」の哲学者・思想家のほとんどが実存的に体験しえないどころか、観念的にも抱懐し難いであろう「もう一つの」時間の像を、九鬼は鮮やかに描き出す。

 ただし、その輪廻的時間概念は、例えばピュタゴラス学派の輪廻説や、近くはニーチェの「永劫回帰」の思想として、「西洋」の思想の歴史に傍流ではあるが抱懐されたことが全くないわけではない、と彼が単なる「東洋対西洋」といった素朴な二元論の陥穽に陥っているわけではないことを言外に匂わす。

 そして、畢竟「時間」とは、二つの対照的な「エクスタシス(脱自)」の弁証法的統一に他ならないとでもいうように、「西洋」の継起的時間概念と「東洋」の回帰的時間概念の対立を「止揚」する素振りをみせる。一方には、ハイデガーの説くような時間の「存在論的・現象学的」で「水平的」なエクスタシス、他方には輪廻が表すような「形而上学的・神秘主義的」で「垂直的」なエクスタシス。そのいたって対照的なベクトルをもつ二つのエクスタシスの「交差」が、「時間の特有の構造」に他ならない、と九鬼は己れの時間論を纏めあげようとする。

 ところが、九鬼の時間論はそのような弁証法的な居心地の良さでは終わらない。もう一つの「問題」があると言う。時間の「解脱」という問題である。仏教では、意志(九鬼は「欲望」に置き換えてもいいと言う)の内にすべての悪、すべての苦悩の原因があると見る。故に、それらの悪、苦悩から解放され、すなわち「解脱」し、涅槃に至りつくには、ひたすら意志=欲望を否定する、寂滅しなくてはならない。では、我々はどのようにして意志を否定し、解脱しうるのか。九鬼は、それは「知性・・によって・・・・、であると言う。

 が、さらに、日本においては、仏教の外に、もう一つの「解脱」、いや仏教的解脱を否定しさりながら、時間の〈外〉ではなく、いわば時間の〈内〉で、その永遠の回帰を肯定しきることにより、ある種の道徳的理想を遂げようとした精神の構えがあった。「武士道」である。「武士道は意志の肯定であり、否定の否定であり、ある意味で涅槃・・の廃棄である。それは自己の固有の完成のみを気にかけるような意志である。それゆえ、仏教にとっては最高の悪であった意志の永遠の繰り返しが、今や最高の善となったのである。」そして、こう宣言する。「恐れることなく、雄々しく輪廻に立ち向かおう。「幻滅」(déception)をはっきり意識して完成を追究しよう。永続する時間の中で、ヘーゲルの術語で言えば、無際限・・・ (l'Endlosigkeit) の中で生きよう。無際限・・・の中に無限・・ (l'Unendlichkeit dans l'Endlosigkeit, l'infini dans l'indéfini) を、つまり、終わりのない・・・・・・継起・・の中に永遠・・ (l’éternité dans la succession sans fin)を見出そう。」註17

 こうして九鬼は、結局、単に「東洋」の時間、輪廻の時間を提示するにとどまらず、そこからの「解脱」の二つの方法、仏教的解脱と武士道的解脱を指し示しながら、自らの講演の時間をとりあえず締めくくるのである。

 

「解脱」は「生きられた」のか

 

 そして六日後、九鬼は、先に見たように、「解脱」をさらに変奏する。「芸術」による「解脱」である。日本芸術の源泉は、インドの仏教の神秘主義、中国の老子学派の汎神論、それに武士道であった。それらを精神的な源泉として、日本の芸術は有限を介して無限を表現した。絵画は、その幾何学的構造の破壊、線の躍動、黒白の諧調により、空間から解脱し、詩歌は、短く非対称で暗示的な形により、時間から解脱していった。

 私たちは、先に問うた――「はたして、この『解脱』、無限への飛躍は、九鬼自身の実存によってどのように生きられていたのか、あるいは生きられていなかったのか」と。確かに、九鬼は、ヨーロッパ遊学中にも、詩や短歌を作り、この解脱を実存的に「生きて」いたかもしれない註18。あるいは、彼自身はもはや「武士」ではなかったにせよ、彼の「血」が、武士道を文化的遺伝子として今なお心身に息づかせていたかもしれない註19。しかし、こと仏教的解脱に関しては、はたして九鬼はどれだけそれを実存的に「生きて」いたのか。解脱、意志=欲望の否定は、はたして「知性」によって可能なのか。

 例えば前回参照した仏教学者、魚川祐司は、自らの行の経験も踏まえて、こう断言していたのではなかったか。解脱は、決定的で明白な実存の転換であり、行道の完成である、そして悟りは決して思考の結果ではない・・・・・・・・・・・・、と註20

 

 分別の相である「物語の世界」は、そもそもその形成の時点で、対象への貪欲と瞑志を巻き込んで成立している。つまり、凡夫にとって「事実」であり「現実」である「世界」というのは、最初から欲望によって織り上げられているということだ。

 そのような「世界」を終わらせるためには、単に内面に現象してくる個々の煩悩に気づいていて、それを「堰き止める」だけではとても足りない。「世界の終わり」に到達するためには、その成立の根源にある「煩悩の流れ」そのものを「塞ぐ」こと、即ち、それを根絶することが必要とされるわけである。

 

 解脱はだから、決して思考、「知性」だけによっては成就されない。それはあくまで実存全体を巻き込む「行」によってしか達成されない。我々のGEIDO論の用語=形象を使えば、実存的Vの掘り下げによってしか成しえないものである。

 ところで、九鬼は「いき」においても「解脱」を語っていた。「『いき』の第三の徴表は『諦め』である。運命に対する知見に基づいて執着(しゅうじゃく)を離脱した無関心である。『いき』は垢抜(あかぬけ)がしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟洒(しょうしゃ)たる心持でなくてはならぬ。この解脱(げだつ)は何によって生じたのであろうか。」註21 先述したように、「いき」の内包的構造は三つの徴表から構成され、第二の徴表「意気地」は武士道の理想主義的道徳に淵源し、第三の徴表「諦め」は、仏教的無常心に由来していた。おそらく、九鬼は、ヨーロッパに渡る前、東京の遊郭で、そして帰国後は祇園で、「いき」を実存的に「生きて」いただろう。(パリなどで、彼が目撃した、そして体験したかもしれない、「『いき』とは極めて縁遠い」「腰部を左右に振って現実の露骨のうちに演ずる西洋流の媚態」註22が、九鬼に反動としてもしかすると「いき」について改めて哲学的に反省せしめる由縁を与えたのかもしれない。)

 だからこそ、九鬼は「いき」を、少なくとも色恋における「いき」を、「実生活に大胆なる括弧を施し、超然として中和の空気を吸いながら、無目的なまた無関心な自律的遊戯」と捉ええた境地にあったのだろう。異性との隔たり、ディスタンス、「いき」の内に、実存的Vを生き、無限へと跳躍していたのかもしれない。「いき」もまた、GEIDO的「遊び」たりえるのかもしれない。

 

 

註1  九鬼周造『「いき」の構造』、岩波文庫、1979年、7頁。

註2  同書、92-96頁。

註3  同書、7頁。

註4  同書、19頁。

註5  同書、21頁。

註6  同書、22-23頁。

註7  同書、23-25頁。

註8  同書、25-27頁。

註9  同書、27-29頁。

註10 同書、32-47頁。

註11 同書、50-60頁。

註12 同書、61-84頁。

註13 ハイデガーもまた九鬼から「いき」について「機会原因」を与えられていた。しかし、「この語が何を言うのか、私には、九鬼との対話では、いつもただ遠くからおぼろげに感じられるだけでした。」と告白している。マルティン・ハイデッガー『言葉についての対話』、高田珠樹訳、平凡社ライブラリー、2000年、8頁。

註14 九鬼周造「日本芸術における『無限』の表現」、小浜善信訳、九鬼周造『時間論 他二編』、小浜善信編、岩波文庫、2016年。31-64頁。

註15 九鬼『「いき」の構造』、29頁。

註16 九鬼周造「時間の観念と東洋における時間の反復」、小浜善信訳、九鬼周造『時間論 他二編』、9-30頁。

註17 同書、22-23頁。

註18 「巴里心景」、『九鬼周造全集 第一巻』、岩波書店、1981年、109-218頁。

註19 「〔九鬼周造の父〕隆一は摂津国三田藩の武士・星崎貞幹の子として生まれたが、八歳で丹波国綾部藩の家老・九鬼隆周の養子となった。三田藩主・九鬼隆義が綾部藩主・九鬼隆都の子であり、両藩のあいだに深いつながりがあったことが背景にある。」(藤田正勝『九鬼周造――理知と情熱のはざまに立つ〈ことば〉の哲学』、講談社、2016年、Kindle版、位置No.136-140)。

註20 魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』、新潮社、2015年、132-136頁。

註21 九鬼『「いき」の構造』、25頁。

註22 同書、51頁。また九鬼は、日本の「芸者」とヨーロッパの「遊女(demi-mondaine)」をこんなふうに比較している。 「ヨーロッパでは、遊女(ドウミ・モンデーヌ)は半ば死せる存在(ドウミ・モルト)である。彼女たちは世間からつまはじきされるアウトサイダーである。日本で「芸者」が社会の中で一定の役割を果たしていることを知るとヨーロッパ人は驚く。〔…〕芸者になるためには音楽と舞踏の公式試験を受けなければならない。彼女たちの理想は、倫理的であると同時に美的な『いき』と呼ばれているもので、逸楽と気品の調和した統一である。」(九鬼周造「芸者」、『九鬼周造全集 第一巻』、455頁。)なお、九鬼がパリ滞在中に書いた詩の中に、彼とかの地の女性たちとの逢瀬を窺わせる詩篇がいくつか見出せる。(同書、148、150、160-163頁。)

 

 

 

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著者略歴

  1. 熊倉敬聡

    1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学 ・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの 立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)、『藝術2.0』(春秋社)などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours

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