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人と鳥の文化誌 細川博昭

鳥の命名法と、名が確定するまでの道筋

 

1 鳥の命名には世界に共通するパターンがある

 

◆国や言語を超えた名づけの方法

 いにしえより、鳥の名は、姿や色、行動や習性、鳴き声などからつけられてきた。
 一部には、名の定着が古代にまで遡るため、由来がよくわからないものもあるが、歴史時代になり、認知の広がりとともに名づけが行われたものが圧倒的多数であるため、由来不明のものは全体から見ると少数である。

 鳥には嘴があり、羽毛があり、翼がある。そして、そのほとんどが空を飛ぶ。
 この基本から外れるものは少ないため、鳥はだれが見ても「鳥」に見える。翼が退化して飛ばなくなった鳥はいるが、嘴をなくした鳥も、すべての羽毛を失った鳥もいない。鳥に進化して以降、その形質はずっと維持され続けている。

 このように鳥は、姿や、また体格の点でも、哺乳類など、ほかの脊椎動物と比べて「バリエーションの幅」が狭い。祖先の恐竜と比べても、「きまった形」をしている。
 それゆえ、だれが見ても鳥は「鳥」と認識されるわけだが、そのせいで、見慣れていないと鳥の種の見分けはかなり難しい。大きな鳥はまだいいが、小型のさえずる鳥はみなただ「小鳥」と認識されて、目にした鳥の名称をほとんど覚えることなく一生を終える人間も多い。

 こうした背景をもった存在であることもあって、鳥の名称はほかの動物に比べてシンプルなものとなっている。よほど変わった姿や習性がないと、特別な名前はつけられないからだ。

 

◆おなじような道筋で名づけられたからこその利点も

  だが、そんな存在ゆえのメリットもないわけではない。
 世界の人々は、身のまわりの鳥たちをおなじような目で見つめ、おなじようなやり方で名づけてきた。それは裏を返せば、日本において日本の鳥や海外の鳥にどんな名前がどのような流れの中でつけられ、定着したのかを知ることで、他国・異言語での鳥の命名のパターンについても合わせて知ることができる、ということにほかならないからだ。
 鳥を理解するうえでそれは、とても有利なこととなる。

 また、それは同時に、特殊な習性や行動をもとに、ある国でつけられた名称をその意味のままに日本語に翻訳してしまえば、そのまま日本語化できるということでもある。
 例えば、北アメリカ南部の乾燥地帯に「Greater Roadrunner」という地上暮らしの鳥がいる。カッコウやホトトギスとおなじカッコウ科の鳥だが、森には暮らさず、托卵もしない。地上で餌を捕り、時速40kmに迫る速度で地面を勢いよく駆け抜ける。アニメのキャラクターになるほど、地元では有名な鳥だ。
 だから、英名は Roadrunner(ロードランナー)。
 日本名もそのまま「オオミチバシリ(大道走)」となった。

 羽毛色や、纏う羽毛の優美さから名がついた鳥も世界中にいる。
 例えば日本には、「オオルリ(大瑠璃)」や「コルリ(小瑠璃)」、「ルリビタキ(瑠璃鶲)」といった名の鳥がいる。濃い青、瑠璃色の美しい羽毛をもつため、その名前で呼ばれるようになった。
 新緑を「青葉」と呼ぶなど、緑色を「あお」と表現してきた日本においては、鮮やかな青をちがう言葉で表現する必要があった。それゆえの「瑠璃」でもあった。
 ちなみに、アオゲラ、アオジ、アオバトなどは、すべて緑系の羽毛をもった鳥である。例外はアオサギで、こちらは「青」というより「蒼」のイメージからきている。もともと中国でこの鳥を「蒼鷺」と呼んでいたことに由来するとされる。英名は「Grey Heron」、こちらの意味は見た目通りの「灰色のサギ」となる。
 なお、海外の鳥の日本語名では、青は「アオ」であることが多い。アオカケス、アオアズマヤドリ、アオフウチョウなどの名から、それを確認することができる。

 メキシコ南部からパナマにかけて生息する、鮮やかな金属光沢の緑と赤の羽毛をもった、尾の長い「ケツァール」という鳥の名は、この地に豊かな文明をもって暮らしていたアステカの人々の言葉(ナワトル語)で「大きく輝いた尾羽」という意味をもつ。これもまた、特徴のある羽毛とその色が名の由来になった例だ。
 「世界一美しい鳥」ともいわれるケツァール(別名カザリキヌバネドリ(飾絹羽鳥))は中米でも特定の地域にしか棲まず、また一見派手な羽毛がジャングルの中では見事な保護色となるため、地元の民であっても、その美しい姿を目にするのはきわめて稀だ。そんな神秘性もあって、アステカが栄えた時代において、神ケツァルコアトルの遣いとされた。

 

ケツァール (写真提供:神吉晃子)

 こんなかたちで、それぞれの地、それぞれの言語で、身近な鳥、歴史に接点のあった鳥から順に、名前がつけられていった。

 

◆おなじ言葉が違う鳥を指す場合もある

 国境が接していたり、海峡で隔てられていてもおなじ文化圏にあるなど、歴史的な結びつきが深い国どうしでは、特定の鳥に関して、古くから認識が近いことも多く、完全に一致するケースもあった。

 例えば日本と中国の両方にいて、古い時代から中国語の詩歌などに取り上げられてきた鳥や、教訓・ことわざなどにも残る鳥の情報は、学問や文化とともに日本にも伝わって、名称や漢字名が引き継がれることとなった。
 鴛鴦、翡翠、燕、鴬などの漢字を、中国から名が伝わった例として挙げることができる。先ほどのアオサギも、そうしたもののひとつといえる。

 ただし、呼び名や漢字が伝わる際、その名が意味する対象が別の鳥に変わってしまったケースもある。その代表例が、「ウグイス(鴬)」だ。
 多くの漢詩に詠まれ、日本人も学生時代を中心にその名に触れる機会の多い鳥だが、漢詩の中の「鴬」は、中国や朝鮮半島をはじめ、東アジアから南アジアに広く分布する黄色い羽毛の「コウライウグイス(高麗鶯)」で、日本のウグイスとは異なる。日本にはまれに飛来するが、事実上、日本にはいない種である。
 ゆえに、漢詩に触れて日本のウグイスを想像すると、もとの詩のイメージを損なうことになる。

コウライウグイス

 

 日本、朝鮮半島、中国南部、ロシア東部の沿海部などで見られるカモの仲間のオシドリは、中国で古くから好まれ、飼育されてきた鳥でもあった。
 もともと中国での漢字名「鴛鴦」の「鴛」はオスのオシドリ、「鴦」はメスのオシドリを意味していて、鴛鴦でオシドリの「つがい」の意味があったが、日本ではオシドリに、その漢字名として「鴛鴦」の字をあてている。
 ちなみに、オシドリの英語名は「Mandarin duck」。「中国のアヒル」の意となる。

 

2 鳥の命名法

 

◆その鳥の特徴が名称となる

 あらためて、世界および日本における鳥の命名のパターンを確認してみたい。
 古来、大きな鳥は「おおとり(大鳥)」、白く目立つ大型の水鳥は「はくちょう/しらとり(白鳥)」などと呼ばれる傾向があった。獲物を狩る肉食の猛々しい鳥(ワシ・タカ類、ときにフクロウ・ミミズク類を含む)を「猛禽(a bird of prey)」や、それに類する言葉で呼んだのも、世界に共通する。
 やがて、姿や色、行動・習性、鳴き声などをもとに、鳥の特徴が人々に把握されはじめると、それぞれの特徴が基盤となった名前がつけられるようになる。同時に近い仲間が把握され、グループ化される鳥も増えてくる。
 キツツキ、ハト、カラス、ワシ・タカ、フクロウ・ミミズク、カモメ、ペンギンなどは、見た目や大きさに多少の違いはあっても、それぞれがもつ特徴から、目にしたある鳥が特定グループに含まれることは、多くの人にとって自然な認識となっていく。それはつまりは、「ハト」といえばハトと、「カラス」といえばカラスとわかる、ということだ。

 古代の日本では、田などで見る、足が長く、嘴も長い大型の鳥を「たづ(=田鶴?)」と呼んだ。万葉の時代になると「たづ」はツルの古名として定着してくるが、それ以前の時期においては、田にやってくる白系の大型の鳥全般が「たづ」だった。つまり、ハクチョウやコウノトリも「たづ」と呼ばれた時代があった、ということ。
 種の識別があいまいだった古代の名称は、広い範囲の鳥を含む傾向があった。それが古い時代の常識でもあった。だが、やがて、時代が進む中でそれぞれが独自の名をもつようになり、ちがう鳥と認識されるようになっていく。

 

◆キツツキやカッコウの名の由来は日欧でおなじ

  キツツキは日本でも英語圏でも「キツツキ」。木をつつく鳥だから、「キツツキ」と呼ばれた。キツツキの英名は「Woodpecker」。文字どおり「木をつつく者(鳥)」の意である。そして、おなじ習性をもつ、遺伝子的にも近い鳥たちを総じて「キツツキ類」と呼んだ。
 「啄木」はキツツキの漢字名である。木をついばむ(=つつく)ことがその由来となった。ゆえに、キツツキ類のアカゲラやアオゲラは、「赤啄木鳥」、「緑啄木鳥」などと記される。
 余談になるが、歌人の石川啄木の名の由来もキツツキ。出身の盛岡周辺にキツツキが多かったことからペンネームに採用したのだという。ちなみに正岡子規の「子規」はホトトギスを意味する漢字である。

 ただし日本にはキツツキという種はいない。アカゲラ、クマゲラ、アオゲラなど、「ケラ/ゲラ」が名の中のキツツキ類を意味する部分となる。
 「けら」は、キツツキ類の古名のひとつである「けらつつき」(「けら」は虫を意味し、「けらつつき」は虫をつついて食べるという意味?)から来ているというのがもっとも有力な説だが、「けら」の由来は諸説あって現在も確定はしていない。
 キツツキという名の種が日本にいないことにも、もちろん理由がある。日本で「キツツキ」の名称が使われるようになったのは戦国時代末期からで、定着したのも江戸時代になってからと、実はかなり遅い。そのころには赤い羽毛をもつ「けらつつき」を「赤ゲラ」、緑の「けらつつき」を「あおげら」などと略称で呼んだり書き記すようになっていて、その優位を覆すまでには至らなかったからである。

 カッコウの名前の由来は「鳴き声」で、「カッコウ」と鳴くから「カッコウ」。
 ヨーロッパの各言語でも同様で、英語では「Cuckoo」、ドイツ語では「Kuckuck」、フランス語では「Coucou」と、同じ発想で名がつけられている。
 より徹底しているのは日本で、日本にはカッコウのほかに、ホトトギス、ジュウイチ、ツツドリと、カッコウ科の鳥が4種いるが、「Fugitive Hawk Cuckoo」という英名をもつジュウイチの名も、「ジュウイチッ」という鳴き声が由来となっている。

 

◆特徴ある嘴も名前の由来に

 ものを食べる口であると同時に、人間の指のような細かい作業も可能なマルチな部位である「くちばし」。鳥の嘴の略称は「ハシ」。そこから、大きな嘴が特徴だった中南米に棲息するキツツキ目オオハシ科の鳥は、「オオハシ」と呼ばれるようになる。漢字表記は、「大嘴」。近い仲間で、サイズが小さいものは「チュウハシ(中嘴)」と呼ばれた。
 日本でも人気の高い、アフリカ原産の大型の鳥ハシビロコウの「ハシ」も嘴が由来だ。横に広く大きな嘴ということで、「ハシビロ」の名がつけられた。今は別の科とわかっているが、最初に日本人研究者に認識された際に「コウノトリ(鸛)」の仲間と考えられたため、「ハシビロコウ(嘴広鸛)」という名に至る。
 とはいえ、嘴が名に冠される鳥のうち、もっとも有名かつ身近なのは、やはり「ハシボソガラス(嘴細烏)」と「ハシブトガラス(嘴太烏)」だろう。

 

◆行動、習性からついた名称

  先に紹介した走る鳥、オオミチバシリや、木をつつくキツツキ類以外にも、特徴ある行動がそのまま名称となった鳥も多い。

 オーストラリアやニューギニアにいるニワシドリ類は、メスに求愛する際、オスが枯れ枝や特定の色の素材を集めて特徴のある構造物を地面につくる。
 構造物は種ごとにちがっているが、いずれも「美麗さが感じられる構造物」がつくれるオスが「高度な脳をもったよい相手」とメスに判断されることから、オスはメスを納得させられるだけのものをつくる努力を惜しまない。
 こうした習性が、庭師がきれいな庭をつくるのに例えられ、このグループを「ニワシドリ(庭師鳥)」と呼ぶようになった。そこに属するもののうち、頭部に冠羽がある鳥には、「カンムリニワシドリ(冠庭師鳥)」、ほかの種よりも体が大きい鳥には「オオニワシドリ(大庭師鳥)」、茶色の羽毛をもつものには「チャイロニワシドリ(茶色庭師鳥)」などの名がつけられている。

 枯れ枝を組み合わせて、並木道をつくり、その周囲をさまざまな青いもので飾る青いニワシドリは、ほかの鳥とは区別されて「アズマヤドリ(東屋鳥)」の名をいただいている。
 彼らのつくる並木道は、そのまま粗末な小屋、「東屋あずまや」のようにも見えたことからつけられた名前だ。自身も光沢のある濃い青の羽毛をもつことから、「アオアズマヤドリ(青東屋鳥)」と呼ばれるようになった。
 ニワシドリの仲間にもかかわらず庭をつくらない緑色の鳥には、庭師の名は与えられなかった。造園しないのだから当然である。かわりについた名が「ネコドリ(猫鳥)」。理由は、カモメの仲間のウミネコとおなじように、鳴き声がネコにとてもよく似ていたためだ。

 ほかの動物と共存する姿が名前になった鳥もいる。「ミツオシエ(蜜教)」という鳥は、野生のミツバチの巣の近くで鳴くことで、そこに巣があることを教え、声を聞いてやってきた動物が蜂蜜を食べるためにその巣を壊すのを見とどけた後、残った蜜や幼虫を破壊された巣から取って食べる。そうした行動が名前の由来となった。

 イワトビペンギンの名は、営巣地の島の岩場をホップするようにピョンピョン跳んで進む姿からつけられた。垂直の木の幹を苦もなく歩いたり小走りに移動して餌を探す姿から、「キバシリ(木走り)」と名づけられた鳥もいる。

 長い嘴を花弁の奥の蜜腺にさし込んで花蜜をなめる習性をもつ鳥には、「ミツスイ(蜜吸)」という名が与えられた。英名もそのまま「honeyeater」だ。日本には、文政2年(1819年)にコシジロミツスイが渡来し、その記録絵が残されている。
 オスが単独、または集団で、メスに向かって求愛ダンスをして、その評価によって交尾の可否が決まるしくみをもつ鳥グループは、必死に踊る姿から「マイコドリ(舞子鳥)」と呼ばれるようになった。

 特徴が接頭辞的に名前に付加されたケースもある。
 エサを強奪するイメージから、カモメに「トウゾク(盗賊)」が追加されたのが「トウゾクカモメ(盗賊鴎)」のグループである。

 

◆見た目からの名称

  「エナガ」という鳥がいる。江戸時代からその名で呼ばれるようになった。嘴の先端から尾の先までを測った体長は約14cm。ただし、その半分以上は長い尾が占めるため、身はとてもコンパクトで、スズメの半分から3分の1ほどの重さしかない。
 丸い体に長い尾をもつ姿が、手水などに使われる柄の長い杓のように見え、それゆえに古くから「えながひしゃく(柄長杓)」と呼ばれていた。その名が短縮されてできたのが「エナガ(柄長)」である。
 日本を中心とする極東とイベリア半島の西部、というユーラシアの両端のみに生息する「オナガ(尾長)」という鳥の名称も、彼らがもつ長い尾からきている。

 

◆羽毛色からくる名称

  日本に棲む青い鳥に「ルリ」という名がつく例が多いことは先にも紹介したとおり。
 赤やオレンジ色の鳥には、「アカ(赤)」、「ベニ(紅)」、「ヒ(緋)」、「ショウジョウ(猩々)」などが付加される。ヒは緋色、ショウジョウは猩猩緋という色からきている。外国産の鳥の和名にも同じように使われる名である。
 赤の例は、「アカショウビン(赤翡翠)」、「アカマシコ(赤猿子)」ほか。紅の例は、「ベニマシコ(紅猿子)」など。緋の例としては、「ヒクイナ(緋水鶏)」などがあり、外国産の「ヒインコ(緋鸚哥)」なども同様となっている。猩々は、同じく外国産の「ショウジョウインコ(猩々鸚哥)」などに使われている。

 白色の鳥はハクチョウを筆頭に「シロハヤブサ(白隼)」、「シロフクロウ(白梟)」など。黒色の鳥は、「クロジ(黒鵐)」、「コクチョウ(黒鳥)」などで、「クロ」がつくケースと「コク」がつくケースの両方がある。
 黄色の鳥は、「キビタキ(黄鶲)」、「キセキレイ(黄鶺鴒)」など。
 複数の色をもつ鳥は、「ゴシキ(五色)」や「ヤイロ(八色)」の名をもつ。「ゴシキセイガイインコ(五色青海鸚哥)」、「ゴシキヒワ(五色鶸)」、「ヤイロチョウ(八色鳥)」などの名を挙げることができる。

 体の一部に同種と違う色があるという特徴が名称になったケースもある。
 腰が赤いので、「コシアカツバメ(腰赤燕)」。キンパラなどとおなじグループに属する腰が白いカエデチョウ科の鳥には「コシジロキンパラ(腰白金腹)」(ジュウシマツの原種)。白い冠羽があるから「シロガシラ(白頭翁)」。頭に赤い部分があるアオバトの仲間だから「ズアカアオバト(頭赤緑鳩)」。
 頭頂に黄や青の羽毛をもつボウシインコ類が「キボウシインコ(黄帽子鸚哥)」や「アオボウシインコ(青帽子鸚哥)」と呼ばれるのも同様だ。
 背が黒いから「セグロ○○」と呼ばれる鳥もいる。足が黄色いため「キアシ○○」と呼ばれる鳥もいる。

コシジロキンパラ

 

◆分布地などからくる名称

  日本を渡りの通過点としている旅鳥や、台風などの影響で本来の生息地から飛ばされてきた鳥、比較的最近になって日本でも見られるようになった鳥は、外国の名を接頭にもつこともある。出身地が明確な鳥にも、そのような名称がつくケースは多い。
 たとえば、以下のような例がある。

○アメリカ  →アメリカコガモ、アメリカコハクチョウ、アメリカセグロカモメ、など
○カナダ   →カナダガモ、カナダヅル、カナダガン、など
○インド   →インドクジャク、インドガン、インドハッカ、など
○チョウセン →チョウセンメジロ、チョウセンアオバズク、など
○カラフト  →カラフトワシ、カラフトムシクイ、など

 同じようなイメージで、国内の特定の地域や島の名称を接頭にもつ例もある。

○奄美   →アマミシジュウカラ、アマミヒヨドリ、アマミヤマシギ、など
○琉球   →リュウキュウツバメ、リュウキュウヒヨドリ、リュウキュウコゲラ、など
○山原   →ヤンバルクイナ
○小笠原  →オガサワラカワラヒワ、オガサワラノスリ、オガサワラヒヨドリ、など
○蝦夷   →エゾコゲラ、エゾビタキ、エゾフクロウ、エゾライチョウ、など

 

◆わずかな体のサイズの違いも名称に影響

  オオハクチョウとコハクチョウの例のように、近い種で大きいものは「オオ(大)」、小さいものは「コ(子)」が接頭につく。ただ、それだけでは不足もあるため、さらに小さいことや、少しだけ小さいことを意味する接頭辞として「ヒメ(姫)」や「オトメ(乙女)」がつく例もある。
 ヒメがつくものとしては、「ヒメウ(姫鵜)」、「ヒメクイナ(姫水鶏)」、「ヒメウズラ(姫鶉)」などの例がある。オトメがつくものとしては、海外産のインコである「オトメズグロインコ(乙女頭黒鸚哥)」などの例を挙げることができる。
 なお、国内最大級の白サギであるダイサギは、例外的に「ダイ」がついていることも追記しておきたい。



コルリ
 

 

3 古くから知られる和鳥の名前の由来と変遷

 

◆日本神話に登場する鳥

  日本に暮らす鳥の名称について、もう少しだけ詳しく語ってみたい。
 まずは、前回紹介した日本神話に登場する鳥から主なものを拾い出し、現在の名称までの変遷を追ってみる。

【セキレイ】

 セキレイそれぞれに固有の名前がつけられたのは近世になってからで、奈良時代はもちろん、平安・鎌倉時代になっても分類されることなく、セキレイ類のすべてが「にはくなぶり」、「つつ」、「まなはしら」などの名で呼ばれていた。
 「とつぎおしへどり(嫁ぎ教え鳥)」という名で呼ばれることもあったが、これは日本神話冒頭の国産みのエピソードが由来となっている。
 歩きを止めて尾を振る様子が、庭(地面)を叩いているようにも見えたため、「にわたたき」という名も生まれた。
 今でいうところの「セキレイ」は、この鳥の漢名「鶺鴒」を音読みにしたもので、室町時代になって定着。以後、この名前で呼ばれることが増えていく。
 「セグロセキレイ(背黒鶺鴒)」や「ハクセキレイ(白鶺鴒)」、「キセキレイ(黄鶺鴒)」、「イワミセキレイ(岩見鶺鴒)」という個々の名称は江戸時代につけられ、飼育書などに明記されたことで定着が加速した。

【スズメ】

 古代から「すずみ」、もしくは「すずめ」という名で知られていたが、平安時代以降はほぼ「すずめ」に統一されている。室町時代から江戸時代も、現代とおなじく「すずめ」と呼ばれ、「雀」と書かれた。
 記紀に登場し、『枕草子』などの平安文学にも登場するが、奈良時代に編纂された『万葉集』にはなぜかスズメを詠んだ歌は一首も存在しない。身近な鳥のはずが、この時代は意外に身近ではなかったということだろうか。
 なお、『枕草子』に「かしらあかきすずめ」という記述があるが、これは「ニュウナイスズメ(入内雀)」のこと。色彩バランスが、いわゆるスズメとちがっていたことから、別種と認識されていたようだ。
 平安時代以降、千年以上にわたってスズメは飼い鳥とされる。江戸時代において、今の手乗りブンチョウのポジションにおさまっていたのはスズメだった。日本人に長く親しまれていたからこそ、物語としてのスズメの報恩譚なども生まれたのである。
 ちなみに、「め」で終わる名の鳥を挙げてほしいと言われたら、多くの方がすぐにスズメ、ツバメ、カモメなどの名を思い浮かべることだろう。こうした鳥の末尾の「め」は、「鳥」を示す接尾辞だったと考えられている。


スズメ

 

【キジ】

 古名は、「きぎし」か「きぎす」。この名称は奈良時代に定着したと考えられている。同時代、「きじ」という呼び名も実は存在していたが、『万葉集』はすべて「きぎし」で、歌に詠まれる際はこの表現が使われるのが通例だった。記紀にも「きぎし」の綴りを見る。
 平安時代以降、野でキジを見かけた際など、その記述には「きじ」が多用されるようになったが、そんな時代においても、和歌においては相変わらず「きぎし」が使われるのが常だった。
 オスのキジは野で「ケケーン」と特徴のある声で鳴く。この鳴き声を当時の人々は「きぎ」と聞いた。「す」や「し」は、「め」と同様、鳥を示す接尾辞とされ、「『きぎ』と鳴く鳥」の意から「きぎし」や「きぎす」と呼ばれるようになったとする説が有力である。
 また、「さのつとり」は和歌においてキジを意味する枕詞だったが、ある時期から転じて、キジそのものを指す言葉にもなっていった。

【ハクチョウ】

 ハクチョウがその名で呼ばれるようになるのは、安土・桃山時代以降のこと。この鳥の古名は「くぐひ(くぐい)」。平安時代には「こふ(鵠)」とも呼ばれた。
 「くぐ」も「こふ」も鳴き声に由来する名称とされる。

【ウ】

 古名もそのまま「う」。ウミウ、カワウを区別することなく、奈良時代以前からその名で呼ばれていた。水面に「浮く」ところから「う」と呼ばれたなど、由来には諸説があるが、はっきりしたことはわかっていない。
 中国にも棲む鳥であり、日中両国ともに古代から鵜飼がおこなわれてきたこともあって、この鳥を示す「鵜」や「[慮鳥][茲鳥](ろじ)」という漢字は中国語の表記をいただいたかたちとなっている。
 『万葉集』と『古事記』では鵜が、『日本書紀』では[慮鳥][茲鳥]が使われているが、実は正しいのは後者の方。中国語の「鵜」はウではなく、ペリカン類を指す名称だったが、まちがいのまま日本語として定着してしまった例となる。

【トビ】

 トビもその名が出てくる最初の記述から「とび」。鎌倉時代には「とみ(鴟)」と呼ばれた記録もある。「とんび」の名が出てくるのは江戸時代から。

【トラツグミ】

 古名は「ぬえ」。「ぬえとり」とも呼ばれた。この鳥はかなり古くから、夜に不気味な声で鳴くことで知られていた。「ぬえとり」の名称が妖怪からきているというのは誤解で、実際は真逆となる。『平家物語』に登場する怪物の「ぬえ」は、鳥の「ぬえ」に似た声で鳴いたことから、その名前がつけられた。
 「ぬえ」はもともと、声だけが知られている正体不明の鳥だった。大型のツグミの仲間であると記されたのは江戸時代で、「おにつぐみ(鬼鶇)」という鳥が「ぬえ」であると主張され、認められることになる。おなじ鳥が江戸やその周辺で「とらつぐみ(虎鶇)」と呼ばれていたことから、最終的に「トラツグミ」が、この鳥の正式名称となった。

トラツグミ

【クジャク】

 古くは記紀に「孔雀」の名を見る。呼び名は、「くさく」。ローマ貴族などに愛されたのはインドクジャクだが、天平から奈良時代に日本に渡来したクジャクはマクジャクの方。優美な姿で、当時の支配層の目を楽しませた。
 「くじゃく」と呼ばれるようになったのは、平安時代以降。江戸時代にはマクジャク、インドクジャクがともに渡来し、「花鳥茶屋」などを通して庶民の目にも触れることとなった。

 

◆万葉の鳥、平安・鎌倉時代に人気のあった鳥

  前回解説したように、『万葉集』に登場する鳥は33種ほどで、うち、ホトトギス、カリ、ウグイス、チドリ、ツル、カモの6種で全体の4分の3以上を占める。
 『万葉集』に登場する鳥は千年以上も前から日本人に認識されてきた鳥であることから、名前が挙がるおもな鳥について解説をしてみることにする。

【ホトトギス】

 日本にいるカッコウ科の鳥の中では最小だが、『万葉集』に登場する鳥としては最多であり、以後の日本文学の中に非常に多くその名前を見る。中世になっても、和歌や随筆、物語などに登場する鳥の筆頭は、やはりホトトギスだった。
 ホトトギスは奈良時代かそれ以前から、「ほととぎす」の名で知られていたが、「ときつとり」、「ときのとり」など、文芸上の異名も多くあった。また、杜鵑、不如帰、杜宇、蜀魄、時鳥、子規など、さまざまな漢字表記もされた。ちなみに、「ときつとり」、「ときのとり」の名は、漢字名の「時鳥」からきている。なお、「ほととぎす」の名の由来は、「『ほととぎ』と鳴く鳥」からきているという説がある。
 漢字名の多くは中国由来で、杜鵑とけん不如帰ふにょき杜宇とう蜀魄しょくはくなどは、帝位を追われた古代の蜀の王、望帝ぼうてい杜宇の伝説からきている。子規しきもそう。ちなみに「不如帰」というのは、中国の古い時代において、ホトトギスの鳴き声を「不如帰」と聞きなしていたことが由来となっている。

ホトトギス

【カッコウ】

 カッコウの声は歴史時代以前から聞かれていたはすだが、日本人がこの鳥を認識したのは実はかなり遅い。カッコウは奈良時代の書や和歌の中には登場しない。見た目がよく似ていたこともあり、ホトトギスと混同されていたのではないかという説が有力である。
 奈良時代においては、現在はカッコウの漢字名となっている「郭公」の文字もホトトギスを示す漢字名として使われていた。
 カッコウがホトトギスとはちがう鳥と明確に認識されたのは、鎌倉時代に入ってからのこと。そしてやっと江戸時代になって、鳥名として、「かっこう」や「かっこうどり」が定着した。なお、閑古鳥という字があてられる「かんこどり」はカッコウの異名である。

カッコウ

【ツル】

 奈良時代から「つる」という呼び名はあり、この名前で認識されていたが、歌に詠まれる際は、「たづ」または「あしたづ」が用いられた。これらは、田にいるツル、葦辺・葦原にいるツルが由来とされる。いずれも、ツル全般を指す呼び名だった。
 ツルに個々の種の名が使われはじめるのは鎌倉時代で、「まなづる」が最初となる。
 室町時代になると、「しろづる」、「くろづる」という呼び名がそこに加わる。しろづるはタンチョウ、くろづるはナベヅルと推測されている。
 分類がより細かくなるのは江戸時代で、本草書において、「丹頂」「あねはづる」などの名がはっきりと出てくる。この時代には、ナベヅル、タンチョウ、マナヅル、アネハヅルのほか、今は日本には渡ってこないソデグロヅルも認識されていたことが判明している。
 なお、「つる」という言葉の語源はいまだ未知のままだ。

ナベヅル

【カラス】

 カラスは奈良時代からすでに「からす」の名で知られていたが、「はしぶとがらす(嘴太烏)」、「はしぼそがらす(嘴細烏)」、「みやまがらす(深山烏)」が別種と認識されるのは江戸時代からである。
 カッコウの名と同じように、カラスの英名「crow」も鳴き声からきている。フランス語やドイツ語での呼び名も同様だ。日本語のカラスも鳴き声からつけられたという主張もあるが、奈良時代のカラスの鳴き声は「ころく」と表記されていることなどから、日本での名付けの由来はそれとは少し異なるようだ。

ハシボソガラス

【イカル】

 古名は「いかるが」。漢字では、斑鳩と書かれることが多い。厩戸皇子(聖徳太子)が造営した「斑鳩宮」や、その土地の呼び名である「斑鳩の里」は、「イカルの数が多く、よく飛び交う場所」からつけられたという説がある。
 室町時代になると、この鳥は「いかる」、または「まめまはし(まめまわし)」、「まめうまし」と呼ばれるようになる。江戸時代においては、実は「まめまはし」の方がよく使われ、そこから「まめ」や「まめどり」などの名も聞かれるようになった。
 だが、大正時代に鳥の名称があらためて整理された際、「まめどり」や「まめまはし」は廃棄され、ふたたび古名に戻るかたちで「イカル」と定められた。
 なお、「まめまはし(豆回し)」という名は、イカルが種子を食べる際、大きな嘴の中でそれを回しながら起用に殻を剥く姿からきていると考えられている。

【ウズラ】

 奈良時代には「うづら」の名前で知られるようになり、そのまま現在にいたる。

ウズラ

【ヤマガラ、シジュウカラ】

 ヤマガラ、シジュウカラが広く知られるようになるのは平安時代からで、それぞれ「やまから」や「やまからめ」、「しじうから」や「しじうからめ」と呼ばれた。スズメ同様、名前末尾の「め」は鳥、あるいは群れる鳥を示す接尾辞である。
 「から」は、「よくさえずる鳥」を意味していて、「雀」の字があてられる。そこから両者の漢字表記は、それぞれ山雀と四十雀となる。

【アオジとクロジ】

 古代において、神に仕える巫女はホオジロやアオジを占いに使うために傍らに置いていたらしい。そうしたことから、ホオジロやアオジ、クロジは、古くはまとめて「しとと」と呼ばれ、「巫鳥かむなぎのとり」とされた。それゆえに、「みことり」という異名ももつ。今でも、クロジやアオジを示す漢字は「鵐」である。
 奈良時代においては、「しとと」といえば主にホオジロを指していたが、時代の流れの中で逆転現象が起き、室町時代にはアオジを指すようになった。アオジはもともとは「あおじとと」で、それが略されて「あおじ」となった。クロジも同様で、「くろじとと」→「くろじ」の流れである。それぞれ漢字では「青鵐」、「黒鵐」と記される。両者が別の鳥として区別されたのは江戸時代になってからである。

アオジ

 

◆追加して紹介したい鳥

 平安時代以降、日本人が認識する鳥は増え続け、江戸時代になると日本に棲む鳥、渡ってくる鳥のほとんどに名がつけられるようになる。
 最終的に認知される鳥は数百種にも拡大するため、ここでそのすべてを紹介することはできない。ただ、1種のみ追加で解説をしておきたい。

【トキ】

 奈良時代の呼び名のは「つき」や「つく」。「桃花鳥」と書いて「つく」と読ませたりもした。「桃花鳥」は「桃の花色の鳥」の意。今でいう鴇色ときいろからきていたのだろう。
 史料中に「とき」の名が見えるようになるのは室町時代以降のこと。その一方で、「つき」の名は江戸時代になっても残っていた。
 江戸時代には、「紅鶴こうかく」や「紅鷺こうろ」、「朱鷺しゅろ」の名がつけられたトキの絵も残っている。それは、ツルやサギに近い仲間と考えられていた証拠となる。

トキ

 

【図版出典】
◎コウライウグイス/コシジロキンパラ・・・「百鳥図」長嶋藩主、増山正賢作 寛政12年(1800)頃、国立国会図書館収蔵
◎コルリ/スズメ/トラツグミ/ホトトギス/カッコウ/ナベヅル/ハシボソガラス/ウズラ/アオジ/トキ・・・「梅園禽譜」旗本、毛利梅園作 天保10年(1839)序、国立国会図書館収蔵

 

 

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細川博昭著

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著者略歴

  1. 細川博昭

    作家。サイエンス・ライター。鳥を中心に、歴史と科学の両面から人間と動物の関係をルポルタージュするほか、先端の科学・技術を紹介する記事も執筆。おもな著作に、『鳥を識る』(春秋社)、『身近な鳥のすごい事典』(イースト・プレス)、『江戸時代に描かれた鳥たち』『知っているようで知らない鳥の話』『鳥の脳力を探る』『身近な鳥のふしぎ』(SBクリエイティブ)、『大江戸飼い鳥草紙』(吉川弘文館)、『うちの鳥の老いじたく』(誠文堂新光社)、などがある。
    日本鳥学会、ヒトと動物の関係学会、生き物文化誌学会ほか所属。

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