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GEIDO試論 熊倉敬聡

民藝からGEIDOへ(その1) 二つの美、二つの真理――柳宗悦の民藝とハイデガーの芸術作品

 

 前回は、新型コロナウイルスと人類との「戦争」が、実は(少なくとも「西洋」世界では)古代ギリシャ以来、歴史を貫通して、人間が内なる動物性と闘ってきた最重要な「政治闘争」に淵源することを、アガンベンの『開かれ――人間と動物』を批判的に読解しつつ、瞥見した。アガンベンは、その「政治闘争」を「人類学機械」と称し、その政治学的かつ存在論的作動の現代的典型を、ハイデガーの中に見出し、その機械がいかに彼の哲学の中で「人間創世」を可能にし、「世界」と「大地」との「闘争」としての「真理」を導出するに至ったか、その思考のドラマを描き出した。

 しかし、その「西洋」世界において最重要であった、人間による自然との「闘争」は(ハイデガーの「哲学」に典型的に見られるように)、自然に対峙し「思考」することしかできぬ、いわば「哲学機械」とでも言うべき精神的機構の為せるところでもあり、それに比して、脱「哲学」的ともいいうる心身の行たる瞑想は、「人間」という「開かれ」を滅していくことにより、逆に自然の開く懐ろにくつろぎながら、「大地」そのものになる(・・)、その満ち溢れる生命に変成(へんじょう)する、脱「人類学」的技であることを、私は指摘した。

 人間は、自然と「戦う」、「やるかやられるか」といった敵対関係だけでなく、同時に「生かし生かされる」互恵的関係性をも紡ぐことができる。「異なるものたち」を招じ入れるGEIDO-KAたちの「歓待」は、だから今こそ、自らの生存を賭しつつも、あえて「人間ならざるものたち」、「ガイア」へと、生態学的に転回・展開していなくてはならない。――そうした論を、私は前回繰り広げた。

 人類の、自然との“もう一つの”関係性。人類学・哲学的「戦争」ではなく、瞑想的歓待、共−創造の可能性に向けて、ここでさらなる思想的補助線を引いてみたい。柳宗悦の「民藝」である。

 

改めて「民藝」とは?

 

 民藝、そして柳宗悦に関しては、これまで膨大な言辞が、礼賛・批判入り混じり、費やされてきた註1。ここでは(本論が民藝研究ないし柳宗悦研究でないため)GEIDO論の文脈に本質的に関わる範囲内でその思想を最小限におさらいしつつ、むしろGEIDO論の生態学的転回・展開の射程をさらに押し広げうるその思想的潜在力(と同時に限界)を探査してみたい。(字数の関係で、今回と次回に分けて探査する。)

 「民藝」――それは「民」衆的工「藝」の略、柳と同胞らが作った造語であり、貧しき名も無き無数の工人たちが無心に作り、それをやはり貧しき民衆たちが日々の倹しい生活の中で触れ用いた雑器、「下手物(げてもの)」を総称した言葉・概念である。それは、労苦に満ちた生活を陰から支える「伴侶」たるがゆえに、分厚で頑丈で健全たるを旨とするが、汗や垢にまみれた手、体に使い込まれるほどに、仄かな無言の美を湛えはじめる、そうした主の「用」に奉仕する道具たちを愛でる言葉でもある。しかし、私たち、現今の日本人は、「西洋」伝来の二つの「術」、すなわちもう一つの美の術たる「美術」、そしてもう一つの技の術たる「(機械)技術」が社会そして生活に蔓延っていき、それへの信にかぶれていくうちに、いつしか民藝の美、ありがたさ、技と知恵の伝承を見失ってしまった。だからこそ、今私たち、民藝の同人たちは、手工藝の息吹を賦活させ、民衆の生活にその美を取り戻さなくてはならない。

 

美術は理想に迫れば迫るほど美しく、工藝は現実に交われば交わるほど美しい。美術は偉大であればあるほど、高く遠く仰ぐべきものであろう。近づき難い尊厳さがそこにあるではないか。人々はそれらのものを壁に掲げて、高き位に置く。だが工藝の世界はそうではない。吾々に近づけば近づくほどその美は温かい。日々共に暮す身であるから、離れ難いのが性情である。高く位するのではなく、近く親しむのである。かくて親しさが工藝の美の心情である。註2

 

私たちは機械生産が商業主義の犠牲になって、粗悪なものを産みつつある事を熟知しています。生産に対する動機の不純や、その無理な制度や、機械の未熟や、様々な原因のために、作品が歪められているのです。それに労働は工場において虐げられ、仕事は無味なものに陥っています。〔…〕それに都会文明の誘引は強く、地方の文化は日に崩されて、作る物は一様になり、単調になって来ました。かかる冷たい今日の工場が、民藝の正当な発育に不向きな事は自明なのです。現在の組織と機械と労働とは、誠実な器物を産むには適しないのです。註3

 

 柳の民藝思想は、西洋近代の創造した二つの主要な「術」、「美術」と「(機械)技術」を徹底的に批判し、それへのアンチテーゼとして民藝を称揚するが故に、いたって反近代的な思想である。それはまた、ラスキンやモリスの美学・社会思想を批判的に継承しつつ、中世のギルドの復活を標榜するがゆえに、懐古主義的様相をも呈する。だが、柳は、民藝が決して単なる過去の反復であってはならないと言う。

 

ですが作る物は、単に過去の反復ではいけないのです。最近における生活様式の変化は新しい器物を要求します。実用品を作る事が民藝の趣意である限り、現代の器物へと進展せねばならないのです。註4

 

 だが、現今の一般的な美意識の低下は職人たちにも及び、何が正しく美しい作物かを見失っている。そうであるがゆえに、彼らに「正しさ」と「美しさ」の標準を指導する個人作家の協力が不可避とされる。ちょうど教団において僧侶が平信徒を導くように、民藝の運動は「協団」をなして、個人作家が職人たちを導いていく。そんな相愛による団結のみが、運動を手堅く推進していく。

 

芸術作品か道具か?――ハイデガーにおける「真理」の在りか

 

 ここで私は、やや唐突に、柳と、同い歳のハイデガー(共に1889年生まれ)を比較してみたい。二人は、道具と芸術作品に関して、そしてそれらをめぐる人間と自然の関係に関して、いたって対照的な、しかしその対照性自体が我々にとって大きな示唆に富む思想を各々展開した註5

 まず改めてハイデガーから。(前回も参照した)『芸術作品の根源』によれば、芸術作品の作品たる所以は、何よりも「世界と大地との間の闘争を闘わせること」にあった。「世界」とは、作品が開き立てる人間の世界であり、「大地」とは、作品がそうして世界を開き立てることによって、現れてこさせる、がしかし現れてきつつ−保蔵するもの、自然の自己−閉鎖するものである。「芸術作品の根源」、すなわち世界と大地との闘争、「空け開けと伏蔵との原闘争」を、ハイデガーは「真理」と呼ぶ。だから、芸術作品においては何よりもこの「闘争」としての「真理」が生起する。彼が「芸術作品」として引き合いに出す古代ギリシャの神殿、ゴッホの絵画などにおいて、まさにこの闘争=真理が生起するのだ。

 ここで私たちは、柳の民藝思想との比較においてとりわけハイデガーの「大地」と言う概念――概念としてはいたって把握しがたいいわば概念なき概念とでも言うべきものを注視したい。

 ハイデガーは、「大地」を、より理解しやすい「素材」という概念から、しかも芸術作品と道具におけるそれの在りようを対比しつつ論じる。

 

石は、道具、たとえば斧の製造においては、消費され、使い果たされてしまう。石は有用性のうちに消滅する。素材は、それが道具の道具存在のなかに埋没して抵抗がなくなればなくなるほど、それだけ優れているのであり適材となる。それに対して、神殿−作品は、一つの世界を開けて立てることによって、素材を消滅させず、むしろまず第一に、しかも作品の世界という開けたところのなかで、素材を現れてくる〔hervorkommen〕ようにさせる。すなわち、岩は担うことと安らうこととに至り、そしてそのようにしてはじめて岩となる。金属は(ひらめ)きと(きら)めきとに至り、色彩は光輝に至り、音は鳴り響くに至り、語は言うことに至る。これらすべてが現れてくるのである。註6

 

 素材=大地は、道具の有用性のうちでは消滅するが、作品のうちでは、それとして現れ、安らい、あるいは閃き、鳴り響く。大地は「本質的に自己−閉鎖するもの」であるが、それは「画一的で硬直した、覆われたままにとどまることではなく、それはそれ自体を単純な諸様式と諸形態とにおける汲み尽くせない充実へと展開する」のである。

 ところで、ハイデガーは、『芸術作品の根源』の第三部「真理と芸術」において、作品は創作する者たちを必要としているとともに、「見守る者」たちも必要とすると言う註7。「見守る」こととは何か。それは「作品の真理に慣れ親しみ精通して」いる知、すなわち(ハイデガー本人のように)哲学的思考により真理に至りつく術を心得ている知である。だから、そうした「見守る」知を有しないままただ鑑賞する、いわんや「〔作品の〕不−気味で途方も−ないものへの衝撃が、通俗的なものと鑑定家的なるものとの内で受け流されるやいなや、作品のまわりにはすでに芸術ビジネスが始まる。」こうした「見守る」術を知らない鑑賞には、決して作品の真理は明かされないのである。

 したがって、作品の真理、大地と世界の闘争は、しかるべき哲学的思考にのみ開かれるのであり、「大地」は、そうした思考の接近を阻む絶対的〈外部〉が自己閉鎖する「閃き」として、思考の臨界が体験する宿命の謂いに他ならない。

 道具においては、真理は生起しない、とハイデガーは断言する。「道具を製造することは直接的には真理の生起の実現では断じてない。」註8ところで、ハイデガーは、道具の道具たるものを明らかにするため(それとの対比で作品の作品たるものを明らかにするため)、一足の靴を、だがなぜか、ゴッホの絵画が描いた靴を取り上げる。理由は、道具の道具たるものを探求する措置として今必要なのは(なぜか)「哲学的な理論」ではなく「直接的な叙述」であるからして、「絵画的な描写で足りる」と言うのだ(!?)。そして彼は「叙述=描写」する註9

 

 

靴という道具の履き広げられた内側の暗い開口部からは、労働の歩みの辛苦が屹立している。靴という道具のがっしりとして堅牢な重さの内には、荒々しい風が吹き抜ける畑地のはるか遠くまで伸びるつねに真っ直ぐな畝々を横切って行く、ゆっくりとした歩みの粘り強さが積み重ねられている。革の上には土地の湿気と濃厚なものとが留まっている。靴底の下には暮れ行く夕べを通り抜けて行く野路の寂しさがただよっている。靴という道具の内にたゆたっているのは、大地の寡黙な呼びかけであり、熟した穀物を大地が静かに贈ることであり、冬の畑地の荒れ果てた休閑地における大地の説き明かされざる自己拒絶である。この道具を貫いているのは、泣きごとを言わずにパンの確保を案ずることであり、困難をまたも切り抜けた言葉にならない喜びであり、出産が近づくときのおののきであり、死があたりに差し迫るときの戦慄である。この道具は大地(・・)〔Erde〕に帰属し、農婦の世界(・・)〔Welt〕の内で守られる。このような守られた帰属からこの道具そのものが生じ、それ自体の内に安らう〔Insichruhen〕ようになるのである。

 

 ハイデガーは、この、道具が有用性にありながら道具の本質的な存在の内に「安らう」ことを「信頼性」(Verläßlichkeit)と名づけ、この信頼性の力によって農婦は「この道具によって大地の寡黙な呼びかけの内に放ち入れられており、この道具の信頼性の力によって彼女は自分の世界を確信するのである」。この「大地」と「世界」の間に安らい、道具の本質的存在と言われる「信頼性」とは何なのか。その「信頼性」において何が生起しているのか。「真理」が生起している、とハイデガーは言う。「何がここで生起している〔geschehen〕のか。作品において〔im Werk〕何が活動している〔am Werk sein〕のか。ヴァン・ゴッホの絵画は、道具、すなわち一足の農夫靴が真理において〔in Wahrheit〕それであるものの開示である。」

 ゴッホの絵画が描く道具において生起する(・・・・・・・・・・・・・・・)「真理」とは、「作品」における真理なのか、「道具」における真理なのか。ハイデガーは、この「道具」と「作品」の巧妙なすり替え、しかも自身十分に自覚的なすり替え(「道具の道具存在は見出された。しかし、それはどのようにしてか。現実に眼の前にある何らかの靴という道具を記述し説明することによるのではない。〔…〕ただわれわれがヴァン・ゴッホの絵画の前に赴いたことによる。」)によって、道具の道具的なるものから作品の作品的なるものへ、そのまた逆へと意図的にたゆたいながら、芸術作品と道具の「根源」を曖昧なまま宙吊りにしてしまう。そして、約20年後の「技術とは何だろうか」という有名な講演では、「〔道具を含めた〕技術とは、顕現させるあり方の一つです。技術が本質を発揮している領域とは、顕現させることと隠れなき真相、アレーテイア、真理が生起する領域なのです」註10とまで断言するに至る。いったい「真理」はどこにあるのか。

 拙論はハイデガー研究ではないので、これ以上の深掘りはやめることにしよう。いずれにしても確かに言えることは、作品にしろ道具にしろ、それを「見守る」術を心得た知、すなわち「哲学」的思考が施される限りにおいて、初めてその知=思考に「真理」がもたらされる、ということである。そして「大地」もまた、その知=思考への絶対的〈外部〉の「閃き」として現れると同時に自己閉鎖する、ということである。

 

民藝――もう一つの美、もう一つの真理

 

 ところで、ハイデガーは、道具は使い古され、使い減らされることにより、その「信頼性」を消失し、「退屈で押しつけがましい習慣性」を帯び、「いまやわずかにむきだしの有用性」だけが目立つようになると言う註11。つまり、道具からは、芸術作品の真理=闘争に見紛う真理=「信頼性」が、道具として用いられれば用いられるほど失われ、有用性と習慣性という形骸に堕する、ということだ。(ここでは、使い減らされつくしたゴッホの描く靴=道具の「信頼性」はあえて問わないことにしよう。)

 ところが、同い歳の極東に生まれ育った柳宗悦は、このハイデガーの議論を知ってか知らずでか(おそらく知らなかったであろう)、道具という存在に全く別の美(・・・・・)真理(・・)を、その直観の力で見出していた。

 

彼ら〔器たち〕は勤め働く身であるから、貧しく着、慎ましく暮している。しかしそこには満足が見える。彼らはいつも健やかに朝な夕なを迎えるではないか。顧みられない個所で、無造作に扱われながら、なおも無心に素朴に暮している。動じない美があるではないか。わずかの接触で(おのの)くほどの繊細さにも、心を誘う美しさがある。しかし強き打撃に、なおも動ぜぬ姿には、それにも増して驚くべき美しさが見える。しかもその美しさは日毎(ひごと)に加わるではないか。用いずば器は美しくならない。器は用いられて美しく、美しくなるが故に人は更にそれを用いる。註12

 

 道具は使い古されるほど、美を増す。用即美――民藝の有名なテーゼの一つである。ところで、この「美」はどこから持ち来されるのであろうか。それは「自然からの恩寵」である。

 

正しい工藝は天然の上に休む。ここに天然とは工藝が常に要求する資材の謂である。よき材料に依らずして、よき工藝の美はあり得ない。そうしてよき材料とは天然の与うる材料との義である。人は工藝において材料を選ぶというよりも、材料が工藝を選ぶとこそ云わねばならぬ。自然の守護を受けずして工藝の美はあり得ない。器は作るというよりもむしろ与えらるるというべきである。〔…〕美は人為の作業ではなく、自然からの恩寵である。註13

 

「自然への全き帰依」、「まかせてくれ、頼ってくれ」といつでも囁いている自然に任せ切った時、美しい器が自ずから生まれてくる。「創造は自然の働き」である。その「働き」を、無学の工人たちが無心に受け入れる時、器は自ずから成る。この、工人たちの無心=自然への帰依こそが、彼らの「全き自由」となる。

 

美は自然を征御する時にあるのではなく、自然に忠順なる時にあるのである。自然に自己を投げるとは、自然の自由に自己を活かす意である。創造はその結果であって、自己を自然の前に主張するからではない。自然の愛を受ける器を、美しき器と云うのである。註14

 

 民藝において、美・真理は、世界と大地、人間と自然との「闘争」に生起するのではない。人間は、工人は、その作業の果てしない反復により、無心・無我の境地に入る、すなわち人間としての世界の「開かれ」を限りなく減じていくことにより、素材へと、自然へと、大地へと心身を委ね、任せきり、合一していく。その合一の秘儀から、美が、真理が、器が、自ずから生み出されてくる。が、無心で無学で無自覚な工人たちは、己が手の内で、美が、真理が生まれていることに気づいていない。彼らは、生業(なりわい)だから、これをせずば明日の飯にありつけないがゆえに、毎日毎日、毎年毎年繰り返してきた作業をただ今日も繰り返しているにすぎない。では、誰が、彼らの無自覚に生み出す美・真理をそれとして見、認知するのか。それは(ハイデガーの作品を「見守る者」=哲学的思考をする者とはまた別な)“もう一人の”「見守る者」、(芸術作品ではなく)民藝の美・真理を、その「直観」で見抜き、それに感嘆しうる者、すなわち柳本人のような選ばれし目利きでなくてはならない。

 

純に見る事を「直観する」というが、直観はその文字が示す通り、見る眼と見られる物との間に仲介場を置かず、じかに見る事、直ちに見る事であるが、この簡単なことがなかなか出来ぬ。多くは色眼鏡をかけて見てしまう。あるいは概念の物指を出して計ったりする。ただ見ればよいのに、いろいろの考えを持出して見る。〔…〕眼と物との間に介在するものが在る。これでは直観にならぬ。直観は即今に見ることである。註15

 

 知的概念による思考、すなわち「哲学」的思考は、だから「直観」ではありえない。思考する限り、哲学する限り(芸術作品の美・真理は把捉できるかもしれないが)、民藝の美・真理は決して明かされない、体験されないであろう。「直観」は、概念・論理といった「色眼鏡」をいっさい断ち、(じか)に、(ただ)ちに、物を観じる=感じること、「見る眼と見られる物とが一つになる事」註16に他ならない。作る者=工人たちも、無心になり、自然と合一するが、見る者も「直観」により合一するのだ。

 柳が直観する民藝の美・真理、ハイデガーが思考する芸術作品の美・真理。はたして世には、二つの(・・・)美・真理が在るのだろうか。

 

美の宗教へ

 

 ところが柳は、晩年、さらに自らの民藝の美を超えるとも言いうる第三の美の境地、もはや「美」とすら言いえないかもしれない境地へと至りつく。例えば、柳の名文の中でも最も誉れ高い「美の法門」(柳がこれを講演した時、棟方志功が感動のあまり感涙にむせて柳に抱きついたという)を見てみよう註17

 柳は、これまで、民藝の美を、美術による人為の美(柳にとっての「醜」)や機械技術により粗製濫造される製品の「醜」に比して、称揚していた。しかし、そうした自らの思想・美学をも自己否定するかのように、「美醜の二相」は「仮相」であり、現世=二元の国の出来事であり、人間の造作にすぎないと断じる。「実相」は、美醜を超えた「一相」即ち「無相」であり、仏の国においては美醜の二相がない、とする。仏は、凡てのものを美しさで迎え、誰が何を作ろうと、本来は凡てが美しい、真の美しさは「無」である、とさえ言い及ぶ。浄土には、争う二がなく、美醜がなく、「凡ての者、凡ての物が救われている」。人が美しいものを作るのではなく、「仏自らが美しく作っている」。「美しさとは仏が仏に成ること」、と浄土の美を讃えるのである。

 「本来あるがままのものが美なのである。」はたしてこれは「美」なのだろうか。柳があれほど批判した「美術」や「機械技術」もまた、それが「あるがまま」なら、浄土の美たりうるのだろうか。柳は、真の他力門、例えば一遍の説いた念仏門は、信と不信によらず、不信な者も不信のままに往生すると言うが、同様に、「醜い」物も「醜い」ままにすでに「美しい」のであろうか、「仏の美しさ」を湛えているのであろうか。然り、と「美の法門」の柳は強く首肯する。

 しかし、これでは、翻ってみるに、現世=二元の国の現状、美醜を含めたあらゆる二元の争いを全面的に肯定することにならないか。美醜どころか、世界と大地との「闘争」、人間と自然との「戦争」、人間と人間との「戦争」すら、「あるがまま」ですでに「救われている」、往生している、ということにならないか。ここには、ある種の「宗教」の危険性(柳の場合は「美の宗教」)――念仏や(一遍の場合なら)踊躍念仏など、心身的かつ集団的な興奮の強拍・強迫的反復による超感覚的トランス=法悦の孕む危険性が潜んでいるのではないか。それとも、この法悦・法門の内に実は、柳が観じた「あるがまま」の美以外の可能性、私たちにGEIDOの未知の局面を開いてくれるかもしれない可能性が宿されているとでもいうのだろうか。

 

 

註1 「礼賛」に関しては、弟子筋に当たる水尾比呂志による浩瀚な『評伝 柳宗悦』(ちくま学芸文庫、2004年)を初めとして枚挙にいとまがないが、「批判」に関しては、最も辛辣な批判(むしろ罵詈雑言に近い)は北大路魯山人が自ら主宰した雑誌『星岡』に載せた「柳宗悦氏の民芸論をひやかすの記」など一連の文であろう。もっとも体系的な批判は、出川直樹『民芸 理論の崩壊と様式の誕生』(新潮社、1988年)に見られる。また、それらの批判をさらに批評的に論じたものとして、伊藤徹『柳宗悦 手としての人間』(平凡社選書、2003年)がある。

註2 柳宗悦「工藝の美」、『民藝四十年』、岩波文庫、1984年、105頁。

註3 柳宗悦「民藝の趣旨」、同書、165-166頁。

註4 同書、167頁。

註5 柳宗悦の思想とハイデガーの哲学の比較に関しては、伊藤徹『作ることの哲学』(世界思想社、2007年)から示唆を受けた。

註6 以上、ハイデガーからの引用は、マルティン・ハイデッガー『芸術作品の根源』(関口浩訳、平凡社ライブラリー、2008年)の74-87頁から。

註7 同書、111-112頁。

註8 同書、104頁。

註9 同書、42-46頁。

註10 マルティン・ハイデガー『技術とは何だろうか 三つの講演』、森一郎編訳、講談社、2019年、Kindle 版、位置No.1491-1492。

註11 『芸術作品の根源』、44-45頁。

註12 柳宗悦「雑器の美」、『民藝四十年』、84頁。

註13 柳宗悦『工芸の道』、青空文庫、2014年、Kindle 版、位置No.898-902。

註14 同書、位置No.973-975。

註15 柳宗悦「日本の眼」、『民藝四十年』、322頁。

註16 同所。

註17 柳宗悦「美の法門」、『民藝四十年』、262-285頁。

 

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著者略歴

  1. 熊倉敬聡

    1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学 ・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの 立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours

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