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精進料理のこころ 吉村昇洋

最終回 「いただきます」と「ごちそうさま」考

「いただきます」にまつわる言説

 

 現在、多くの日本人にとって、食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさま」の唱言は、食事作法の一つとして受容され、テレビCMやドラマ、小説、アニメ、ゲームなどを見ても、食前食後のこうした営みの描写は、登場人物の“丁寧な人物像”を表現するひとつの手法として機能している。

 かつてわたしは、拙著『心が疲れたらお粥を食べなさい』(幻冬舎)の中で、この「いただきます」「ごちそうさま」及び、付随動作としての「合掌」に関して、成立の歴史、誰に対しての唱言なのか、またその現代的意義に関して述べた。2014年当時にこれを書いたのは、当時の仏教界(現在においてもそうだが)、特に一般的な僧侶が説法の際に「いただきますは“いのちをいただく”ということだ」という言説を、仏教学的エビデンスを示すことなく、雰囲気や感情論だけで語る姿勢に疑問を持ったからにほかならない。

 言うまでもないが、「いただきますは“いのちをいただく”ということだ」という言説は、それっぽさもあって耳なじみが良く、“正しさ”を感じさせる言葉ゆえに、聴く側にはありがたい言葉として受け取られるし、話す側も悦に入りやすい。しかし、僧侶が仏教の文脈で発する言葉であるならば、やはり「どの経典のどの部分にこの言葉の根拠がある」とエビデンスを提示する必要がある。それができなければ、話を聴く人にも仏教に対しても、誠意のある態度を取っていることにはならない。

 そこで、曹洞宗僧侶としては、仏教者の食事との向き合い方を説いた道元禅師の『典座教訓(てんぞきょうくん)』及び『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』に、まずはその根拠があるのかどうか見ていきたいが、結論から言うと、そうした記述はない。実際、僧堂での食事作法で「いただきます」や「ごちそうさま」を唱えることはなく、日本の諸宗派における食事作法をまとめた浅井覚超師の『真言宗食事作法解説』(高野山出版)を見ても出てこない。つまり、各宗派の僧侶の正式な食事作法においてこの文言は唱えられていないということであり、つまるところ仏典に根拠を求めるような類いのものではないと分かる。

 しかし一方で、各宗派が発行している檀信徒や門徒向けの布教資料では、食事作法として「いただきます」や「ごちそうさま」を採用するのが一般的であり、“仏教的な”食事作法に関して、僧侶生活と一般生活でダブルスタンダードが成立しているということになる。そこには、世間一般の日本人として「いただきます」や「ごちそうさま」を受容し、日常的に唱えることに馴染んだ現代の僧侶という複合的な様相が見て取れる。

 

「いただきます」と「ごちそうさま」の歴史

 

 さて、食事作法としての「いただきます」や「ごちそうさま」について、詳細は先述の拙著を参照していただくとして、ここでは概要を述べておきたい。

 1983年に明治~大正生まれの人々を対象とした食卓生活史の調査・研究を行った熊倉功夫氏によると、彼らが子どもの頃に「いただきます」と言ったかどうかは家庭ごとに異なり、今ほど一般的なものではなかったとしている。また、昭和16~17年に民間伝承の会(現・日本民俗学会)が全国各地の農村地域で実施した「食習調査」の資料〔『日本の食文化――昭和初期・全国食事習俗の記録』(1990年、岩崎美術社)『日本の食文化 補遺編』(1995年、岩崎美術社)所収〕でも、同様の結果が得られている。

 では、いつ頃からこれらの文言が、広く唱えられるようになったかというと、戦前戦後の昭和時代を通じて成立、浸透していったようである。帝国主義の統制下にある昭和初期の小学校では、「箸取らば、天地御代(あめつちみよ)の御恵み、(主)君や親の御恩あぢわゑ」〔出典:江戸後期刊の生活訓『孝行導草』〕と、天の恵みとこの時代の主君たる天皇陛下、そして自分の父母に対して感謝を述べ、続けて「いただきます」と唱えて食事をしていた。そして戦後、「箸取らば…」の文言だけが除かれ、学校内の食事作法として「いただきます」と「ごちそうさま」が残り、その頃の子どもたちが親の立場になったときに家庭の食事作法として取り入れ、徐々に一般化したと考えられる。

 しかし、これはあくまでも広く唱えられるようになった背景の話であって、少数でもそれまでに唱える家庭は存在していた。「食習調査」の記録を見れば、「よほど信仰のある家とか教養のある家で、合掌をしてからいただきますぐらいいう人もまれにはある・・・」や「食う時に『頂きます』と言い、終わってから手を合わせて拝し、『御馳走様』と言うくらい。これもほとんど無意識的にやっている」などの証言や、客人や奉公人が家の主人に「いただきます」や「ごちそうさま」というのは普通の礼儀であるともされ、必ずしも帝国主義的学校教育の影響だけではないことは、押さえておかなければならない。

 

「食習調査」のデータの分析

 

 ここでは、先にも触れた『日本の食文化―昭和初期・全国食事習俗の記録』と『日本の食文化 補遺編』の2つの資料を元に、日本仏教の根付く、日本国自体の食文化の側面から述べていきたい。

 この2つの資料は、昭和16~17年にかけて、全国85カ所の農村地域で「食習採集手帖」質問項目100問について聞き書きしたものをまとめたものである。その中の第45問「食前または食後に何か祈りの言葉とか、唱言がありますか。それはどんな言葉ですか。それは誰に向かって誰が言いますか。節日と日常時には相違がありますか。間食の時にも唱えますか」についての回答データから眺めていこう。

 まず、この問いに関する有効回答数は、85カ所のうち68。100問にも及ぶ質問の中で、回答が得られない項目のある地域がいくらか散見された。採集を担当した人物によってもクセがあり、関心の度合いからか特定の項目にのみ詳細を報告する人や、全体を通してあっさりとした内容しか聞いていない人など、おそらく統一した手続きの徹底という面で問題があったと考えられるが、とりあえずこの68カ所を母数として「いただきます(同義語含む)」「ごちそうさま(同義語含む)」に関して結果を見ていきたい。

 まず、食前の「いただきます」、食後の「ごちそうさま」を両方唱えると回答したのは22カ所(32.4%)。そのうち、日常的に唱えるとしたのは、19カ所(27.9%)であった。

 次に、食前の「いただきます」は言うが、食後の「ごちそうさま」は言わないとしたのは、6カ所(8.8%)。逆に、食前の「いただきます」は言わないが、食後の「ごちそうさま」は言うとしたのは、4カ所(5.9%)。

 全体的に見ると、どちらかしか唱えない地域はあるにせよ、「いただきます」や「ごちそうさま」はいずれも29カ所(42.6%)で唱えられている。

 ちなみに、「いただきます」と「合掌」を合わせて行う地域は2カ所(2.9%)、「ごちそうさま」と「合掌」は3カ所(4.4%)あるが、食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさま」の両方で「合掌」を行う地域は皆無であった。そして、「いただきます」ではないが、浄土教の強い地域では、「合掌」をして「念仏」を唱えたのちに食事をするところも2カ所(2.9%)あった。

 また、食前は「合掌」のみの地域が5カ所(7.4%)、食後に「合掌」のみの地域が3カ所(4.4%)。そのうち、どちらも「合掌」のみ行なう地域は1カ所(1.5%)。さらに、食前に額の前にご飯茶碗を「頂く動作」をする地域は4カ所(5.9%)あるが、食後にこの動作をする地域は皆無であった。

 ここであげたデータだが、実に多彩なバリエーションが見られる。例えば、食前は「いただきます」とだけ唱え、食後は合掌のみで終わらせる地域もあれば、食前に茶碗を額に頂きながら「いただきます」と唱え、食後には箸を額に頂いて「ごちそうさま」と唱える地域もある。このように、全国的に統一されたものがあるわけではなく、各地で非常に多様な食前食後の営みがなされていたことは、極めて興味深い。

 かつての日本人は、「いただきます」も「ごちそうさま」もちゃんと唱える文化を持っていたという言説がある。しかし、この調査結果を見る限り、かなりの割合で食前食後の唱言がなされていなかった。しかも、「合掌」となると、完全に少数派である。

 ただ、このサンプル採集は主に農村地域で行われ、当時50%以上を占めていた農業を生業にしている人々へのインタビューであった。つまり、当時の彼らは食事をした人から農作業に出かける行動様式ゆえ、行儀作法に厳しくなるちゃぶ台(家族の成員が皆そろって同じテーブルで食事をする)文化ではなかったと考えられ、人口の集中する都市部の事情とは異なっていたかも知れない。

 このように、全国民の状況を確実に反映したデータかといわれると怪しいが、少なくとも当時の国民半数の感覚には近いものが反映されており、これは決して軽んじて良いデータ量とは言えない。

 

仏教における食前食後のお唱えごと

 

 ここまで、結局のところ仏教の歴史では、「いただきます」も「ごちそうさま」も言ってこなかったことを述べてきた。いや、先にあげたように一部の信仰の篤い家では「いただきます」や「合掌」がなされていた事例もあるので、一概には言えない部分はあるが、少なくとも正式な僧侶の食事では行われてこなかった。

 一方で、仏教の諸宗派では、正式な食事作法として、非常にたくさんのお唱えごとを行う。それはもう、食前・食中・食後と、ことあるごとに唱えるのだ。これに関しては、先述の浅井覚超師の文献が非常にまとまっているので参照していただきたい。

 そこで、今回のテーマが食前と食後の唱言なので、仏教の食事作法で言うと、食前の正食偈(しょうじきげ:正観とも)と、食後の食竟偈(じききょうげ:食訖偈、結斎偈とも)がそれに該当する。これらの偈文は、『華厳教』「浄行品」に記されているのだが、佛馱跋陀羅訳の『六十華厳』と實叉難陀訳の『八十華厳』では文言が異なる。

 まず、ほとんどの宗派で採用されているのは『八十華厳』であり、次の通りである。

 

〈正食偈〉(『八十華厳』)

若飯食時(にゃくぼんじきじ) 當願衆生(とうがんしゅじょう)
〈もし飯を食べる時には、まさに願わくば衆生とともに〉

禪悦爲食(ぜんえついじき) 法喜充滿(ほうきじゅうまん)
〈禅定の悦びを食とし、真理による歓喜の心が充満しますように、と〉

 

〈食竟偈〉(『八十華厳』)

飯食已訖(ぼんじきいこつ) 當願衆生(とうがんしゅじょう)
〈食事が終わったならば、まさに願わくば衆生とともに〉

所作皆辨(しょさかいべん) 具諸佛法(ぐしょぶっぽう)
〈皆成すべきことを成して、仏の真理が実現できますように、と〉

 

               ※読みは、各宗派によって微妙に異なる。

 

 次に『六十華厳』の文言を示す。

 

〈正食偈〉(『六十華厳』)

若嚥食時(にゃくえんじきじ) 當願衆生(とうがんしゅじょう)
〈もし食物をのみこむ時には、まさに願わくば衆生とともに〉

禪悦爲食(ぜんえついじき) 法喜充滿(ほうきじゅうまん)
〈禅定の悦びを食とし、真理による歓喜の心が充満しますように、と〉

 

〈食竟偈〉(『六十華厳』)

飯食已訖(ぼんじきいこつ) 當願衆生(とうがんしゅじょう)
〈食事が終わったならば、まさに願わくば衆生とともに〉

徳行充盈(とくぎょうじゅうえい) 成十種力(じょうじゅうしゅりき)
〈あふれるほどの徳行で満たし、菩薩の十種の力を成せますように、と〉

 

 多くの宗派では、正式な食事作法の中にこの正食偈と食竟偈を具えているが、曹洞宗の場合、このどちらも“正式な”食事作法には採用されていない。しかしこれは、あくまでも僧堂飯台と呼ばれる“正式な”場では唱えないというだけで、僧堂以外で食べる略式の作法ではこれを唱え、なぜか他宗と異なって『六十華厳』版が採用されている。

 しかし、わたしが永平寺で教わった文言は、この『六十華厳』版とも異なり、正食偈の「嚥」が『八十華厳』版と同じく「飯」となっている。しかも読みも、「飯食」を「おんじき」、「充盈」を「じゅうよう」と発音し、なぜそのように発するかまでは分からなかった。ただ、同じ曹洞宗内でも、「飯食」を他宗と同じく「ぼんじき」と読む修行道場もあることから、永平寺での読み方も昔からの習わしではなく、何かのきっかけで変化した可能性もうかがえる。実際、各修行道場に置かれる堂頭(どうちょう)や後堂(ごどう)といった監督役の僧の方針で、細かな規矩が変わることはよくあることなので、そうしたことによるのかもしれない。また、それとは別に、京都東寺(真言宗)の作法では「飯食」を「おんじき」と読むようなので、あながちこの読みが完全な間違いとまでは言い切れないところが悩ましい。

 さて、やや話が逸脱したが、このように日本仏教の多くの宗派が、食事の際に『華厳経』「浄行品」の偈文を採用し、今も運用している。内容を見れば一目瞭然であるが、食前も食後も、食べる人がこの食事によって生かされることで“衆生とともに”仏道に邁進できますようにと願いを立てているわけだ。

 自分だけではなく他者なる衆生も一緒に救われようと願う、つまり大乗仏教らしい菩薩としての在り様がここに読み取ることができるが、「いただきます」や「ごちそうさま」に見える感謝の対象たる“他者性”がここでの共通項であり、同時に重要なポイントでもある。

 あなたがご飯を食べるとき、他者なる存在を感じることがあるだろうか。食事を自分の命をつなぐ糧として認識できても、五観の偈で説かれるように、生産者をはじめとする多くの他者によって成立している現実に思いを馳せることができているだろうか。

 仏教の食事作法であれば、食事の際にも合掌し、米の盛られた器を額の前に持ち上げ頂き、経文や偈文を唱えることで“他者性”を感じる機会があるが、「いただきます」や「ごちそうさま」を自動的に唱えるだけの人にとっては難しい話かも知れない。

 ただ、こうした視点から日々の食事と向き合うことは、禅に限らず多くの宗派で仏道実践と捉えている。正食偈や食竟偈ではなくとも、普段の「いただきます」や「ごちそうさま」の中にそうした“他者性”を見いだし、日々唱えることができるかどうか。そこが問われているのである。

 

 

 

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著者略歴

  1. 吉村昇洋

    1977年生まれ。曹洞宗八屋山普門寺副住職。臨床心理士。相愛大学非常勤講師。曹洞宗大本山永平寺での2年2ヶ月間の修行経験をベースに、禅仏教や臨床心理学、精進料理、仏教マンガについての講演、本や雑誌、新聞にて執筆活動を行う。NHK 総合『ごごナマ』やNHK Eテレ『きょうの料理』の講師として人気を博すほか、地元広島の情報番組RCC『イマなまっ!』にてコメンテーターを務める。また、地方紙『中国新聞』にて宗教コラムの連載「放てば手にみてり」を担当。近著に『禅に学ぶくらしの整え方』(オレンジページ)のほか、『心が疲れたらお粥を食べなさい』『気にしない生き方』(いずれも幻冬舎)、『週末禅僧ごはん』(主婦と生活社)など著書多数。

    曹洞宗八屋山普門寺 http://www.zen-fumonji.com/

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