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植物考 藤原辰史

植物の舞踏——ブロースフェルトの『芸術と原形』に寄せて

ブロースフェルトの写真

 植物をじっと見ることが少なくなった。

 ホームセンターや街の花屋に並ぶ植物の葉や花や茎の細部まで、じっくり何度も見回して買うということは少ない。仮に花の可憐さや葉のかたちに見惚れるとしても、花びらの一枚一枚のテクスチュアとか、葉脈の流れとか、眼を近づけて鑑賞する人は、植物学者やそれらの自由研究をする子どもを除いてほとんどいないだろう。

 植物は、動物と異なり、細部まで見つめられることに対して、少なくとも表向きは拒否反応を示すことはない。だから、もっと存分に眺めていても良いはずなのだが、人間界は植物界に比べて圧倒的に忙しくなって、植物とはどんなものだったか、じっくりと考えることが少なくなったし、多くの人は、ヒマワリやチューリップのようなキャラクター的にエッジの効いた植物はまだしも、ヤグルマギクやキンモクセイを画用紙に描いてみろと言われても、すぐにスマートフォンに画像検索を依頼することになるだろう。

 小学生の頃はもう少し植物が近いところにいたかもしれない。帰り道に、家の生垣であるヒイラギモクセイの葉を勝手にむしりとって(すみませんでした)、そこらの蜘蛛の巣を葉っぱですくい、蜘蛛の巣の集合体のテカリにうっとりとしたあと、田んぼの用水路に灯籠流しのように浮かべる、という、いま考えると何が面白かったのかよくわからない遊びをしていたが、このトゲトゲの葉のかたちは攻撃的で、親指の腹でちくちくすると、ピリリと痛くて、気の弱い小学生だった私にはカッコよく見えていたように記憶している。

 何かの植物の葉を太陽の光に透かせて葉脈の形状に見惚れたり、タンポポを毟り取って流れてくる白い液を見つめたり、笹の葉を笹舟にして遊んだり、ツツジの花の蜜を吸ったり、ピーピー豆(カラスノエンドウ)で笛を作ったり、登校途中の近所の桑畑で桑の実を毟り取って食べたり(すみませんでした)、そんななかで、植物の体内に筋みたいなものが秘蔵されていることや、とろっとした液体が通っていることなどを知ったのだが、もうそんな遊びはしなくなった。

 カール・ブロースフェルト(1865-1932)が接写した植物の写真120枚もまた、そんな遊び心を観る者に感じさせる。これらを収めた『芸術の原形Urformen der Kunst』(1928年)[1]という写真集を、私はいま研究室で眺めている。これは、京都帝国大学工学部建築学科に1930年3月に所蔵された。図書の整理区分は「意匠」とあるので、建築や内装デザインの参考として購入されたのか、あるいは当時のドイツのモダニズム建築に関心がある研究者がいたのだろう。この写真集は、ヴァルター・ベンヤミンが高く評価したものとして有名で、私も気になっていたので京都大学図書館で探してみると、意外にもお隣の工学部建築学科の図書館に所蔵されていたので借りてきたのだった。もうすでに二回も借り直して、しゃぶり尽くしている。とにかく、見ていて飽きない。毎回発見がある。三倍や五倍や十五倍、もっとも大きくて三十倍のレンズで接写した植物のいろいろな部位の拡大は、かわいかったり、きりりとしていたり、ちょっとグロテスクだったり、感じ方もさまざまだろうが、何よりも植物を見ているのに、植物ではなくなるような錯覚にとらわれることが、この写真集の中毒性の原因であるように思われる。エッシャーのだまし絵の鑑賞の楽しみにもちょっと近いかもしれない。

 ブロースフェルトは、植物学者ではない。ベルリンの工芸美術館付属学校で教鞭をとっていた造形作家である。ヴァルター・ベンヤミン『図説 写真小史』(久保哲司訳、ちくま学芸文庫、1998年)や『ベンヤミン・コレクション5 思考のスペクトル』(浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、2010年)の解説やいくつかの人名辞典によれば、彼は、1865年、ドイツ中部、現在のザクセン=アンハルト州ハルツ地方にあるシーロという小さな町で生まれた。工芸鋳物の工場で働いていたが、一九歳のとき、奨学金を得てベルリンの学校で、モーリッツ・モイラーのもとで彫塑を学ぶ。彼は、写真の腕前を評価され、モイラーの「植物形態と芸術形態」の関係をめぐる研究を手伝い、イタリアでの調査研究にも従事した。1924年にベルリンに戻って、母校の後身である王立芸術学校で教授として彫塑(彫刻の原型となる塑像を作ること)を教え始めるのだが、そこで「生きた植物による彫塑」という講義を担当することになる。彼は、授業の教材として、植物の写真を撮り始めた。だが、1926年に雑誌で紹介されて以来大きな反響を呼び、ベルリンの画廊経営者のカール・ニーレンドルフによる展覧会に展示され、ついに1928年に『芸術の原形』が出版されたのである。イギリス、フランス、アメリカでも刊行された、という。

 当日の芸術の流れとしては、新即物主義Neue Sachlichkeitに位置づけられる。主観の羽ばたきを抑制し、グロテスクなまでに冷静で客観的に事物を見つめる芸術の態度である。非人間性に徹底するところから、建築でいえば、ブルーノ・タウトやミース・ファン・デア・ローエのような、余計な飾りを排したシンプルで機能的なデザインの作品が多い。私も、『ナチスのキッチン——「食べること」の環境史』(共和国、2016年)で、ブルーノ・タウトがシンプルな機能的台所を追求し、それに影響を受けたオーストリア初の女性建築家マルガレーテ・シュッテ=リホツキーがシステムキッチンを開発した経緯について論じたことがある。写真ではブロースフェルトの他に、アルベルト・レンガー=パッチュが有名であろう。レンガー=パッチュの『世界は美しいDie Welt ist Schön』(1928)にも植物の写真が収められているが、ブロースフェルトと同様に、硬質な印象で、植物の形態の面白さを抽出して、無機物の形態に参照できるような仕掛けになっている。

ベンヤミンの評価

『芸術の原形』を評価したヴァルター・ベンヤミンがどういう人物かについて語るのは、ちょっと野暮だろう。最近、岩波新書から読みやすい伝記が刊行された。柿木伸之は『ヴァルター・ベンヤミン』(2019年)のなかで、ベンヤミンの態度を、「歴史的な世界を覆う暴力を背負って歪められた生へ目を向け」る態度だと述べる。そうすることで「被造物の世界に潜む亀裂を捉える眼差しを手に入れた。時代の趨勢と器用に渡り合えなくなることと引き換えに」[2]。この不器用さが、ポイントだ。

 わたしが研究者を目指して勉強していたころ、周りの院生たちの多くが彼の本を読んでいた。わたしも影響されて読むようになった。最初は文章が難渋でついていけなかったが、読みつづけているうちに、産毛を撫でられるような繊細さと、どこまでも羽ばたいていけるような自由さを同時に感じられるようになった。自由とは、ものを考える自由だ。しかし、それは豪胆さとか、勇猛さとかではない。強い身体と強い精神を求められるプロイセン式の軍国主義に追い立てられる中で、それに自分を適応させることができず、足がワナワナ震えていても、鳥肌を隠せなくても、こんなふうに楽しく、しなやかに深く考える力を持てるのですね、と気の弱いわたしの肩の力が抜ける。ベンヤミンの文章に浸り、ベンヤミンの世界に浸っているときには励まされる。が、いざベンヤミンの用意した文の乗りものから降りて、自分で歩いて思考しようとすると、何かが邪魔をして、みるみるうちにスピードが落ちていく、という思いをする。そんな思考の乗りものから植物を眺めるとはどういうことか。

 1928年に『文学世界』という雑誌に発表された「花についての新刊」という書評のなかで、ベンヤミンは、やはりブロースフェルトの撮った植物に、強さや強固さよりも、弱さや動きやすさを見ている。柿木の言葉を借りれば、人間の暴力が向けられた植物の歪みや、植物の世界に潜む亀裂を見ている、とも言えるだろう。

 ベンヤミンによれば、ブロースフェルトの写真は、創造の原理を表しているという。「顕微鏡が私たちを荒っぽく暴力的にさらってゆきたがる国々を私たちになじみやすく」するのが、クレーやカンディンスキーの絵であるとするならば、ブロースフェルトの写真のなかで出会うのは、むしろ植物的な「様式形Stilformen」だという。「トクサのなかに最古の柱の形式が、十倍に拡大されたマロニエとカエデの若枝のなかにトーテムポールが登場し、そしてトリカブト(Eisenhut)の若枝は、天分に恵まれた踊り子の身体のように伸び広がる。どの萼、どの葉からも、内的な〈像の必然性〉が私たちに向かって跳んでくる」[3]。植物なのに、植物以外のものと似ていることに気づく。つまり、植物の拡大写真は、「創造的なものの最も深い、最も究めがたい形のひとつ」に触れる。この場合、「形」というのは、さまざまなものが変形する以前のプロトタイプのようなものだ。ベンヤミンはこんなことを言っている。

 この形を、大胆な推測をもって、女性的で植物的な生原理それ自身、と呼ぶことが許されてほしいものだ。この異形は、譲歩であり、賛同であり、しなやかなものであり、終わりを知らぬものであり、利口なものであり、偏在するものである[4]

 この場合、異形とはVarianteで、原形をずらしたり、改変したり、変形したりしたもののことである。自然のものとしてこの世に存在する植物の形に、人間の作ったトーテムポールや、建造物の柱や、踊り子の動きを見ることができるのは、植物の「創造」の原理が、超越者の「発明」ではなく、何らかの真似や譲歩や賛同を通じて「変化」していくという中心なき移ろいのようなものだからである、とベンヤミンは考えているようだ。ベンヤミンが、この植物の原理を女性的だということを許してほしいと述べ、それに「発明」を対置させているのは興味深い。つまり、この世に存在しないものを出現させる「発明」というあり方は、男性的なものだ、というのである。顕微鏡のように強引に別世界に連れて行かれ(植物が科学的に分析され)るのではなく、自分の視覚の小さな変化として鑑賞できる植物体の形態が、これほどまでに視覚世界を変えてくれることを、ベンヤミンは重視している。いうまでもなく、ベンヤミンはこの「女性的」な世界に魅力を感じている。

 このようなまなざしは、人間や動物の下位として扱われて狭い領域に押し込められてきた植物、あるいは、植物的なものの即物的な姿を隙間から覗くことで、逆に、人間世界の優位性を問いなおすものである。

建築物としての植物

 ベンヤミンであれば、もっとさまざまなことがブロースフェルトの写真から言えたのではないかと私は思うが、おそらく紙幅の関係でやや性急にまとめざるをえなかったように思える。そこで、今度はブロースフェルトの写真に即して見ていきたい。

 第一に、植物は建築物であるということ。印刷された紙面のテクスチュアのおかげもあって、金属や陶器の触感をもった植物を表現している。場合によってはマンハッタンのビルのようにも見えるかもしれない。

 

 しかし、重要なのは、たんなる建築物ではないということである。たとえば、トクサの十二倍の拡大写真を見てみよう。規則正しく並んだマッチ棒のような筋は、植物の体を支える鎧のようでもあるが、他方で、焼き菓子のような柔らかさや香ばしさをも表しているように見える(のは私の煩悩のせいなのかもしれないが)。本連載では、植物は建物であると述べてきたが、ブロースフェルトの写真はまさに植物の形態にすでに建物の形態が隠れ潜んでいるのみならず、建物が植物と未分化だった頃の歯応えのようなものを感じさせる。建物の可食性と言えるかもしれない。人間の文明が打ち立てた建物は、石やコンクリートを用いた堅牢性を誇るのだが、それは何かに変身しそうになったり、食べられそうになったり、香りが漂ってきそうだったりする変形を期待しづらい。少なくとも想像しづらい。グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」に登場するお菓子の家は、おそらく、多くの子どもたちにはまだ刻まれているかもしれない、可食建築の像を無意識に写し出している。乳児はなんでも口に入れる。積み木を与えても、まず口に入れて、その感触を確かめて遊ぶ。それと同じように、建物を口に入れて、そこに住めるのか、それが食べられるのか、という問いを立てることは、現代社会ではありえない。ありえないけれども、ブロースフェルトの写真は、読者が幼少期だった頃の舌の感覚を、電流を流して覚醒させるようなものなのかもしれない。

彫刻作品としての植物

 第二に、彫刻物であるということ。写真集のタイトルが「芸術の原形」であるように、写真には芸術作品と見まがうばかりのフォルムがこれでもかというほどに登場する。とくに、ブロースフェルト自身が彫刻家でもあることも関係しているだろうが、彫刻作品を思い起こす。ベンヤミンが「トーテムポール」だと言ったカエデの十倍拡大写真を見てみよう。

  

 トーテムポールとは、ある血縁集団と特別な関係にある動植物や自然現象を柱に彫刻したものである。独立して建てられたり、家の柱に使用されたりする。卓抜な比喩だと言えよう。

 このカエデの枝には、ハート型に刻まれた、異形の人間あるいはカエルの顔のようなものを見てとることができる。また、植物に刻まれたシワは、タイトなリズムを打っていて、彫刻刀で削ったあとのような感覚が残る。どのカエデの枝もたしかにトーテムポールのようであり、シンメトリーで、松明のようでもあり、魔法使いの杖のようでもある。枝のシワは、伸び縮みしそうなバネのようであり、ネジのようでもある。

  

 この写真は、ドイツトウヒの針葉が落ちたあとの若い細枝である。十倍に拡大したものだ。これも針のような葉が自然に落ちたあとに見られるカサカサした突起が、まるで無数の杭を打たれた上に出来上がった宮殿のような姿に見える。これも、落葉という自然現象による彫刻である。

 芸術作品はいつから「作る」ものになったのだろう。「削る」ものではなくて。彫刻という芸術は、原則として、素材を増幅させるのではなく、素材の量を削っていく。ついでにいえば、文章を書くという作業も削る作業である。ひととおりできあがった文章の塊から贅肉を削ぎ落とす作業は、文章作成のなかで重要な作業である。料理もまた、植物や動物を、刃物を使って削り落として、形を整える作業だといえる。作ると思っているものは、実は削っているにすぎない、という発想の転換を、この彫刻のようなカエデの枝から感じることができる。

 これらの写真を鑑賞しながら真っ先に思い出すのは、アイヌの人たちの熊の木彫りに魅せられて彫刻の道に入った瀧口政満である[5]。瀧口のフクロウや少女の木彫りは、素材である樹木に対しての信頼が厚く、また、敬愛の度合いが強く、もっといえば、その樹木が辿ってきた生のなかで、北海道の厳しい風や雨や雪によってすでに削られてきたことを知っているために、必要最低限の刀しか入っていないような気がする。あたかも、瀧口が、樹木自身が優れた彫刻家であることを知っているかのように。仏師は木の中に仏を見ることができるが、それは木それ自体が持つ彫刻能力を引き出すかどうか、ということではないだろうか。ブロースフェルトも、カエデの枝に刃をいれていない。ただ、カメラのファインダーによって、カエデの一部を彫刻しているにすぎない。ベンヤミンのいう「発明」ではない。つまり、作為ではない。そう考えると、写真芸術も彫刻の一種であると言っても言い過ぎではないだろう。

踊りとしての植物

 第三に、植物が踊っているということ。すでに引用したように、ベンヤミンは、ブロースフェルトの撮った植物の形態に踊り子を見ているが、わたしが何よりも強くこの写真集に、とくにその後半に感じたのも、やはり踊りであった。

 上の写真は、ベンヤミンは『写真小史』でも「花についての新刊」でも取り上げていないが、ヤグルマギクの茎の先端についた種子の集まりを五倍に拡大して撮ったものである。ヤグルマギクは鮮やかな青や赤の色の花をつける野草であるが、モノクロに制限されると、途端に、この写真がミステリアスな像に見えてくる。植物の上方に目を移していくと、片手を上げてポーズを決めるダンサーたちの群舞の形態が浮かび上がってくる。しかも、その片手の上げ方は、横断歩道で手を上げるような形態ではなくて、スッと腕を伸ばしたバレエダンサーのようにシルエットが優美である。ダンサーは、厳しい練習の末に、ようやく人間を脱してヤグルマギクになれるのだ、と言っても過言ではない、そんな興味深い写真である。

 

 この写真は、トウワタの散形花序の写真である。これも、白い衣装に身を包んだバレエダンサーたちの輪舞を俯瞰図で写しとったようにも見える。どちらもすぐに動きそうだ。

 群舞だけではない。

 この写真はヒエンソウ、ドイツ語では「騎士の拍車」と呼ばれているが、その乾燥させた葉を写したものである。このカールした葉は、教会などの飾り窓や、壁紙の図案などに利用できそうであるが、指、首、手、足、腰などの曲がる関節を艶やかに捻らせたひとりの人間の踊りのようにも見える。

 舞踊とは何か。踊り手の手さばき、足さばき、腰のくねり。それは、機械の直線的な運動とは違った曲線的な動きをリズムに合わせて見せるもの。ブロースフェルトの即物的な写真の少なからぬものにリズムを直接感じさせるものがある。植物が律動しそうな瞬間を撮ったような写真である。

 私たちは、ダンスというと、真っ先に人間を、次に動物、たとえばミツバチの求愛ダンスを思い出す。しかし、植物がダンスをしてもおかしくない。ステファノ・マンクーゾが紹介するような定点カメラで撮った鉢植えの植物は、早送りをすると、移ろう日光を求めて妖艶なダンスをしているように映る。しかも、瑞々しい花びらだけではない。枯れかけた葉、花の時代を終えた植物が有する「しな」は、たとえようがないほど絶妙なカーブを描いている。若いエネルギーも、熟し枯れた美もどちらも表現できるのが、植物の様式である。

『芸術の原形』が教える植物論

 この写真集の解説を書いている画廊経営者のカール・ニーレンドルフは、この本がもたらすインパクトを芸術との関係から論じている。

 芸術の諸作品を自然から区別するのは、創造的行為の結果である。これは、独自に造り出された形の刻印であり、新たに生み出されたものである。何かを象って作られたもの、あるいは繰り返されたものではない。芸術はその時代の最も現在的な力の流れから直接湧き出てくる。時代の最も明白な表現が芸術である。一本の草の茎の無時間性は、あらゆる生の永遠なる根源法則の象徴として、記念碑的な、尊敬に値するものと見えるが、芸術作品は、まさにその一回性によって、人の心を揺さぶる作用を持つ[6]

 人間の行為と植物の摂理との違いをかなりはっきりと線引きしている。しかし、この写真集は、人間と植物の境界を曖昧にしていることこそ、評価されるべきではないか。これらの写真は、植物の永遠性ではなく、植物の腐敗、剥落、変形、そういった移ろいやすさを示しているのではなかったか。人間も、植物のように、偶発的な出来事に影響を受けて、作品を作らされているのではなかったのか。ブロースフェルトは、人間と植物の境界を曖昧にした上で、形態を対比させ、符号させることに成功したのではなかったのか。

 制作や発明ではなく、ヴァリエーションの絶え間ない変転として、植物の生成を描いたベンヤミンは、しかし、「ではいったい植物とは何か」という問いには向かう必要はなかった。もちろん主題ではないからだ。ブロースフェルトは、さまざまな彫塑やデザインを植物から学ぶために撮影した写真に、植物の深淵を覗くような隙間がパックリと開いていたことを、作品として提示できている。それは、ベンヤミンの言うように、強くて、はっきりとしている世界ではなく、どんなものでも何か別の形態にスライドできる、という、自己同一性を押し付けられない世界だった。つまり、種や性やヒエラルキーによって釘付けされるのではなく、類似性によってそれらの縛りから解き放たれる可能性を植物は他の生物よりもいっそうシンプルに有しているということである。そんな植物主義的世界観が、ブロースフェルトの写真とベンヤミンの文章から垣間見ることができる。

 私のような、植物を研究する自然科学者ではない人間にとって、植物の拡大写真は、食べられそうな建築物であり、刀を用いない彫刻作品であり、妖艶な踊り手のように見えた。人間が登場するはるか以前から存在していた植物たちは、人間が地球上に出現しなくとも、みずからを建造し、みずからを彫刻し、みずからを踊らせていたことは間違いない。いや、それは人間中心的観察に過ぎるかもしれない。「建造する」という人間の行為のはるか手前にあった「根を張る」という現象、「削る」という人間の重要な文化行為のはるか手前にあった「削られていく」という現象、「踊る」という人間の共同体と神を結ぶ行為のはるか以前に存在した「うねる」という現象は、植物に宿ってきたのである。

 人間の創造と発明の力などいかほどであろう、とブロースフェルトの写真は語っている。逆にいえば、人間がある程度まで何かの術を極めたときに、ようやく、植物の振動と共振することができるとも言えるのである。

 

[1]Karl Blossfeldt, Urformen der Kunst, Verlag Ernst Wasmuth A. G., Berlin, o. j. [1928].

[2]柿木伸之『ヴァルター・ベンヤミン——闇を歩く批評』岩波新書、2019年、7頁。

[3]『ベンヤミン・コレクション5 思考のスペクトル』浅井健二郎編訳、土合文夫・久保哲司・岡本和子訳、ちくま学芸文庫、2010年、570頁。

[4]同上。

[5]以前、作品集を書評したことがある。『読売新聞』2019年6月19日朝刊。

[6]ヴァルター・ベンヤミン『図説 写真小史』久保哲司訳、ちくま学芸文庫、1998年、121頁。

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著者略歴

  1. 藤原辰史

    1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史、食の思想史。2006年『ナチス・ドイツの有機農業』で日本ドイツ学会奨励賞、2013年『ナチスのキッチン』で河合隼雄学芸賞、2019年日本学術振興会賞、同年『給食の歴史』で辻静雄食文化賞、『分解の哲学』でサントリー学芸賞を受賞。『カブラの冬』『稲の大東亜共栄圏』『食べること考えること』『トラクターの世界史』『食べるとはどういうことか』ほか著書多数。


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