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〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史 畑中三応子

空前絶後の粗食ブーム

 フランス料理にイタ飯、エスニック料理に無国籍料理、香港点心に台湾小皿料理、スーパー・プレミアム・アイスクリームにティラミス……。1980年初頭からバブルが弾けるまで、外来のファッションフードが怒濤のように流行を繰り返した。70年代までは欧米からやって来るものが大半だったが、80年代はアジア料理の台頭がいちじるしく、食の国際化がますます進んだ。いまでは国民食のひとつになった焼肉とキムチが一般に浸透したのも、80年代だった。
 その反動か、あるいは外来ものに飽きてきたのか、バブル崩壊後もバブリーな消費ムードは続いたが、牛肉輸入自由化でステーキよりもしゃぶしゃぶ食べ放題が人気だったように、ファッションフードが急に内向きになってきて、在来の食べ物ブームが頻発するようになった。

食生活のメイド・イン・ジャパン回帰思想あらわる

 1993年から翌年にかけての米騒動で、国産米への愛が急激に高まったことは前回書いた。その気分がまだまだ継続中の95年、強力な食の伝統回帰思想が登場した。「粗食」である。
 粗食の意味は「粗末な食事をすること。また、その食事」(広辞苑)である。その響きからは、いかにも不況らしい流行現象に思えるが、ちょっと違う。粗食の前にもご当地ラーメンや蕎麦、コロッケなど、昔からある食べ物の焼き直しブームが続いていたが、しゃぶしゃぶもそうだったように、新しさはないものの、軽くて明るいファッションフードだった。それに対し、粗食は健康長寿法としてカルト的な人気を集めたのである。
 ブームのきっかけになったのは、95年7月に刊行された『粗食のすすめ』。飽食をやめ、粗食にかえれば、病気が治って健康になり、スマートな体型になって長生きができると説き、堂々140万部のベストセラーになった健康本である。
 序章から、粗食のキモになる部分を引用してみよう。
「近年、日本人の米の消費量は急速に減少している。それに伴い、減反政策(生産調整)が行われてきたことも止むをえないのかもしれない。
 だが、米の消費量が減り、『豊かな食生活』になって、日本人は健康になったのだろうか。
 その答えは、生まれたときから『豊かな食生活』で育ったこどもたちを見れば分かるはずだ。アトピー性皮膚炎の急増、虫歯の急増、歯並びのまともな子どもを探すのは難しい状況になっている。とくに、アトピー性皮膚炎の問題は、もはや子どもの健康問題から社会問題になりつつある。
 まさに、ご飯を食べなくなり、肉や食肉加工品、牛乳、乳製品、砂糖類などが増え過ぎた結果なのである。しかも、それらの畜産物や油脂類を食べるために。大量の穀物を輸入し、世界の食糧事情に大きな影響を与える結果になっている。世界の飢えと無縁ではない。
 はたして、それが本当に豊かな食生活なのだろうか。そろそろ、冷静に[食の問題]を考え直す時期ではないのだろうか。
 今こそ、『粗食』に帰るべきなのである。『粗食』とは『貧しい食生活』という意味ではない。日本という自然の豊かな風土の中から生まれてきた素晴らしい食生活--「素食」を見直すことなのである」

欧米食の否定と伝統食の礼賛

 戦前までの日本人は、総カロリーの大部分を主食から摂り、おかずは塩辛い漬物や佃煮などが中心に、量は少なかった。炭水化物に偏った食習慣と、塩分の摂りすぎによる脳溢血や胃病が多く、平均寿命は男女とも40代と短命だった。
 戦後まもなくはじまった栄養改善運動で食の洋風化が推進され、たんぱく質と脂質の摂取量が増えて炭水化物の比率が減ったわけだが、その欧米食こそが日本人の健康をむしばんだ犯人なのだと、『粗食のすすめ』は力説する。
 成人病の急増、アレルギー疾患の蔓延、若い女性の貧血や冷え性、便秘……ほとんどの病気と体調不良は肉や乳製品など、洋風食品過多の食生活が原因で起こる。戦後の栄養改善運動は、完全な間違い。欧米の食生活が理想という、ずっと信じ込んでいた「錯覚」から抜け出して、日本の風土に合った食を見直そう。そう主張した。
 欧米食がどれほど日本人の体に合わないかをいやというほど説明し、伝統食の素晴らしさを礼賛する。凶作で米に対する意識が高まっていた時期だけに、日本人の米離れが世界の食糧問題に直結しているとの指摘にも説得力があり、肉や脂肪の摂りすぎに、なんとなく疑問や不安を感じていた人たちは、「やっぱりそうだったのか」と納得させられた。
 そもそも、食に意識が高い人たちは、このタイプの反近代的な文明批判や、自然や風土の崇拝思想に、胸がキュンとしやすいのである。
 成人病が「生活習慣病」に呼び名が変わったのが1996年だから、タイミングもよかった。昔は「老人病」と呼ばれ、加齢によって避けられない病気と考えられていた糖尿病、高血圧症、脳溢血、がんなどが、年齢に関係なく、不適切な食事や喫煙、飲酒、運動不足で発症し、生活習慣を正せば予防できるという自己責任論を突きつけたのが、この名前だったからだ。
 以降、『粗食のすすめレシピ集』『美しい人をつくる「粗食」生活』『「粗食」は生きること』『プチ粗食のすすめ』『外でも粗食』『粗食で生き返る』『病気にならない夜9時からの粗食ごはん』……と、粗食本が続々と発売されて、なんと累計300万部だそうだ。ブームは長く続き、著者の管理栄養士・幕内秀夫は“粗食のカリスマ”となって、いまも旺盛な活動を続けている。

カタカナ食品追放のすすめ

 具体的にいうと、パン、牛乳、乳製品、油脂類、砂糖、肉類、食肉加工品は極力控えて、主食の玄米(または未精製の米か雑穀)を漬物、味噌汁と一緒にたっぷり、おかずは季節の野菜を主に、魚を少しだけ。味噌、漬物、納豆などの発酵食品を、毎日欠かさないよう心がける。主食が5、野菜・海草・イモが3、豆・種実(ごま、クルミなど)が1、動物性食品は魚介類をメインにときどき卵で1の割合が目安だ。
 実は、粗食は明治時代に石塚左玄が提唱した食養のリバイバルで、玄米菜食がベースになっている。ただ、同じく食養の子孫であるマクロビオティックが、原則的に動物性食品をすべて禁じているのに対し、ルールがゆるくてとっつきやすい。魚と卵は食べてよいし、肉や乳製品も厳格に禁止するのではなく、多食で起こる病気の実例を解説して、「だからなるべく減らしましょう」。高圧的な「いけない」ではなく、あくまでおだやかな「すすめ」なところがミソだ。
 玄米菜食は歴史的にみると食養生や民間療法の主流で、粗食とマクロビオティック以外にも、いろいろな流派がある。けっして目新しい健康法ではないが、粗食という虚をつくネーミングに、いまだかつてないインパクトがあった。
 主食ばっかり食べていた昔は栄養失調が蔓延していたではないかと、突っこみを入れたくなるが、「石炭ストーブにたとえるなら、戦後の栄養失調は石炭が不足して燃えない状態。現在は燃料をたくさん入れてあるものの、うまく燃えずに不完全燃焼を起こしている現代型栄養失調の状態」等々、なんとなく納得させられるレトリックにも長けていた。
 また、「FOODは風土が決める」「外食イコール害食に注意」と、まるでコピーライターのごとく、言葉づかいが絶妙だった。最近も「情報過食症の時代」という表現を見つけ、思わず膝を打ってしまった。
 粗食のかんたんな実践法に、「カタカナ食品」から「ひらがな食品」への転換がある。これもキャッチーなすすめだが、「パン→ご飯」「ラーメン→そば」「スパゲッティ→うどん」「サラダ→おひたし」「ピザ→お好み焼き」「ケーキ→まんじゅう」あたりは、油脂分を控えるという意味でわかるが、「カレーライス→ざるそば」は根拠が不明。「ピラフ→焼き飯」「オレンジ→みかん」「ブランデー→焼酎」となると栄養的な違いはなく、ほとんど戦時中の敵性語禁止だ。と、突っこみどころは多々あるが、おやじギャグ寸前のおもしろさで読ませてしまう。

お米は1日3合、1年164キロ食べましょう

 欧米食によって歪められた現代人の健康を救うべく現れた粗食は、戦後最初で最大の和食ブームといってよいだろう。「和食はヘルシー」というイメージを、風土と伝統を盾に強化し、「粗食は体にいい」をなかば常識にしてしまったのだから、単品のブームとはスケールが違う。平成には、納豆、ゴマ、豆乳、寒天と、多数の健康食品がブームになったが、そのなかでも粗食は群を抜き、息も長かった。
 とはいえ、やっぱり米の消費量は増えなかった。レシピ集を見ると、米の分量は3食それぞれ1合ずつ、1日3合のご飯を食べることになっている。3合は約450グラムだから、1年で約164キロの計算になる。戦後ピークの1人当たり118.3キロをはるかにしのぐ数字だ。粗食メニューはすべて国産の材料でまかなえるので、実践すれば確実に食料自給率は上がる。でも、そんな大量の米、とても食べられない。
 一方、日本人のたんぱく質摂取量とエネルギー摂取量は、本当に90年中盤から下降していった。とくに動物性たんぱく質摂取量は、バブル期にぐんと伸び、95年を境に右肩下がりになっている。粗食の流行だけが原因ではなく、ダイエット志向や運動量の低下など、さまざまな因子が関わっているのかもしれないが、アルブミン(血液中でもっとも重要なたんぱく質のひとつ)が低下する「新型栄養失調」が高齢者だけでなく、若い世代にも増えていることが問題視されるようになった。

病的なまでの健康志向の高まり

 高齢者は、たんぱく質不足による低栄養化で骨と筋肉が弱くなって骨折や転倒が増え、寝たきりになるリスクが高まる。アルブミンが多いほど、老化速度が遅くなり、病気にかかりにくくなるそうだ。つまり、健康寿命が伸び、元気で長生きできる。
 2010年代に入ると、年をとったら若いとき以上に動物性たんぱく質を摂取しましょうという栄養指導が官民で積極的に行われ、摂取量は多少盛り返した。また、13年前後から、今度は炭水化物の摂取を控える糖質制限が流行し、それと連動して“空前”といわれる肉ブームが起こり、いまも続いている。
 動物性たんぱく質と脂肪がいくらでも食べられる糖質制限は、粗食とは真逆の健康法だ。いまや形勢不利となった粗食だが、それでも今日の和食や発酵食品のブームは、粗食との連続性があり、「和食が体にいい」と信じている人はまだまだ多い。これから求められるのは、その科学的根拠の検証だろう。それにしても、粗食にせよ糖質制限にせよ、極端な健康法が寄せては返した平成は、病的なまでに健康志向が高まった時代だった。

逆輸入されたマクロビオティック

 ところで、マクロビオティックは日本より先に、アメリカで定着した。50年代のビート・ジェネレーション、60年代のヒッピー・ムーブメントで、禅やヨガなどの東洋思想に傾倒した都市部の若者たちに浸透し、健康長寿食として全米に信奉者を増やした。「玄米を食べるとハイになる」という噂が広まったこともあるそうだ。実際、高カロリーな肉食生活の人がいきなり低カロリーの菜食に切り替えたら、心も体も清くなったような霊的体験を得られるのかもしれない。マクロビオティックは、“メンタル・ディシプリン(精神修養)”のひとつでもあった。
 創始者の桜沢如一は、戦前に食養会の会長をつとめたが、独自の思想を打ち出しすぎたため幹部の反発を買い、追い出されるかたちで脱会。戦中は反戦運動に没頭し、戦後も世界政府協会を設立したり、世界連邦建設運動に参加して日本本部を自分の私塾に置いたりした。しばらくしてマクロビオティックの語を使うようになり、ジョージ・オーサワと名のって海外での食養普及に傾注した。マクロは大きい、バイオは生命、ティックは術・学の意、マクロビオティックは訳すと「長生き術」になる。
 桜沢独自の思想とは、宇宙のすべての事象が陰陽から成っているとする「無双原理」で、マクロビオティックでは陰の食べ物と陽の食べ物の調和が重要視される。桜沢は世界平和と人類の幸福の実現を目的に、食事法を基盤に無双原理を海外に広めようとしたようだ。
 1977年の「合衆国の栄養目標(マクガバンレポート)」を主導したジョージ・マクガバン上院議員は、マクロビオティックの理論に興味を持っていたという説がある。マクロビオティックを通して、「日本食はヘルシー」というイメージがアメリカで形成されたという説もある。
 真偽はわからないが、全米200万人といわれる実践者にはマドンナをはじめ、トム・クルーズ、グウィネス・パルトロー、クリントン元大統領、ゴア元副大統領、故スティーブ・ジョブズなど、各界の著名人が名を連ねる。海外のセレブが愛好する美容と健康のためのダイエット食として逆輸入され、2004年前後からブームになった。「マクロビ」の愛称もできて、小難しい理論は省略して動物性の食材も取り入れた「ゆるマクロビ」「プチマクロビ」系のレシピ本も人気がある。

アメリカのセレブが選んだヘルシーフード

 マクロビがブームになるまで、在来のマクロビオティックは、どこかうさんくさかった。宇宙の真理だの陰陽の調和だのと説かれると、ほとんどカルトか神秘主義。玄米菜食を「正食」、それ以外を「邪食」と呼ぶなど、排他性も強かった。
 それが、アメリカで流行しているとわかると、突如として市民権を得た。セレブに選ばれたナチュラル・ヘルシーフードが、日本生まれだったことは、プライドを大いにくすぐった。まったく日本人は、海外での評価に弱い。国内マクロビオティック組も、ブーム以降は俄然メジャーになったように見える。
 実は、耳慣れた「自然食」「自然食品」は、桜沢の門下生の造語である。1971年に「塩業近代化臨時措置法」が成立して塩田が全面廃止となり、日本の塩が工場大量生産の専売塩オンリーになってから、政府に働きかけて伝統製法を認可(赤穂の天塩、伯方の塩、海の精など)させたのも、同じく桜沢門下生だった。マクロビオティックは、気づかないうちに生活のなかに入りこんでいる。
 無双原理をはずしてしまえば、身土不二――その土地でとれたものを食べる、一物全体――食材はあますところなく全部食べる、穀菜食――穀物と野菜を中心に食べるなど、マクロビオティックは、昔はごくごく当たり前だった粗末な庶民食だ。日本の食が多くのものを捨て去ってしまったから、そんな復古調の食事がもてはやされるのである。栄養的な目標にしたアメリカで、純メイド・イン・ジャパンのマクロビオティックが高く評価されたのは、皮肉なことだった。
 現在、温暖化を阻止するためには、肉食を減らすことが有効だと考えられるようになった。これからの健康食は、栄養論争だけではすまされず、多様な視点が必要だ。個人の健康は大切だが、同時に地球の健康にも役に立つ食事を考えるべき段階なのである。

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著者略歴

  1. 畑中三応子

    1958年生まれ。編集者・ライター。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。『シェフ・シリーズ』と『暮らしの設計』(ともに中央公論新社)編集長を経て、プロ向けの専門技術書から超初心者向けのレシピブックまで幅広く料理本を手がけるかたわら、近現代の流行食を研究・執筆。著書に『カリスマフード――肉・乳・米と日本人』(春秋社)、『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(ベスト新書)、『ミュージアム・レストランガイド』(朝日新聞出版)、「七福神巡り――東京ご利益散歩」(平凡社)、『おやじレシピ』(オフィスSNOW名義、平凡社)、共著に『東京バスの旅』(文春新書)がある。第3回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)受賞。

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